おはようございます
占い屋🔮リーリエリリー 店主
百合音です
「置き記事」⑦
昔、書いていた小説を連載しています。どこまでの人が読むかは分かりませんが、一応続きを
3月末近くあたりから、バリバリ編で復帰いたしますので、それまでは
、小説連載にお付き合いいただけると幸いです。
『前回までのあらすじ
同棲生活3年目を迎え、彼との関係に悩む主みひろ。職場の後輩、瑠奈に誘われ占い館に訪れる。鑑定中、血黒の大蛇をみた主人公(みひろ)は、バニックに陥りつつも、現実と自身を見つめ、彼と別れようと決意するが、彼は百戦錬磨の粘着ストーカー。
身を潜めるみひろに、占い師の息子と名乗る男性が現れ、身辺の安全を確保するよう伝えてきたが···』
第1話
第2話
第3話
第5話
第6話
6
ビジネスホテルをチェックアウトし、久しぶりに外に出ると、外の眩しさに圧倒され目眩がした。
そして出入口付近には、ほんとうに、ひょろりとした長身眼鏡の男性がいることに気づいた。
いちおうグレーのスーツに青ネクタイを締めてはいるが、どうみてもスーツに着られているように見える。
見上げるくらいの長身ではあるが、スーツから大きくはみ出ている手首は女性よりも細く見える。
だぶついたスーツがどこかだらしなく感じるものの、なんとなく微笑ましい。
「はじめまして。 日向夏生さまでしょうか?」
こちらを確認するように見ているその男性に、おそるおそる声を掛けると、彼はにっこり笑ってうなずくような会釈を返した。
「
お会いするのははじめまして、ですね。 日向夏生と申します。
では、いきましょうか」
「はぁ」
取り敢えず、大股でふらふらと歩き始めた彼の後ろを、はぐれないようついていく。ホテルの裏手にある駐車場に、いかにも目立たなさそうな、グレーの軽自動車が停まっていた。
「取り敢えず、荷物はこの車の後ろに置いて、乗って頂けますか?」
穏やかな声で後部座席のドアを開けながら彼がいう。
それに素直に従いながらも、不安は募る。初対面の男性の車に乗ることと、聡一郎に見つかること。
どちらが安全なのだろうかと考えながら、荷物を後部座席に押し込んで、そのまま後部座席に滑り込む。 先に運転席に乗り込んでいた彼は、それを確かめると、私の住んでいた地域に向かって車を走らせ始めた。
繁華街の5車線を滑らかな走行でスルスルと抜けると、彼はようやく今日の計画を話し始めた。
「今、向かっているのは、井上さんが勤めていた病院から10分くらいのところにあるレストランです。
そこに看護師長さんと、庶務課長さんがいますので、事情を話して、きちんと退職手続きを取りましょう。
そこで、いくつか病院側から話があると思いますが、ご自身の判断で、必要であれば、もろもろの書類に署名捺印などをお願いします」
「はぁ」
「次に、不動産会社で、今月末で退去する手続きを済ませましょう。 そして……」
「……。」
彼の綿密な計画にうなずきながら、失うものの大きさに唇を噛んだ。
今後の人生を安定させるには、やはり、今まで築いてきたものをすべて捨てる覚悟が必要なのか。
そして、その過程を、いくら自分で対応できなかったとはいえ、他人も同然の人間から淡々と説明されるのは、さすがに堪(こた)えた。
だが、それを済ませなければ、あの穴蔵のようなホテルでの生活を、永遠に続けなければならないのだ と、肚(はら)を括る。
彼は、すべて説明し終えると、私をうかがうように沈黙した。
私は、その気配を感じながらも、かみしめた唇を緩めることができなかった。上手く言葉が出てこない。
うなずくだけの意思表示だったが、ルームミラーでそれを確かめた日向さんは、安堵の表情を浮かべた。
そこからはひたすら静かな時間が過ぎていく。私はその時々に起こりうる最悪のシナリオを組み立てながらシミュレーションしていく。
これより悪いシナリオなんてない。 そう思えるくらいしっかりとしたシナリオを反復することでしか、目先の不安感を消し去る方法を見つけられなかった。
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病院から車で10分ほどのレストランは、何度か利用したことのある、落ち着いた和食屋さんだった。
個室に入ると、すでに看護師長と庶務課長が待っていた。その姿を見た瞬間、全身が縮こまり、土下座に近い勢いで頭を下げながら謝罪の言葉を叫ぶ。
「すみません、すみません、いきなり失踪なんてしてしまって。ご迷惑なのは分かっていたんですけどっ!」
「ぁ、まあまぁ、落ち着いて。井上さん。 とにかく部屋に入ってゆっくり話しましょう」
看護部長が、少し焦ったような声で私を制して、席を勧めてくれた。
「すみません……」
席に収まってからも身の置き所がなく、縮こまっていると、日向さんが話し始めた。
「今日はご足労いただき、ありがとうございます。先日もお伺いいたしましたが、ご本人と会ってお話ししたいことがあるということで、一席を設けました。 諸々の事情で、職場にうかがえなかったことに関しては、申し訳なく思っています」
彼が言葉を切る。 次は私が謝罪を述べるターンだ。あらかじめ説明は受けていたものの、声がうまく出てこない。
1週間もの間、ほとんど人とも会わず会話もなく過ごしてきたからか、何の言葉も浮かばない。
平身低頭を繰り返す私を見かねた看護部長が彼の言葉を引き継いだ。
「井上さん。 いくら切羽詰まっていたとはいえ、シフトを放棄して、事情も分からない派遣の事務職員さんに退職願や有給願を押し付けたあなたの態度は、社会人としては許されるものではありません」
「はい・・・・・。 申し訳ありません」
もう、謝る以外の言葉はない。
看護部長は言葉を続ける
「あなたの書類は、夕方近くにようやく庶務課長のレターボックスから確認されました。
それまでどれだけの人間があなたを心配したか、想像がつきますか? 1日の終わりにあなたの有給届や退職願を見つけた我々が、どれだけの思いであなたのシフトを埋めたのか、理解できますか?」
「……。」
ごもっともなお怒りだ。
しかも、大変だったのは、病棟だけではなかったらしい。 聡一郎が私の失踪に気づいた日から、今もずっと病院に粘着しているそうだ。
最初は、気の毒な恋人だと認識し、対処していた親しい看護師たちだったが、彼の行動がだんだん常軌を逸してきているという。
たとえば、病棟内に侵入して、本人を出せと騒いだり、職員非常口で待ち構えては、見知った人たちに、付きまとい行為をし、威圧や暴言を吐くようになっていると。
何度か警備員も介入する事態にまで至っているらしい。
尋常ではない彼の行動を目の当たりにしながらも、私に被害が及ぶことも考慮すると、容易に個人情報を開示することはできない。
職場としては、もはや八方ふさがりで、処遇の取りようがないと何度も会議を重ねたと看護師長は、まくし立てた。
「とはいえ、先日そちらの刑事さんから事情を伺い、病院側は、あなたの彼氏の行動に対し、被害届を出すことにしました」
「はぁ。 はい。 好きにしてください」
「あなたは、とても真面目で信用していたのですが・・・・・、これはとても残念な結果です」
最後に、ほんの少しだけねぎらいの感情を覗かせ、看護師長が話し終える。
そのあとを庶務課長が引き継いだ。
「と、いうことで、退職手続きの話をさせていただきます。 もろもろのあなたの勤務態度を考慮した結果、懲罰は加えず、依願退職であれば受け容れるという手続きで進めてよいという決定が出ました」
そこで庶務課長はチラリと日向さんの顔色を伺った。 本来であれば懲戒解雇の手続きを取りたかったのだろう。 陰湿なやり口に定評のある課長ではあったが、目の前の警官が邪魔なのか、依願退職で手打ちにすることを了承したようだ。
これはほんとうにありがたい。
が、それを表情に出すわけにはいかない。 私は出された料理にはまったく口をつけず、ひたすら縮こまりながら、必要書類の束を確認し、署名捺印をしていった。
針のむしろのような時間は、取り敢えず食事の時間とともに終わりを迎えた。
庶務課長は書類の確認を終えると「退職書類です」と、大判の封筒を私に渡し、看護師長とともに足早にレストランを出ていった。 今から警察に被害届を出しに行くらしい。 その背中をぼんやり追いながら、私は、どこか人ごとにように、この退職を受け容れた。
次に向かった不動産屋ではもっと話は簡単で、今月末までで退去することを告げると、顔見知りのスタッフが必要書類をそろえてくれた。
その場で署名捺印をしたあと、退去前手続きのテンプレート説明を聞いて終了。
あまりの呆気なさに少し拍子抜けはしたものの、賃貸とはそういうものかもしれないと言い聞かせる。
不動産屋を後にする頃には、もう日は傾いていた。
続く






