おはようございます

占い屋🔮リーリエリリー 店主

百合音です

 

「置き記事」⑧


昔、書いていた小説を連載しています。どこまでの人が読むかは分かりませんが、一応続きを

 

4月から、バリバリ編で復帰いたしますので、それまでは、この小説や、ゆる記事にお付き合いいただけると幸いです。

 

『前回までのあらすじ

同棲生活3年目を迎え、彼との関係に悩む主人公。職場の後輩、瑠奈に誘われ占い館に訪れる。鑑定中、血黒の大蛇をみた主人公(みひろ)は、バニックに陥りつつも、現実と自身を見つめ、彼と別れようと決意するが、彼は百戦錬磨の粘着ストーカーだった。

身を潜めるみひろに、占い師の息子と名乗る男性が現れ、あれよあれよという間に、トラブルを解決していく。残るは彼氏との直接対決のみだが·····』


第1話

第2話

第3話

第4話

第5話


第6話


第7話

 



 

 後の問題は、今月末までに聡一郎との関係に決着がつくかどうか。それだけになった。


 アパートに向かう車の中で、否が応でも身体中に力が入った。心臓がギュッと絞めつけられる。


 恐怖と緊張感でガチガチになっている私とは対照的に、日向さんはスイスイと車を走らせている。


 アパートまでの道のりはすっかり把握しているようで、右左折や車線変更の操作にも無駄がない。

 緊張などはまったく感じていないようだ。


 ふと、日向さんの心の内が気になって、探るような眼で彼を見つめてみる。が、その風貌からはまったく感情が読み取れない。


 信じて良いような気もするが、どこか心許ない。 今の聡一郎と相対するということは、完全に理性を失い、怒り狂っている人間の暴力に晒されるということだ。


 この人は、聡一郎のそういうところを知らない。 だからこその余裕なのかもしれないと思うと、空恐ろしさを感じた。


 この人を無傷で帰すことができるだろうか? いや、無理だろう。


 この角を曲がると、もうアパートが見えてくる。 ここで日向さんに、お世話になったと礼を言い、ひとりになることが、誰も傷つけない最善の一手だ。


 でも、その意志を告げる声が出ない。 一から十まで完全自己責任の痴情のもつれに、平気で善良な他人を巻き込もうとしている。


 私はこんなにも卑怯で無力な人間だったのか。 しかも、今の今までこの人には、礼のひとつ、思いやりの言葉ひとつもかけていない。


「ごめんなさい。日向さん。 もういいです」


そのひとことを言おうとするたびに、のどが貼り付き、ケイレンしてしまう。もう、うまく息もできない。


 あぁ、部屋の明かりが灯っている。 



冷静な判断ができない。 もう、何に怯えているのかすら分からない。


 果てしない不安と恐怖の果てに、あの禍々しくも美しい蛇女の高笑いだけが、脳内に響き渡っていた。

 

 鉄扉を開けると、生臭いにおいとともにゴミで溢れかえり、床も見えなくなったリビングが目に飛び込んだ。 


そんなゴミに埋もれるように聡一郎が、リビングテーブルに上半身を預け、ぐったりとテレビを眺めている。


 いや、扉を開けた気配にも気づかないほど眠っているのか。ピクリとも動かない。


 私もなんと声をかけてよいのか分からず、立ち尽くす。そんな私たちの静寂を破ったのは日向さんの一喝ともいえる鋭い声だった。


「井上さん、ぼぉっとしていないで! オーバードーズじゃないですか!?。

 私が救急車を呼びますから、あなたは応急処置をしてください!」


 ハッとして聡一郎の状態を確認する。 散乱しているのは、日本ではお目に掛かったこともないような毒々しいパッケージに、薬シートの山。


 そして、テーブルの上に転がっているたくさんの酒瓶。


 この人は、こんなに弱い人だったの? あなたはそんな人だったの?! 長年、私の人生を食いつくしたあの図太さはどこに行ったの?

 

 いや、目の前にいるのはオーバードーズか急性アルコール中毒の患者だ。

 

 どこかでスイッチが入り、本能的になすべきことを遂行すべく身体が動き出す。


 気道を確保しながら、吐き出せるだけは、吐き出させようと胃部や咽頭を刺激する。


 聡一郎は、うっすら顔をしかめるものの、目を開ける様子はない。名を呼び、顔を叩き、瞳孔を確認する。 


不自然に深い呼吸。浅い脈。

アルコール臭。  


救急車の音が遠くから聞こえてくる。 

 

条件反射に鍛えられた身体は、彼の様態観察と、応急処置を淡々と行う。今、ここで私が救命処置をしているのはただの患者でしかない。

 

 日向さんの先導に、担架や救命道具をもった救急隊員が入ってくる。


 彼らの動線を妨げないように傍らによけながら、私の手から離れて処置を受ける聡一郎を眺める。


 渾身の力で、彼に殴られた時よりも、もっと強烈な痛みが全身を襲う。 身体が震える。

 

 このひとはだれなの?

    いえ、私はいったい、だれ?

 

 さまざまな思いがぐるぐると渦巻く。 まるでその思考に吸い込まれるかのように、がくんと身体から意識が落ちた。

 

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 想像の最悪を、遥かに越えた修羅場のエンディングは、なんとも呆気ないものだった。


 後から、日向さんに聞かされた話をまとめるとこういうことのようだった。

 

 あのあと私は、急に昏倒し、頭を強打。 呼びかけてもまったく返事がなく、頭の傷も深かったことから、もう一台救急車を呼ぶ破目になったらしい。


そして、まる2日、私の意識が戻らなかったことから、事態の説明できる人間がひとりもおらず、日向さんはそうとう難儀をしたそうだ。


 だが、ありがたいことに搬送先は私が元勤めていた病院だったから、と日向さんは、笑った。


 聡一郎は、病院側から建造物侵入と、日向さんの通報により、家宅捜索を受け、違法薬物を所持していたことが判明し逮捕。

 薬物は、短期間にそうとうの過剰摂取をしたようで、軽度の脳障害を併発しているそうだ。


警察の捜査で、彼の実家に連絡が取れ、今は身元引受人の家族が面倒をみているとのことだった。

 私も、回復後から何度か警察から事情聴取を受けた。 ただ、日向さんが私の名で最寄り警察署にストーカー被害の報告書を出していたこと。病院側の被害届も相まって、別れ話のもつれから急性の薬物依存に陥ったという見解に至ったようだ。 


 私は、聡一郎の逮捕関連では、何もしていないながら、所有物件の家宅捜索や、私自身も、警察から事情聴取を受けたという点で、実家とは絶縁となった。

  

狭い田舎で住み、世間体を気にしすぎる両親の逆鱗に触れてしまったのだ。なにより、犯罪者と同棲していたという事実が致命傷だった。


「もう帰ってこないで」


と、能面のような横顔でひとこと告げて帰った母。

  もとよりそのつもりだったのだが、面と向かって言われたことが、さらに私の傷を深く、えぐる。

 

 私は一気に職場と恋人、帰る家と行くところを失った。


 退院の日、なんだかもうどうでもよくなって、日向さんに誘われるまま、彼の自宅に行くこととなった。

 

続く