これはチェコのミュシャが描いた、スラブ叙事詩の一作
こんなのもミュシャの作品
スラブ語を話すスラブ民族には、ウクライナやベラルーシやロシアの東スラブ、ポーランドやチェコやスロバキアの西スラブ、かつてユーゴスラビアと呼ばれたバルカン半島のセルビアやクロアチアなどの南スラブがあるが、このうちウクライナから南ロシアにかけての黒海沿岸は、印欧語族がもともといた場所ともされる。
ギリシアの歴史家ヘロドトスによると、スキタイという民族がいた。スキタイは最古の遊牧民だが、農耕生活をしたり、農産物を売ったりする民族もいた。遊牧民のスキタイには、王族スキタイというものもいて、ほかのスキタイに対して王のように振る舞った。また、王族スキタイに従わない別種スキタイというものも離れたところに住んでいた。
自分は、ポーランドやウクライナは、農民スキタイや農産物を作るだけでなく売って暮らす農耕スキタイ、ロシアは冷戦時代にほかのスラブ諸国に対し王のように振る舞っていたので王族スキタイというイメージを持っていた。
でも2022年のロシアによるウクライナ侵略をみていると、ロシア人の本質は違うのではないかと思うようになった。wikipediaなどをみると、ロシアはもともとフィン・ウゴル語派の影響下にあった。
フィン・ウゴル語派というのはウラル語族のことで、ほかにはサモエード語派があるが、今ではネネツなどという。フィンというのはフィンランドとエストニア(エストニア以外のラトヴィアとリトアニアは印欧語族のバルト語派なので違う)とサーミが含まれ、ウゴルとはハンガリー(マジャールともいう)のことのようである。
言語と民族とは一致しない場合がある。アメリカでは黒人も英語を話すが、数世代前は英語とは違う言語だった。ロシア人は言語は東スラブ化しているが、文化的にはウラルもしくはフィン・ウゴル、あるいはサモエードと同一なのではないか。そうするとエストニアやフィンランドと並ぶことになり、フィンランドはロシアに対抗してきた歴史があるが、ハンガリーの首相は今回ロシアに同調している。
フィンランドの絵画はこんな感じである。
一方、これはロシア
日本人の黒田清輝が描いた洋画
スウェーデンのカール・ラーション
ルノワールなのでフランス
日本人は簡単に洋画を描くことができ、向こうの人が描いたものと区別がつきにくいのに、ウラル系の人は画風が異なる。たんに日本人が器用というより、元々感性が近いのだろう。
ウラルと思われる人はヘロドトスの歴史の、スキタイの条に出てくるアンドロパゴイであるとされている。特異な民族でスキタイ系では全くなく、その風俗は世にも野蛮なもので、正義も守らなければなんの掟ももたない。遊牧民で服装はスキタイに似ており、独特の言語を持つ。アンドロパゴイとは、人を食べるという意味である。スキタイが住んでいた黒海沿岸よりも北の方にその居住域があり、ロシア人はその影響下にあった。
今回の戦争でみられるロシアの特徴は、世にも野蛮なものであり正義も守らなければなんの掟ももたない。古い時代のウラルの習俗だけを受け継いだのではないだろうか。ネネツ人やサーミ人はトナカイを飼って暮らす先住民扱いされることもあるが、フィンランド、エストニア、ハンガリーなどは現代の国であり、野蛮とはいえない。中国の遼河地方がその原住地であるとされる。櫛目文土器というのが、遼河発祥とされていて、東は韓国まで、西はフィンランドにまで伝播した。ロシア人が、言語だけ印欧語化したウラル系と考えたら、ウラジオストックとモスクワのような遠く離れた地域にまたがって住んでいることもわかりやすい。またその拠点が遼河であるので北朝鮮、中国、ロシアが近い関係にある説明もつく。
ウクライナはドニプロ川(ドニエプル川)の河畔の農耕地帯がおおもとになっている。
ロシアのRussiaは、かつてウクライナにあったルーシという国を意識しているのだが、むしろ遼河(中国語発音ではLiao He)という意味に解したほうが適切なのではないか。
遼河文明は紀元前6200年頃からなので、黄河文明や長江文明よりも古い。まだ新石器時代であり、磨製石器を用いた農具があった。金属が使用されるのは紀元前3000年頃とされる黄河文明の青銅器時代を待たねばならない。
石器時代と金属器が使用された時代がどう違うかというと、人が所有するという観念が出てきた。今でも硬貨は1円玉のアルミを除いて全て銅の合金でできている。金属は加工して作るものであり、加工には技術がいったので、人が所有する観念が生まれる。それ以前の打製石器や磨製石器では、見よう見まねで誰にでもできたので、ものは共有でよかった。つまり原始共産制のようなものがそこにあった可能性もある。騙されないようにしないといけないが、自分のものが誰かのものでもあるということだから、権力者により容易に私権が他人のものにされてしまう。ウクライナでロシア人が民家を襲撃しものを盗んでさらに人を殺しても、物はもともと共有だからと考えるとさほど悪いことではなくなる。そういう意識では人命も軽く扱われる。
ロシアの有する非文明の部分とは戦っていかねばならない。







