大学中退者のその後の後 -8ページ目

大学中退者のその後の後

フリーランスです。仕事の合間の息抜きツブ。

 

 

こんなブログを書きましたが、その予兆がすでに始まっています。

それが米の値上がりです。

値上がりの原因は暑さ

米の値段が日々過去最高値を更新しています。

 

原因は複数有りますが、直接のきっかけは、一昨年の夏の暑さです。

一昨年の夏の異常高温で、米が不作気味に成りました。

 

そのため、昨年の夏ころに米不足に陥り、記憶に新しいところですが、店頭から米が消えました。

 

それをきっかけに米の値上がりが始まり、現在までに1年前の倍にまで成っています。

 

備蓄米を放出するまでに成っていますが、それでも値段が下がらないのは、一部で買い占めが有ったからです。

その証拠に、メルカリなどのフリマで玄米が売られ始めています。

売り切れなかった中間業者が、フリマを利用し始めたのです。

だから中間業者を排除する必要が有ります。

 

しかし、買い占めが無かったとしても、今後も米の値段が下がることは有りません。

なぜなら、前出のブログの通り、今後も気温が上がり続けるからです。

 

毎年、異常高温に成ります。

米は今後も不作が続きます。

気温上昇が直撃する穀倉地帯

ここ100年間で、日本の平均気温は1.4℃上昇しました。

それに対し、世界平均では0.7℃の上昇です。

 

なぜ日本が世界平均の倍にも成っているのか?

それは観測地点が多いヨーロッパが、温暖化の影響を受けにくいからです。

 

日本とヨーロッパの緯度を比較すると分かります。

例えば、パリは日本で言うと稚内と同じくらいです。

 

パリがそんなに寒い印象って有りませんよね?

実際にパリは仙台あたりと気温は同じです。

 

なぜそうなっているかというと、海流の影響です。

ヨーロッパは北大西洋に流れ込む暖流のおかげで、北に位置するにもかかわらず、温暖なのです。

 

温暖化の影響で、海水温は気温ほどは上昇しません。

温暖化の原因は、大気内のCO2が太陽光を吸収することで起きていますから。

 

そして逆に温暖化の影響を大きく受けるのは、北米の内陸から西部、南米、アジアに成ります。

つまり、世界の一大穀倉地帯です。

やがて小麦もとれなくなる

現在までのところ、小麦は不作には成っていません。

小麦は元々暑さや乾燥にも強いからです。

 

しかしこれ以上温暖化が進めば、そのうち小麦にも影響が出てくるでしょう。

 

さらに追い打ちをかけるのが、北米大陸の地下水の枯渇です。

北米はほとんど雨が降らず、そのせいで湿度は常に20%くらいです。

それでも大量の穀物がとれるのは、豊富な地下水が有るからです。

しかし、その地下水が近々枯渇する見通しです。

 

北米の地下水は、氷河期時代に大量に積もった雪が融けて地下に貯まったものです。

雨が降らない以上、使う分だけ減っていきます。

 

もし完全に枯渇した場合、北米の穀倉地帯は壊滅です。

そうなれば小麦の値段も暴騰することでしょう。

雨も雪も降らなくなる

最近も記憶に新しいのが、ロスアンゼルスと大船渡の山火事です。

 

ロスアンゼルスは元々乾燥していて、毎年のように山火事が起きますが、ここまで大規模だったのは今まで無かったようです。

 

大船渡に至っては、国内では初の規模にも成りました。

その他、国内外で火事が多発しています。

 

原因は、世界的に降雨量が減っているからで、これも温暖化の影響です。

 

日本では梅雨と秋雨が太平洋側、降雪が日本海側の穀倉地帯を潤しています。

これも温暖化により減ると予想されますが、それが稲作にも影響を及ぼすでしょう。

 

暑さと水不足。米はますます取れなくなります。

今後、値が戻るとは思えません。

 

温暖化対策が急務です。

 

 

以前、こんなブログを書きましたが、よくよく考えると、人類は滅亡するべくして滅亡するのかもしれません。

苦痛に満ちた人類

まず、人類自体が苦痛に満ちています。

 

常に勉強や労働を強いられています。

貧しい国や、貧困層が常に存在し、飢えに苦しんでいます。

また社会を形成するにあたって、人間関係に苦しみ、時に自ら命を絶つものまで居ます。

 

人類以外に自死する生物は居ません。

自然動物を見ると、食べたい時に食べ、寝たい時に寝ています。

 

飢えることも有るでしょうが、そもそも自然に適応するように、皆進化してきたし、住みやすい環境に常に居ます。

季節による天候の変化が有れば、渡り鳥やヌーのように移動します。

 

明らかに人間なんかよりも幸せそうです。

農耕がもたらした苦痛

 

 

人類も狩猟時代までは、自然動物同様に幸せだったという説です。

食べたい時に好きなものを食べていました。

 

それに対し、農耕時代以降は食べるものは採れる作物に限られます。

バランス的にも、狩猟時代は色々なものを食べていましたが、農耕が始まってからは、食料の種類も限られます。

病気にも成りやすくなりました。

 

また、水田は蚊を多く生み出します。

蚊が媒介するマラリヤも増えました。

さらには、家畜を飼う事で、常に新しいインフルエンザウイルスが生まれる環境が出来、常に疫病に晒されることにも成ります。

農耕が格差をもたらした

農耕が発明され広まったのは、人類に支配層が出来たからです。

 

狩猟時代にも、人類はある程度の集団を形成して暮らしていました(その証拠が世界各地の洞窟に残っています)。

そのころは食料を分け合って、格差は有りませんでした。

 

しかし、技術が進化し、色んな便利な道具が作られるように成ると、それを欲しがるものが現れ、道具を作る職人を囲うための集団を形成し支配するように成ります。

 

その集団を安定して維持するために、農耕が始まりました。

 

そして、より豊かな暮らしをするために集団を大きくしていきます。

その上で、農耕を行うための土地の奪い合いが始まります。

 

それが国家と戦争の始まりです。

人類が他の生物にもたらす苦痛

進化した技術と便利な生活を手に入れた代わりに、様々な苦痛を自ら生み出した人類ですが、それは他の生物にも及んでいます。

 

人間は肉も魚も食べます。

そのために家畜を飼い、魚を養殖しています。

その酪農や養殖は、当然自然とは違う、人工の環境です。

それが、家畜にとっては苦痛をもたらすという意見が有ります。

 

さらには、それらの家畜や魚は、自然死では無く、人間によって強制的に命を奪われます。

これは間違いなく苦痛でしょう。

 

だからそれを苦慮した人々がヴィーガンと成り、肉食を拒むわけです。

しかし一方で、植物も苦痛を感じるという研究結果も有ります。

人類の罪深さ

自然動物も、当然狩猟をして食料を得ています。

それが食物連鎖なのですが、その頂点が人類だと言われています。

 

例えば、1頭のクマが居たとして、そのクマが生涯で奪う命はいかほどに成るでしょうか?

 

重さで換算すると、ヒグマが1日平均で15kgほど。

寿命が20年ほどですから、その生涯で消費する食料の重さは

15×365×20=109,500kg

つまり約110tです。

ただしクマはその多くが冬眠するので、実際は80tほどかと思います。

食事の内容は、動物植物ともに取るので、人間と同様です。

 

一方、人はというと、1食あたり、主食が200g、おかず300gほどで計算すると、80年の生涯で、43tほどに成ります。

 

つまり、個体あたりの消費量=命の量で言うと、人はクマの半分ほどしか消費しません。

罪深さで言えば、クマは人の倍です。

 

しかし、個体数が圧倒的に違います。

クマは世界に15,000頭ほど居ますが、人は80億です。

種族あたりの罪深さは、人が圧倒的です。

人類の存在意義

上記では、単純に重さで比較しましたが、全ての命の重みが同じだとすると、殺傷する個体数が罪深さになるのかと思います。

 

それで言えば、圧倒的に罪深いのはクジラに成ります。

1口で何千匹というオキアミを食べますから。

生涯で奪う命の個数は、兆単位に成るでしょう。

これほど罪深い生き物を保護する運動をしている団体は、本当に優しい人たちなのでしょうかね。

 

このように、罪深さを測るのは、簡単では有りません。

だから、単純に人間が多くの命を奪うことが罪深さにつながるかというと、それは考え方一つです。

我々も一つの命なのですから。

 

しかし、こうして見てみると、多くの苦痛を感じながら生き、多くの命を奪い、さらに地球環境に悪影響を与える人類って、本当に必要な存在なのでしょうか?

 

筆者は大学で宇宙論を学び、その中で「人間原理」について考えてきました。

「人間原理」とは、宇宙における人間の存在意味を考察するものです。

宇宙が存在するから人間も存在するのか、人間が存在するから宇宙も存在するのかなど。

 

結局「人間原理」は人類の存在意義までは定めては居ませんが、筆者はそれに付いても考えてきました。

その結果を言いますと・・・

「特に無い」です。

 

物理学と人間の関係性で言うと、量子力学における「観察者」の問題にも行きつきます。

「観察者」が居ることで、事象の結果が変わるのです。

しかし、これも「観察者」の定義次第です。

「観察者」が人間である必要は有りません。

人類が滅亡するのは自明の理

結局、地球や宇宙にとって、人類の存在する意義は特に有りません。

それを前提として、前述の内容や、冒頭に引用した過去のブログなどを考慮すると、人類が自滅するのは自明の理だと言えます。

 

人類がここまで繁栄出来たのは、その飽くなき欲望に有ります。

数々の発明をし、更なる発明をするために、その全体数を圧倒的なまでに増やし、天才を生み出す。

その繰り返しです。

 

ひたすら自らの幸福のために生き(その割にみんな不幸)、その結果として地球環境を破壊して、自ら死に至るのです。

 

現在、地球外文明を探す研究が盛んに行われています。

非常に高性能な宇宙光学望遠鏡や、巨大な電波望遠鏡(電波望遠鏡は2台以上を同期させると、その2台の距離が望遠鏡の口径に成ります)を使用して探しています。

しかし、現在までに1つも見つかっていません。

 

ひょっとすると、高度な文明は、その全てが自滅してしまうのかも知れまん。

 

だとしても、少しは抗ってみるべきだと思います。

最近、やたらと天気予報が外れると思いませんか?

 

つい先日、筆者が家族と出かけた時も、天気予報を確認し、終日晴れの予報だったにもかかわらず、大雨が降って来ました。

ツーリング中のバイカーたちが「え、ウソだろ!?」って感じで、途方に暮れていました。

 

天気予報が最近外れる理由は、温暖化の影響です。

 

天気予報は、基本的に過去の天気の動向のデータの蓄積から出されています。

そのデータから大きく外れた気候が現れてきたのです。

温暖化がもたらす影響

今後100年で、地球の平均気温は、最大4.0℃上昇すると予想されています。

 

それにより何が起きるか。

 

まずは作物が育たなくなると言われています。

現在、南北半球の中緯度地帯で多くの穀物が採れていますが、そのあたりの気温が上昇すると、今までのようには穀物が採れなくなります。

 

かわりにロシアやカナダ北部などで穀物が採れるようには成りますが、生産量は大幅に下がる見通しです。

 

さらに、水が不足すると予想されています。

多くの真水は、海水が蒸発して雲と成り、陸地に運ばれて雨や雪として降ることでもたらされます。

その仕組みが気温上昇により大幅に変わり、雨が降らなくなるそうです。

食料不足がもたらす影響

100年後は人口も最大に成っていて、100億人を超える予想です。

その時代に穀物の生産量が今の半分以下とかになれば、60億人が餓死する計算に成ります。

 

餓死が起こる前には、食料を争奪する戦争が起こり、そこでも多くの命が奪われるでしょう。

 

そして餓死に至らなくとも、多くの人々が栄養不足と成り、働けなくなります。

そうなると大規模な労働力不足が起こり、石油の採掘や発電、上下水道の管理なども滞り、人々の生活は原始時代に戻ることに成ります。

 

その生活の変化で命を落とす人も出てくるでしょう。

水不足がもたらす影響

アメリカの社会学の研究で、大規模停電が起きて、それが続いた場合、1ヶ月で99%の人が死亡するそうです。

その原因は水不足に陥るからです。

 

北米は日本などと比較すると、降水量が非常に少ないです。

それでも多い人口の飲料水や、穀物を育てる水に事欠かないのは、豊富な地下水が有るからです。

 

その地下水をくみ上げているのは、電動式の汲上機です。

電気が無いと、その汲上機が動かず、水が得られなくなるのです。

そのために多くのアメリカ人が飲料水を得られず、死に至ると予想されます。

ちなみにこの地下水も、貯えられたのは氷河期で、すでに枯渇の危機にあるそうです。

 

このように、水不足に成ると、あっという間に人々が死に至るのです。

100年後に起こる事

ここまでは温暖化の影響で起こるであろう、2つの事象について考察しましたが、この2つが相互作用を起こすことも予想されます。

 

水不足により作物に与える水も不足し、それがさらなる食料不足につながる可能性が高いです。

さらには、食料不足による労働力不足により、さらに水を採取出来なくなる悪循環も考えられます。

 

こうして、100年後の世界では、人間が生きるのが非常に困難に成ることが、容易に予想されます。

温暖化の影響により、わずか100年足らずで人類の存亡の危機が訪れようとしています。

 

現在、筆者も孫が居てもおかしくない環境に在りますが、今生まれてくる子供たちは、医学の発達により、100年くらいは生きるでしょう。

 

つまり、その子たちは人生の最後の方で、阿鼻叫喚の絶滅地獄に出会うのです。

 

そんなことは、とてもじゃ無いが受け入れられません。

 

 

現在、こんな動画が出回っていますが、もし150兆円かかろうとも、温暖化を止められるのであれば、やるべきだと思いますが。

現在、筆者はDisney+で公開中の「ガンニバル」を視聴中です。

 

詳細は省きますが、この中に出てくる、主人公と対立する「後藤家」とよく似たものを知っています。

一族以外を人と思っていない

「ガンニバル」に登場する「後藤家」ですが、その恐ろしいところは、一族以外の人間を人とすら思わず「家畜」だと言うのです。

 

実際、一族以外の子供を家畜として飼って食料にします。

だからタイトルが人食いを意味する「ガンニバル」なのです。

 

他人にとって、これほど恐ろしい一族は有りません。

アメリカ人以外を人と思っていない

現在、アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏が発令した大統領令によって、相互関税がかけられています。

 

日本は最終的に24%、中国にいたっては125%の関税がかけられています。

 

それが貿易を阻害する恐れが有るとして、各国の株相場が下落しています。

 

アメリカがやっていることはいわゆるアメリカファーストで、アメリカ第一主義というやつです。

 

それは言い換えると、アメリカ人以外がどうなろうと知った事じゃ無いという施策です。

 

もちろん、国内には反対派もいますが、アメリカは現在、国策として「アメリカ人以外は人間では無い」と言っているのです。

 

本当に恐ろしいことです。

東京の人は福島の人を人と思っていない

福島第一原発の事故により、現在も一部に避難指示が出ていて、2万人近くの人が避難している福島県。

 

そもそも福島第一原発は、その発電量の100%を首都圏に送電していました。

東京で使う電力を、福島で作っていたわけです。

 

発電場所と使用場所が遠いと、送電ロスが発生して、その分無駄な電力を作らないといけません。

東京なら、東京湾で作るのが一番効率的なのです。

 

にも拘わらず福島で作っていたのは、その危険性を考慮したからに他成りません。

事故を起こして放射性物質が漏洩した場合を考えてのことだと思います。

 

しかし、福島にも人は住んでいます。

にも拘わらず、東電が福島に原発を作ったのは、福島の人を人間だと思っていなかったからでは無いでしょうか。

 

「それは言い過ぎだ」「少なくとも自分はそうは思わない」

そういう意見も有るでしょうが、実際に事故が起きて福島県民が犠牲に成っている現状を見れば、一目瞭然だと思いますが。

自分が特別だと思うことが差別の第一歩

人が人を人とも思っていない例を、虚実織り交ぜて上げてみました。

 

いずれも、「自分は特別だ」と思った結果です。

 

ここから言えるのは、差別とは、誰かが自分は特別だと思った結果なのです。

 

「誰もが特別」などというまやかしのような言葉も有りますが、「皆同じ人間」と思う事こそが、差別を無くし人権を尊重する第一歩なのです。

 

人が人を尊重し、差別が無くなることを、つとに願います。

昨今、盛んに言われる若者の地方からの転出と地方自治体の消滅の問題。

 

筆者なりのアイディアが有りますので、披露してみたいと思います。

農業を魅力的な職場にする

現在、日本の主産業であった製造業は、岐路に立たされています。

 

家電もスマホもPCも、韓国、中国製に負けて売れません。

虎の子の自動車も同様の様相を呈して来ました。

 

輸出がままならないなら、当然輸入も思うようには出来なくなります。

そこで問題に成るのが、食料です。

既に食品の価格が高騰しています。

生きるうえで欠かせない食料の確保が急がれます。

 

そこで現在進んでいるのが、農業のスマート化です。

地方の安い土地に、工場のような栽培設備が作られています。

土も使わず清潔な農場。水やりや収穫などは自動化されています。

 

こんな農場を各地に作り、地方の若者の職場にするのです。

 

仕事内容は、資材の手配、収穫物の発送、設備のメンテナンスなどに成ります。

 

さらに、二次産業化して加工したり、三次産業化してレストランを経営したりも良いでしょう。

 

地方とは言え、ほぼ全ての職種が揃っています。

若者も選択しやすいと思います。

地方ならではのアクティビティを整備する

先日見たテレビ番組で、南方の島に住む地元の若者が取材されていました。

 

その若い女性たちは、休日にはダイビングをしたり、浜辺でバーベキューをしたりして楽しんでいました。

そして口々に「地元最高!」と言っていました。

 

都会にあこがれる地方の若者。そして地方に転勤に成って嘆いている都会出身の若者。

 

彼らに共通するのは、地方ならではの楽しみ方を知らないということです。

 

山が近ければ、登山やウィンタースポーツ、海が近ければ、サーフィンや釣りなど。

楽しみ方はいくらでも有るのに、インドア志向で有るがゆえに、その楽しみを知らない若者は多いです。

 

そんな若者のために、アクティビティを整備して、とっつきやすくするのです。

 

山であれば、登山道を整備し、登山靴のレンタルなどを行う。

スキー場までの無料シャトルバスを用意するなど。

 

海も同様に、サーフボードのレンタルをし、サーフィン教室を開催する。

釣り場を整備してアクセスしやすくして、釣り具のレンタルをするなどです。

 

そして、山にも海にも付き物なのが、天然温泉と地物の美味しい食材です。

それらを楽しみ尽くせるような施設も必要です。

 

そうすれば、地元の若者のみならず、県外の観光客も呼べるでしょう。

 

また、サークルを作って出会いの場にしてしまうのも良いでしょう。

地方が無くなれば全員不幸

先日読んだネット記事で、最近の地方再生の第一歩として、子供を生める若い女性の転出を防ぐ対策に対する批判を目にしました。

 

確かにデータによると、転出する人数は男性のほうが多く、転勤などによる男性の転入が有ったとしても、全体の減少数は女性のほうが多いわけでは有りません。

 

にも拘わらず、原因を女性のみに絞り、女性の行動を制限するような対策は、確かに考え物です。

まるで江戸時代の施策で関所を女性が通れなくした「出女」や、中国農村部の女性にパスポートを発行しないような中国政府の政策を思い浮かべます。

 

またその記事では、そもそも若者の行動に制限をかけようとするのは、自由主義に反するとも書いています。

 

その通りだと思います。

だからこそ自主的に地元に残ったり、地方に移住したりする方策が必要なのです。

 

以前のブログでも書きましたが、地方が完全に衰退すると、都市部の人間の行動は極端に制限され、都市部を災害が襲えば全滅の危機にさらされます。

 

だから結局は都市部在住だろうが、地方在住だろうが、地方は必要なんです。

 

いかがでしょうか。