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薬師丸ひろ子主演の角川映画は、セーラー服と機関銃、探偵物語、Wの悲劇が三部作のようになっていて、主題歌もいいのだけど、Wの悲劇は映画の中で舞台演劇が演じられるという特殊な作りになっている。

テレビで度々やっているので、やっていたら見るのだけど、最後に見せる薬師丸ひろ子のポーズが、スカートの裾を広げて見せる仕草で、これが何のことなのか気になっていた。

これが俺たちの千秋楽なのか、と男は問いかける。映画女優は観客のものでもあるので、男のものにはならない。これはわかる。しかし、こないだあらためて最初から見たら、最初に相手の男と会って別れ際にスカートの裾を広げる仕草を薬師丸ひろ子はしている。つまりどういうことかというと、私はあなたに最初に会った日のことを覚えています、という意味だ。

かわいい女を演じているわけだから、つまりかわいい女というわけだ。

 最終回で善悪が逆転すると話題のアニメ版海のトリトン。しかし最終回の衝撃は、ザンボット3の方がすごいと思う。

 原作漫画の海のトリトンは手塚治虫さん作品で、トリトンの敵としてポセイドン王が出てくる。ポセイドン王はいろいろな生物の合成生物を作れるが、トリトン族は優れているのでうとまれており、トリトンの親は殺されて、トリトンがポセイドン王と戦う。トリトン族は臣下のような関係にあり、名前の由来のギリシア神話ではポセイドンが父、トリトンが子になる。

 アニメ版ではポセイドン王が出てこない。漠然と「ポセイドン」といわれているのはポセイドン族のことだ。象徴的にポセイドン像がある。最終回で明かされるのは、かつてのアトランティス人の正統な末裔がトリトン族でありトリトンであるということ。つまりこちらが王の位置にある。その証としてオリハルコンの短剣がある。ポセイドン族は、ポセイドン像によるオリハルコンの力に対する捧げ物として、人身御供、生け贄にされる存在だった。つまり戦争捕虜や奴隷のようなもので、ここが入れ替わっている。ポセイドン族はアトランティス人を追い詰めるが、トリトンが現れてポセイドン像の力を失い、全滅することになる。 

 だから善悪は交代していない。富野さんの話はとてもよくできている。もともとは父子関係とか主従対決のような話だったんだろうけど、富野さんの時代は学生運動とか左翼活動とかいろいろな現象があって、そういうこともわかりつつ富野さんは、強いもの、優れているものに対して戦っても、自らを滅ぼすという考えを持っていた。ガンダムでジオンが負けるとか、そういう話にもつながる。

 

 

 

 ウルトラセブンには欠番となる封印回があることは以前から知られていた。第12話遊星より愛をこめて、という話で、登場する吸血宇宙人であるスペル星人が、雑誌で、ひばく星人とされたのが問題となったからだ。

 この回には、ウルトラQとウルトラマンに出演していた桜井浩子さんがゲスト出演し、アンヌ隊員役のひし美ゆり子さんと共演している。冒頭に出てくるアマギ隊員は、ウルトラマンでスーツアクターを勤めていて、猫背で戦う初代ウルトラマンの中の人だ。解禁するとしたら、DVDなどのこれまでに発売した映像ソフトの扱いが難しくなるが、桜井浩子さんとひし美ゆり子さんがいらっしゃるうちに実現したい。たとえばウルトラセブンの作曲者も2024年に亡くなられている。

 そもそも宇宙人のデザインは人間的でない方がいいらしくて、特定の人種を想起するようでいけないので、バルタン星人やメトロン星人のように甲殻類や昆虫のような姿にあえてするものだ。この話では、宇宙で核実験に失敗して自分の血液を自分で作ることができなくなったスペル星人が、地球人の血液を狙う話になっている。ひばく星人は、広島や長崎の被爆者のように核攻撃を受けて被爆したわけではない。自分で核実験をした結果、そのような姿になってウルトラセブンに倒されることになったので、ここにこめられた思いは、反核である。

 1970年当時に正しい理解が広まらなかったのは残念だけど、夕陽を背景に戦う美しさや、ダンとアンヌの関係などは必見なので、みんなに見てほしい。