井出靖とカセット・マガジン“TRA”の時代 | Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

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Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

先日、1月10日に発売された音楽プロデューサー、井出靖の自伝『Rolling On The Road 僕が体験した東京の1960年代から90年代まで』が話題になっている。内容に関しては昨年末、同書の小見出しを引用して、簡単に紹介した。彼が見たリアルな東京の風景が活写されている。また、“渋谷系”と呼ばれる、音楽とクラブのカルチャーなども彼の存在なくしてはいまのような形になっていなかったことを再確認させてくれた。プロフィールなどで「現在のシーンを形成する音楽的動勢に常に深く関わってきたプロデューサー、アーティスト」と紹介されているが、彼のしてきたことがすべていまへと繋がる。稀有な存在だろう。井出靖がどのようにして作られたか――それを探る鍵が同書にはある。

 

“奥田民生になりたいボーイ”という言葉があり、そんな漫画や映画(『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』)もあった。“井出靖になりたいボーイ”がいるかわからないが、同書を読んで彼の生き方に憧れるものも出てくるのではないだろうか。

 

彼の“ビルディングストーリー”の中でも“肝”になるのが、カセット・マガジン『TRA』での体験。同書では同時代を懐古するだけでなく、“TRA”を作ったデザイナー、ミック・イタヤ、写真家、伊島薫と、井出との鼎談も掲載されている。“TRA”の発足の契機や当時の活動などが手にとるようにわかるだけでなく、読んでいて、勇気付けられるものもあった。同プロジェクトの発起人であり、いまは亡き式田純の“むちゃぶり”や“お任せ”に翻弄されながらも“無理難題”をクリアしていき、井出靖は井出靖になっていった。

 

 

そんな“TRA”に興味を持って検索していたら、当時の記事が出てきた。それは「いま、カセットはおもしろくなってきている」という言葉から始まっている。当然、昨今のカセットブームを取り上げたものではない。これは30年近く前に私が編集した伝説の音楽雑誌(笑)である『MUSIC STEADY』の1983年12月・1984年1月合併号で「CASESET BOOKS AS NEW MEDIA『伝える道具』としての特性が確立されてきたカセット」という特集で、ライターの堀ひろかずが記事の巻頭に書いた言葉である。

 

改めて同誌を倉庫から探し出してきた。端正な容貌と洗練された音楽で人気を博したシンガーソングライター、山本達彦が表紙の号、合併号ということでサービスとして本誌と同じ表紙、サイズ、ヴォリュームのノートをつけていた。同記事は当時、注目を集めていたカセット・ブックやカセット・マガジン、自主制作カセットなどを特集したもので、“TRA”だけでなく、坂本龍一の『Avec Piano』やEP-4の『制服・肉体・複製』なども紹介している。同時にテレグラフやペヨトル工房にも取材している。“TRA”に関しては、誌面には“TRA PROJECT”とだけ記載されているが、堀ひろかずに改めて確認したところ、式田純だったそうだ。彼の西麻布のオフィスで取材をしているという。同特集をスキャンして、改めて公開する。当時の雰囲気を味わっていただけると思う。“TRA”はテキストに起こしたが、それ以外はスキャンに留めた。JPEGにしているので、スキャン原稿も読めるはず。楽しんでいただけたなら幸いである。改めて転載を快諾してくれた堀ひろかずには感謝である。

 

 

 

 

 

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Ⅲ カセット・マガジン“TRA”

 

ニューアーチスト・カタログと銘うたれたカセット・マガジン“TRA”は1982年の夏号からスタートしている。 ARTをひっくりかえしてTRA、 スタート時のメンバー3人の“トラ”イアングルにもひっかかるし、「トラ」と読んだ時に日本語の響きがあるのも気にいって名付けたそうだ。 ファースト・イシューに収録されたのは、立花ハジメ、ZAZOU、SPOIL、LIVE AT MONKBERY’S、これらの音楽と本の留守番電話テープと平野威馬雄氏へのインタビュー。特集中心のマカジン、といった仕上りだった。28ページのブックレットは大半が広告で占められている。制作のTRA PROJECTに話をうかがった。

 

 

「何かやりたいね、から始まった。ビデオをやろうか、とか言ってたんだけど、 カセットならできるんじゃないかってことでカセットを始めたんです。これから活躍するアーチストたちを、総合的に紹介するために、音とビジュアルが必要だった。音とビジュアルのカルャー・マガジンにしたかった」

 

 

確かに1号目の立花ハジメやSPOIL、2号目のメロンやサロン・ミュージック、3号目のヤン・トミタ、東京ブラボー、ワールド・スタンダードといった活きのいいアーティストをこの“TRA”で知った人も多いはずだ。さらに、CM入りテープ、凝ったアート・ワークなど、新しい試みや感覚も、ファンを惹きつけている。

 

 

「要するに趣味でやってるんです(笑)。 今僕らがやってることが受け入れられて、拡がっていけば住みやすい世の中になるという(笑)。それが結果としてみれば芸術運動になってると思う。やり始めた時にはそんな気はなかったけど、聴いてくれる人がいて共鳴してくれる人がいて、“TRA”自体もどんどん登ってゆくから。ただ、それは今まであった“芸術”ではないし、今とり沙汰されている“アート”でもない。それが“TRA”の名前の由来でもありますけど。あと啓蒙でもないし。啓蒙なんてされたくないし、するのもイヤだ」

 

 

アーチストは“TRA”という発見の場をを中心にして、持ち込みで、スタッフがライヴを見て、また独自ルートによって海外からも集まってきている。そんなアーチストをより詳しく紹介するために“TRA SPECIAL”が始まった。ショコラータを第一弾とし、ドイツ音楽(『ドイツVOL.1』ベルリン特集)をリリース、さらにカセットや写真だけでは紹介できないアーチストの作品にじかに触れて、買ってもらえるためのアートショップ“TRA MART”へと、カセット・マガジンから始まった“TRA PROJECT”は発展しつつある。

 

 

「もっといろんなカセット・マガジンがあっていいと思う。“TRA”としては、あと何年かやって、その時点でほかに出てきてるか出てきてないかは関係なく、別のメディアを生みだせるのがいちばん望ましい。カセット・マガジンはその第一段階だね」

 

 

たしかに、 カセットはおもしろくなってきている。これからはさらにさまざまな人たちがさまざまな内容、方法でカセットにアプローチしてくることが考えられる。カセットは単に表現を伝達する「手段」でしかない以上、何を、どうやって、どのように表現してゆくか、送り手側の意志がはっきりとしていれば、音を中心に可能性はさらに拡がるはずである。自主制作カセットや、カセット・マガジン、カセット・ブック百花繚乱の時代は、 はたして訪れるのだろうか。

 

 

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なお、井出靖の自伝「Rolling On The Road 僕が体験した東京の1960年代から90年代まで」はアマゾンなど以外にも以下で購入可能。トートバックやオリジナルTシャツ付きのものもある。お勧めだ。

 

 

「Rolling On The Road 僕が体験した東京の1960年代から90年代まで」井出 靖

 

https://grandgallerystore.com/items/6381caf24292bf4ecdc42c88

 

 

 

 

 

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