大学中退者のその後の後 -27ページ目

大学中退者のその後の後

フリーランスです。仕事の合間の息抜きツブ。

北京オリンピックの男子スノーボードハーフパイプ決勝で、平野歩夢選手の2本目の得点が、大きな物議をかもしました。

 

これまでに平野選手以外は誰もやっていない、最高難度と言われる「トリプルコーク1440」を初め、その他のジャンプも全てダブルコークで飛び、「人類史上最高難度のルーティーン」と称されました。

 

ところが、その前に演技したスコッティ・ジェームス選手に1点ほど及ばず、その時点で2位となりました。

 

アメリカの有名なスノーボードレジェンドを初め、多くの人が疑問を投げかけ、現場でも選手や関係者からブーイングが起こったそうです。

 

結局最終3本目の演技で平野選手が逆転して金メダルを取りましたが、この2本目のジャッジは、ずっと議論されています。

 

また、男子スノーボードスロープスタイルでも、金メダルを取ったマックス・パロット選手のグラブが完全では無く、もっと得点が低くて順位も変わっていたのではと議論に成りました。

 

競技後、平野選手自身が会見で「スノーボード競技のジャッジには基準が無く、どうすれば得点を上げられるのか分からないのは問題だ」と語りました。

 

スノーボード競技も、フィギュアスケートと同様に、技ごとに難易度に合わせて得点を設定して、そこに高さやグラブなどの加点をするなど、明確な基準を設ける必要が有ると思います。

世の中にもたくさん有る基準が無いもの

一般社会に有る基準が無いものの代表って、お給料だと思います。

バイトやパートだと時給が基準に成って、働いた時間分貰えますが、時給も千差万別で基準は有りません。

 

コンビニなどは最低賃金に近い金額が多く、肉体労働系の運送業などは高めに設定されていますが、コンビニが楽とも思えません。

確かに室内の軽労働が多い気はしますが、ゴミの処理や外の掃除、雪かきなど、室外の労働も多いからです。

 

一般的な正社員の給料も曖昧です。

高卒初任給と大卒初任給がどこの企業や役所でも決められていて、そこから昇給の仕方やボーナスなどで違いは出てきますが、初任給はほぼどんな業種でも同じくらいです。

 

業種や仕事の内容や担当業務によって大きな違いが有っても良さそうに思うのですが、同じに成ってしまっているのは、完全に慣習によるものです。

 

みんな横並びが当たり前に成っている、日本ならではと言えますが、海外ではどうでしょうか。

担当業務によってまったく給料が違う海外

海外の企業を見てみると、担当業務によって給料が全く違っています。

 

分かりやすいのがお医者さんで、海外でいわゆるホームドクターと呼ばれるお医者さんは、おおむね年収600万くらい。

それに対し、病院勤務の専門医は2000万くらいです。

 

なぜそうなるかというと、ホームドクターは成るのも比較的にハードルが低く、任される診療も、どこの部分が悪いのかを判断するだけで治療は行わず、専門医に丸投げします。

それに対し専門医は成るのも大変で、高度な手術などを行い、ミスをすれば高額の賠償を求められます。

 

それに対し、日本のお医者さんは専門医も町医者も、同じようなカリキュラムを受け、同じような収入に成っています。

 

以前のブログでも書きましたが、専門医も町医者も同じ収入なので、専門医に成る医者が少なく、ゆえにコロナ渦で病床がひっ迫するのです。

日本の横並び文化の弊害です。

海外では明確な基準が有り、人ではなく業務で給料が決まる

日本では、正社員だと総合職と一般職の若干の違いは有れど、ほぼ同じ給料からスタートし、おおむね会社の業績に応じて昇給やボーナスが与えられます。完全にメンバーシップ型の働き方です。

 

日立など、一部の企業ではジョブ型が導入されつつ有りますが、まだまだ多くの企業が年功序列です。

 

それに対し、海外の企業はほぼ全てがジョブ型で仕事を進めています。

あるプロジェクトが立ち上がると、そのプロジェクトを進めるのに必要な人材が集められます。

 

その時、プロジェクトが完了した時点での売り上げもほぼ決まっており、その売り上げを分配する形で報酬も決まります。

 

例えば、ある企業の業務システムを構築する場合、必要な人材と人数、作業時間をまず決めます。

 

そして、客先から仕様を聞き取り、全体を設計するSE(システムエンジニア)、制御プログラムや操作画面を実装するプログラマー、出来上がったシステムをテストするテスターなどが集められます。

 

この時にすでに、見込める売り上げと担当業務によって、各担当者の給料が決まっています。

誰が担当者に成っても、給料は同じです。

 

現在、こうしたシステムを構築するIT技術者が、世界的に不足しており、技術者の争奪戦に成っています。

だから、給料も高めに設定しないと、人材が集まりません。

そのために、システムの構築金額はどんどん上がっています。

 

しかし、システムを導入することで、劇的に生産性が上がって、収益も上がることから、各企業や役所は高いお金を払ってもでも導入するわけです。

 

ジョブ型の良い点の一つは、こうして明確な基準を設けることが出来ることです。

 

基準が明確だと透明性も高く、不公平感は出ません。

 

日本企業も、いい加減ジョブ型にシフトして、基準の明確化をするべきです。

北京オリンピックのスキージャンプ混合団体において、日本代表の高梨沙羅選手を初め複数の選手が、ジャンプスーツの規定違反でジャンプ後に失格処分と成り、1本分のジャンプが無効になってしまいました。

 

高梨選手が泣き崩れる姿が世界中に配信され、騒然となりました。

 

この問題がなぜ起こったのか、どのような問題を孕んでいるのかを書いてみたいと思います。

検査員の仕事とは

ジャンプスーツの規定として、身体のサイズに合わせて、そこから一定以下のサイズにするというものが有るそうです。

 

理由は、スーツのサイズが大きいと空気抵抗を受けやすくなり、ジャンプにおいては飛距離を延ばすことが出来てしまうためです。

 

そのために公平を期すため、検査員が抜き打ちで検査を行うそうで、その検査で今回多くの失格者を出したということです。

 

今回担当した検査員は、おそらく一生懸命、自分に与えられた仕事をこなしたのだと思います。

 

検査員に任命され、自分の仕事の内容を理解し、それにまい進した結果が今回の大騒動です。

 

一体何が問題だったのでしょう?

検査員の本来の役目は抑止力

スキージャンプにおいて、ジャンプスーツが大きいことにより飛距離を延ばすことが出来て、本来の実力以上の得点を得ることが出来るのは間違いなさそうです。

 

しかし、おそらくその効果は限定的だと思われ、例えば本来最下位の選手が優勝出来るといったほどの効果は無く、上位の順位が入れ替わる程度だと思います。

 

さらに言うと、この不正によりジャンプ競技自体の魅力が無くなりファンが減ったり、事故により人が亡くなったりもしないはずです。

 

例えば、自動車などの製造過程や検査過程において不正が行われれば、それは安全性に関わることで、事故が起きて人の命に係わる可能性が有ります。

 

そのような場合は徹底的に不正を暴いて、もし不正が発覚すれば、自動車メーカーが大損しようが何しようが、リコールなどを徹底的に行うわけです。

 

しかし、今回のスキージャンプ競技ではそこまでの影響は無いわけで、検査員の役割は、あくまで不正の抑止のはずなのです。

 

それなのに今回は徹底した検査を行い、複数の失格者を出し、オリンピックという祭典的な競技を、大混乱に陥れてしまいました。

一般社会にも居る、過剰に役割を果たしてしまう人たち

筆者が仕事の場とする業界にも、このような人がしばしば見受けられます。

 

筆者はいわゆる「業者」として、客先の工場や作業場に出向くことが有ります。

そこでたまに見かけるのが、出入り業者を過剰に取り締まる人です。

 

工場などでは、新規設備の立上げ時などに重量物を搬入することなども有り、安全には非常に気を配っています。

 

そのため、製造担当などの中に、必ず安全担当が居ます。

その安全担当の中に過剰に役割を果たしてしまう人が居ました。

 

例えば、現場に立ち入る人はプログラマーだろうが何だろうが、安全靴の着用が義務付けられている工場がほとんどです。

 

安全靴は一見すると、普通の靴と見分けがつきません。

なので、ほとんどの現場では自己申告で確認を済ませていますが、そうでは無い現場の話を聞いたことが有ります。

 

設備の立上げ作業をしていた業者を、作業の手を止めさせて、靴を踏むことで安全靴を履いているかどうかを確かめた担当者が居たそうです。

 

安全のためとはいえ、本来の作業を止めてまですることでしょうか?

しかも人の靴踏むって、普通失礼なことです。

 

この担当者は、すごく仕事熱心なのだと思います。

 

しかし、本来の仕事は製造担当で、スムーズに新規設備の立上げを進めて、新しい生産設備で製品を生産することが役割のはずです。

 

ところが、それとは別に安全担当を命じられ、その役職を重視しすぎたために起きたことだと思います。

全体を見て自分の役割を認識すること

この安全担当は、腕に「安全委員」などという腕章を着けて、現場を監視しています。

 

そんな人の実際の作業として必要なのは、数日ごとに現場を回るだけのことだと思うのです。

そんな人がうろうろしていることで、業者は規則を守ろうと思うはずです。

 

スキージャンプの検査員にしても、「ちゃんと検査をするぞ」という姿勢を見せて、不正を未然に防ぐことが、本来の役目なのです。

 

そういった、全体から見た自分の役目を分からずに、職務だけに専念するから、問題行動が起こるのです。

 

よく「一般社員も経営者目線で仕事しろ」と言われるのは、このためです。

 

自分の立場をわきまえて、良い仕事をしていきましょう。

北京冬季オリンピックが終わりました。

 

感動する場面も数多く有りましたが、様々な問題も浮上したのが、今大会でした。

 

スキージャンプ混合団体における、スーツの規定違反の続出、スノーボード各競技におけるジャッジの問題など。

そして、フィギュアスケートのROC代表のワリエワ選手のドーピング問題です。

垣間見える大人たちの思惑

先日放送された「ワイドナショー」(新型コロナのせいで、レギュラー出演者が軒並み欠席したのも印象的)で、ロシアのハーフタレントさんが、「一切訳されていないが、ワリエワ選手は演技終了後、泣きながら『みんな大嫌いだ!』と繰り返し叫んでいた」と証言しました。

 

ワリエワ選手は、前の大会のドーピング検査で違反薬物が検出され、出場停止に成るか否かの議論が、出場直前までされていました。

 

その間、取材陣の質問には一切答えず、取材を避けていました。

そして、競技後の例の発言。

 

ここからはあくまで推測の域は出ませんが、いろいろな問題が導き出されます。

 

まず、取材拒否は本人の意思では無く、周りの関係者からの指示で有ろうこと。

 

ワリエワ選手はまだ弱冠15歳です。

どのような判断も、周りの大人たちの意見を受けなければならなかったことでしょう。

 

おそらく本当は「私は違反薬物は服用していない」と訴えたかったはずです。

それを阻んだのは、間違い無く周囲の大人たちです。

 

なぜなら、化学分析ですでに証拠が揃っているなかで、本人が服用していないと訴えた場合、疑われるのは周囲の関係者だからです。

 

そんな事情を知らないマスコミは、彼女に対して「違反薬物を服用したのか?」などと問い詰めました。

 

おそらく彼女の精神は、とてもバランスを崩していたはずです。

事実、何度も大会で優勝し、絶対に勝てないという意味で「絶望」というニックネームさえ付けられていたのにも関わらず、今大会での演技では何度も転倒してしまいました。

 

その後の例の発言です。この推察が成り立つわけです。

若き競技者を食い物にする大人たち

そもそもロシアは国家ぐるみでドーピングを行った証拠が有り、国家としての大会出場が禁止され、そのためにロシアの選手はロシアオリンピック委員会「ROC」の代表という位置づけで今大会にも出場しています。

 

そのような土台も有る中での、若き選手のドーピング。

本人の意思では無く、周囲の大人の関係者が勝手に飲ませていたと考えるのが自然でしょう。

 

見た目にも麗しい少女をメダリストにして、スターとして祭り上げる。

後はCM出演などに引っ張りだこに成り、周りの大人たちの懐も潤うという寸法です。

 

まだ少年少女の選手が、世界的に有名になることでこのような問題が起こるという考えの元、オリンピックの出場可能年齢の引き上げの議論も始まりました。

日本の一般企業にも存在するやりがい搾取

競技に夢中になったことが有る人は皆分かると思うのですが、どんな競技者も上達し他の競技者に勝ちたいと思うものです。

 

それが世界規模の上位者、オリンピック出場者ともなれば、それこそ命懸けで勝ちにいきます。

そんな選手の気持ちを利用し、金儲けをたくらむものも多いようです。

 

また、選手自身も競技に専念し、大会に出場するための旅費の捻出などのためにも、どうしてもお金は必要になります。

だから広告塔としてスポンサーの用具を使用したりして、有る程度は利用されることも覚悟はしていると思います。

 

しかし、その気持ちに付け込んで、過剰に搾取することは許されることでは有りません。

 

一般企業でも、この「やりがい搾取」の問題が指摘されています。

 

特に日本は他国と比較して、給料が低くなっています。

 

筆者も組み込み系プログラマーという現在の仕事が好きで、誇りもあります。

しかし海外に行ったときに、海外の同業者が自分の倍の収入が有ると知ったとき、愕然としました。

 

デフレスパイラル対策として、政府も給料を上げるよう、各企業への呼びかけをしています。

 

経営者の皆様、今すぐやりがい搾取を止めて、最大限の努力で社員の給料を上げてくださいまし。

 

さて、次回以降、ジャンプ混合団体で起きた問題、スノーボードで起きたジャッジの問題も、現実社会に有る問題の一つとして読み解きたいと思います。

日本には、簡易的なアンテナ設備で無料で視聴出来るテレビ局が、5局しか有りません(EテレはNHKに含む)。

 

地方局やテレ東なども有りますが、地方局はプログラムのほとんどがキー5局からの垂れ流しで、テレ東はオリジナルですが、視聴出来る人数は人口比に対して少なく、実質的に5局の独占に成っています。

 

独占に成った理由は、電波の周波数帯に限りが有るためでした。

混線せずに広範囲に電磁波を送るには、5つほどしか割付が無かったためです。

 

しかし、アメリカなど海外では早い段階で有線放送が取り入れられていて、放送局の数とch数は、実に100以上在るそうです。

 

日本にも有線放送は有りますが全て有料で、視聴者数は限られています。

私が「ミライモンスター」が嫌いな理由

「ミライモンスター」という番組が有ります。

毎回、将来有望な、10代のスポーツ選手などを紹介するのですが、その取材対象の選定基準がいまいち分かりません。

 

まあ、たぶんプロデューサーなりディレクターなりが、ジュニアの大会の結果などを調べて見つけてくるのでしょうが、ひょっとすると、スポンサーや出演者などがコネを使って知り合いを出している可能性も有ります。

 

選定基準があいまいなので、そこはどんな想像をされても文句は言えないでしょう。

 

選定基準があいまいと言えるのは、その取材対象が必ずしも同年代のトップではないからです。

 

先日放送された回では、数年前から取材しているある女子選手を再度取り上げていましたが、取材中の大会では決勝で負けて、準優勝でした。

 

お分かりいただけるでしょうか。

大会のくだりのところでは、スタジオのタレントたちが、取材対象に声援を上げ、負けると悔しがりますが、ではこの決勝で戦って勝って優勝した選手とその関係者は、どんな思いでこの放送を見るのでしょうか?

 

「なぜ自分では無いのか?」

「強いのは自分のほうなのに、なぜテレビは相手を応援するのだろうか?」

おそらくそんな疑問が浮かんでいることでしょう。

 

マスコミは取材対象を勝手に選ぶことが出来ます。

しかし、そこに明確な選定基準が無いと、必ず取り上げられる側に不公平感が生まれます。

不公平を是正出来るのは多様性

この「ミライモンスター」以外にも、多くの不公平が日本のテレビ番組には見て取れます。

 

一番分かりやすいのが、女子ゴルフの報道です。

よく有るのが、ニュースのスポーツコーナーで、女子のツアー結果を取り上げるところで、優勝した選手は結果一覧で名前が出て、結果を読み上げられるだけで、別な人気のある選手の一連の活躍を主に伝えるというやつです。

 

視聴者の関心が高い話題を報道し、それにより視聴率を上げてスポンサー料を稼ぐという民放の目的は分かりますが、あまりにも内容が主観的過ぎます。

 

このような不公平が起こるのは、放送局の数が少なすぎることが一番の原因です。

 

アメリカや台湾のように、無料視聴が出来る放送局が100局も有れば、どこかの局が前述の優勝した選手のほうを取材し放送したはずです。

 

スポーツ選手だけでは無く、飲食店や一般企業も同じです。

民放なら、CM権をお金で買って宣伝するのが基本ですが、それとは別に、番組で取り上げられることにより、人気が出ることが有ります。

 

これも取材対象に成らなかった企業からすれば、「なんでうちじゃないの?」と成るわけです。

 

このような、問題の有る放送局の寡占状態が、日本においては100年近く続いています。

 

いい加減是正する必要が有ります。

不公平の一因はルッキズム

女子プロゴルファーで人気に成るのは、必ず見た目が麗しい選手ばかりです。

プロ競技なのだから、そのプレー内容と結果によって評価されるべきなのに、特に日本においては、見た目の方が評価されます。

 

以前あるSNSで呟かれていた内容なのですが、ある大学が多く在る地域の最寄り駅で、入学式後に大学のサークルが新入生に勧誘のビラを配っていたそうですが、その呟き主の娘さんは、その駅まで歩く途中、一枚もビラをもらえなかったそうです。

 

その娘さんは、自身の見た目に自信が無いそうなのですが、入学初日から、あまりにも辛い思いをしたことでしょう。

 

そもそも大学とは、アカデミックでリベラルな場所で有るはず。

本来、学習意欲が旺盛で有れば、誰でも受け入れられるはずの場所です。

 

そんな場所でこんなあからさまなルッキズムが存在するとは、やはり日本の教育が間違っていると言わざるを得ません。

 

見た目は確かに大事です。

見た目の印象が人に与える影響は、言うまでもなく大きいです。

 

しかし、いくら美しいいで立ちで生まれてこようが、美容整形しようが、誰でも事故や病気でその美しさを損なう可能性が有ります。

 

だからこそ、ルッキズムはダメだ、見た目だけで人を評価するなと、子供のころから教育すべきです。

萌えキャラはルッキズムの最たるもの。だから日本アニメはピクサーに勝てない。

現在日本では、アニメのみならず、様々なものや場所などをキャラクター化してキャンペーンするのが流行っています。

そして、必ず議論に成るのが、「性的搾取」です。

 

キャラクターを萌えキャラにするのですが、その露出度が高いと、「女性の性を売りものにしている」という指摘がされます。

 

確かに、例えば温泉地のキャンペーンで性的な妄想をかき立てる女性キャラを使うのは、本来の目的とは外れた性的搾取で、女性としてはあまりいい感じはしないでしょう。

 

そしてアニメをはじめ、全ての萌えキャラは、非常に美化された少女の姿をしています。

まるで「女性はそう在らねばならない」と言うかの如くです。

また、男性のキャラも同様で、皆キラッキラの王子様です。

 

これらはまさに、日本の視聴者消費者の趣向のルッキズムをあからさまにしたものです。

 

海外では、こうしたあからさまなルッキズムを嫌悪する傾向が有ります。

前述したとおり、誰がいつどんな見た目に成るかは分からないので、ルッキズムはダメだと教えられるからです。

 

分かりやすいのがピクサー製のアニメで、萌えキャラは出て来ず、美形のキャラも居ますが、皆どこか親しみが湧くような見た目をしています。

作品によっては、見た目が良くないキャラが主人公だったりします。

 

そして興行収入で日本のアニメは、概ね負けています。

 

日本アニメを世界に売り込むため、そして何より不公平を無くすために、ルッキズム、見た目至上主義を止めましょう。

先日、成績に悩む受験生が思い詰めて、共通テスト当日に東大で切りつけ事件を起こしました。

 

また現在、共通テストの問題が試験中に外部に流失し、東大生が意図せず解いていたことが分かり、騒ぎになっております。

 

そのニュースの中で、インタビューを受けた受験生が、「これによって人生が変わってしまうかもしれない」と答えているのを目にしました。

全ては大手企業が仕掛けたプロパガンダ

上で紹介した受験生たちは、進む大学によって人生がガラリと変わってしまうと信じて疑っていません。

 

本当にそうなんでしょうか?

 

筆者は地方国立大を中退し、現在はフリーランスのプログラマーをしていて、収入は同年代なら大手企業勤めと同程度で、家庭を持っています。

そんな筆者の経験をお話いたします。

 

筆者も大手企業に勤めた経験が有りますが、「良い大学に進学し、大手企業に入る」ことが、一番良い人生の道筋だと多くの日本人が信じているのを感じました。

 

かつて経済成長期に日本企業は、自社の企業価値を上げて、給料も上げることに必死でした。

その結果、各企業は人材の囲い込みを行いました。

 

優秀な人材を雇えれば、企業価値をさらに伸ばし、売り上げを上げて給料をさらに高く出来ると考えていました。

 

また、優秀な人材が起業して成功することでライバルに成り、売り上げを奪われることも危惧していました。

 

その結果、リクルートや予備校などを通じて、「良い大学→大手企業→良い人生」という図式を世間に広めたのです。

 

世間の親たちも、みんなこの図式を信じて子供たちの教育を行い、その子も自分の子に同じことを教え続けて現在に至っています。

 

塾や予備校も、良い大学への生徒の進学実績が売り上げにつながるために、この図式を広めることに協力しました。

 

つまりこの図式を広めたのは、企業のエゴが生み出したプロパガンダなのです。

優秀な人材をダメにする大手企業

世界的に見ると、多くの企業がジョブ型の仕事の進め方を採用していて、非常に専門性が高く、俗に言う「つぶしがきく」人材を育てています。

 

それに対して、多くの日本企業はメンバーシップ型で仕事を進めており、その環境で育つ人材はその企業内ではエキスパートかもしれませんが、専門性に欠ける「つぶしがきかない」人材ばかりになっています。

各企業内の独自のルールに特化し、汎用性が低い人材です。

専門性が高くなると、汎用性は低くなると思われがちですが、逆です。

専門性が高いと、その専門分野が必要な業種から、引っ張りだこに成ります。

 

かつてバブル期には、日本企業は企業価値が非常に高く、世界ランクでも多くの企業が上位に居ました。

 

しかし現在は皆さんもご存知のように、GAFAをはじめとした新興のテック企業が企業価値を伸ばし、世界の企業価値ランクで50位以内に入る日本企業は、トヨタ自動車のみになってしまいました。

 

日本の大手企業が人材の育成に失敗し、売り上げを上げられなくなった結果だと思います。

ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグがハーバード大学じゃなかったら成功しなかったか

ビル・ゲイツはMicrosoft社を、マーク・ザッカーバーグはFacebook社、現Meta社を立ち上げました。

 

誰もが知る成功者である二人は、共にハーバード大学を中退しています。

 

ハーバード大学と言えば、東大をはるかにしのぐ、世界大学ランキング上位校です。

 

ではこの二人がハーバード大学に入っていなければ、成功出来なかったか?

答えは誰もが「否」でしょう。

 

二人とも、もともと優秀で勉強も出来た結果ハーバード大学に進学したわけですが、その進学の結果と成功とは結びつきません。

そもそも二人とも在学中に起業し、卒業すらしていません。

 

このように、真に優秀な人材は、学歴などには左右されません。

学歴は箔はつくが成功までは保証してくれない

例に挙げた二人は、あまりにも特殊な例だとは思います。

彼らがハーバード大学に居て、その環境を利用したであろうこと、当時に優秀な人材を仲間に出来たのも、その環境に居たからであろうことは想像できます。

 

またどんな人でも、起業後に融資を受ける際に、その学歴が審査にも影響することは事実です。

 

しかし結局、成功は学歴がもたらすものでは無く、あくまで個人の能力と努力によるということは間違いないです。

 

日本の学歴信仰は、まず企業人事が優秀な人材を見抜く判断材料にしたことが始まりです。

 

しかしそれは裏を返せば、企業人事が真に優秀な人材を見抜く目を持っていないために、学歴に頼らざるを得ないことの現れです。

 

また学生側も、自分の能力に真の自信がないがゆえに、学歴に頼り、起業などせずに、とりあえず大手企業に入りたがるわけです。

 

「成功などしなくてもいいから、底辺にだけは成りたくない」

「底辺に成らないためには、有名大学を出て大手企業に勤めなくてはならない」

日本の若者の、底辺の設定がすごい高めですね。でも前述通り、日本の大手企業に勤めたところで世界標準から言えば、成功どころか普通にも成れません。

世界を見れば、底辺の定義が変わると思うので、コロナが終わったら海外に行ってみてください。

 

こうして、いまいちダメなもの同士の思惑が一致したことで、日本の学歴信仰はずっと続いてきましたが、その結果が今の落ちぶれざまです。

 

時代は変わりました。

 

インターネットやAIを駆使して、誰もが起業して成功する可能性が有るのが、今の時代なのです。

 

どうか学生の皆さんには、大人たちの思惑には乗らず、自分の可能性を信じて、自分の進路を決めてほしいと思います。