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大学中退者のその後の後

フリーランスです。仕事の合間の息抜きツブ。

2つ前のブログで、人手不足対策として女性の社会活動への参加と、それを補助するための対策として男性の育児家事参加の呼びかけがされていると書きました。

 

この女性の社会活動への参加には、もう一つ、喜ばしい効果が有ります。

過去の男女平等化の政策は全て外圧

最近だとインボイス制度がそうですが、時として、海外と貿易をする際に、ビジネスルールの統一化を求められることが有ります。

インボイスも、税を納める際の平等性を求められた結果です。

 

男女雇用機会均等法も、日本企業における就業の際の男女差が目に余るとして、海外からの求めに応じたものだと言えるでしょう。

 

海外では雇用機会のみならず、実際の社員や役員の男女比率まで定める国も少なくないからです。

 

こういうこと言うと「内政干渉だ!」なんてすぐ憤慨する人が居ますが、貿易における平等性は必須のもので、取引が成り立たなければ、最悪死に至ることだって有ります(食料、医薬品の原料など)。

何よりも最優先なのです。

女性の社会進出は女性を助ける一番の効果が有る

現状の日本を見ると、そこかしこに男性が有利な条件が見て取れます。

 

例えば医科大学の入試では、男性の方が加点が多いという問題が有りました。

一般企業でも、どう見ても男性社員の方が昇級も昇給も有利なように見えます。

 

優秀で意欲の高い女性には、どう見たって不利な国です。

 

なぜそうなっているのかというと、ずっと物事の決定権が男性に有ったからに他成りません。

 

決定権が有る政治家も、会社役員も圧倒的に男性が多い。

 

それは当然で、家庭に入り、専業主婦に成る女性が多かったからです。

 

政治家は、労働組合を支持団体する人も多いです。

女性が働くように成れば、当然支持される政治家も女性が多くなります。

 

会社役員も社員の比率で女性が多くなれば、当然役員における比率も高く成ります。

 

そうなってくれば、女性に不利な制度も改善されるわけです。

 

そして、海外に目を向けると、どの国もそのつてをたどって今に至っています。

そして、ドイツやニュージーランドなどでは女性首相が活躍して、GDPが伸びています。

ドイツはついに日本を抜きました。

 

社会進出することが女性の解放につながり、さらには優秀な女性を重用することによって、社会全体が良くなるのです。

 

あらためて言います。

女性の皆さん、働きに出ましょう。そして男性の皆さんはそれを後押ししてください。

そろそろ受験の季節がやってきます。

 

毎年この時期に見られるのが、合格発表の悲喜こもごもでございます。

特に難関校においては合格者とその親は、優勝でもしたかの如く喜ぶわけですが、それをいつも筆者は冷めた目で見ております。

 

 

このような記事が出ていました。

 

難関校に入れさえすれば人生の勝ち組だと思い込んでる人も多いのですが、実態はそうでも無いようです。

日本の教育の敗北

上記の記事を見ると、高学歴と優秀な人材とが乖離しているのが分かります。

 

つまり、純粋に学問を教えて、研究させるわけですが、それが社会に出てから使うスキルと乖離しているということです。

 

その学問の先生にでも成れば別ですが、哲学や基礎科学など、一般的な教育科目では無いものの場合、大学の教員、つまり教授にまでならないと食べて行けません。

しかし教授職に就ける人などごく一部です。

 

そのような基礎的な学問の研究も、どのように世の役に立つかは分からないからこそ、続けていかなければなりません。

過去の歴史から見ても、それは明らかです。

 

しかし現在、日本においてはこの基礎学問を学ぶ学生があまりにも多いのです。

 

基礎学問では無くとも、例えば文学を教える学部が多数有ります。

小説家や出版社の編集者にでも成れば役立ちますが、これも成れるのはごく一部(ちなみに直木賞作家で文学部出身なんてほとんど居ません)。

成れなければ、単なる趣味で、現代社会では役に立ちません。

上記の記事にも文学部の博士号持ちが出てきます。

 

例えば偏差値が50にも満たないような大学でも、そういった類の学問を教えてしまっています。

そこで学んだ学生たちが、高学歴難民に成っています。

 

基礎学問なら、東大京大、芸術系なら東京藝大だけにしておくべきです。

 

その他の大学は、社会に出て直ぐに役立つような、実践的な内容を教えるべきです。

教育で最も重要なのは、学んだことをいかに世の中の役に立てることが出来るか

日本の教育に欠けているものは、ずばりこれです。

 

過去のブログでも何度も書きましたが、いくら偏差値の高い有名大学に入ったところで、そこで学んだことを活かして世の役に立ち、お金を稼ぐことが出来なければ、何の意味も無いのです。

 

知識を付け、人生を豊かにしたかったならば、独学で本を読むだけで良い。

高い学費を払って、教授というとてもすごい人たちに講義をさせるならば、それなりの見返りが無ければダメだと思います。

 

だから有名大学の合格発表で、人生に勝ったかのごとく喜ぶ合格者たちを、筆者はいつも冷ややかな目で見て思うのです

「人生はこれからだぞ」と。

 

そして50代になって、窓際でろくな仕事が無い状態に成っても、「自分は東大出身だぞ」と息巻くサラリーマンに言いたい。

「あなたは18歳のころの受験テクニックを、50にもなって自慢しているだけ」だと。

また学問は日進月歩で、30年前に取った学士号や博士号など、現代には通用しないと。

 

日本人は有名大学に入ることで満足してしまっている。

 

大切なのは社会に出てからです。

X(旧Twitter)で、ある論争に参加いたしました。

 

「結婚したら、育児も家事も手伝うよ」と言う男は良い結婚相手か?

というお題での論争でしたが、結論から言うと×

というのが出題者からの最終回答。

 

「手伝う」と言ってる時点で、その男は育児も家事も自分の役割では無く、女性がすべきと考えている、ということです。

 

育児も家事も、50:50で行うのが、対等な関係であるというわけです。

時代だな、とも思うのですが、ではいつから、なぜそうなったのかを解説いたします。

結果では無く、方法論

男性の育児参加と家事分担を呼び掛けているのは、主に政府です。

 

理由は、少子高齢化によって労働人口が減り、全体的に人手不足だからです。

 

人手不足の指標として、求人倍率が分かりやすいと思います。

新型コロナの時期を除くと、ここ数年ずっと1倍を超えていて、1.5倍ほどで推移しています。

つまり、求職者1人に対して、ずっと1.5人分の求人が来ています。

 

そこで政府がテコ入れ対策として、専業主婦に目を付けたのです。

 

また、過労死などの予防のために、働き方改革が行われており、1人あたりの労働時間が短くなり、手取りは減っています。

それに対し、物価は上がり続けており、どこの家計も苦しくなっています。

 

世帯収入を上げるために、働きに出る専業主婦も増えてきたので、政府指針も進めやすくなったというわけです。

 

そして、最後のテコ入れとして、女性が働きに出やすくするために、男性も育児と家事をするように要請しているのです。

 

女性も仕事をするようになると、時間配分的に、育児、家事は50:50で行う必要が有るということです。

専業主婦は憲法違反

日本国憲法第二十七条一項に「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と有ります。

 

家事は勤労にあたるかというと微妙で、家政婦という仕事も有りますし、立派な勤労であるという考え方も有りますが、一般的には外で仕事をしながら、それ以外の時間で誰もが行うものです。

 

また勤労の目的は、社会の維持のためと、収入の一部を納税することで、公共事業を行うためです。

収入も納税も発生しない単純な家事は、勤労とは言えません。

 

というわけで、専業主婦はこの憲法の定める勤労の義務を果たしておらず、憲法違反だと言わざるを得ません。

 

また、海外では専業主婦はほとんどおらず、国際的な潮流にも反しています。

 

こんな話をすると、「ここは日本だ!」なんて言う人がいますが、日本は食料の多くを輸入に頼り、貿易をしないと生きていけません。

そんな状態なのに、「日本だけは特別」などという話をする人は、この国を滅ぼしかねないと思います。

 

以上の理由により、専業主婦をやめて働きに出る、それに対して男性も育児家事を行う。

それは当然のことだと言えるでしょう。

政府指針は憲法の定める国民の義務にあたる

専業主婦は憲法違反にあたると述べましたが、だからといって罰則が有るわけではありません。

 

だから依然として日本では専業主婦が多いわけですが、では海外では何故専業主婦が居ないのか?

 

海外の国々の憲法にも、「勤労の義務」が書かれています。

それに対して、海外の国民は民主主義の神器とも言える憲法を順守しています。

 

海外では、多くの国が血を流して民主主義を勝ち取っています。

だから憲法順守の意識も高いのです。

 

そして政府指針は、憲法の定める国民の義務に匹敵するものです。

 

従わなくても罰則は有りませんが、非常に良くないことだと思わなくてはいけません。

民主主義は何でも自由なのではなく、政府や憲法の定める指針に則ることで成り立ちます。

 

さあ、専業主婦の皆さん、働きに出ましょう!

そして男性諸氏は育児家事に参加しましょう!

 

 

以前、このようなブログを公開させていただきました。

 

このブログ内でも、日本人の感覚がズレる理由に少し触れていますが、さらに具体的に考察してみたいと思います。

 

早い時期から過剰な露出コンテンツを見せられる日本人

最近、特に2021年に開催された東京五輪に合わせて、コンビニや本屋さんの店頭から、露出が多いグラビア誌などが撤去されました。

 

しかし、それでも以前、少年漫画誌などの表紙や巻頭には、水着姿のモデルが載せられていて、日本の青少年は、中高生くらいから露出した若い女性の姿を、コンテンツを通して目にします。

 

さらに、マンガやアニメでも、あられもない女性の姿が描かれているものも多いです。

 

さらに今時、SNSなどを通して素人女性が投稿する、露出の高い自撮り写真なども目にします。

 

また、あくまで18禁ですが、AVなども、街にもネットにもあふれかえっています。

 

このように、日本人の男性たちは、かなり早い時期から、多くの露出した女性を、コンテンツを通して目にします。

 

それに対し、それらをどう考えれば良いのかを教えるような性教育はほとんどされず、男性たちの欲望は野放し状態です。

街を行くのは大和撫子

それに対し、日本で実際に目にする女性たちの格好は、清楚で露出が少ない人が圧倒的多数です。

 

最近は、SNSでの視聴数を稼ぐためか、露出の高い格好をしてテーマパークやプールなどで自撮りする若い女性も居るそうです。

でも、これらも問題化して、批判されたり、水着の撮影会が中止になったりしています。

 

企業に金が入るコンテンツでは、あんなに露出の高い女性を登場させるくせに、実際に目にする女性には、露出に対してかなり厳しい態度を取るのが、日本人の特徴です。

 

だから、日本人の男性たちは、コンテンツではあんなに多くの露出された女性を目にするのに、実生活では、全くと言って良いほど目にする機会が有りません。

ポルノ規制が厳しい海外

出張で行ったアメリカでも中国でも韓国でも、街中の売店などで、女性の裸が載った雑誌などを目にすることは、一切有りませんでした。

 

韓国、中国は特に厳しく、そういったポルノコンテンツは、公式には雑誌も画像も動画も一切製作もされていません。

有るのは、日本から流れてきた、現地では違法なものです。

 

アメリカは、性器まで露出したコンテンツが製作されていますが、例えば「PLAYBOY」誌などの裸の女性が載る雑誌は、店頭に置くことは違法で、店内からは見えない、店のバックヤードに置かれています。

もし購入したければ、店員さんに言って、IDカードやパスポートを見せて年齢確認の上で購入は可能ですが、未成年が表紙だけでも見る機会は有りません。

 

学校では、性教育が熱心にさてれいて、異性に対する扱いの注意を受けます。

ビーチではトップレスも違法では無い海外

一方、特に夏場には、海外では女性たちは非常に露出の高い格好で歩いています。

 

ビーチでは、ヌーディストビーチじゃ無いところでも、トップレスが当たり前だし、日本には1か所も無いヌーディストビーチがたくさん有ります。

 

フェスなどに行けば、興奮して胸をはだける女性も居ます。

 

つまり、海外の男性たちは、ポルノや露出の高いコンテンツにはほとんど触れる事無く成人し、その代わり露出の高い実際の女性はたくさん目にして慣れています。

露出の高い女性はスケベだと錯覚している、むっつりスケベな日本人

上記の内容を比較していただくとお分かりに成ると思いますが、日本はポルノをはじめとした性的コンテンツに対する規制が弱く、一方で、実際に露出した女性を目にする機会はほとんど有りません。

そして、異性の扱いに関する教育も、本当に乏しいものです。

 

一方、海外では、性的コンテンツに対する規制がたいへん厳しく、その一方で日常で、多くの露出の多い女性を目にします。

そして、異性の扱いに関しては、非常に高い内容の教育を受けます。

 

だから海外では露出の高い女性を目にしても、すぐに性的な感情をもよおすことは有りません。

 

ひろゆき氏が海外の性被害を調査した論文を根拠に、海外でも露出の高さが性被害の原因になっているとツイートしてましたが、割合はかなり低かったです。

 

それに対し日本では、すぐに露出の高さが、性被害の原因に結び付けられます。

それは実際にそうなのでしょうが、露出が高い格好をする女性のほとんどが、単にファッションとして楽しむか、暑さ対策であったりします。

 

それに対して、性的な衝動を抑えられないのは、日本人男性の特徴です。

それは上記したような環境がもたらすものだと考えます。

 

日本も海外を見習って、青少年が置かれている環境を見直す必要が有ります。

そして、女性側の視点を性教育で教える必要も有ります。

 

今のところこの日本の環境では、防犯のために、露出を抑える必要は有ると思います。

 

しかし、これも、女性の権利を守るためにも、国全体で取り組んで、女性の自由、尊厳を守りつつ、男性の置かれる環境の整備と、性教育を進めるべきです。

 

 

Netflixのオリジナルドラマ、「マスクガール」を見ました。

ルッキズムが原因で起こる、悲劇の連鎖の話です。

 

以前のブログでも、萌えキャラを例に挙げて、ルッキズムは止めるべきと説きましたが、理屈では分かっていても、差別を止められないのが人の性です。

努力だけでは変えられないもの

先日亡くなった母の友人が、最後に言い残した言葉が「美人に生まれていたら、もう少し幸せに成れたのに」だそうです。

確かに、母から伝え聞く彼女の人生は、幸せとは言えないものでした。

 

現実社会を見ても、美人の扱いは特別です。それは男性も同じで、イケメンは色んな面で得をするように見えます。

 

美人だからといって、全員が幸せだとは限りませんが、少なくとも、結婚相手や仕事などの選択肢は、間違い無く不美人よりは多そうです。

 

今時、動画などでメイク術が出回っていて、昔よりは見た目を良く出来るとは思います。

 

しかし、持って生まれた見た目は、なかなか変えられるものでは有りません。

男性の場合だと、背の高さで、女性からのモテ方が全然違ってきます。

整形で良くなるのなら整形すれば良い

最近は美容整形の技術が進んでいます。費用も、昔よりは抑えられているそうです。

 

もし、美容整形で美しくなれるのなら、皆やれば良いと思います。

 

それで人生が良い方に変わるのであれば、それを否定する理由など、無いと思います。

 

しかし、この国では、相変わらず「親からもらった体に、傷を付けるなど」といった考えが有って、美容整形に否定的な人が少なく有りません。

 

また、天然美人を称賛し、美容整形をした人を蔑むような人も多いようです。

 

筆者には、全く意味が分かりません。

筆者の額には大きな傷が有ります。だいぶ昔の事故で出来たものです。

このように、美容整形などせずに普通に生きていても、体に傷は付きます。

 

また、例えば、親が金持ちで裕福な暮らしをしている人を、うらやましがることは有れど、褒めたたえる人など居ません。

 

なのに、たまたま美しい見た目に生まれた人は、大いに称賛されます。

 

変だと思いませんか?

 

人を褒めるのは良いことだし、褒められた本人も喜ぶでしょう。

しかし、称賛は、本来人の行動や努力の結果に対してされるものです。

 

たしかに、美を保つことも、努力が必要です。

しかし、それは持って生まれたベースが有ればこそです。

整形助成金を出すべき

整形を嫌ったり、バカにしたりする人の話をしましたが、それでも最近は美容整形を受け入れる動きも広がっています。

 

美容整形手術を受けたことをカミングアウトする芸能人が出てきたり、美容整形をむしろネタとして扱い、ビフォーアフターの自撮りを晒すインフルエンサーなども登場しています。

 

彼らには頑張ってもらいたいと思います。

 

さらには、どんな人にも美容整形を受ける機会を与えるべきだと思います。

全員に1回までは保険を適用するなどです。

 

結局、ルッキズムを無くすのは、不可能に近いと思います。

なぜなら人には理性以前に本能が有り、それがルッキズムの原因にも成っているからです。

 

であれば、ルッキズムに対抗するために、美容整形を積極的に受け入れるしか無いと思います。

 

特に子供は、見た目が原因でいじめに発展します。

それらを防ぐことも出来ます。

 

皆さま、いかがでしょうか?