チーコちゃんは12歳の避妊済みの日本猫。

嘔吐後の低血糖性ケイレン発作を繰り返し、大学病院を受診した。

各種検査により、脾臓と腸管膜リンパ節への浸潤を伴う内臓型肥満細胞腫と診断された。

その後、オーナーは外科手術と術後の補助療法を希望して当院へ来院した。

ペットの「がん」 ―レオどうぶつ病院腫瘍科―


当院初診時、ステロイド剤と抗ヒスタミン剤、抗胃潰瘍剤の投与により発作は消失し、一般状態は落ち着いていた。

血液検査では血液中に肥満細胞が出現する肥満細胞血症を認めた。


当院受診5日目に、症状の緩和を目的とした対症的脾臓摘出術を実施した。

ペットの「がん」 ―レオどうぶつ病院腫瘍科― ペットの「がん」 ―レオどうぶつ病院腫瘍科―

摘出した脾臓はφ14×5cm大に腫大していた。肉眼上、肝臓は正常であった。

摘出した脾臓からの針生検では肥満細胞が大量に採取された。

病理組織検査と遺伝子検査(猫c-kit変異検査)を外部検査センターに依頼した。

術後は麻薬性鎮痛剤であるフェンタニルパッチを貼付することにより回復も早く、2日後に退院した。


手術から2週間後に抜糸を行った。食欲旺盛で嘔吐も認められなかった。

病理組織検査の結果は肥満細胞腫であり、遺伝子検査ではc-kit遺伝子の変異が認められた。

これは分子標的薬「メシル酸イマチニブ」が効果を示すことを意味している。

猫の肥満細胞腫に対するイマチニブの効果に関するデータはまだ少なく手探りではあるが、一日一回のイマチニブの投与を開始した。


術後24日の検診時、腹部超音波検査では肝臓や腹腔内に腫瘤病変は認めなかったが、血液検査で肥満細胞の出現と軽度貧血、肝パネルの上昇を認めた。

食欲の低下と10日に一度程度の嘔吐を認めた。

治療はイマチニブと抗胃潰瘍薬の投与を継続した。

薬を小さなカプセルに分注することで投与しやすくなり、その後の嘔吐の回数が減少した。


術後36日の検診では血中の肥満細胞は消失し、肝パネルも正常化した。

貧血傾向を認めたため鉄剤サプリメントを追加して、イマチニブと抗胃潰瘍薬の投与を継続した。


術後5カ月現在、貧血はあるものの嘔吐等の消化器症状は落ち着いており、再発・転移の兆候は認められず、良好なQOLを維持している。
ペットの「がん」 ―レオどうぶつ病院腫瘍科―

分子標的療法は従来の抗癌剤治療に比べ、抗腫瘍効果は高く副作用は低いことから注目されている治療法である。現在、犬ではリンパ腫、肥満細胞腫、GIST等の腫瘍で効果が認められている。


猫の内臓型肥満細胞腫には脾臓摘出が効果的であることが分かっている。

今回、猫の内臓型肥満細胞腫に対し脾臓摘出を行い、術後補助療法として分子標的薬を使用し、良好な経過を得ている。

今後、猫の肥満細胞腫に対しても治療の選択肢として分子標的療法が期待される。