高崎駅東口からテンペラスデッキで、徒歩7分ほどのところにある高崎芸術劇。“1961年に建設された群馬音楽センターの歴史と精神を継承・進化させ、新しい高崎の都市文化を創造・発信する劇場”として、2019年9月20日に開館されている。華美な装飾や外連に凝ることなく、どこか瀟洒な作りが街に馴染み、変に威風堂々としてないところが好ましい。会館内のデジタルサイネージにはCharや矢野顕子などのポップスだけでなく、クラシックや落語などの公演の告知もされている。ラウンジなども寛げ、ちゃんと、クロークも完備している。ちなみに10月5日(日)には高崎芸術劇場 大劇場で開催される「高崎音楽祭」にミッキー吉野は堺正章、シシド・カフカ、ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)、澤竜次(黒猫CHELSEA)などと結成した「堺正章 to MAGNETS」として出演する。
このツアーはまだまだ続くので、セットリストなど、詳述はできないが、この日の始まりはゴダイゴが1979年にリリースした4枚目のオリジナルアルバム『OUR DECADE』に収録された「PROGRESS AND HARMONY」。進歩と調和――かの古の“万博”のテーマだった。そして「LIGHTING MAN」が歌われる。“照明さん、灯りを下さないで、ライブは続く、これからだよ”というメッセージはいまの彼らならではだろう。
ピーター・ゴールウェイと佐橋佳幸の“縁”(出会い)と“円”(繋がり)が生んだピーター・ゴールウェイ&佐橋佳幸の共演アルバム『EN』。その“縁”と“円”がさらに深まるかのように2人は同作のお披露目ツアーとでもいうべき、6月22日(月)に京都「RAG」、6月23日(月)に「ビルボードライブ大阪」、6月25日(水)に「ビルボードライブ横浜」、6月26日(木)に「ビルボードライブ東京」を巡る「佐橋佳幸&ピーター・ゴールウェイ“EN” Japan Tour 2025」に出た。
ピーター・ゴールウェイ(G、Vo)と佐橋佳幸(G、Vo)をアルバム『EN』に参加したDr.kyOn(Kb、G)、小原礼(B)、屋敷豪太(Dr)がバックアップ。前半は1978年のアルバム『On The Bandstand』のタイトルトラックやローラ・ニーロの「Save The Country」のカヴァー、『EN』に収録された「French Is Spoken Far From Here」などを披露。途中から『EN』のレコーディングに参加した山本拓夫(Sax)がスペシャルゲストとして登場する。山本と佐橋は高校時代からの音楽仲間で、時機は多少前後するが、佐野元春のHOBO KING BANDのバンドメイト(いうまでもなくDr.kyOnもHOBO KING BANDのバンドメイト。Dr.kyOnは佐橋とDarjeelingというユニットも結成)である。彼を加え、「Coltrane’s Blue World」を演奏する。ジャズフィーリングを纏う同曲はAORの趣き。シティポップ度が増していく。後半は同じく『EN』に参加した松たか子がスペシャルゲストとして登場。続いて『EN』に参加した大貫妙子も出てくる。大貫妙子は、いうまでもなく、シュガーベイブの元メンバーで、いまやシティポップの代名詞と言われ、世界中の“大貫妙子好きYOU達”から愛された「都会」、「4:00 A.M.」の作者でもある。
3人の豪華ゲストともに『EN』に収録された未来の名曲達を歌い継いでいく。数度の来日経験のあるピーターが描いた都市の風景が歌われる。会場は六本木(住所的には港区赤坂)ながら、その歌からはミッドタウンではなく、新宿の風景が広がる。新宿のネオンや歌舞伎町、新宿プリンス、スポーツバーなどが歌われる「English Football At the Prince Hotel」や「Shinjuku Neon」などが披露される。松たか子や大貫妙子が“新宿ネオン”なんていうコーラスを付けるところが、いい意味で場違いでドギマギさせられる。インバウンドが見た東京の景色というか、日米混成による新しいシティポップの誕生と、こじつけたくもなるもの。それがこのメンバーで行われているところが“肝”ではないだろうか。
“コロナで2年、病気で2年”――と、森山達也は言った。コロナと突発性難聴(それ以前、2016年には半月板損傷と軟骨の炎症の治療のためのライブが延期と中止になっている)、THE MODSのライブは延期や中止が相次いだ。コロナに関しては森山が罹患したわけではないが、ライブハウスやコンサートホールなどは“三密”の名目で、コロナ発生の温床として、検温・消毒、マスク着用、健康状態の事前申告、ビニールカーテンの使用、客席の間隔を空ける、ワクチン接種……など、様々な対策が講じられたものの、彼らに限らず、ライブシーンは停滞した。漸くコロナが明けたかと思ったら森山の突発難聴で、THE MODSとしての活動は休止となる。その間、THE MODSとして4人で行ったライブは2022年7月9 日(土)に東京「日比谷野外大音楽堂」で開催した「THE MODS 40th ANNIVERSARY LIVE ENCORE」まで遡らなければならない。
同2022年11月、12月には名古屋、大阪、福岡、東京を回る全国4カ所、全8公演のアコースティックツアー「THE MODS Premium Acoustic Tour 2022 “DRIVE WAY JIVE”」が予定されていたが、森山の体調不良のため、公演は全て中止になる。森山は前述通り、突発性難聴と診断され、バンド活動はストップした。
昨2024年3月30日の森山の68回目の誕生日には東京・代官山「UNiT」で、療養中の森山へのエールとバンドの復活を待ち焦がれるファンのため、北里晃一(B、Vo)、苣木寛之(G、Vo)、佐々木周(Dr、Vo)というメンバー3人がゲストを迎えてイベント「THE MODSを止めるな!~Roulette Ball~」が開催された。盟友KOZZY IWAKAWA(THE COLTS、THE MACKSHOW)を始め、増子直純(怒髪天)、武藤昭平(勝手にしやがれ)、たちばなテツヤ(SPARKS GO GO)、TAISEI(SA)、高木克(ソウル・フラワー・ユニオン)、甲田“ヤングコーン”伸太郎、AKIRA(Luv-Enders)、Yama-Chang(THE COLTS)というTHE MODSを敬愛するミュージシャン達が集まった。イベント後半では森山からのビデオメッセージも会場で流された。イベントの模様は後日、Streaming+にて配信されている。
森山が北里、苣木、佐々木とともに4人で観客の前に立つのは昨2024年11月24日(日)に東京・鶯谷「東京キネマ倶楽部」で行われた「THE MODS SWITCH LIVE 2024 “REV REHAB”」と題したファンクラブ「SWITCH」の会員限定のライブまで待たなくてはならなかった。“REV REHAB”とは“回転数を上げてゆくリハビリ”という意味だという。“いきなりの爆音で飛ばすライブではなく、アコースティック・セットから少しずつ慣らしてゆければ”――と、同ライブの告知に書かれていた。同じく“このトライはTHE MODSにとって最大の試金石となるだろう。見届けて欲しい”とあった。
THE MODSの長きに渡る不在、ロックシーンの飢餓感は日毎に高くなる。そんな欲求に応えるべく、決行された「THE MODS Premium Acoustic Tour 2025 “REV REHAB AROUND”」。昨年の東京でのファンクラブ「SWITCH」限定ライブ同様、アコースティックな“リハビリライブ”ながら今回はファンクラブ限定ではなく、一般発売もされる。しかし、ファンの熱狂ぶりは高く、売り出されたチケットは全会場とも一瞬にしてソールドアウトになる。“KIDS”達はTHE MODSをそれだけ待ち焦がれていた――その証拠ではないだろうか。
このツアーでは“吉報”も飛び込む。5月24日(土)の福岡「UNITEDLAB」でのライブ後、元SONHOUSEの浦田賢一の結成したSHOTGUNのメンバーだった白井哲哉&俊哉の白井兄弟が経営するライブバー「音処しらいんがた」で“After Party”が行われている。白井兄弟、その日、久留米でシーナ&ロケッツの公演を終えた川嶋一秀が同所で合流して、セッションも行われたと、THE MODSのSNSに報告されている。森山は「今夜 決めよう」や「I don't wanna talk about it」、「Route 66」、「Walking the dog」、「Boom Boom」、「Bring it on home to me」などを歌ったという。
実は『BLUE -Midnight Highway-』は、特別なアルバムである。THE MODS自らが出演する映画のサントラだが、ある意味、映画のテーマに寄り添いつつ、THE MODSのポップさを思い切り表現した作品でもある。EPIC・ソニーの創始者にして、現在もTHE MODSに関わる丸山茂雄が彼らのデモテープを聞き、いつか、リリースしたいと思ったポップな名曲(「夜のハイウェイ」、「夜が呼んでいる」と並ぶ、俗に“夜シリーズ”の名曲と言われる「END OF THE NIGHT」)もレコーディングされている。同曲は、完成するものの、その出来にメンバーは満足できず、文字通り、幻の名曲になってしまった。かつて、森山は“THE MODSはどんなパンクバンドよりハードでパンク。どんなポップバンドよりもメロディアスでポップ”と言っていた。彼らをメジャーデビュー前から知っていた福岡のロックファンなら納得だろう。誤解を恐れずに言えば、どんな歌謡ロックや歌謡フォークにも負けない、とてつもないポップさがあるのだ。
続けて「JET LAG BLUES」(1986年『CORNER』)、そして苣木のヴォーカルをフィーチャーしたワークソング「WORK HARD LITTLE PAY」(2007年『FREED』)が披露される。DUDE TONEとしても活動する苣木、今年1月には百々和宏(MO'SOME TONEBENDER)、ヤマジカズヒデ(dip)、穴井仁吉(TH eROCKERS)、クハラカズユキ(The Birthday)、細海魚(HEATWAVE)などが参加する“ももヤマ穴Q魚”のライブにゲスト出演するなど、ソロ活動も活発。ヴォーカルにも磨きがかかるというもの。
そして1988年に地元・博多の「ヒーコンスタジオ」でレコーディングされ、山部“YAMAZEN”善次郎や藤井尚之など、博多の友人ミュージシャンが多数参加したホームメイド感覚のプライベートなアルバム『EASY COME EASY GO』に収録されたダウントゥアースなバラッド「ANGEL」を披露する。同アルバムは“HOME”でのレコーディングにメンバーもレイドバックして、バック・トゥ・ルーツしたオーソドックスサウンドが特色だった。
彼らが演奏したのは『LOOK OUT』(1982年)に収録されている「HIT THE TOWN」。“この街をたたけ”と歌われる。“最初のアンコール”では、1981年にリリースされたデビューアルバム『FIGHT OR FLIGHT』 に収録されている「不良少年の詩」も放たれる。観客は“待ってましたー!”と、ばかり、歓喜の叫びを上げる。
そして“2回目のアンコール”はメンバー4人で「LIVE WITH ROCK‘N’ROLL」(2004年『LIVE WITH ROCK’N’ROLL』)が歌われる。「Two Punks」や「LOOSE GAME」に連なるナンバーだ。THE MODSの改めての不退転の決意表明ではないだろうか。
続いて「激しい雨が」を観客に浴びせかける。さらに2021年、コロナ禍に放たれた「涙のワンウェイ」(マキシシングル「READY TO ROCK」に収録)を畳みかける。このブロックでTHE MODSは彼ららしい激しさと熱さを込め、観客の心と身体を射抜いてみせる。この3曲だけは4人で演奏するという決意や覚悟を感じさせるのだ。
THE MODSは昨2024年12月にメジャーデビュー前の博多時代を描いた書籍『Hey! Two Punks The Mods : The Early Days 博多疾風編』を上梓した。THE MODSデビュー前夜までの知られざる物語を披歴している。何か、この日のライブが同書と地続きであることを感じる。まだ、THEMODSがTHE MODSになる前の時代、同時にそれはいまも大事にしている、THE MODSの原石の時代でもある。単なる懐古趣味ではなく、原点回帰しながらも現在を見つめ、未来を思い描く――。