外国人よりも周りを気にする日本人 | 「英語が話せるようになる本当の勉強法」のブログ

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大学生の時に、友人に誘われて初めてアメリカを旅行しました。

 

サンフランシスコから入って、ヨセミテ公園、グランドキャニオン、ラスベガスなどを回った約3週間の旅でした。

 

移動はレンタカーです。

 

始めて『外国』に触れて、素晴らしい経験をすることができました。

 

英語を勉強する切っ掛けにもなりました。

 

その延長として、英語の勉強法に関する書籍の出版にも繋がっているのだと思います。

 

『効果を実感できる!英語が話せるようになる本当の勉強法』

 

 

 

 

企業での講演でも、この経験を紹介することがあります。

 

アメリカに行ったことで、『生の英語』を知ったことは勿論、『日本人の考え方』を意識する機会にもなりました。

 

 

 

アメリカに初めて到着した日、スタンフォード大学を訪問する機会がありました。

 

私をアメリカに誘ってくれた友人は帰国子女ですが、彼がNYの小学校で同級生だった友人がスタンフォードの学生でした。

この方も日本人ですが、幼少期からアメリカにいますので日本語は話せますが英語ネイティブです。

『考え方』もアメリカ人そのものという感じでした。

 

その友人と我々でお店に入りました。

カフェかマクドナルドかは覚えていません。

 

ちょっとお茶をする感覚で入ったお店です。

 

私はお腹が空いていたので、他の人に聞いてみました。

 

「ここで、食べる?」

 

そのスタンフォードの友人からは、こういわれました。

 

「食べたなら食べればいいじゃない。」

 

日本でもこの様な返事は無いことはありませんが、全てがこのような感じでしたので、

「日本人とは、違う」

と感じたことを今でも覚えています。

 

日本では、次のように考えると思うからです。

「私はまだあまりお腹が空いていないから、次の目的地のxxxでランチにしない?」

 

自分が食べたいからといって食事を注文すれば、

「何、一人で食ってるんだ。もう行くぞ。」

などといわれてしまうような気がしてしまうので、

「ここで、食べる?」

と聞いてみるのです。

 

日本人は、”場の雰囲気”、”他人の考え” に気を使い、

”周りに気を遣う国民” だと思うようになりました。

 

勿論悪いことではなく、良い面でもあります。

ただ、外国の方と仕事をしたり休日にご一緒したりするときには、日本人に対する場合と異なる考え方を意識することが必要だと考えています。

 

 

これに関係する別の経験があります。

 

数年前にアメリカ人が駐在員として私の会社に1年程在籍していたことがありました。

 

仲良くなり、休日もたまに会って横浜などを案内するようなこともありました。

 

 

ある日、野球のワールドカップの試合に誘ってくれました。

 

その方は奥様と二人、私と同僚の日本人、併せて4人で野球観戦をしました。

インド対中国でしたか。東京ドームだっと思います。

 

球状に行く前に、「試合中に何を食べようか?」と思いを巡らしていました。

 

例えば、

・「4人で、ホットドックなどを食べながらの観戦か?」

・「球場の中の食堂(があれば)試合終了後などに4人で行く?」

・「球場を出て、4人でお店に入って食事?」

 

このようなことを考えていましたが、試合が始まりました。

 

そろそろお腹が空いてきたと思った時でした。

 

そのアメリカ人夫婦は、持参した手製のお弁当を取り出して食べ始めました。

 

「おすそ分けでもあるのかな」

などと図々しい想像もしてしまいましたが、それはありませんでした。

 

 

私なら、事前に

「私たち(夫婦)は、お弁当を持参しようと思いますが、皆さんはどうされますか?」

などと、自分たちの予定を伝えておこうと考えると思います。

 

私だけではないと思いますが、多くの日本人は、

「周りとどう合わせるか」

を常に考えるようにしていると思います。

 

だからこそ、それがないと

「あの人はKYだ」

のように、「KY(K:空気、Y:読めない)」という言葉が生まれたのでしょう。

 

最近はこのKYはもう死語でしょうかね。

聞くことが無くなったように思います。