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きっしーのブログ

自己紹介系ブログ

ザンボット3は日本サンライズの初期の作品なので、ガンダムのルーツのようなところがあると思っていたところ、富野作品としてはライディーンの影響はあるという記事を読んだ。

ライディーンのプリンス・シャーキンは、シャアと共通点もあるけど、オカルトのような感じとリアルな感じで、全体としては違うように思っていた。しかし、ガンダムSEEDの羽の生えたバックパックは、作者がドラグナーと同じだからという話があって、いわれてみれば、Zガンダムのウェイブライダーの脚が気になっていたのだけど、ライディーンのゴッドバードのようだ。

VF-1バルキリーでは脚(エンジン部分)はファイター形態では目立たないけど、ライディーンの脚は、玩具なんかでも特徴がある。

ところでビルバインのウイングキャリバー形態も鳥のようなデザインになっている。

Zガンダムの場合、ラストでジ・オをウェイブライダー突撃(スパロボにある)という技で倒すのだけど、シロッコが、ジ・オ、動け、なぜ動かん、というのは、きっとゴッドバードのオマージュで、照準セットされてしまったからだろう。









民主主義はもう終わりに差し掛かっているのではないのかなと、前々からそう思っていた。

例えば自民党の総裁選。この選挙に勝てば、総理大臣になる。国の一番えらい人になれるわけだ、

今までの民主主義は、自分がなってほしい人に投票するシステムだった。派閥解消とか何とかで、これまでは派閥から順送りや何やらで推薦する人を決めてそれで権力闘争をする感じから、誰がなりたいですかといって、なりたい人は手を上げるようになったような感じがある。

誰かに投票するより、自分に投票された方がいい、そう考える人が10人以上。そうすると、国民的にも、えらい人選ぶより、自分がえらい人の方がいい、という感じになる。選挙なんかしても、えらそうにされるだけだから。特に世襲議員にそういう傾向が見受けられる。

民主主義でえらい人を選挙で選ぶより、自分がえらい人になった方がいい。民主主義の行き着くところはそういうところだから、そろそろ終わって別の方法になるのではないかとすら思う。




昼はよくファミレスに行くので、ガストに行っていたんだけど、夏休みのせいか、母と息子の親子連れが入ってきた。子供の方は小学校高学年ぐらい。

隣だったので、会話が聞こえてきたが、最初から最後まで食べ物の話しかしなかった。

自分は、親と外食をして、出される食べ物の話をした記憶がない。これはどう食べるのかとテーブルマナー的な話をすることはあった気がする。

子供は、まず注文をするところから、チーズハンバーグがどうの、お母さんそれ美味しいか、など延々と食べ物の話だけをする。学校で最近どうとか、近所の人がどうとか、何かの趣味の話とか、一切ない。

思えば自分の家は裕福ではなかったが、食べるのに不自由だけはしなかった。両親揃って自営でうちにいたし、食べるものがないということはなかった。その親子をみていると、江戸時代とか食べるものがなかったり、戦争中や戦後すぐに食べるものがなかったりすると、そういう時代に生きる人は、もし食べるものが目の前にあると食べるものの話だけになるのではないか、と少し気の毒になった。

でも、その男の子、成長してどうなるんだろう。会社で上司や得意先の人と会食みたいなことをして、目の前の食べ物の話を一心にするのだろうか。もし彼女ができて、共通の趣味や話題はどうでもよくて、その人の体だけが目当てな人になるのではないだろうか。

といらないことを心配していた。