犬と猫と三姉妹 -106ページ目

オリビアの大冒険

雨の日は 畑や花に水をあげる手間がないので 少しラッキー感もあるが 外で暮らすオリビアを含め 外猫たちが気にかかる。

雨風をしのげる場所が 皆 あればいい。

 

今日は昼過ぎまで ずっと雨模様だった。

朝ごはんを食べにきてから 夕方まで姿を現さなかったオリビア。第二夫人的な家があるのだろうか。

尻尾が少し濡れていたが 上手に雨から逃げていたようで安心した。

 

機嫌が良さそうだったので ドアを開けると 入ってきた。

『お邪魔します』

 

シワシワの私の手はスルーして頂きたい、、。

室内に入るのは初めてではないが オリビアには『アウェイ感』なのか だいたい緊張している。

慣れてきてくれたのか 今日は 喉をゴロゴロして リラックスモード。

 

椅子にデヴィ夫人のように悠々座っているのが 猫娘の桜。

オリビアとほぼ同じ色合いなので 親子かも、、と思ってしまう。

 

 室内散策中のオリビア。

もう一匹の猫娘 エンジェルも 興味津々についていく。

今までは オリビアが 網戸越しにでも近づくと

シャーシャー

と威嚇していたが 今夜は そんなことがない。

 

ここで 夕寝していた太郎が起き出し オリビアと目が合い オリビア退散(外に出る)。

 

母の勝手な想いでは 厳しい冬が来るまでに なんとか室内に小慣れてもらいたいが まぁ叶うといいなくらいの夢物語で満足したい。

オリビアも お外の世界で 仲間も もしかしたらいい人もいるかもしれない。

 

優しいお友達が オリビア にと もう使わないブランケットをくれた。

 

周囲の優しさに感謝だ。

 

 素敵な訪問猫、礼儀正しかった猫娘たちのおかげで 今夜は 幸福感が増し増しだ。

 

明日も また寄って欲しい。

 

 

 

 

老眼

視力のいい人ほど老眼になるのが早い

 

と 聞いてきた。

44歳で老眼が早いのか いい時期?なのか よくわからないが 私も1.5の視力が限界に近づいていることをひしひし感じるこの夏だ。

 

アニメ店へ再度 三姉妹と繰り出した。

誕生日が微妙に近い長女と次女が ティーシャツをお買い上げ したので 店員さんは

「メンバーになってくれたら クーポン送るよ」

と 商売上手なことを仰せになり 貧乏性の母は 言われるがまま 個人情報を渡す。

 

口頭質問の後 

「間違いないか 確認してー」

と打ち込んだ 小さなスクリーンを私に見せてこられた。

が、

ぼやけて見えない、、。

 

「はい、大丈夫です」

と全く確認できないまま オッケーサインを出してしまう適当すぎる私。

 

「おかん、ほんまにちゃんとチェックした?メールアドレス 間違っていたらクーポンもらえないで」

と 中途半端な関西弁で娘たちが そんなとこだけちゃっかり 母を諌める。

君たち、お小遣い溜め込んでるんやから たまには 自分で買え、

と言いたいところだ。

 

数日前 お友達たちと 家で 花ビーズを一緒に作る クラフト会をした。

年齢は 似たり寄ったり

皆 一つ目のビーズが なかなか通らない、、笑。

 

あ、あかん、見えない、、

 

まるで ラピュタの ムスカ状態で

「目がー」

と苦しみながら 格闘した。

 

前半は 真剣にほぼ無言状態で 作成した。

なんだ、この静けさは、、蟹食べてるぐらいの沈黙。

 

後半から完成にかけて 皆 余裕が出てきたのか だいぶ 会話が弾み

老眼って困るね

とネタにまでして 楽しく過ごせた。

 

自分が子供〜若かりし頃は 40代半ばは ものすごく大人なイメージがあったが いざ その年齢になっても 精神年齢は全く変わらず 昭和ネタや 放送コードギリギリネタで 友達と涙流して笑っている自分がいる。

 

あの頃 思い描いていた『上品な落ち着いたマダム感』とは正反対だが 健康で毎日笑って過ごせる日々。

上々ではないか。

 

今までクリアな世界にいたので こんなに視えにくくなるものかと  ある意味 ぼやけた文字に感心もする。

 

そろそろ 老眼鏡が必要だろう。

とりあえず 今年は でっかい虫眼鏡で しのごうと思う。

 

 

キキの絵にえらく感動した後 今度はトトロを描いてくれた。

自慢のように ダイニングルームに飾ってしまった。

棺桶に入れたい。

 

猫娘と会話中の次女。

夏休みが終わろうとしている。

 

 

 

 

 

夫って人

夫とは 日本で知り合った。

就労ビザで三年弱 滞在していた。

 

私は 世話焼きとお節介ごちゃませの性質なので 一人で暮らす異邦人に 何かと

「大丈夫?食べてる?困ったことない?」

と 聞いていたら 長女が受け継いだ 根拠のない自信の持ち主の源、何を勘違いしてか

 

「僕のこと 好きなんだな」

となり アレヨアレヨで 十四年。

 

初めて 夫のアパートにお邪魔した時

「ちょっとここにいて下さい」

と 別部屋に消えた夫、居間に待ちぼうけの私。

 

何だろう、、と考えていた矢先 クラリネットを持った夫が 演奏を始めた。

たまげた。

えっ クラリネット?

と思考が追いつかない間に 終了、

 

「素晴らしい、ありがとう」

と戸惑いを隠し お礼を言うと

 

「じゃあもう一曲」

と また長い曲を演奏しだした。

 

いや、、一曲でいいし、、とも言えず ひたすらフィナーレが来るのを待っていた私。

 

レディファーストの国からやってきた紳士(夫)は 度々 小さな花束をくれた。

しかし かなりの確率で 菊メインだった。

 

家に持ち帰ると 母が

「あらー 丁度 ご先祖様に生ける花がなかったんや、買ってきてくれたんか、ありがとう」

と 神から(クリスチャンな夫)仏(仏教徒な母)へ 優しさの気持ちと共に 菊が伝導された。

 

二年以上付き合いが続いても まだ菊だった。

もう勘弁して欲しいので

「あれ お葬式とか 仏壇に飾る花やで」

と 伝えた。

 

夫は頭を抱え 

「知らなかった!アメリカでは菊は普通ですよ」

とパニックに陥っていた。

気の毒に、、他にもあげていたかもしれない。

 

お互い あやふやな言語力でありながら ここまでよくぞきたな、と 我ながら感心する。

 

基本的には 優しく よき父ちゃんではあるが この二年で お互いの価値観がこんなにずれているのか とも認識した。

 

コロコロの話になると 喧嘩しかないので もうしない。

埋めれない溝だ。

 

この先 生きるタイムラインが違ってくるような気もするが 私が アメリカでここまで楽しく過ごせたのは 間違いなく 夫からの支えの基盤があったからに違いない。

 

そこは感謝を忘れてはいけないが お友達と盛り上がる話題は ほぼ 『旦那の話』。

ここも捨てきれない。

 

 

こうしていつも おこぼれを頂くのを期待している太郎。