Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -6ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

湯浅学や根本敬などとの交流(湯浅学とはサミー前田、西村雄介、諸橋茂樹とともにチンポコズなるバンドを組んでいた!)で知られ、バンドブ―ム黎明期からバンドマン達を数多、撮影しているカメラマン・大西基の写真展『夢うつつの日々2 1988年バンドブームから』を昨日、6月16日(月)、東京・四谷「ギャラリーヨクト」見てきた。

昨2024年に開催された写真展『夢うつつの日々 1987年バンドブーム前夜』の続編らしいが、残念ながら昨年の写真展は見逃してしまった。

今回、ご本人から直接、撮影した写真のクレジットなどのことで、問い合わせをいただき、写真展の開催を知った。問い合わせのあった写真、実は某宝島で、私が編集を担当したものだった。すっかり忘れていたが、今回、会場で写真の紙焼きや記事の切り抜きを見て、改めて思い出した。柴山俊之と仲野茂がプロデュースして、PANTA、柴山俊之、仲野茂、ケラ、石橋凌、忌野清志郎、ジョニー・サンダースなどが参加したカヴァーイベント「THE COVER SPECIAL」(1988年2月6日、渋谷公会堂で開催されている)だった。

改めて、この写真展の会場に足を踏み入れると、あの日の記憶が鮮明(というほどではないが、うろ覚えながら)蘇って来る。今回の写真展には現在も活動するロッカー達の30数年前、青春時代がカメラ=万年筆の如く、鮮明、かつ、精緻に記録されている。ジュンスカや筋少、プライベーツ、アンジー、エレカシ、コレクターズ。POGO、ブランキージェットシティ……など、彼らの若き日々をちゃんと写真に収めている。賛否両論のあったバンドブームだが、ある種のバンドバブルという好景気と、ライバル心むき出しではない友達感覚の交流が数多くのムーブメントを生んでいる。“P-ROCK(ポコチンロック)”など、あの“勢い”や“悪乗り”がなかったら、絶対、出てこなかった発想だろう。バンドとスタッフ、ライター、カメラマンなどの共犯関係(笑)みたいなものだった。ちなみに大西はP-ROCKの公式カメラマンだったらしい。

そんなムーブメントのど真ん中にいた大西基。自己主張全開ではなく、控えめながら、正しい時に正しい場所にいる。そんな時代と空気に自然に嵌る柔らかさと優しさを纏っていた。写真のキャプションは大西が当時を懐古して書いたものだが、彼らしい筆致で、写真と共振している。フリクションのレックとのエピソードもキュンとくる。現地で確認してほしい。

30点以上におよぶ日本のバンドマンたちの貴重なショットが展示されている。会場では撮影も許可されている(SNSでの公開は不可)。当時、青春時代の渦中にいた、当時を懐かしむ方々がたくさん来場されていて、思い出を真空パックするため、撮影する方もいた。個人が楽しむ分には“持ち帰り可能”だ。

この写真展は6月14日(土)から6月29日(日)まで前述通り、東京・四谷「ギャラリーヨクト」(最寄りは東京メトロ丸ノ内線「四谷三丁目」駅2番出口)で開催されている。

6月28日(土)には、当時、音楽雑誌の編集者で大西のバンドメイトだったサミー前田ほかによるトークイベントも開催されるという。当時、某宝島でポコチンロックを仕掛けた編集者も来るそうだ。トークイベントに参加するかわからないが、ブルハや筋少なども担当していた。聞けば気軽に応えてくれるだろう。

ちなみに最寄り駅は地下鉄の「四谷三丁目」だが、四谷から歩いて行くことをお勧めする。しんみちや荒木町にはグルメな名店がたくさんある。写真展の前後に是非、立ち寄ってもらいたい。

 



大西基写真展 夢うつつの日々2 1988年バンドブームから
2025年6月14日(土) ~6月29日(日)
水曜休み 13:00 ~19:00

ギャラリー ヨクト
〒160-0004 東京都新宿区四谷4-10 ユニヴェールビル102
Tel:03-6380-1666
Mail:galleryyocto@gmail.com
最寄駅:東京メトロ丸ノ内線「四谷三丁目」駅2番出口

http://blog.livedoor.jp/galleryyocto/archives/44581879.html

 

 

 

 

先週、6月3日(火)は土砂降りの雨と風。国民から愛されたスーパースターの逝去の報への涙雨か。その日は朝から懐かしい映像が流れていた。

 

コロナ禍もあって、11年ぶりになるという竹内まりや の全国アリーナツアー「souvenir 2025 mariya takeuchi live」。 2025年4月から6月にかけて8都市14公演が行われる。6月3日(火)、4日(水)と、2日連続で開催された同ツアーの横浜アリーナ公演の“初日”、3日(火)の公演を見る。“夫婦割引でもれなく山下達郎がついてくるという同公演、日本で最高のプロデューサーが集めた最高のバンドが最高の歌手を支える。

 

改めてメンバーを書き記しておく。竹内まりや(Vo)をバックアップするのはバンドマスター、プロデューサーの山下達郎(G、Cho 、Vo)を始め、小笠原拓海(Dr)、伊藤広規(B)、鳥山雄司(G)、難波弘之(P、Kb)、柴田俊文(Kb)、宮里陽太(Sax)、ハルナ(Cho)、ENA(Cho)、三谷泰弘(Cho)というラインナップ。いうまでもなく、山下達郎のツアーに帯同する頼もしい仲間達。その腕前は説明不要だろう。腕に覚えありの匠たち。“もれなく山下達郎バンドもがついてくる”のだ。

 

それが悪いわけはない。デビュー時のRCA時代のアルバムから最新アルバム『Precious Days』まで、名曲を選りすぐり。ほとんどの曲を知っていた。知らぬ間に彼女の歌は私達に届いている。確かに大量出稿のCMソングや高視聴率のドラマの主題歌というタイアップもあるかもしれないが、しかし、届くということは量的なことだけではない。映像や物語など、様々な“NOISE”を通り越して、心や身体の奥深いところに入って来る。サブリミナル効果などではないが、侵入してくるといっていいだろう。

 

今回、歳を重ねるということや音楽家としての生き方、居住まいなどを考えさせられた。彼女自身が本2025年3月20日に70歳、古希を迎えたこともあるのか、年齢について度々、言及していた。この日の観客の年齢比率は60代が中心で、その次に多かったのが50代だという。驚異の年齢構成だ。歳を重ねるなどと言われなくても演者や観客の年齢は上がるもの。それでも離脱することなく、付いていく。竹内まりやは1955年3月20日生まれ。70歳、デビューは1978年である。山下達郎は1953年2月4日生まれ、72歳。1975年にシュガーベイブ『SONGS』でデビューして50年になる。この4月には50周年記念盤もリリースされている。これは驚くべきことだろう。山下自身、30代から40代にこれからはミュージシャンではなく、スタッフとして裏方にまわると考えていたから、いまの現状はまさかだろう。竹内自身も山下は彼女のことを「シンガーソング専業主婦」と名付けていたが(竹内は「シンガーソング“兼業主婦”」と語る)、ソングライターとして活動してもライブに復帰するとまでは思ってなかったはず。

 

人生は何が起こるか、わからない。そのおかけで、私達は歳と年を重ねることで説得力と表現力が増し、コクのある熟成した楽曲に、この歳でも出会えることができるのだ。「静かな伝説(レジェンド)」や「人生の扉」、「いのちの歌」などは、やはり“成熟した大人”ではないと、あの説得力は生まれないだろう。その世代でないと歌えない境地かもしれない。改めて、それらの歌に励まされ、勇気付けられることを感じる。その歌が私達の生活や生き方に寄り添う。勿論、シティポップの名曲や初々しい初期のヒット曲も披露される。そんな中、杉真理や安部恭弘、加藤和彦、アン・ルイスなどの名前が度々出るのも昔から彼女を応援していたファンの方は嬉しいだろう。

 

また、歌手として、デビュー当時、伊東ゆかりに似ていると、多くの方が言っていたが、大衆的な親しみやすさと高貴な気品を併せ持つ。ポップスを歌うために生まれた歌声である。歳を経ての経年劣化などなく、より味わい深くなっている。同時に服部良一や中村八大、前田憲男……など、日本の歌謡曲やジャズなどの系譜に連なる歌い手、作家であることを再確認する。よく引用するが、大滝詠一は1994年にシュガーベイブの『SONGS』がリイシューされた際、ライナーノートに“本人はこういわれるのを嫌がるでしょうが、山下達郎は『クリスマス・イブ』の作者として日本歌謡史に残る人です。山田耕筰・滝廉太郎・中山晋平・古賀政男・服部良一・中村八大・筒美京平、という流れの後に続きます。”と書いていた。そんなことが重なる。

 

私達のスーパースターは今日も至高の音楽と歌声を届けてくれる。それにしても竹内まりやの生「おつかれ生です」はキュートでチャーミング。“元気を出して”と言われなくても元気になる。また、デュエットや2コーラス目などを歌うものの、変に前に出ることなく、控えめに竹内まりやを盛り上げる山下達郎の“内助の功”も微笑ましくなるのだ。

 

ここ数年、山下や竹内は誤解や曲解、放言などで“雑音”かまびすしい時期もあった。しかし、漸く音楽に集中できるようになったのではないだろうか。彼らの音楽を必要としている人達がたくさんいることを会場いっぱいの観客を前にして再確認したはず。

 

このライブ、6月14日(土)の北海道「北海道立総合体育センター 北海きたえーる」、6月24日(火)・25日(水)の神奈川「Kアリーナ横浜」と、残りは3公演のみだが、SNSを見るとキャンセル待ちや制作席解放などで、ぎりぎり間に合い、駆け込みしている方もいるみたいだ。いずれにしろ50万人がチケットを求めたという競争だが、最後の最後にチャンスにかけてみるべきだろう。詳しいことはHPなどを参考にしていただきたい。既に締め切りだったら申し訳ない。

 

 

実は、今期のドラマで欠かさず見たのはNHK総合ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』(出演:桜井ユキ・加賀まりこ・宮沢氷魚・土居志央梨)とTBS火曜ドラマ『対岸の家事』(出演:多部未華子・江口のりこ、ディーン・フジオカ)だった。詳述はしないが、生きづらさや無理解を克服し、かけがえのない日々を大事に丁寧に過ごしていく――そんな主人公の言葉や行いに勇気づけられる。特に重篤な病を抱えているわけでも家事に問題があるわけではないが、何故か、身近なものに感じ、見ていて心と身体が温かくなった。

 

改めて“かけがえのない日々”を意味する『Precious Days』というタイトルがついた竹内まりやの新作に掲載されている彼女が書いたライナーノートを読む。そこには“二度と取り戻すことのできない小さな一日一日をしっかりと味わいながら生きていきたい”と書かれていた。そんなことを考え、新作やライブを体験すると、また、違った景色が見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲ジュリッツ+少年ホームランズ 出演者全員集合!

(写真左から)Vicky(Kb)、亀(G)、オカジママリコ(B)、泉水敏郎(Dr)、

サエキけんぞう(Vo)、矢吹博隆(B)、吉田仁郎(G、Vil)

 

 

2025 年の怒涛のGWの初日、4月26日(土)は遠出を避け、勿論、「大阪・関西万博」には行かず、近場の原宿「クロコダイル」で「少年ホームランズVSジョリッツ<アルバム『少年ホームランズ』全曲演奏!>」を観覧。1979年の津田沼と2025年の原宿が繋がる。“ニューウエイブ”の先見性と万能性に驚く。懐かしい未来も整備不良のサイボーグも老人問題もPARCOもスマホ画面もSTAP細胞もニューウエイブの波間にあった。

 

 

千葉県市川市出身のサエキけんぞう(1958年7月28日年生まれ)が世に出たのはハルメンズ(1980年、鈴木慶一のプロデュースによってアルバム『ハルメンズの近代体操』でデビュー。翌1981年に同じく鈴木慶一のプロデュースによってセカンドアルバム『ハルメンズの20世紀』をリリースしている)だが、その前身は少年ホームランズである。サエキが進学した千葉県立千葉高等学校時代に、比賀江隆男(幼稚園と小学校時代の同級生)、石原智広(中学時代の同級生)などと結成したバンドだ。ハルメンズに参加する上野耕路(同じ高校の1年後輩)もサポートメンバーとして参加している。伝説のバンド、ハルメンズの前身なので、少年ホームランズ自身も伝説のバンドとして、既に伝説になっていた。伝説には光が当てられる。1987年に『少年ホームランズ(79年デモ音源集)』がリリースされ、2006年にはボーナス音源を追加して紙ジャケットでリリースしたアルバム『少年ホームランズ16』が出ている。さらに2016年には『少年ホームランズ(79年録音音源集)』がスペシャル・ボックスで限定リリース。 「昆虫軍(群)」、「電車でGO」、「レーダーマン」「母子受精」「隣の印度人」、「私ヤヨ!」など、 ハルメンズや戸川純の“名曲”としてお馴染みの楽曲のオリジナル・ヴァージョン、未発表音源を大量に収録した『満塁ホームランBOX/少年ホームランズ』がリリースされている。7000円超えという高価なものながら、500セットが完売したという。

 

その少年ホームランズは度々、再結成(再始動)されているが、この4月26日(土)に原宿「クロコダイル」で、サエキけんぞう(Vo)、矢吹博隆(B)、泉水敏郎(Dr)というオリジナルメンバー+ジョリッツメンバー(吉田仁郎<G、Vil>・亀<G>)+サポートメンバー(Vicky<Kb>)で復活。しかもジョリッツ(サエキけんぞう<Vo>・泉水敏郎<Dr>・吉田仁郎<G、Vil>・亀<G>・オカジママリコ<B>)とのツーマンである。これは見ない訳に行かないのだ。ハルメンズ前後の“復活ライブ”は何度か、見ているが、この日ほど、現代との近似性を感じた日はないかもしれない。

 

 

▲ジョリッツ サエキけんぞう(Vo)、吉田仁郎(G、Vil)、亀(G)、オカジママリコ(B)、泉水敏郎(Dr)

 

まずは開演時間の午後7時を5分ほど過ぎて、ジョリッツが登場する。サエキけんぞう(Vo)、吉田仁郎(G、Vil)、亀(G)、オカジママリコ(B)、泉水敏郎(Dr)という不動のメンバー。日本の“ニューウエイブ”を牽引し、先導する精鋭たちだ。1曲目の「センチメンタル・メドゥーサ」で吉田のギターの弦が切れるというアクシデント(!?)が発生。ロックンロールな始まりだが、そんな“滾り”が彼らの演奏にはある。『1980X』(1980年)リリース時のPANTA&HALを思い出してしまった。ハルメンズとはビクターのフライングドッグのレーベルメイトであり、PANTAとサエキは共演なども多いので、“親戚付き合い”みたいなものだろう。「臨時ニュース」や「モータードライブ」、「Audi80 」など、PANTA&HALの名曲で描かれる景色が被って見える。懐メロ的に過去と共振するのではなく、常に時代の波頭に立つというニューウエイバーならではの“矜持”、時空を超えた“共闘”が二重写しとなる。

 

そんな波頭感を特に抱いたのが、「STAPトゥギャザー」。いまは小保方晴子さんと言っても“誰それ!?”かもしれないが、STAP細胞騒動が起きたのはそんな前のことではない。STAP細胞はあります――発言から11年が経った。新たな万能細胞として、理化学研究所が2014年1月に華々しく論文を発表したが、7月には論文は撤回された。サエキは騒動の中、ヴィヴィアン・ウエストウッドを愛する彼女がある意味、生贄にされ、そこにハラスメントが渦巻いていたと看破する。サエキは、それを歌にした最大のプロテストソングだという。実は、このGW期間中、そんな彼女を彷彿させる人物を登場させたドラマが放送された。

 

能年玲奈こと、のんが4月27日(日)に放送されたTBS系日曜劇場『キャスター』第3話「美しき科学者の罠~新細胞は存在します!」に出演し、11年ぶりに民放キー局のドラマに“復帰”したことが話題になった。音楽や映画、CM、アニメーションの声優……など、様々な分野で活動しているが、民放への“復帰”が10年以上かかることに誰もが疑問を抱くはず。それについては、詳述しないが、芸能界の掟や忖度はかくも厳しく、あまりにも愚かしい。

 

のんが演じたのは、新たな万能細胞である「iL細胞」を発表した大学の研究員という役柄。その存在感は相変わらず、光輝いていた。流石とうならされたが、脚本が“雑”過ぎるのはいかがなものか。

 

このGWの“偶然の一致”はジョリッツが時代と呼応し、同時代的であることの証ではないだろうか。ニューウエイブ、恐るべし!? こじつけついでにのんに言及すると、この4月23日にNetflixで配信された映画『新幹線大爆破』(監督:樋口真嗣・主演:草彅剛)にも出演している。同作は1975年7月5日に佐藤純弥監督、高倉健主演で公開された東映映画『新幹線大爆発』のリブート作である。のんはNetflix版に運転士役で出演。重要な役どころながら出番と台詞は少なかったものの、流石の存在感で、画面が引き締まった。

 

能年玲奈絡みでさらにこじつけると、サエキは『あまちゃん』(2013年)以来、NHKの朝ドラを見る習慣がついたらしいが、同ドラマを契機に「80年代アイドル歌謡」についてのトークイベントも開催している。それ以前にモーニング娘。のインディーズデビュー曲「愛の種」(1997年)はサエキが作っているのだ。

 

 

話しが横道にずれたので、話を「STAPトゥギャザー」に戻す。同曲はロキシー・ミュージックなどのグラム感も漂わせつつ、2025年の名曲として見事にリメイク・リモデルされている。ジュリッツの変幻自在さこそ、ニューウエイブそのものといっていいだろう。自らの曲を時代毎に再検証、再構築していくところが流石である。単なるコピーやカバーではなく、リブートし、アップデートすることがジョリッツの心意気ではないだろうか。

 

 

第1部は50分ほどで終了する。フルセットではないものの、ジュリッツは相変わらず、確かな手応えを感じさせる。流石だ。

 

▲少年ホームランズ サエキけんぞう(Vo)、矢吹博隆(B)、泉水敏郎(Dr)吉田仁郎(G、Vil)、亀(G)、Vicky(Kb)(写真左)少年ホームランズのオープニングはサエキが新聞紙に包まって登場。「焼きソバ老人」を披露する

 

 

 

30分ほどの休憩を挟み、午後8時30分過ぎに少年ホームランズが登場する。メンバーは前述通り、サエキけんぞう(Vo)、矢吹博隆(B)、泉水敏郎(Dr)というオリジナルメンバーにジョリッツメンバー(吉田仁郎<G、Vil>・亀<G>)、そしてサポート(Vicky<Kb>)というラインナップ。矢吹は結成時時のメンバーで少年ホームランズへの合流は久しぶりらしい。パズルのピースが揃ったかのように、彼の参加で少年ホームランズとは何者かがより明確になる。

 

 

サエキけんぞうは新聞紙に包まり、ステージに寝転んでいる。まるでホームレスか。「焼きソバ老人」を披露する。サポートのVickyが演奏するソリーナ(Solina)のような優しいシンセサイザーの音が老人を優しく包む。この日、「焼きソバ老人」とともに「ファンキーばあさん」を披露している。当時は20代ピチピチの彼らが“老人”や“加齢”などを問題意識(!?)を持って、テーマに曲を書いている。決して明るい未来が待っているだけではない――そんな実感めいた予感があったのだろう。

 

 

「私ヤヨ」ではダッチワイフ(いまはラブドールという言い方がわかりやすいか)も登場する。ロキシー・ミュージックか、アンディ・パートリッジか、見事な共演ぶり。撮影もしたが、ここは自主規制しておく(笑)。

 

この日は少年ホームランズの<全曲演奏>、ハルメンズ解散後、1987年にソリッドからリリースされたに『少年ホームランズ(79年録音音源集)』の全曲を演奏する。今回のライブを記念して、ジョリッツの新曲「君といるとストレンジ」とスプリットシングルとしてリリースされた「スウィートスウィート70’s」も当然、披露される。

 

▲(写真時計回りに)サエキけんぞう、泉水敏郎、Vicky、矢吹博隆

 

▲矢吹博隆とサエキけんぞう

 

“スウィートスウィート”と言いつつ、ハードなナンバーで破壊力は抜群。亀と吉田仁郎のギターが際立つが、その迫力と推進力の源泉は泉水敏郎と矢吹博隆というオリジナル少年ホームランズの鉄壁のリズムセクション。この暴れぶりは“ニューウエイブ”以前、“ファンキー”な乗りがある。パンク、ニューウエイブ前にバンド少年達を熱くしたのはクロスオーヴァ―やフュージョン、ファンクだろう。そんな名残を感じさせる。

 

 

そんなことを再確認させるのが「メロウ野郎 in 津田沼 PARCO」だ。この2月に松本PARCOが閉店して、それ以前、津田沼PARCOが2023年2月28日、新所沢PARCOが2024年2月29日と、相次いで閉店している。西部流通グループの中にあって、増田通二という異能の経営者によって、PARCOは異端の道を歩み、単なるショップやデパートではなく、かの地のファッションやサブカルチャーの拠点、発信基地になり、PARCO文化を根づかせてきた。YMOや細野晴臣、坂本龍一、鈴木慶一、忌野清志郎、矢野顕子……などとも関係が深い。

 

サエキは1978年 に一浪後、徳島大学歯学部に入学。ハルメンズのデビューで一時、休学するものの、徳島―千葉という往復生活を繰り返し、1985年に 徳島大学歯学部を見事に卒業している。津田沼PARCOは1977年7月1日に開店した。それ以前、池袋や渋谷のPARCOは、1969年11月に池袋PARCO、1973年6月に渋谷PARCOがそれぞれ開店している。PARCO的なものに憧れ、欲しいものを手に入れ、そこから滋養強壮を得る――そんなPARCOが地元にできた。大きいことではないだろうか。市川や本八幡、津田沼から渋谷へはJR総武線・中央線で代々木、もしくは新宿乗り換えで、50分ほど。1時間かかるか、かからないかだ。地下鉄や快速などを利用すればもっと早く着くはず。総武線をSOUL TRAINを模してSOUBU TRAIN、そこからSOUB SOUNDと呼称。かつてチャイバウエイブやチャイバサウンドなる言葉も生んでいる。ちなみにかつて“総武線の友”なるサークル(!?)もあった。特に何をするわけではなく、新宿や渋谷で遊び惚け(もしくは仕事漬け)で千葉や船橋への最終に乗ると、当時、沿線に住んでいたサエキけんぞうやマッスル・ビートのサンダーことSASHA(サーシャ)、ミュートビートの増井朗人、『DOLL』の相川和義……などと鉢合わせしたものだ。私自身も懐かしく思い出すが、文化的拠点が地元と電車で1時間もしないところにあるのは大きかったのではないだろうか。ある意味、欲しいものは何でも手に入ったのだ。

 

 

「メロウ野郎 in 津田沼 PARCO」はソフト&メロウ風味にチョッパー(いまならスラップがわかりやすいか)なベースをぶち込む。ニューウエイブ+ファンク+フュージョンの“マリアージュ”。ごった煮である。おそらく、そんな時代ゆえか、パンク以前に身に着けたものが自然と顔を出してしまう。

 

矢吹の佇まいが唯我独尊で恰好良い。ちょっとやさぐれた一匹狼的な風貌(ながら一発で東大に合格。学業の傍ら麻雀三昧していた)という彼の存在が少年ホームランズを際立たせる。サエキ関係の再結成にはその時に音楽業界にいなくてもすんなりと復帰できるのが特徴か。学生バンドの再結成、同窓会の再会を契機に再結集する――そんな感じだろう。地元・千葉を愛し、地元・千葉を大事にする彼ららしい。サエキは総武線沿線にあるロック喫茶でイベントをしたり、サエキ家由来の土地に人が集まれるコミュニティを作るなど、千葉に関わるのは、地元愛があってのことだろう。地方都市や下町のシャッター商店街が再生していく過程とリンクしているようにも感じる。

 

 

ニューウエイブで町おこしなどというと、こじつけになるが、新しい波は再生から起こるのではないか。懐かしの再結集などではない。少年ホームランズとジョリッツのツーマンライブを通して、未来を見据えるサエキけんぞう流の町おこしやバンドの再生術を目の当たりにする。

 

 

この日、少年ホームランズの全曲演奏後、アンコールでジョリッツのオカジママリコも合流、矢吹とのダブルベースを披露する。「暗いところへ」や「ナルシスティック」など、その迫力は破壊度ましましのニューウエイブサウンド。最新型のスライ&ファミリー・ストーンのラリー・グラハムと、ブラザーズ・ジョンソンのルイス・ジョンソンとの共演か。このファンキーな装いは、少年ホームランズの再生を祝うお祭り騒ぎには不可欠だろう。

 

実はこのファンキーというエッセンスは、日本のニューウエイブならではないだろうか。随分前だが、今井裕と福井ミカにミカバンドがロキシーのオープニングアクトを務めた1975年10月のイギリスツアーのことを聞いている。同ツアーで後藤次利がそのルックスと相まって、人気を博したのは彼のチョッパーベースが注目を浴びたからだと教えてくれた。英国の観客にはブラザーズ・ジョンソンやスライ&ファミリー・ストーンはポピュラーなものではなく、チョッパーを初めて聞いた人も多かったようだ。ロキシーの当時のベーシスト、ジョン・グスタフソンは後藤のベースを聞き、とても太刀打ちできないと怖気づいたという逸話もある。そんなことを思い出した。

 

 

まるで万博かというニューウエイブ祭り。少年ホームランズのジャケットのイラスト(太田螢一が書いた)のボールが顔に何個もくっついた野球少年の顔をCDスキャンして(かは不明→公開後、製作者の方からXに書き込みがあり、「お面は紙粘土と発泡スチロールにアクリル絵の具などで着色して作りました」とのこと。正確な情報、ありがとうございます!)、マスクにして被っていた方がいた。それを見ていたら、大阪万博のイメージキャラクターの「ミャクミャク」が被る。不気味さが相通じるのか。キャラクタターグッズをほしいとは思わないが、確かに少年ホームランズは未来を先取りしていた!?

 

 

 

 

 

実は初めての関西への家族旅行は大阪万博(それ以前に祖母の郷里の滋賀に親類一同揃って車で行っている)だった。千里ニュータウンのホテルに泊まり、有馬温泉へ寄って帰ったはず。初飛行機や初新幹線はその時の大阪行きだったかもしれない(笑)。その時、買った「太陽の塔」のソフビの貯金箱は、まだある。仮に万博へ行ってもミャクミャクのソフビの貯金箱は買わないだろうな……。

 

 

 

              ▲太陽の塔!

 

 

終演は午後9時30分を過ぎるという長丁場ながら、疲れるところか、体の奥底から力が漲る。ニューウエイブの効能か。

 

サエキは窪田晴男と「突撃!二人パール兄弟」ツアーを敢行中。5月23日(土)には東京・祐天寺「FJ’s」でライブがある。二人のリメイク・リモデル――最新型のパール兄弟も見逃さないで欲しい。

 

「突撃!二人パール兄弟」

5月23日(金) 開場18:30 開演:19:00

出演: 二人パール兄弟 サエキけんぞう+窪田晴男 予約:4,000円  当日:4,500円(別途ドリンク)

会場:中目黒FJ's  詳しくは↓

 

 

https://x.com/kenzosaeki/status/1922851064782471179

 

 

 

 

5月23日(金)の中目黒「FJ's」後は6月12日(木)は名古屋「TOKUZO」、

そして、6月13日(金)は京都「磔磔」へ!!

https://x.com/Baron_Fukushima/status/1922495012912103908

 

 

 

パール兄弟 公式ホームページ「pearl brothers」オープン!

https://www.pearlbrothers.jp/