犬と猫と三姉妹 -90ページ目

母と娘の下剋上

14年も米国に住んでいるのに 母の英語力は残念でならない。

切迫感にかられることもなく 努力もしないから。

 

ここシカゴ郊外は 日系企業、日系スーパーもあり、移民も多く ある場所では

「振り返れば同胞がいる」

と言っても過言ではないほど 日本人もまぁまぁわんさか。

 

プラス、私のように伴侶がアメリカ人なら 怠け者性質に拍車がかかり 特に困ることなく 精神も堕落してしまう。

 

娘たちは 日本語も学べる学校に通っているが どうしても英語がメインになってしまう。

長女に至っては 数年前から余裕で私を超えている。

 

英語マストのEメールを 母が か細く四苦八苦していたら 長女が見かねて

 

「あぁ遅い、英語もなんか変やし 変わって」

と即座に椅子をとりあげられ ゴーストライターに早変わり。

 

店頭で 店員さんに質問がある場合でも

私の発音では 一度は

「え?」

と聞き返され 長女も加わり 結局途中からは 母は陽炎状態。

 

「ほら、おかん お金お金」

と 完全なるATMと かすのだ。

 

これが世の常

親は子供によって育てられる と身に沁みる2022年 夏〜ちょっぴり切なくて〜

 

 

 

思春期の子供を持つ親が一度は 駆られる走馬灯と想い

自分勝手とは重々承知

 

「あの頃は可愛かった」

 

 

 

あぁ夏休み

ご存知のように アメリカの夏休みは約3ヶ月ほどあり異様に長い、何故、、。

 

故郷に帰省する家族も多いが 動物と暮らす私たちは 中々 容易くいかない。(お金がない本音の現実を 犬猫を建前に 娘たちを欺いてる部分もゼロではない姑息な母)

 

夫はいい人だが 犬猫の世話をきちんとする信用に値しないので ここは諦めるのみ。検査、マスク洗脳が終焉したらいつの日か。

 

そうなると サマーキャンプ(色々な面白い習い事)に 時々 娘たちを放り込むが 三人分となると背筋がひやっとするほどの金額になる。ポチッとする指が魂をもったかのように何度も躊躇する。

 

後は 残留組の友達に 営業ラインをかけ プレーデートに持ち込むのだ。

年齢が違うので 三人1セットで動くことが難しい。

それぞれのプレーデートの計画を立て 母は 運転手とかし、又 しもべのように おもてなしに徹し 

 

また うちの子と遊んでやってください

と へいこらする。

 

三人一緒に居たら 居たらで 

足が当たっただの、言い方が気に入らないだの まるでチンピラみたいな喧嘩を繰り返す毎日。

 

「子供と一緒にいれるうちが」

とよく聞くセリフであるが 

 

早く大きくなーれ、なーれ

と呪文のようにつぶやき 楽になろうとする私。 

 

遠足日を 待ち焦がれ 

後何日ー と数える子供のように

母も 日に何度もカレンダーを見つめ 新学期初日を心待ちにしている。

 

 

 

たとえば 君がいるだけで

愛犬 太郎は今月で14歳になった。

長女の妊娠が発覚し始めた 太郎8ヶ月の頃 アニマルシェルターで出逢った。

目が合った瞬間

「この子を連れて帰りたい」

と猛烈な思いに駆られた。

 

当時 ドラマ24に凝っていたので

「名前は ジャックバウワーにしよう」

と意気揚々と夫に提案したが

「ナニイッテル、オカシイよ」

と大反対にあい 反動で 日本伝統的な

「太郎は?」

と聞いたら

「いい名前だ、そうしよう」

という流れで 太郎と命名された。

(彼のセンスがわかならい)

 

太郎は 本当に心根の優しい特性を持ち 輪廻転生最後かな、と思わせるくらい達観している。

 

長女を出産し、病院から連れ帰った時こそ 

「なんや、この生き物は!?」

と ハウハウしていたが 次女三女となると

「あぁ、また増えたの」

くらいの反応。

 

三女も赤ちゃん感が抜け 落ち着いた生活が戻ってくるかと思いきや 今度は猫娘たち。

 

「人間が打ち止めになったら今度は猫かよ」

と やや戸惑いを隠せない様子であったが 先輩ヅラするわけでもなく 猫に寝床を取られても いたずらで毛をむしられても じっとしていた。

 

14年という月日が流れ 娘達の成長が太郎を追い越した。

 

太郎にとってこの14年はどんなものだったのか、と ふと思ってしまう。

 

三姉妹が 慈しみの心を自然と持てるようになったのは 間違いなく太郎のおかげ。

 

見た目は若いし 私の目を盗み ボケたふりして 猫たちのご飯を漁ろうとする一面もある。

しかし 耳は遠くなってきたし 一日の大半を寝て過ごす、蹴つまずくことも多くなってきた。

老いは止められない。

 

いいのだ、

太郎は ただ居てくれるだけでいい。

 

明日も明後日も 太郎の幸せな姿が見たい。