Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -28ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

 

偉大なる復活を目の当たりにする。その場に居合わせたものは観客のみならず、出演者、スタッフまでもが歓喜に打ち震えた。昨日、6月14日(水)に東京・渋谷「duo MUSIC EXCHANGE」で開催された『夕刊フジ・ロック5th Anniversary“Thanks"』。開演時間、18時30分きっかりに始まった“夕刊フジ・ロック”、玲里&難波弘之の親子GS(ゴールデンカップスの「愛する君に」をカバー)やMCを含め、アルフィーを彷彿させるハードで愉快なACTION TYPE-00 SAN SUI KAN MODE、ギターインストの奥深さを探求する山本恭司、ジェフ・ベックやエリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスの名曲を嬉しそうにカバーする芳野藤丸など……どれも素晴らしく、楽しめるものだったが、この日ばかりは21時10分から23時まで繰り広げられた偉大なる復活劇を紹介しなければならないだろう。頭脳警察ばかりになること、お許しいただきたい。

まずはPANTAのマネージャーである田原章雄がステージに上がり、2月のライブが中止になってしまったことを謝罪し、ファンからの応援に改めて感謝の言葉を告げる。勿論、批判するものなどはいない、誰もがこれからPANTAを目の当たりにできることを待ちわび、期待に胸が高鳴る。

頭脳警察Xが登場する。メンバーはうじきつよし(Vo、G)、TOSHI(Per)、樋口素之助(Dr)、宮田岳(B)、澤竜次(G)、そしておおくぼけい(Kb)、竹内理恵(Sax)というラインナップ。頭脳警察のヴォーカルとギターを務める。中学2年の時、日比谷野音で頭脳警察を見て、すっかり心と身体を射抜かれたうじきにとって、それはまさに夢のようなことだろう。以前、ソーラー武道館の頭脳警察のステージに飛び入りした経験はあるが、それは自ら勝手に飛び入りしただけ。流石、今回のようにPANTAの代役として出演する、それもPANTAからの指名、曲も1,2曲ではなく6曲(本人は1,2曲と思っていたが、リハーサルするうちに曲数は増えていったという)である。うじきにとって、これ以上、栄誉なことはないかもしれないが、同時に緊張と重圧がのしかかる。うじきはいきなり、頭脳警察の代名詞といえる「銃をとれ」、「ふざけるんじゃねえよ」を畳みかける。彼の緊張は見るものにも伝わるが、それを凌ぐ、彼の頭脳警察の曲を頭脳警察の名曲を歌えることに歓喜していることが伝わる。彼の瞳から泪が溢れ出る。思わず、貰い泣きした方も多いのではないだろうか(私は何とか、持ちこたえた!)。ハードでアグレッシブな曲調から一転。「時代はサーカスの象にのって」、「万物流転」と、スケールの大きいミディアム、スローなナンバーが披露される。「時代--」は2008年のシングル、「万物――」は1990年の復活頭脳警察のアルバム『頭脳警察7』の収録曲と、いわゆる頭脳警察という楽曲だけではなく、曲調と時代を横断していくのだ。さらに「RED」が歌われる。同曲は元々、PANTAの1986年のアルバム『R*E*D(闇からのプロパガンダ)』 の収録曲だが、現在の頭脳警察が2019年にリリースした(いまのところの)オリジナルアルバムとしては最新作にして結成50周年記念アルバム『乱破』に収録されている。ライブアルバムとしては2020 年 9 月 26 日に行った頭腦警察のシークレット配信ライブを全曲収録『会心の背信』もあるが、オリジナルとしてはデビューから最新作まで多様で多彩な音楽性の頭脳警察を網羅する選曲である。いかにうじきが信頼されているかがわかるだろう。そんな困難で難解な使命を彼は見事にやりきる。PANTAという稀有なヴォーカリストの代役を見事なまでに務め上げ、そこにうじきらしさえ加えている。このところ、様々なレジェンドアーティストのトリビュートに駆り出されるうじきだが、単に器用に真似るのではなく、曲そのものの核と精神を掬いとる彼だからこそ、任されるのではないだろうか。

そして、PANTAがいよいよ登場する。スタッフに抱きかかえられての入場は痛々しくもあるが、そんな身体でも皆に会うために来てくれたという心意気が嬉しくなる。そんなPANTAを見て、うじきも笑顔と泣き顔で彼を出迎える。PANTAとうじきは「悪たれ小僧」を歌い出す。なんて気の利いた選曲だろう。まるで俺はくたばらないぜ、病気という悪魔に対して“アッカンベー”をしているようだ。“悪たれ小僧、世に蔓延る”でなければいけない。同曲を歌い終えると、うじきはステージを去る。うじきつよしは本当にいい仕事をした――誰もがそう思ったことだろう。彼への拍手と歓声がやまない。

PANTAは入院で中断したが、ニューアルバムのためにレコーディングしたという新曲「東京オオカミ」を歌い出す。叫び声や吠え声が曲を盛り上げていく。これが緊急入院以前も度々、体調不良で活動を休止していたものとは思えない、命と魂の躍動を感じさせるナンバーだ。新作の手応えは充分だ。そしてPANTAは2020年に公開された頭脳警察の映画『zk/頭脳警察50 未来への鼓動』のエンディングにも流れた「絶景かな」を披露する。同曲はPANTAの「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」とでも言うべきナンバーである。驚くことにオリジナルの時点からさらに進歩した歌唱を聞かせる。鈴木慶一も声が出ていたのは前からだった。もっといい声になっている”言っていたが、まさにその通りではないだろうか。病を経て、健康的な節制生活がその声を彼に与えたかわからないが、それは時には激しく、時には優しく、PANTAの歌を輝かせる頭脳警察の演奏があってのことだろう。彼らの演奏は、支えるべき歌声と再度、ともにライブをできる喜びに溢れている。

同曲に続き、「あばよ東京」という、74年にリリースされた初期頭脳警察のラストアルバム『悪たれ小僧』のラストソングが演奏される。あまり演奏されることが少ない、レアなナンバーを敢えて持ってきた。“君が砂漠になるなら 俺は希望になろう”という印象的なフレーズがある。幾分、押し殺したような演奏と歌唱で、2023年のブルースとでもいうべき装いである。PANTAの絞り出す声に寄り添う頭脳警察の演奏も見事である。

同曲を歌い終えると、PANTAの盟友、ミッキー吉野を呼び出す。ちなみに55年前の1968年6月14日にゴールデン・カップスのメンバーとしてライブデビューしている。今日が記念日である。彼がハモンドオルガンに座り、ミッキーは「青い影」を歌い出す。クラシックな佇まいを纏う説明不要のプロコル・ハルムの名曲である。同曲を歌言えると、夕刊フジの長期連載「JAPANESE ROCK ANATOMY解剖学」でも掲載できないニューロック周りの危険な話をしつつ、これまた、誰も知る名曲「スタンド・バイ・ミー」を披露する。まるでGSからニューロックへという時代の雰囲気を醸す。

「スタンド・バイ・ミー」の後には日本のロックの不朽の名曲にして、彼らが十代の頃から歌い続けているという「さよなら世界夫人よ」が演奏される。頭脳警察の演奏とミッキーのハモンド、竹内のフルートが絡み合い、溶け合い、至高の曲をさらに輝かしていく。勿論、PANTAは好調を維持したまま。途中、酸素吸入をするものの、それは火急のものではなく、むしろ、酸素吸入しているふりをするかのようだ。それだけ、余裕があるということだ。

日本のロック界、最高の詩人の存在証明と言える同曲を歌い終えると、アンコールになる。PANTAへの身体の負担を考慮し、楽屋に戻らず、そのままアンコールが行われる。うじきつよしや芳野藤丸、難波弘之、山本恭司……など、この日の出演者が集合する。その模様は壮観である。時代も世代も超え、一流の音楽家がその場に集う。そして披露されるのは、お馴染み「コミック雑誌なんていらない」である。PANTAは内田裕也を真似、唇の前に人差し指と中指をあてる。陣内孝則の説によれば、裕也さんがそうするとステレオになるというポーズである。ソロを回し、コーラスを被せる――まるで“ニューイヤー”状態だが、PANTAの生還と復帰を祝うかのようなお祭り騒ぎ。演奏者もスタッフも観客もひとつになる。最高の大団円ではないだろうか。同曲を終えると、PANTAは改めて感謝を告げ、幸せであると語る。こんなPANTAは意外かもしれないが、新たに生き返ったシンPANTAの姿かもしれない。気づけば、時計は23時を超えていた。数日前にPANTAの応援イベントで数曲を披露していたものの、まさか、こんな長丁場のステージを彼が務めることができるとは誰も思ってなかったのではないだろうか。まさに嬉しい誤算である。病み上がりにも関わらず、絶頂期がと見まがう。とにかく頭脳警察はこうして復活した。彼らの長き不在、日本のロックに欠けていたピースが漸く埋まろうとしている。焦らず、ゆっくり新作を待とうではないか。

 

 

頭脳警察X + うじきつよし

   1. 1.銃を録れ
   2. 2.ふざけるんじゃねえよ
   3. 3.時代はサーカスの象にのって
   4. 4.万物流転


+ PANTA

   1. 5.悪たれ小僧


頭脳警察

   1. 6.東京オオカミ
   2. 7.絶景かな
   3. 8.あばよ東京


+ ミッキー吉野

   1. 9.青い影
   2. 10.STAND BY ME
   3. 11.さようなら世界夫人よ

ENC

+芳野藤丸、山本恭司、うじきつよし、玲里、難波弘之、原田喧太……

⑫ コミック雑誌なんかいらない

5月の光と風が身体を優しく包み、木々や草々の青さが目に染みる。心地いいこと、この上もない。長野県の上田駅から車で20分ほどの上田市丸子の小高い丘にある信州国際音楽村「パノラマステージひびき」。烏帽子岳から浅間山にかけてのダイナミックな眺望を背景に佇む、間口13m、奥行き16mの日本一大きな純木づくりの野外ステージである。

 

信州国際音楽村はクラシックやジャズなどのコンサートやイベントなどが多数開催されている長野の音楽のメッカ。そのシンボルとも言えるのが「ホールこだま」。カラマツの集成材を骨組みに使用した、すべて木造りのホールになっている。音響的にもすばらしく国内外の演奏家たちからも絶賛されているという。同所は今年で開村36年を迎えるが、屋内ホールや野外ステージだけでなく、研修棟や宿泊棟などもある。まさに“音楽の村”となっている。また、敷地内にはラベンダー畑が整備され、 毎年6月中旬から7月中旬にかけて、約8500株の紫色の花が見ごろを迎えるという。初夏のラベンダーとともに春のすいせんや初夏と秋のバラなど、花の名所としても人気が高く、地元の方だけでなく、多くの観光客も訪れる“音楽公園”(当日も犬を散歩させる地元の方がたくさんいた)になっているのだ。

 

 

おそらく彼らに出会わなければ、ここに来ることはなかっただろう。彼らとはOs Ossos(オズオッソス)というバンドである。5年前、彼らの新作がディスクユニオンのお茶の水駅前店で流れていた。四人囃子の未発表音源集かと勘違いして、お店の方に聞いたら、当時はSentimental boys(センチメンタルボーイズ)と名乗っていた彼らの出たばかりのセカンド・アルバム『Festival』(2018年8月29日)だった。一目惚れではなく、一耳惚れか。早速、購入して、それ以来、彼らに嵌る。都内のライブハウスやインストアイベントなどにも足繁く通った。2019年3月14日にOs Ossosと改名してからも新作が出る度に聞いている。昨2022年8月29日にライブ映像作品『誰もいない夏』(『Festival』の発売4周年を記念して制作された映像作品でアルバム収録曲に加え、新たにインスト曲を含めた全11曲を彼らの地元、長野で演奏する様子を収録している)をダウンロードリリース。同リリースを記念した(!?)Os Ossosとしては初となるワンマンライブを同年10月28日(金)に渋谷「LOFT HEAVEN」で行っている。勿論、同公演にも行かせてもらった。

 

 

Os Ossosの前身、Sentimental boysは長野県上田市出身の4人組ロック・バンド。メンバーは上原浩樹(Vo、G)、堀内拓也(G)、櫻井善彦(G)、藤森聖乃(Dr)。バンド名はGOING STEADYの曲「Sentimental boys」に由来する。2005年春に地元の高校で結成し、2007年に上京。メンバーチェンジを経て、2012年に本格的に始動。2015年にファースト・アルバム『Parade』を発表。東名阪などのツアーだけでなく、地元・長野の「りんご音楽祭」などへも出演。2017年2月には自身初のワンマンライブを敢行。同年4月にミニ・アルバム『青春が過ぎてゆく』をリリース。前述通り2019年3月14日からOs Ossosと改名。メンバーは上原浩樹、堀内拓也、櫻井善彦の3人になる。

 

 

バンドという枠組みにとらわれず、様々な楽器を駆使して自由な楽曲制作を行う傍ら、堀内と櫻井は2021年より長野に拠点を移し、プライベートスタジオを設立。アレンジ、録音、ミックスなど全てを自ら行う、超DIYな精神で、作品を鋭意制作。実験的、かつポップ、懐かしさと新しさが共存する音楽を探求している。また、映像へのこだわりも強く、プロモーションビデオなどは短編映画の趣き(実際、同郷で同年齢の映画監、鶴岡慧子が演出している)。“作品”と呼ぶべきもので、青春の一齣を見事なまでに描ききる。

 

そんな彼らが長野県内で”Sunny”という名でライブ企画を行っているサニーレコードが5月27日(土)に長野県上田市の信州国際音楽村 「パノラマステージ ひびき」で開催する350人限定の音楽祭『Sunny”音楽の村”』に出演する。Os Ossos、そして同じく長野に縁あるAnalogfish、さらにDYGL、Ewoks、Small Circle of Friendsという、5バンドが同所に集まる。これは行くしかないだろう。彼らの生まれ、育った場所、そしてそこで演奏するOs Ossosを見たかったからだ。同音楽祭を主催したサニーレコードの代表、中山歩は彼らと同郷で、Sentimental boysの頃から気にかけ、相談に乗ったり、ライブを開催したりしているという。今回の音楽祭もOs Ossosが長野にいたからこそ、始まったのものではないだろうか。

 

 

LIVE_Sunny 2023.5.27 (土) Sunny "音楽の村"信州国際音楽村 パノラマステージ ひびき

 

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Os Ossos(オズオッソス)

 

 

開演時間の午後0時45分を少し過ぎ、上原浩樹、堀内拓也、櫻井善彦の3人にドラマーとして、パスピエやpaioniaなどもサポートしている佐藤謙介を加え、純木作りのステージに彼らが登場する。眩い光が差し、心地いい風が吹き抜ける中、たOs Ossosが2020年にリリースしたEP「時間」に収録されている「無抵抗」が披露された。揺蕩う歌と音が景色と同化し、一瞬にして彼らの世界へと誘う。なんて居心地の良い空間だろうか。彼ら自身もライブハウスなどとは違い、野外ステージ、それも地元である。開放的になっているかのようだ。いつも以上に溌溂としていると感じるのは、気のせいではないだろう。

 

 

続いて、私が彼らに嵌るきっかけになったアルバム『Festival』に収録されている「ユーモアを聴かせて」が始まった。歌詞の中にウッディ・アレンが出てくる、映像喚起力が高い、映画主題歌のような曲である。とてつもなく、ポップでいて、どこか捻くれた曲構成は一筋縄ではいかない。彼ららしい名曲である。

 

同曲を歌い終えると、上原は会場に向かって“晴れて良かったですね。夕方まで楽しんでください”と観客へ呼びかける。『Festival』から「情緒」が披露される。アップテンポなナンバーで、畳みかけつつもどこかゆったりとした間のようなものを感じさせる。曲そのものはどこかしら、“風情”のようなものがある。決して“エモい”などとは言ってはいけない。どこか松本隆が描く風景や物語にも繋がるものがあるのだ。

 

「情緒」に続き、「疾走」(EP「時間」に収録)が披露される。同曲はキャラヴァンやハットフィールド&ザ・ノースなどのカンタベリーミュージック、スティリーダンやトッド・ラングレン、ホール&オーツなどのモダンポップ――どこかプログレッシブでいてポップな佇まいがある。真摯な音楽探求をしながらも遊びみたいなものがある。

 

 

続いて、ミュージックビデオを公開したばかりと言う「揺らめく」を披露する。この揺らぎが彼らの持ち味であり、真骨頂でもある。聞けば心地良くなるというもの。昨2022年11月30日に配信されている。そして上原が“昨日、配信リリースした。それをやります。こんなところで、出来るのが嬉しいですね”と告げ、「歳月」が演奏される。最新型のOS Ossosは、穏やかでどこか優しい。いろいろあった通り過ぎた日々さえ、堪らなく愛おしい。上原のヴォーカルも味わい深く、淡々としながらも滋味のようなものを感じさせるのだ。

 

最新型の彼らを披露した後は時計の針を8年、戻す。2015年のSentimental boysのデビューアルバム『Parade』に1曲目にして、同時に同年8月5日に“限定版”としてシングルカットもされた「metro.」を披露する。“こちらは如何せん 捻くれがちな日々です”という印象的なフレーズがある。故郷の恋人へ東京での暮らしぶりを伝える手紙という趣きである。彼らなりの“東京物語”か。不思議なことに彼らの故郷、長野の上田にいながら物語の舞台は不明ながら、東京のどこかで繰り広げられる、その物語が立ち上がって来る。どこか、沈んだ空と、地下鉄の妖しい光が浮かぶ。とてつもなく映像的で、青春映画のワンシーンのようだ。思わず、世田谷代田へ行きたくなる(『silent』か!?)。

 

「metro.」に続き、同作から「春のゆくえ」が披露される。同曲には“鄙びた街に 佇む希望 二人は手を繋いで 未来を想像したりして 来年もこの場所で会おうねって約束をした”という印象的なフレーズがある。“五月の憂鬱を六月半ばまで 引きずる俺の悲しい性もいつの日か解ってくれとは言わないが”と続いていく。そんな歌詞にとてつもなく、ドリーミーでサイケデリックな音を重ねる。どこか、牧歌的な風情もあって、ピンクフロイドやドリーム・アカデミーなども彷彿させる。ドメスティックな詩情を醸しつつもその音像はたまらなくワールドワイドである。

 

同曲がこの日、最後の曲となったが、「春のゆくえ」のみならず、この自然が彼らの音楽を増幅させている。自然の中に放たれた音と歌が無限の連鎖をしていく。さらなる幻想の広がりと奥行があった。同時に東京と長野の物語が目前に広がる。そして上京前、上京後、帰郷後という時間軸が繋がる。彼らの演奏時間は約40分ほどだったが、40分の青春映画を見たような気持ちになる。改めて、この地に来たことをよかったと思う。ここでしか、体験できないものがあった。同時にこの体験が彼らの音楽をさらに楽しむ手立てとなるはずだ。音楽は人を動かす――そんなことを改めて感じる。いずれにしろ、とてつもなく心地良い、音楽と自然との共生ではないだろうか。

 

気温は既に25度になろうとしていたが、風爽やか、自然に包まれ、音楽を聞く法悦境、ここでしか聞けない音があった。

 

 

改めてSentimental boysからOs Ossosへの改名の経由を書いておく。小さなきっかけかもしれないが、彼らを好きになるモチベーションになるかもしれない。実は“Os Ossos”はマルコス・ヴァーリの「Os Ossos Do Barão」という曲名から取られている。ヴァーリは“ムージカ・ポプラール・ブラズィレイラ”(ブラジルの音楽形式の1つで、「ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック」のこと)の代表的なアーティストとして知られる。おとぎ話(2018年11月9日(金)東京・下北沢「ベースメントバー」で「2nd Full Album『Festival』Release Tour」の最終日、東京公演にゲスト出演しているのを見ている)のヴォーカルの有馬和樹に薦められ、聞くようにるようになったそうだ。音楽もそうだが、何か、生き物(いもむし?)に見える字面も気に入り、命名したそうだ。

 

青春パンクからブラジル音楽へ。そんなふり幅の広さや多彩さが彼らの魅力でもある。櫻井は細野晴臣を敬愛し、影響も受けているという。彼の音楽を遡りながら浴びるように聞いているのであれば、それも納得というもの。

 

また、意外なことにかの裸のラリーズとも関わりがあるという。いまや日本のロックの伝説にして、このところ、海外でも再評価を受ける日本を代表するサイケデリックバンドである。彼らのスタッフだった方が上田に居住していて、その方から当時の話を聞くとともにいわくありげなビンテージなギターを譲り受けたという。新曲「歳月」と「揺らめく」はそのギターを使用しているそうだ。そういえば、「ユーモアを聴かせて」には“スピーカー 音をひずませた”や“ラジオからフィードバックミュージック”というフレーズもあった。

 

 

こんなところからでも少しでも彼らに興味を持ってもらえたら嬉しい。中高年の方にもきっと、刺さるものがあるはずだ。

 

 

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Analogfish(アナログフィッシュ)

 

 

 

セットチェンジやサウンドチェックは特に幕などがないので、ステージ上でそのまま行われる。20分ほどかかるが、そのやり取りなど、無防備のバンドが見られるのが楽しい。次はAnalog Fish(アナログフィッシュ)である。2021年12月5日(日)に吉祥寺「WARP 23rd ANNIVERSARY!『SMALL LAKE!!-SPECIAL-』」で、Os Ossosと共演しているので、その名前は知っていたが、残念ながら同公演には行けていない。彼らを見るのは初めてになる。

 

斉藤州一郎(Dr)、佐々木健太郎(Vo、B)、下岡晃(Vo、G)の3人組(ライブではギターがサポートとして参加する)。佐々木と下岡が長野県下伊那郡喬木村出身。同じ長野でも伊那は南信州になり、上田は東信州になるそうだ。

 

メンバーは“こんにちは、アナログフィッシュです……やろうか”と観客へ告げ、演奏を始める。飄々とした歌いぶりの下岡と山下達郎ばりに気張る歌いぶりの佐々木という好対照を見せつつ、それがそのままアナログフィッシュへの個性と繋がる。どれもポップながらシニカルな空気を孕む。いい意味で一筋縄ではいかないバンドだろう。気づくとその歌と演奏に引き込まれていく。ほぼ、初めて聞く曲ばかりだが、自然と心と身体に馴染んでくる。流石、Os Ossosがこのイベントに誘ったというバンドだけある。東京へ戻って、彼らのサイトからCDを改めて購入している。知らぬ間にヘビーローテーションになっていた。

 

 

“長野でやるのは特別な気持ちになる”と、語る。現在は東京を中心に全国を駆け巡る彼らだが、やはり故郷は特別な場所なのだろう。上田と伊那の違いについて、“こっちは涼しそうな木だけど、僕のところは雑駁な木が多い”と、樹木の植生を語った。同じ県でも地域が違えば、環境に違いが出てくるが、いずれにしろ東京との落差を感じるようだ。勿論、長野の良さを改めて感じてもいるという。そんな複眼的な価値観や視点を持つことで、この世界の不確かさや生きずらさに気づき、それを歌に込めてみせる。最後に歌った“危険があるから引っ越そう”、“事件が起こるから引っ越そう”という歌詞がある曲(「抱きしめて」)が心に深く残った。

 

初めて聞くバンドながら、いろいろ調べると、かつて「Felicity」に所属し、吉田仁が音作りに関わっていたことを知った。そこに“trattoria”繋がりで櫻木景や牧村憲一などの名前も思い浮かぶ。何か、縁のようなものを感じた――と、無理やりこじつける(笑)。

 

 

 

 

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「Sunny”音楽の村”」のセットリストとプレイリストをSpotifyに公開している。

https://open.spotify.com/playlist/6BmF7PUzh4GF4LJyBoF8pk?si=bgKiYjNARpCVz0Ynt9goRQ&pt_success=1&nd=1

 

 

 

 

Small Circle of friends(スモール・サークル・オブ・フレンズ)

 

Analogfishの後に登場したのはムトウ サツキ(武藤 サツキ)とアズマ リキ(東 里起)の二人組のヒップホップユニット、Small Circle of Friends(スモール・サークル・オブ・フレンズ)。1991年に福岡で武藤と東を中心にイベントを開催し、その翌92年、本格的な活動のため、同ユニットを結成している。その名前は知っていた(勿論、ロジャー・ニコルスとは別であることは知っている)。クラムボンもカバーした「波よせて」でお馴染みだ(ということは後で知った)。この日、会場に早く着きすぎ、セッティングの模様から見ることになったが、PA卓のところへ小型のトランクケース(実際は同サイズの黒いバッグ)が届いた。それは彼らが会場に送りつけたもので、中にはライブに使用する器材らしい。まさにバッグ一つでライブという身軽さである。そんなミニマルさが歌や音からも伝わる。二人から放たれる歌やラップが自然の中に解けてゆき、木霊していく。それでいて、その歌詞がすんなりと心の奥底に沁み込む。たまらなく自由で奔放ながらその言葉はずしりと重たい。

 

彼ら自身も“ステージから見える風景、すごい歌っていて気持ちいいです”と語る。勿論、それは聞く方にも伝わる。知らぬ間に演奏者と観客がひとつになって、その歌は心地よく“フロウ”していく。自由でいて、解放的な空間がこの“音楽の村”に出現する。お馴染みの「波よせて」が気持ちいいくらいにその場にいるものを癒し、昂らせる。その音楽に身を任せることの気持ちよさを思う存分、味わい尽くす。40分ほどの時間ながら、吹くはずもない海風を感じる。サバービアな海に来ているような感じさえ、抱く。何物にも代えがたい音楽体験かもしれない。終演後、入口でメンバーが物販をしていたので、思わず、買ってしまった。今のところ、オリジナルアルバムとしては最新作『Cell』 (2021年の作品で、2022年には同作のリミックスアルバム『Another Cell』がリリースされている)を買った。CDジャケットを布で包むと言う、わがままな届け方も彼ららしく、嬉しくなる。彼らのHPには“最小限のコンパクトな形でビニール包装を排除する形をとりました。クラフト紙のCDジャケットに全て一枚づつシルクスクリーンで手刷りし、通常ビニール包装する外装を75Clothes製「あずま袋」サツキの制作でお届け致します”とある。そんな拘りが彼らならではのものを感じさせるのだ。

 

 

https://www.scof75.com/

https://twitter.com/SCOF75

 

 

 

 

Ewoks(イヲーク)

 

続いて登場するEwoks(イヲーク)は4人組で、東京で結成されている。メンバーはHayato Maruoka(G、Vo)、Shuhei Nakamura(B)、Momo Nakamura(G、cho)、Daichi Inomata(Dr、cho)の4人組。申し訳ないが、初めて聞くバンドだが、歌詞は英語ながら、フォークロアな佇まいで親しみやすく、この自然に囲まれたステージにすんなりと嵌る。2021年、「LIKE A FOOL RECORDS」よりデビュー7インチ「ep1」をリリースしたハートフルインディーロックバンド(彼らの新作EP(「ep2」のYoutubeの説明より)というわかったような、わからないような説明がされているが、ハートフルとインディーロックでいうならば、心温まる親しみやすさとインディペンデントで先鋭的な音楽性が相反することなく、ちんまり同居しているということか。

 

どこかしら聞くものをこっちへ来て、聞いてみてって、呼びかけるような愛くるしさがあると言う感じだ。

 

この日はサックスとキーボードがサポートとして加わる。より楽団っぽさが増すが、変に重厚にならず、音数が増え、カラフルになるという感じだろうか。

 

実は彼らの演奏を聞いていて、ノーナ・リーヴスの西寺郷太が書いた自伝的小説『90's ナインティーズ』(文藝春秋)を思い出していた。90年代の下北沢を舞台に虚実入り混じるバンドの成長と挫折、出会いと別れ、夢と現実を綴ったものだが、Ewoksそのものは世代も年代も違うが、何故か、同書にある自由な空気感がプレイバックされる。清々しさみたいなものも感じる。実はこの日、彼らは東京から長野へ来て、“SUNNNY音楽の村”出演後、そのまま東京へ戻り、その夜、下北沢「mona records」で開催されたイベント" New Buddy”に出演している。長野から東京への運転手をSNSで急募するなど、過密なスケジュールが信じられないが、何か、こんなことも若さゆえのことかもしれないが、とても微笑ましくなるといもの。何か、和めるバンドで、レイドバックした会場に見事なまでに嵌る。

 

 

https://twitter.com/ewoks_band

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DYGL(デイグロー)

 

イヲークのあとはDYGL(デイグロー)が登場する、メンバーは秋山信樹(Vo、G)、下中洋介(G)、加地洋太朗(B)、嘉本康平(Dr)の4人組。2012年、明治学院大学在学時に結成されている。秋山、加地、嘉本は同時並行して活動していたYkiki Beatのメンバーでもある。2016年、DYGLとして初のEP『Don't Know Where It Is』をリリース。2017年に渡米しザ・ストロークスのアルバート・ハモンドJr.のプロデュースでアルバム『Say Goodbye to Memory Den』を発表、同年にはアジアツアー、「フジロック」に出演、2018年にはアメリカテキサス州で開催される「SXSW 2018」に出演と――いきなりワールドワイドの活躍ぶりだ。その後も海外のプロデューサーとのコラのレーション、ワールドツアー、全世界配信、FRANZ FERDINANDのジャパンツアーのサポートアクトへの抜擢……など、その活動は輝かしいばかりだ。彼らを見るために県外から駆け付けた方も少なくない。先のフジロックフェスティバルだけでなく、サマーソニック、ライジング・サン・ロックフェスティバルなどにも出演している。

 

そんなバンドがこのフェスティバルに出演する。「SUNNY“音楽の村”」が決して内向きのものでなく、外へとも繋がるものの証のような感じがする。当然、観客も暖かく彼らを受け入れる。歌詞は英語でサウンドも抉るようなものがあるが、直截に心と身体に響いてくるから不思議だ。私自身、勉強不足で彼らの音楽は初体験だったが、いい意味で持っていかれるところがある。彼らの演奏はラストに向かい熱が籠っていく。心なしか、風が強くなり、木々がざわめいていく。気温そのものは23度と多少、下がったが、心地良さに変わりはない。

 

彼らは“上田は初めて。めちゃくちゃ素敵な建物です。こんな天井の高いところで演奏したことはない”と語る。その時々で自分たちがやりたいことをやっている。好きなところでうろちょろしているともいう。そんなアナウンスの後、演奏した「Sink」(同曲はダイハツ・タント カスタムのCM曲に起用され、2021年7月にリリースしたサードアルバム『A Daze In A Haze』に収録されている)が心に残った。曲そのものはコロナ禍の中で作った曲で、人と会うというのはどういうことかを考えて、作ったそうだ。静かな中にも情念のようなものが籠る。機会があれば、英語の歌詞を翻訳した動画もあるので。両方とも聞いてもらいたい。

 

彼らの演奏を終えたのは午後6時5分ほど前、メンバーがステージから消えてもアンコールを求める拍手と歓声がやまない。数分後、彼らが再び、ステージに現れる。“改めてこんな気持ちいいところでできること、ありがとうございます”と感謝を伝える。アンコールに応えるに際して、しんみりする曲か、激しい曲か、どちらかがいいか、観客に問うと、激しい曲と観客は回答する。最後は、耳栓は持ってきていますかと伝え、騒がしく賑やか、パンキッシュでハードな爆音ナンバー(「Bad Kicks」)で、この日のステージを締める。

 

 

午後6時を5分ほど、過ぎて、この日のイベントは終わった。気温は22度。少し気温は下がったが、相変わらず、心地良く、陽は眩い。自然に抱かれ、音楽を浴びる歓喜と嘉悦。長野の上田の小高い丘の上に“音楽の村”はあった。世知がなく、事件や災害は起こるが、この日は上々の日々だったのではないだろうか。天気は好天だった。これが荒天だったら、どうなるか――そんなことを考える隙も暇(笑)もなかった。

 

 

http://dayglotheband.com/

 

 

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実は、このイベントは昨年、2022年8月21日(日)に同じ場所、同じ出演者での開催が予定されていた。ところがコロナ感染拡大の影響で開催延期になっている。しかし、日程は当然、違うものの、同じ場所、同じ出演者での開催が可能になった。主催したSUNNYの粘り勝ちだろう。そのため、EwoksやDYGLは過密日程の中、参加することになった。Ewoksは東京、長野の日帰り出演、DYGLの26日(金)愛知「森、道、市場 2023」、27日(土)長野「音楽の村」、28 日(日)東京「CRAFTROCK FESTIVAL ’23」という大移動になった。多少の無理や難題があっても是が非でもイベントを実現させたい――そんな思いの結実だろう。イベント自体は限定350名を謳ったものだったが、観客そのものは残念ながらその限定数にも満たないものだった。しかし、出演したバンドたちの音楽はどれも素晴らしく、ここで新しいお気に入りを見つけたと言う方も多かったのではないだろうか。もっと、多くの方に聞かれるべきイベントだろう。地方での活動はいろんな困難が伴うと思うが、活動し続けて欲しい。SUNNYは「Sunny vol.10」と言うイベントを、この7月23日(日)、松本のライブハウス「ALECX」でTHA BLUE HEARBを招聘し、開催する。同所では7月8日(土)にOs OssosとFINLANDSのツーマンも開催される。

 

 

楽器というとヤマハやカワイ、ローランドなど、大手の楽器メーカーが本社を構える静岡県(浜松市に集中している)のイメージが強いが、日本のギター産業に関しては、その中心は長野県である。経済産業省の工業統計調査では2019年の国内出荷額のうち、約半分の34億4800万円を占め、全国第一位になっている。なかでも県中央部の松本市一帯は寒暖差と乾燥した気候から良質な木材が産出され、古くから木工業が発展していた。松本市は、フジゲンやモーリスなど、国内産エレキギターやアコースティックギターで名を馳せたメーカーが本社を置いているという。ギター工房も多く、松本で生まれたギターを愛用するプロのアーティストも多いそうだ。先日も旅番組『朝だ!生です旅サラダ』に陣内孝則が監督した自伝的映画『ROCKERS』で鶴川仁美役(!?)を演じた塚本高史が旅人として出演し、フジゲンの大町工場を訪ねていた。

 

また、松本市は1946年、ヴァイオリニストの鈴木鎮一が、音楽を通じた心の教育を行なう「スズキ・メソード」を創設した地でもある。先のフジゲンの社長、山田健三は鈴木鎮一の父親で鈴木バイオリン製造株式会社の創業者、鈴木政吉の甥、ゴダイゴのヴォーカルのタケカワユキヒデは玄孫になるという。1992年から毎年、夏に行なわれてきた音楽祭「サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現在はセイジ・オザワ松本フェスティバル)」でも知られている。

 

長野には全県民が歌えると言う県歌「信濃の国」もある(『秘密のケンミンSHOW極み』調べ)。長野だけの大ヒットナンバーで、全県民が歌えるなど、他県では考えられないことだろう。

 

 

長野出身のミュージシャンを調べると2人組ユニット、GLIM SPANKY(グリムスパンキー)が出てくる。松尾レミは長野県下伊那郡豊丘村出身。亀本寛貴は長野県飯田市出身。長野県松川高等学校(長野県下伊那郡松川町)在学中に結成されている。GLIM SPANKYの活動の傍ら、2014年に松尾はAnalogfishの「nightfever」(2014年にリリースしたアルバム『最近のぼくら』に収録) にゲストヴォーカルとして参加している。また、2018年3月、長野県をホームとするプロサッカーチーム「松本山雅FC」がホームゲームの試合開始前に行うプレビューショーのテーマ曲に彼らの「時代のヒーロー」が使用された。

 

「松本山雅FC」絡みでいうと、BRAHMANの「SEE OFF」(1998年)がチャント(応援歌)と使用されている。TOSHI-LOWは茨城県出身だが、リズムセクションのMAKOTO(B)とRONZI(Dr)は松本市出身である。

 

 

そして新宿ロフトや下北沢シェルターなど数々のライブハウスを運営するロフトプロジェクトが2019年に松本市に『松本ロフト』をオープンさせている。東京や大阪以外、地方都市では初の出店になる。このコロナ禍のため、休業、移転などもあったが、現在は“Matsumoto LOFT Presents”として「松本ロフト@iLab」、長野「Rosebery Café」、飯田「CANVAS」などで積極的にイベントを行っている。柳田ヒロや新井武士、いとうたかお、山本恭司、鈴木康博などをブッキング。松本ロフトを率いる上條俊一郎は、かの“中津川フォークジャンボリー”に牧村憲一などとともに関わった伝説のプロデューサーである。“近いうちに松本ロフトとして店舗をとりまとめ、改めて精力的に活動していく”という。松本ロフトとして新たな動きも出てきそうだ。

 

 

やはり、長野には何かあるのだろう。まだ、“長野”と検索すると、“立てこもり”が出て来てしまう。改め、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに二度とこのような惨事が起こらないことを願う。いつか、“長野”と検索すると、”音楽の村”が出て来ることを信じている。こじつけめくが、同所が音楽の拠点として刮目されるのは然るべき場所や歴史、人があってのことだろう。やはり、長野は音楽の都となるべく運命づけられているのかもしれない。機会があれば、同所に足を運んで欲しい。別所や鹿教湯、渋など、温泉は肌に優しく、心地良い。蕎麦や馬肉、信州サーモンなど、美味しいものもたくさん揃っている。美味しいパンやワイン、日本酒などにも事欠かないのだ。勿論、松本城や上田城も見目麗しく美しい。そんな街が育んだ音に触れてもらいたい。新しい景色が見えてくるはずだ。

 

 

LIVEHOUSE ALECX

https://regulus2012.com/

 

 

 

松本ロフト

https://www.facebook.com/Loft1006

 

 

鋏と糸ではない。波佐見と糸島である。GW明けの平日、念願の波佐見と糸島を訪ねることができた。昨2022年3月17日(木)・18日(金)に福岡、19日(土)に小倉と、「穴山淳吉」(下山淳+穴井仁吉)の“里帰りツアー”(正式名称は『SPRING HAS COME TOUR.』)に同行後、立ち寄った佐賀の嬉野温泉。佐賀牛三昧した翌日、同所から佐世保へのバスの車窓から見た、たまたま通りかかった陶器や磁器の生産地、波佐見。波佐見焼という名称は知っていたが、それが佐賀と長崎の県境を越えた長崎県の中央北部に位置する波佐見町で作られているものとは知らなかった。その町を通り過ぎただけで、店などにも立ち寄らず、外から見ただけだが、有田や伊万里、美濃など、古式ゆかしい焼き物の町ではなく、何か、新しい風や光を感じさせる焼き物の町だったのだ。東京に戻り、いろいろ調べてみると、陶器そのものも洗練され、新しい空間を彩るものになっている。実際、北欧の家具や食器に通じるモダンな風合いで多くの方の支持を得ていると言う。我が家にも同所の陶器があった。IKEAのものかと思ったら波佐見のものだった。普通に食卓に溶け込んでいた。同時に波佐見自体もお洒落なカフェなども多く、新たな観光スポットとして注目されているようだ。私の勘に狂いはなかった(笑)。次回、福岡に行った際には改めて福岡で車を借り、波佐見を走り回ろうと考えていたのだ。

 

そして糸島。同所へは実際に行っている。2018年9月1日(土)・2日(日)に糸島市芥屋海水浴場で開催された音楽フェスティバル「26 th Sunset Live 2018」の2日目を見に行っているのだ。陣内孝則をして“めんたいロックに偏ったキャスティング”というTH eROCKERS、THE MODSの森山達也とTHE COLTS/THE MACSHOWの岩川浩二が結成したバスキング・ユニット、THE GANG BUSKERS、そしてSHEENA & THE ROKKETSなどが出演。“めんたいロック三昧”した。しかし、同会場に隣接する芥屋海岸の飲食店で“海鮮三昧”したが、ライブ会場と博多を往復しただけで、糸島そのものへはちゃんと訪れていない。音楽プロデューサーの深町健二郎さんのSNSなどで、個性的で面白い店がたくさんあることは知っていたので、やはり機会があればと思っていた。

 

福岡で車を借り、波佐見へ行き、波佐見から嬉野温泉。1泊して嬉野から唐津、さらに唐津から海沿いに糸島。糸島から博多へ。福岡空港から羽田空港へという大まかなルートを考えていた。本来であれば昨年9月に行くはずだった。9月18日(日)に大阪新歌舞伎座で行われるゴダイゴのライブ『GODIEGO CONCERT 2022』を見て、終演後、新大阪から博多へ新幹線で行き、福岡で一泊して、朝から車を借りるつもりだった。ところが、ご存知の通り、台風14号の影響で新幹線は走らず、飛行機も飛ばず、大阪から東京へ逆戻りするしかなかったのだ。

 

そんなこんなでの仕切り直し。幸いなことに、ANAやJALのキャンペーンもあり、比較的、安価でチケットを取ることも出来た。その日の朝、博多駅博多口のレンタカー会社で車を借り、長崎県東彼杵郡波佐見町を目指す。そのまま行けば高速利用で1時間30分ほど。それだと早く着きすぎるので寄り道をする。寄ると言うか、波佐見を通り過ぎ、佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社へ向かう。西日本を代表する神社として知られ、伏見稲荷大社、笠間稲荷神社とともに日本三大稲荷の一つらしい(神社に限らず、三大〇〇の2つまではすぐ名前が出てくるが、3つまではなかなか出てこないもの)。前回、嬉野温泉に行った際に土産屋でもらったパンフレットに写真が掲載されていて、その艶姿に一目惚れ、次は行こうと思っていた場所だ(前回は嬉野から佐世保へ行き、ちゃんぽん&佐世保バーガー三昧している)。平日ということもあって、本殿に至る参道には土産物屋などがあるものの、閑散としている。寺社そのものは勇壮で朱塗りの本殿は山の中腹にあり、柱の設えなどは清水寺の舞台を想起させる。参拝者も少なく、その分、神仏と向き合える。ちゃんとお参りもできるというもの。本殿から奥の院へは、山の頂を目指し、300メートルほど、“登山”しなければならない。急な石段を上ると息が上がる。150メートルも行くと、寺社の石段から登山道みたいな道へ変わる。幸いなこと(!?)にこれから先は険しいと張り紙がしてある。無理は禁物、お言葉に甘える(笑)。5年ほど前に大山阿夫利神社で痛い目にあっている。右足首3カ所骨折、手術と入院に21日間、リハビリに2か月という大変な思いは、もう2度としたくない。諦めることにするが、流石、150メートル、奥の院に近づいただけあって、景観はすこぶるよろしかった。

 

 

 

日本三大稲荷 祐徳稲荷神社

https://www.yutokusan.jp/

 

 

 

祐徳稲荷から波佐見のやきもの公園を目指す。1時間ほどかかる。実際は直接、行けばそんなにかからないが、この3月に放送されたテレビ東京のドラマ『絶メシRoad出張編』で、濱津隆之と白竜が行った有明海に面している道の駅「鹿島」で干潟を鑑賞している。同所に限らず、同ドラマを参考に白竜の後を追いかけ(!?)、いろんなところに立ち寄りしている。

 

 

佐賀県×絶メシロード

https://sagaprise.jp/zetsumeshiroadsaga/

 

 

 

 

寄り道しながらだが、1時間30分ほどで波佐見の中心(!)にあるやきもの公園へ辿り着く。バスで通過した時、その威容に驚いたものだが、車を駐車場に入れて、同公園を散策すると、いろんな窯がそのままあった。園内には「陶芸の館」という、地元特産品の販売や町内35社のメーカーの器を扱う展示販売のスペース、波佐見の焼き物の400年の歴史や陶器の製法などを紹介する資料館もある。公園の周りにはセレクトショップやカフェ、レストランもあった。同公園のレストランでハンバーガーを食したが、変にアメリカンしたものではなく、身体に優しいオーガニックなものだった。このゴールデンウィークには同所で「波佐見陶器まつり」が開催され、大盛況だったという。

 

同所から10分ほど歩くと、波佐見の観光拠点とでもいうべき、「西の原」がある。同所は約1500坪の敷地にカフェやレストラン、セレクトショップなどが集まっている。何故か、ボルダリング施設もあった。全国から年間16万人を集客するという。レストランなどは地元の食材を生かした料理が自慢らしい。どこか洗練されつつも暖かい、温もりのようなものを感じさせる。アイスクリームショップなどもあったが、都内の繁盛店のような殺伐さはなく、味噌やフルーツなど、地元の食材を生かしたもので、シンプルながら波佐見らしい捻りが効いている。華美や喧噪はなく、とにかく居心地がいい。敷地の一角に演奏する場所でもあれば、素敵なコンサートが出来そうだ。風に乗って、音魂が語りかける――そんな感じだろうか。

 

そもそも西の原は100年近くにわたって陶磁器を生産してきた製陶所の跡地。製陶所として使用された建物は2001年に廃業しているが、それらをリノベーションしている。その音頭をとったのが、西海陶器の児玉盛介会長だ。西海陶器は波佐見焼の製造・卸業では最大手で「波佐見」の名を全国区に押し上げた立役者。「ハサミポーセリン」などの自社ブランドを展開し、売り上げは48億円と国内の陶磁器卸売業界でも5本の指に入る名門企業だそうだ。その知名度は国内のみならず海外でも人気で、アメリカ、中国等、4カ国で波佐見焼を販売し、売り上げの40%を海外で稼ぎ出しているという(この辺は某番組のHPからそのまま引用させてもらった)。実は先日、村上龍がナビゲーターを務める情報番組『カンブリア宮殿』(テレビ東京)で紹介されたばかり。東京に戻って、そのことを知り、慌てて「テレ東BIZ」の見逃し配信で見た。同番組で紹介されたことで、うさん臭さもマシマシ状態(失礼!)だが、若者に判断を委ねる(実際、児玉は自分の感性が現代に対応してないと判断するや、あっさりと社長の座を海外への留学経験もある息子にゆずっている)、地元ばかりではなく、積極的に県外、国外からも人材を受け入れるなど、共感することも多かった。以前も書いたが、コロナ禍のリモートワークなどで、在宅での仕事、また、地方での転職や就職など、ノマド的なライフスタイルも活性化してきている。いままでの田舎暮らしとは趣が違ってきている。同所からは新しい潮流のようなものを感じさせる。勿論、製陶所として使用された西の原の建物は当時の面影を残しながらも現代の感性を備えた空間として再生されている。

 

 

 

波佐見町

https://www.town.hasami.lg.jp/

 

 

やきもの公園(世界の窯広場)

https://www.town.hasami.lg.jp/kankou/meisho/1284.html

 

 

 

西の原

https://24nohara.jp/

 

 

 

 

 

波佐見探索だが、寄り道が過ぎたためか、時間がなくなり、他にも見たいところもあったが、残念ながら“次回”にすることにする。ところが、嬉野へ向かう途中、気になるショップがあったので時間を気にしながらも立ち寄ることにした。「No.1210」という波佐見の藍染窯の直営店で同所にはカフェも併設されている。ちなみに“1210”は同所の住所(番地)から取られているそうだ。カフェには大きなソファーが設えられ、そこには世代を超えて人が集まる。高齢者にも関わらず、インスタなども開設している方もいて、情報交換や勉強の場にもなっていた。

 

同店の壁に貼ってあった1枚のポストカードが目を引いた。大滝詠一のDJ姿(多分、ゴーゴーナイアガラを模したもの!?)のイラストが描かれたもので、そこには「森とコーヒー。」と書かれていた。もしやと思い聞いてみると、同店は糸島の「森とコーヒー。」から豆を仕入れ、コーヒーを出しているという。たまたま、糸島のことを調べていて、その名を知っていたのか、深町さんのSNSで名前を憶えていたのか不確かだが、行ってみようと思っていたところだ。店の方へ翌日、糸島へ行くと伝えたら、「森とコーヒー。」の方によろしくお伝えくださいと、言付けを授かった。これは同店へ行くしかないだろう。不思議な縁である。

 

 

Aizengama.no.1210/波佐見焼 藍染窯

https://aizengama.stores.jp/

 

aizengama.no.1210-Instagram

https://www.instagram.com/aizengama.no.1210/

 

 

 

 

 

その夜は嬉野で美人の湯と佐賀牛を三昧する。そして翌朝、これまた、絶品の温泉粥と温泉豆腐の朝食を堪能する。嬉野から糸島へ。同所を目指すが、その前に寄りたいところもあった。唐津である。同所にある産直「唐津うまかもん市場」へ行ってみたかった。佐賀の美味いものが揃うところである。野菜やフルーツ、魚、肉などがふんだんにある。車移動だが、飛行機で帰らなければならない。柑橘系のくだものを少しだけ買うに留めたが、現地住みならしこたま買いたくなるところ。産直巡りはその町の生活が見えてくる。そして唐津から呼子である。実は10年ほど前、呼子を訪れたが、いい店に当たらず、不発だった。今回はと思い、同所を目指す。お目当ては当然、イカの活きづくりだ。しかし、今回は呼子から少し行った鎮西町の店にする。「大和」と言う店で、店に着くとバイカーの団体が店を出るところだった。バイカーは美味しいところを知っている。当たりだろう。その予感は見事に当たり、活きイカを堪能する。新鮮でコリコリとして食感も良い。また、げそや耳は天ぷらにしてくれるのだが、これまた、絶品。やわらかく口の中でとろける。

 

同所から唐津へ戻り、かの虹の松原を通り、糸島を目指す。日頃の行いがいいせいか、雨がそぼ降る(苦笑)。

 

「森とコーヒー。」は、文字通り、森の中にある。福岡からだと前原東ICから白糸の滝に向かい、車で数分のところ。住宅街を抜け、同店の敷地にキッチンカーが止めてあり、そこが店舗になる。注文はキッチンカーの中に入って、する。水出しコーヒーを頼む。雨天ということもあるが、客は少なく、列もそんなにできていない。ゆったりできる。何も入れずとも美味しかった。いろいろ飲みたいところだが、おなかタポタポなりそうなので、やめておく。通販もある。東京へ帰ってからいくつか、お試しで頼んでみる。

 

「No.1210」の伝言だが、店名を間違えしまったが(話していくうちに同店の店主が正確な名称を教えてくれた。役立たずで申し訳ない)ちゃんと伝えた。コーヒーの豆を通して波佐見と糸島が繋がった。不思議な縁である。

 

 

「森とコーヒー。」のHPには“「自分に帰ろう、森へ行こう。」をテーマに、日々の休息につながるようなコーヒーシーンを提案しています”とある。ちなみに店主ご夫婦は札幌出身。 暖かい土地に住みたいという希望もあったことから、最初の開業場所を福岡県糸島市にしたそうだ。ただ、“これからの人生のステージに合わせて住む場所を変えていこうと考えており、そのためにお店を建てるのではなくトレーラーハウスにしました”と言う。素敵な考え方ではないだろうか。

 

 

同所を出ると、近くに車がひっきりなしに出入りするところがあった。という店が集まるところがあった。糸島のまたいちの塩を販売する新三郎商店、同塩を使用したゴハンヤ「イタル」、カフェ「sumi café」などが同じ敷地内にあった。糸島は、独自の製法による塩の産地でもあるようだ。玄界灘の外海と内海がぶつかりあい、山と海の豊富なミネラルが混じり合っているところらしい。糸島ならでは塩なのだろう。糸島の旬の食材の旨味を「またいちの塩」を使ってさらに引き出す。 そんな料理を提供していきたいという思いから、「イタル」は2006年に出来たそうだ。既にランチタイムが終わり、食べることはできなかったが、美味しそうなところだった。後日、同所で買った焚き塩をご飯を炊く前に入れると、味が上がり、旨味がましていった。魔法の塩か(笑)。

 

 

生憎の天候と飛行機の時間のため、海に面したカフェや糸島野菜などを買える産直などは、ゆったり見ることができなかったが、先の波佐見を含め、日を改めて来るしかないだろう。やはり“次回”に期すということだろう。なにしろ、この秋、9月1日(金)、2日(土)には4年ぶりに“Sunset Live”が行われることが決まった。これは行くしかないだろう。

 

 

それにしても大都市や都会だけでなく、衛星都市を中心に新しい文化や風俗が作られつつある。埼玉県本庄市を拠点に活動するGliderやhuenicaなどを追いかける中で、そんな構想が芽生えてきた。同時にこのコロナ禍という状況、まだ、完全に収束はしていないが、多少はいい方向に行きつつある。何か、新たな都市圏、新たな生活スタイル、また、出身地や家に縛られることなく、因習や宿命に絡め取られず、人やものが自由に繋がろうとしている。出来る限り、そんな場には積極的に足を踏み入れたいと思う。もし、時間があれば波佐見や糸島を訪れてみて欲しい。何かが始まる――新たな景色や風景が見れるかもしれない。ちょっと、わくわくしてこないか。

 

 

唐津うまかもん市場

https://www.karatsuumakamon.com/

 

 

 

いかの活け造り「大和」

http://www.ika-yamato.com/

 

 

 

糸島 森とコーヒー。

https://moritocoffe.thebase.in/

 

 

 

 

またいちの塩 イタル

https://mataichi.info/itaru/