Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -5ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

 

 

本2025年にバンド”結成50周年”になるゴダイゴ。現在、彼らは周年ツアーで九州から北海道まで全国を駆け巡っている。同ツアーの群馬県高崎公演を昨日、7月4日(金)、群馬県高崎芸術劇場で見た。かねてから素晴らしい会場であるという評判は聞いていたし、関東近郊という利便性もあったが、興味を持ったのは同公演の詳細に“小学生〜18 歳以下のお子様を無料ご招待! 本公演は「文化庁による劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業」に採択され、小中高生のお子様を無料でご招待(保護者など同伴者は半額)いたします。ひとりでも多くの子どもたちに本物の舞台芸術のすばらしさをご体感いただければ幸いです。”とあったからだ。

 

 

ヒット曲を連発した時期には“お子様向け”と、揶揄を含め、いろいろいわれた彼らだが、それが年を重ね、月日が巡り、未来の大人である子供や家族のためにコンサートに足を運びやすく、同時に情操教育の一端を担うため、全面的に協力する。感慨深いことである。

 

高崎駅東口からテンペラスデッキで、徒歩7分ほどのところにある高崎芸術劇。“1961年に建設された群馬音楽センターの歴史と精神を継承・進化させ、新しい高崎の都市文化を創造・発信する劇場”として、2019年9月20日に開館されている。華美な装飾や外連に凝ることなく、どこか瀟洒な作りが街に馴染み、変に威風堂々としてないところが好ましい。会館内のデジタルサイネージにはCharや矢野顕子などのポップスだけでなく、クラシックや落語などの公演の告知もされている。ラウンジなども寛げ、ちゃんと、クロークも完備している。ちなみに10月5日(日)には高崎芸術劇場 大劇場で開催される「高崎音楽祭」にミッキー吉野は堺正章、シシド・カフカ、ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)、澤竜次(黒猫CHELSEA)などと結成した「堺正章 to MAGNETS」として出演する。

 

 

 

この日は朝から日差しが照りつける猛暑だったが、開演の午後6時30分が近づくと、天候は一変、雨と雷が高崎を揺らす。豪雨のため、交通機関にも支障が出たようだ。開演に間に合わず、開演してから来場する方もたくさんいた。

 

このツアーはまだまだ続くので、セットリストなど、詳述はできないが、この日の始まりはゴダイゴが1979年にリリースした4枚目のオリジナルアルバム『OUR DECADE』に収録された「PROGRESS AND HARMONY」。進歩と調和――かの古の“万博”のテーマだった。そして「LIGHTING MAN」が歌われる。“照明さん、灯りを下さないで、ライブは続く、これからだよ”というメッセージはいまの彼らならではだろう。

 

 

いわゆる誰もが知る名曲の前に隠れた(!?)名曲を披露しながらゴダイゴの歴史(ゴダイゴ結成秘話&メンバー参加秘話)を振り返る。メンバーの紹介を兼ねつつ、彼らの歩んだ道が見えてくる。タケカワユキヒデは1976年にゴダイゴ結成前、1975年にソロとしてアルバム『走り去るロマン』(Passing Pictures)デビューしている。今年はデビュー50周年になる(先日、デビュー50周年記念のアルバム4枚組ボックス『GLORY!』を出したばかり。2025年はゴダイゴの結成50周年、タケカワのデビュー50周年というダブルアニヴァーサリーになる)。当時は珍しい、英語で歌うことで、取材などではいわれもない批判や扱いも受けたという。ミッキー吉野も取材に同席し、義憤を感じたという。

 

 

また、スティーヴ・フォックスはビザなどの関係で、一度、会社員になってからゴダイゴに参加(ゴダイゴではギャラなどではなく、最初に給料を貰ったメンバーだ)したという。改めて世の中の推移を感じさせる。観客の中には当時に思いを馳せ、感極まる方も多かった。

 

 

その秘話の中には高崎と関わりもあるものがあった。トミー・スナイダーはフラワートラベリンバンドのジョー山中が歌った角川映画の主題歌「人間の証明」(大野雄二繋がりである)を歌ったが、同曲には高崎に近い、霧積温泉の光景が歌われている。

 

また、吉澤洋治は1980年にリリースされたアルバム『KATHMANDU』からゴダイゴに参加したが、同作はシルクロードの旅から生まれている。同作からのナンバーもこの日、披露されたが、いうまでもなく、群馬は養蚕の街であり、それが日本の発展を支えた。世界遺産の富岡製糸場も近い。

 

さらにサポート(というか、もうメンバーでしょう!)の竹越かずゆきは小さい頃にゴダイゴを聞いて音楽家を目指し、そしていまゴダイゴのサポートしていることに驚きと喜びを伝える。きっと、竹越の存在がなければ、こうもスムーズに再始動は出来なかっただろう。彼は浅野孝已のギターを使用しているが、浅野は音楽療法のボランティア活動で高崎や前橋の施設を何度も訪問していたそうだ。この日も浅野が会場に来ていると告げる。

 

 

後半は怒涛の如く、ヒット曲が連発されるが、オーケストラやホーン、クワイヤーなどはなし、ゴダイゴのメンバーだけで演奏されるものの、過不足などはない。観客の歓声や拍手を味方に改めてその高度でありながら明快なゴダイゴミュージックを証明してみせるのだ。

 

恒例のウーアー大会はいつになく白熱した。大人になった子供達が本当に嬉しそうに大会に参加する。きっと、未来の大人達はこの景色を忘れないだろう。

 

 

休憩などはなし、2時間のライブは昨年から試していた持続可能な音楽作り、バンドスタイルを継承しつつ、50周年仕様に磨きをかける。アンコールを終え、会場を出ると、すっかり雨が上がっていた。少し夏の暑さが引いたような気がする。彼らのツアーはまだ、続く。どこかで見ていただきたい。そして、来年、2026年のデビュー50周年に備えよう。今年も来年も楽しみが残っているのだ。

 

 

▲この日も1曲だけだが、後半にライブの撮影の許可が下りている。許可が出たら速やかにスマホを取り出そう!

 

GODIEGO LIVE情報

https://godiego.co.jp/godiego/01-live.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーター・ゴールウェイと佐橋佳幸の“縁”(出会い)と“円”(繋がり)が生んだピーター・ゴールウェイ&佐橋佳幸の共演アルバム『EN』。その“縁”と“円”がさらに深まるかのように2人は同作のお披露目ツアーとでもいうべき、6月22日(月)に京都「RAG」、6月23日(月)に「ビルボードライブ大阪」、6月25日(水)に「ビルボードライブ横浜」、6月26日(木)に「ビルボードライブ東京」を巡る「佐橋佳幸&ピーター・ゴールウェイ“EN” Japan Tour 2025」に出た。

 

先週、6月26日(木)に「ビルボードライブ東京」で、同ツアーの東京公演を見る。1stステージを見たが、アンコールを含め、90分近く演奏したのは驚いた。アンコール前には普段は8000円のものが、半額以下(嘘です!)という驚きの価格で、トートバックやTシャツなどを売りさばく(!?)、テレショップ風の物販の時間もあり、びっくり。必要以上に長く、かつ、メンバーも乗り乗りで演じていたので、笑った。

 

 

改めていうまでもないが、ピーター・ゴールウェイは1970年代以降の日本の音楽シーンに間接的に多大な影響を与えた伝説のバンド“フィフス・アヴェニュー・バンド”の中心人物である。彼らのアルバム『フィフス・アヴェニュー・バンド 』は1969年にリリースされているが、私自身はボビー・チャールズやジョン・サイモン、ジェシ・ウィンチェスターなどがリリースされた1977年にワーナーパイオニアが始めた「ロック名盤復活シリーズ」で、初めて現物を買った(はず!?)。それまでは渋谷百軒店のロック喫茶「ブラックホーク」などで聞いていたかもしれない。ひょっとしたら原宿竹下通りの輸入レコード店「メロディハウス」で買った可能性がなきにしもあらずだが、この辺の記憶が曖昧で、本当に申し訳ない(涙)。

 

 

彼らをより身近(!?)に感じるようになるのは1970年代後半から1980年代前半に山下達郎や大貫妙子、長門芳郎などを取材するようになってからだろう。取材していると、彼らの口からフィフス・アヴェニュー・バンドの名前が度々、上がった。“日本のロックの教科書”にも“シュガーベイブはフィフス・アヴェニュー・バンドの影響を受けた”と、出ている。ある意味、シュガーベイブが“元祖シティポップ”としたら、フィフス・アヴェニュー・バンドはその“源流”、もしくは“お手本”だろう。

 

いずれにしろ、40年以上も前のこと。思わず、遠くを見つめる目になる(笑)。知らぬ間に歳を取り、月日は重なる。佐橋佳幸はピーター・ゴールウェイとアルバムを作り、ツアーをする状況を“高校時代の自分に教えてあげたい”と言っていたが、まさにそんな感じだろう。継承と継続の“ソングサイクル”がそこにはあった。

 

 

ピーター・ゴールウェイ(G、Vo)と佐橋佳幸(G、Vo)をアルバム『EN』に参加したDr.kyOn(Kb、G)、小原礼(B)、屋敷豪太(Dr)がバックアップ。前半は1978年のアルバム『On The Bandstand』のタイトルトラックやローラ・ニーロの「Save The Country」のカヴァー、『EN』に収録された「French Is Spoken Far From Here」などを披露。途中から『EN』のレコーディングに参加した山本拓夫(Sax)がスペシャルゲストとして登場する。山本と佐橋は高校時代からの音楽仲間で、時機は多少前後するが、佐野元春のHOBO KING BANDのバンドメイト(いうまでもなくDr.kyOnもHOBO KING BANDのバンドメイト。Dr.kyOnは佐橋とDarjeelingというユニットも結成)である。彼を加え、「Coltrane’s Blue World」を演奏する。ジャズフィーリングを纏う同曲はAORの趣き。シティポップ度が増していく。後半は同じく『EN』に参加した松たか子がスペシャルゲストとして登場。続いて『EN』に参加した大貫妙子も出てくる。大貫妙子は、いうまでもなく、シュガーベイブの元メンバーで、いまやシティポップの代名詞と言われ、世界中の“大貫妙子好きYOU達”から愛された「都会」、「4:00 A.M.」の作者でもある。

 

3人の豪華ゲストともに『EN』に収録された未来の名曲達を歌い継いでいく。数度の来日経験のあるピーターが描いた都市の風景が歌われる。会場は六本木(住所的には港区赤坂)ながら、その歌からはミッドタウンではなく、新宿の風景が広がる。新宿のネオンや歌舞伎町、新宿プリンス、スポーツバーなどが歌われる「English Football At the Prince Hotel」や「Shinjuku Neon」などが披露される。松たか子や大貫妙子が“新宿ネオン”なんていうコーラスを付けるところが、いい意味で場違いでドギマギさせられる。インバウンドが見た東京の景色というか、日米混成による新しいシティポップの誕生と、こじつけたくもなるもの。それがこのメンバーで行われているところが“肝”ではないだろうか。

 

 

佐橋は長いこと、山下達郎のバンドのメンバーで活動してきたことで知られるが、彼が山下と本格的にライブをともにするようになるのは1994年にシュガーベイブのアルバム『SONGS』、デジタル・リマスタリングによる初CD化である“1994年盤”のリリースを記念したシュガーベイブのレパートリーを歌う同年4月、5月に中野サンプラザで行われた「TATSURO YAMASHITA Sings SUGAR BABE Live」というコンサートにギタリストとして出演したことが契機だった。それ以前、山下達郎のレーベルメイトだったEPOや大貫妙子のレコーディングやライブにも参加している。大貫とは、佐橋と小倉博和とのユニット「山弦」との共演シリーズもお馴染みだ。

 

また、 佐橋佳幸、Dr.kyOn、小原礼、屋敷豪太は日本のシティポップの源流になる小坂忠をサポートしてきた。帰せずして、シティポップ界隈の“関係者”の揃い踏み。松たか子も古典芸能を現代に伝える家に生まれ、自ら俳優としてだけでなく、音楽家としても活動。佐橋とともに洗練されたポップスを作っている。また、彼女が長年、演じてきた主人公達は都市の物語を紡いできた。

 

 

長いようで短い90分間――その時間の中で、“シティポップ”の現在・過去・未来を見せられているような気がする。それはとてつもなく、芳醇でいて、刺激的な体験でもあった。『EN』 のジャケットをみると、“Volume One”と書かれている。これは““Volume Two”もあるかもしれない。次回は佐橋がニューヨークへ乗り込み、ピーターとともにいまのアメリカの風景や物語を描いて欲しいものだ。

 

 

https://x.com/VIVIDSOUND/status/1938796686643732984

 

 

 

 

最後にこの日の“テレショップ”でも紹介された能地祐子が書いた「佐橋佳幸の仕事 1983-2025 EN」(リットーミュージック)を紹介しておこう。UGUISSを始め、大江千里、EPO、渡辺美里、小田和正、藤井フミヤ、福山雅治、佐野元春、矢野顕子、坂本龍一、山下久美子、いきものがたり、Char、氷室恭介、竹内まりや、山下達郎、松たか子、そしてピーター・ゴールウェイまで、佐橋佳幸とEN(縁もしくは円)を結んだ40曲を佐橋への取材と能地の調査と分析を元に徹底解剖する同書。2年前に音楽サイト「Re:minder」で、連載「佐橋佳幸の40曲」として公開された時から注目していたが、同連載に加筆して1冊に仕上がった。同書で改めて知る事実も多く、佐橋佳幸がいかに日本の音楽史と音楽界に必要欠くべからずの存在であるかを再確認させられる。佐橋とENある40曲を体験することで、日本のポップスの歴史が見えてくる。普段は8000円する(嘘!)が、この日は2750円というテレショップ価格で売られた。現在は一般書店やレコード店、アマゾンや楽天などで2750円という特売価格(2750円が正価!)。是非、一家に一冊、買い求めていただきたい。佐橋とピーター・ゴールウェイ、佐野元春との対談、そして除川哲朗による恐ろしく細かすぎて伝わる「佐橋佳幸年表1961-2024」もある。こういうことは愛がないとできない。佐橋は皆から愛されている。能地祐子の丁寧で誠実な仕事ぶりに感服。天晴だ。

 

 

なお、7月11日(金)に19時からタワーレコード渋谷店6階TOWER VINYL SHIBUYAで、佐橋佳幸、能地祐子出演のトーク&サイン会【佐橋佳幸】「佐橋佳幸の仕事1983-2025 EN」発売記念イベントが開催される。是非、駆け付けて欲しい!

 

 

https://towershibuya.jp/2025/06/27/215489

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 

 

 

“コロナで2年、病気で2年”――と、森山達也は言った。コロナと突発性難聴(それ以前、2016年には半月板損傷と軟骨の炎症の治療のためのライブが延期と中止になっている)、THE MODSのライブは延期や中止が相次いだ。コロナに関しては森山が罹患したわけではないが、ライブハウスやコンサートホールなどは“三密”の名目で、コロナ発生の温床として、検温・消毒、マスク着用、健康状態の事前申告、ビニールカーテンの使用、客席の間隔を空ける、ワクチン接種……など、様々な対策が講じられたものの、彼らに限らず、ライブシーンは停滞した。漸くコロナが明けたかと思ったら森山の突発難聴で、THE MODSとしての活動は休止となる。その間、THE MODSとして4人で行ったライブは2022年7月9 日(土)に東京「日比谷野外大音楽堂」で開催した「THE MODS 40th ANNIVERSARY LIVE ENCORE」まで遡らなければならない。

 

 

同2022年11月、12月には名古屋、大阪、福岡、東京を回る全国4カ所、全8公演のアコースティックツアー「THE MODS Premium Acoustic Tour 2022 “DRIVE WAY JIVE”」が予定されていたが、森山の体調不良のため、公演は全て中止になる。森山は前述通り、突発性難聴と診断され、バンド活動はストップした。

 

 

 

昨2024年3月30日の森山の68回目の誕生日には東京・代官山「UNiT」で、療養中の森山へのエールとバンドの復活を待ち焦がれるファンのため、北里晃一(B、Vo)、苣木寛之(G、Vo)、佐々木周(Dr、Vo)というメンバー3人がゲストを迎えてイベント「THE MODSを止めるな!~Roulette Ball~」が開催された。盟友KOZZY IWAKAWA(THE COLTS、THE MACKSHOW)を始め、増子直純(怒髪天)、武藤昭平(勝手にしやがれ)、たちばなテツヤ(SPARKS GO GO)、TAISEI(SA)、高木克(ソウル・フラワー・ユニオン)、甲田“ヤングコーン”伸太郎、AKIRA(Luv-Enders)、Yama-Chang(THE COLTS)というTHE MODSを敬愛するミュージシャン達が集まった。イベント後半では森山からのビデオメッセージも会場で流された。イベントの模様は後日、Streaming+にて配信されている。

 

 

 

森山が北里、苣木、佐々木とともに4人で観客の前に立つのは昨2024年11月24日(日)に東京・鶯谷「東京キネマ倶楽部」で行われた「THE MODS SWITCH LIVE 2024 “REV REHAB”」と題したファンクラブ「SWITCH」の会員限定のライブまで待たなくてはならなかった。“REV REHAB”とは“回転数を上げてゆくリハビリ”という意味だという。“いきなりの爆音で飛ばすライブではなく、アコースティック・セットから少しずつ慣らしてゆければ”――と、同ライブの告知に書かれていた。同じく“このトライはTHE MODSにとって最大の試金石となるだろう。見届けて欲しい”とあった。

 

 

「東京キネマ倶楽部」で行われた2年4ヶ月ぶりのライブは、869日ぶりの4人でのステージになった。会員のみにという限られた観客の前で行われたもののため、同ライブの模様はオフレコではないものの、あまりリポートされることもなかった。実際、その場で見たライブは、慣れないイヤモニ(イヤーモニター)と格闘しながらも少しずつ、回転を上げ、アコースティック主体の座りのライブながら会場は熱気を帯び、その場にいるものにTHE MODS健在を印象づけるものだった。森山自身はステージで“完全復活ではない”と強調していたが、そのライブは上々のもので、これまでも時折、開催したアコースティック・ライブと遜色がなく、いかにもTHE MODSらしいものだった。改めて復活ライブを望む声がロックシーンに溢れる。

 

 

 

同ライブの“手応え”が半年後、大阪・福岡・名古屋・東京を回るツアー「THE MODS Premium Acoustic Tour 2025 “REV REHAB AROUND”」を森山達也を始め、メンバーやスタッフに決意させた。改めて日程を書き記すと、5月17日(土) 大阪 「なんばHatch」、5月24日(土) 福岡 「UNITEDLAB」、 5月31日(土) 名古屋「 DIAMOND HALL」、6月5日(木) 東京・恵比寿「LIQUIDROOM」になる。

 

 

 

THE MODSの長きに渡る不在、ロックシーンの飢餓感は日毎に高くなる。そんな欲求に応えるべく、決行された「THE MODS Premium Acoustic Tour 2025 “REV REHAB AROUND”」。昨年の東京でのファンクラブ「SWITCH」限定ライブ同様、アコースティックな“リハビリライブ”ながら今回はファンクラブ限定ではなく、一般発売もされる。しかし、ファンの熱狂ぶりは高く、売り出されたチケットは全会場とも一瞬にしてソールドアウトになる。“KIDS”達はTHE MODSをそれだけ待ち焦がれていた――その証拠ではないだろうか。

 

 

このツアーでは“吉報”も飛び込む。5月24日(土)の福岡「UNITEDLAB」でのライブ後、元SONHOUSEの浦田賢一の結成したSHOTGUNのメンバーだった白井哲哉&俊哉の白井兄弟が経営するライブバー「音処しらいんがた」で“After Party”が行われている。白井兄弟、その日、久留米でシーナ&ロケッツの公演を終えた川嶋一秀が同所で合流して、セッションも行われたと、THE MODSのSNSに報告されている。森山は「今夜 決めよう」や「I don't wanna talk about it」、「Route 66」、「Walking the dog」、「Boom Boom」、「Bring it on home to me」などを歌ったという。

 

 

恐らく、その場にいたかったと、誰もが思ったかもしれないが、逆に言えば”リハビリライブ”とは言え、ライブ後もそれだけのことができるのであれば“本編”はもっと期待していいと言っていいだろう。ライブへの期待は嫌がおうでも上がるというものだ。

 

 

 

 

そうして迎えたツアーの最終日、6月5日(木)の東京・恵比寿「 LIQUIDROOM」。会場は既にソールドアウト。会場いっぱいに観客が詰めかけている。開演前からモッズコールが鳴り響くが、いつもと違うのは客席がオールスタンディングではなく、席が用意してあること。メンバー自身が着席しての歌唱や演奏、いわゆる“座り”のライブなので、当然、客席には椅子がある。同所にしては珍しい光景だが、“立ち”のコンサートではないので、仕方がないだろう。

 

 

森山達也(Vo、G)、北里晃一(B、Vo)、苣木寛之(G、Vo)、そして佐々木周(Dr)の4人がステージに登場する。いつもと違うのは、佐々木は当然として、4人が椅子に座ったこと。この日、オープニングナンバーとして披露されたのは「DREAM ON」である。同曲は1985年にリリースされた5枚目のオリジナルアルバムにして、THE MODSが出演した映画『夜のハイウェイ』(THE MODSというロックバンドと2人の少年との交流を描いた作品で“ティーンネイジャーの成長”がテーマ。出演は木村一八、高木沙耶、永瀬正敏)のサントラを兼ねるアルバム『BLUE -Midnight Highway-』に収録されている。“Dream On――夢を見続けろ”と歌われるのだ。そしてEPIC・ソニー、スカーフェイス(徳間JAPAN)を経て、アンティノスレコード移籍第一弾にして、『NAPALM ROCK』(1989年)以来のロンドン録音アルバム『KILBURN BRATS』(1995年)に収録された「LESS THAN ZERO」を畳みかける。同アルバムはスカーフェイスレーベルを解散させ、レコード会社、事務所など、すべてをゼロにしてフラットな状況からスタートした作品だ。「LESS THAN ZERO」は“踏み出さなけりゃ意味がない”と歌われる。アコースティックなサウンドながら鋭角的な言葉が突き刺さる。

 

そして『Blue-Midnight Highway』のタイトルトラックとでもいうべき「夜のハイウェイ」が続いて歌われる。「夜のハイウェイ」は福岡時代から歌われてきたTHE MODS流のポップな名曲でもある。

 

 

実は『BLUE -Midnight Highway-』は、特別なアルバムである。THE MODS自らが出演する映画のサントラだが、ある意味、映画のテーマに寄り添いつつ、THE MODSのポップさを思い切り表現した作品でもある。EPIC・ソニーの創始者にして、現在もTHE MODSに関わる丸山茂雄が彼らのデモテープを聞き、いつか、リリースしたいと思ったポップな名曲(「夜のハイウェイ」、「夜が呼んでいる」と並ぶ、俗に“夜シリーズ”の名曲と言われる「END OF THE NIGHT」)もレコーディングされている。同曲は、完成するものの、その出来にメンバーは満足できず、文字通り、幻の名曲になってしまった。かつて、森山は“THE MODSはどんなパンクバンドよりハードでパンク。どんなポップバンドよりもメロディアスでポップ”と言っていた。彼らをメジャーデビュー前から知っていた福岡のロックファンなら納得だろう。誤解を恐れずに言えば、どんな歌謡ロックや歌謡フォークにも負けない、とてつもないポップさがあるのだ。

 

 

アコースティックなサウンドで歌われることで、爆音にまぎれ、その骨格が見えにくかった楽曲の良さ、優れたメロディーが改めて浮き彫りにされ、それらが際立つ。同時に森山の歌が歌詞を含め、すんなりと直截に心と身体の奥底に入って来る。

 

 

4曲目は同じく『KILBURN BRATS』(1995年)に収録された「WAS 17」が披露される。同曲も“夜のハイウェイ”のテーマとリンクする。“ティーンエイジブルー”を歌ったものだ。

 

 

続けて「JET LAG BLUES」(1986年『CORNER』)、そして苣木のヴォーカルをフィーチャーしたワークソング「WORK HARD LITTLE PAY」(2007年『FREED』)が披露される。DUDE TONEとしても活動する苣木、今年1月には百々和宏(MO'SOME TONEBENDER)、ヤマジカズヒデ(dip)、穴井仁吉(TH eROCKERS)、クハラカズユキ(The Birthday)、細海魚(HEATWAVE)などが参加する“ももヤマ穴Q魚”のライブにゲスト出演するなど、ソロ活動も活発。ヴォーカルにも磨きがかかるというもの。

 

 

そして1988年に地元・博多の「ヒーコンスタジオ」でレコーディングされ、山部“YAMAZEN”善次郎や藤井尚之など、博多の友人ミュージシャンが多数参加したホームメイド感覚のプライベートなアルバム『EASY COME EASY GO』に収録されたダウントゥアースなバラッド「ANGEL」を披露する。同アルバムは“HOME”でのレコーディングにメンバーもレイドバックして、バック・トゥ・ルーツしたオーソドックスサウンドが特色だった。

 

 

同曲を終えると、メンバーの4人に2人の仲間が加わる。JAH‐RAH(Per)と、KOZZY(G)である。JAH‐RAHはソウル・フラワー・ユニオンや麗蘭のメンバーとして活動しつつ、奥田民生や甲斐よしひろ、LOVE PSYCHEDELICO、KEN YOKOYAMAなどのサポートでお馴染み。KOZZYは説明不要だろう。KOZZYこと、岩川浩二は“ROLLIE”から“THE COLTS”、“ザ・マックショウ”まで、THE MODSとの付き合いは長い。THE MODS FAMILYの一員だ。森山・KOZZYという師弟コンビニよるバスキングユニット「THE GANG BUSKERS」を結成。2018年には福岡の糸島で開催された“Sunset Live2018”にも出演している。2020年には、コロナ禍の中、森山にとって1985年のソロ活動以来35年振りの新作になる“T.MORIYAMMER”というソロ名義のマキシシングル「GET YOURSELF」もプロデュースした。

 

 

サポートメンバーを加えて、労働者階級への応援歌「WAH WAH」(1993年『TIES』)、この世界への意義申し立て「やってられないぜ」(2020年にリリースした4曲入りマキシシングル「DRIVE WAY JIVE」に収録)と、軽快でいてチクリとくるナンバーを連発。サポートメンバーによって、音に華やかさと遊びが加わる。さらにTHE MODSの初期のナンバーで『HANDS UP』(1983 年 )に収録されたメロウなナンバー「HONEY BEE 」、北里をフィーチャーしたパンクチューン「BLACK BLITZ BOY」(北里晃一が1988年にリリースしたソロシングル)、「今夜決めよう」(1996年『ZA MOZZ』)などを披露する。自らの青春時代を懐古しつつ、それはKIDS達への応援歌でもある。そして、森山達也が描く“トゥルーロマンス”とでも言うべきナンバー「クラレンス+アラバマ」(2010年『SHOTGUN SQUALL』)が披露される。その歌を聞けば、映像が浮び、台詞が飛び込んでくるはず。“ストリートのストーリーテラー”である森山達也の面目躍如だろう。

 

“本編最後”のナンバーを歌い終えると、メンバーはステージから消える。そして数分後、4人のメンバーと2人のサポーターがステージに戻ってくる。

 

 

彼らが演奏したのは『LOOK OUT』(1982年)に収録されている「HIT THE TOWN」。“この街をたたけ”と歌われる。“最初のアンコール”では、1981年にリリースされたデビューアルバム『FIGHT OR FLIGHT』 に収録されている「不良少年の詩」も放たれる。観客は“待ってましたー!”と、ばかり、歓喜の叫びを上げる。

 

 

そして“2回目のアンコール”はメンバー4人で「LIVE WITH ROCK‘N’ROLL」(2004年『LIVE WITH ROCK’N’ROLL』)が歌われる。「Two Punks」や「LOOSE GAME」に連なるナンバーだ。THE MODSの改めての不退転の決意表明ではないだろうか。

 

 

続いて「激しい雨が」を観客に浴びせかける。さらに2021年、コロナ禍に放たれた「涙のワンウェイ」(マキシシングル「READY TO ROCK」に収録)を畳みかける。このブロックでTHE MODSは彼ららしい激しさと熱さを込め、観客の心と身体を射抜いてみせる。この3曲だけは4人で演奏するという決意や覚悟を感じさせるのだ。

 

 

 

同曲を終えると、4人はステージから消える。しかし、数分後、メンバーの4人はサポートの2人をともないステージに三度、現れる。“3回目のアンコール”を観客は歓喜の拍手と歓声で迎える。

 

 

演奏されたのはザ・クラッシュがカヴァーしたことで知られるソニー・カーティスの「I Fought the Law」。同曲をTHE MODS流にカヴァーしている。観客にはお馴染みのスタンダードになっている。ちなみに同曲は『NAPLM ROCK』(1989年) 収録の「HEY!! TRAVIS」のリテイクシングルに「S・O・S」と「I FOUGHT THE LAW」のライブヴァージョンとしてカップリングされた。

 

 

 

さらに『HANDS UP』(1983年) に収録された「GO-STOP BOOGIE」を演奏する。行くか、止まるか――行っては止まりつつ、しかし進んでいく――そんな“BOOGIE”がTHE MODSらしい。

 

 

体調は一進一退ながら――森山は“秋から冬にかけて“立ちのライブをやりたい”と、この日、観客に告げている。「完全復活を宣言」などではないが、その日が近いことを予感させる。観客にとって、何よりも嬉しい「報告」(「言質」と、勝手に解釈しておこう!)ではないだろうか。

 

 

同時にTHE MODSのハードでパンクな面だけでなく、メロディアスでポップな面を再確認させるライブでもあった。あまり言われることはないが、森山達也は日本屈指のメロディーメイカーであり、ストーリーテラーでもあるのだ。“リハビリライブ”といいつつも単なる“お試し”などではなく、アコースティックによる楽曲の構造と歌詞と歌の関係性を改めて提示してみせた。また、その歌は映像と物語を喚起する。彼らのルーツを辿りながらも彼らの曲が持つ“イノセンス”を露わにしている。ライブを目の当たりにすると、様々な映像が浮かぶ。幸いなことにデビュー前の彼らを博多で見る機会に恵まれている。森山は45年前、親不孝通りの喫茶店で、“俺達は失敗しないと思います”と、目を輝かしながら話してくれた。

 

 

 

THE MODSは昨2024年12月にメジャーデビュー前の博多時代を描いた書籍『Hey! Two Punks The Mods : The Early Days 博多疾風編』を上梓した。THE MODSデビュー前夜までの知られざる物語を披歴している。何か、この日のライブが同書と地続きであることを感じる。まだ、THEMODSがTHE MODSになる前の時代、同時にそれはいまも大事にしている、THE MODSの原石の時代でもある。単なる懐古趣味ではなく、原点回帰しながらも現在を見つめ、未来を思い描く――。

 

 

 

まさに青天の霹靂である。オールスター明けだと誰もが思っていたら6月15日(日本時間16日)、ドジャーズは球団公式X(旧ツイッター)を更新し、同月16日(同17日)の本拠地で開催されるドジャーズVSパドレス戦で大谷翔平が先発登板すると発表。翌日、2シーズンぶりに“投打の二刀流”での復帰を果たした。1回28球、1失点ながら、最速161.2キロを記録している。打者として同点打と勝ち越し打を放ち、ドジャーズを勝利に導いている。ドジャーズでの投手としてのデビュー。663日ぶりの二刀流の復活、投手復帰である(ちなみに2回目の二刀流復活は6月22日、日本時間、23日。1回18球、無安打・無失点、三振2,最速159キロ。打者としては4打数2安打、1本塁打、3塁打を含み、5打点という、破格の活躍!)。まさかの展開だが、ある意味、森山の“リハビリライブ”は、大谷のライブBP(Live Batting Practice――実戦形式の打撃練習を指し、投手が実際の打者を相手に投球する練習のこと)を経ての実戦デビューに近いのではないだろうか。

 

 

森山も終演後、やってみなければわからない、このライブがどれだけの身体の負担や負荷が掛かるかわからないが、とりあえず、やってみるしかないと言っていた。大谷はライブBPで負担がかかるなら実戦でかかる方がいいと言っていた。ライブから数日後に更新されたTHE MODSのSNSを見ると、大きな異変や不調はなかったようだ。

 

また、イヤモニを使用することで、歌が耳にダイレクトに入って来るので、丁寧に歌うことを務めたとも言っていた。森山達也の完全復活は近いと書くと、誇大広告なるかもしれないが、この秋から冬にかけて、彼らが改めて動くことになるだろう。その前にも嬉しいニュースが飛び込むかもしれない。THE MODSの完全復活を心待ちにする。

 

 

 

実はライブとは関係ないが、とても印象に残るシーンがあったので、書き留めておく。ライブ後半を過ぎ、佳境に至る直前、客席後方にいた男性の観客が体調を崩したらしく、倒れ込んでいた。それを見た観客がスタッフに伝え、観客とともにその男性を抱え、ロビーに運び出して、救急車を手配、その男性は無事に緊急搬送されている。その場をスタッフとともに差配し、迅速な対応をしたのはメンバーの家族の方だった。観客、スタッフ、文字通りのTHE MODS FAMILYという連携は、やはりTHE MODSならではだろう。ステージの演奏に熱狂しながらも目の前に起こっていることを見逃さず、いま人としてやるべきことを優先する。バンドとともに観客が成長していることを再確認する。THE MODSは素晴らしいFAMILYやGOOD FELLOWSに囲まれている。素敵なことではないだろうか。


なお、本原稿は福岡発のビートミュージックの応援サイト「福岡BEAT革命」のHPに掲載したものにアメブロ用に加筆したものになる。同HPにはオフィシャルのライブ写真なども掲載されている。ともにご覧いただきたい。

 

 

 

https://www.fukuokabeatrevolution.com/post/%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BE%8C%E3%81%AE-two-punks-%E9%81%94%E3%80%8Cthe-mods-premium-acoustic-tour-2025-rev-rehab-around-%E3%80%8D