ふと子供のころ呼ばれていた呼び方を呟いてみたら、そわそわするような、響くような、ぞっとするような、不思議な感じがした。
何度呼んでも、同じ感じがする。
他の子供の頃のあだなや呼ばれ方を試しても、反応が起るのは、その一つだけ。
呼びながら浮かぶのは、母の顔。
母に呼ばれているようにしか思えない。
一瞬、それで嬉しくなるのかな?と思ったが…
早く起きなさいとか、○○しなさいとか、
お咎めとか小言が続くニュアンスしか浮かばない…
確かにそういう意味ではうるさい母だったが、
いわゆるトラウマになるような厳しさには程遠いのに。
それでもこうして残っているのだから、
ほんとにほんとに、人はいとも簡単に暗いものを抱くんだなあと再び思う。
書き換えようと、何回も呼んで、「大丈夫だよ」とか誉めたり安心させるようなことを繋げてみたが、解消されたかは微妙。
■■■ 要洗濯
・手をつけなければ“ならない”、でも一向に始められない、進まない件がある。あきらかに“要洗濯”である。
・ねばねば言うより、“洗濯”が効く、というのが現在の私の説なので、実行してみる。