前の職場にいたのは30歳までだった。今振り返って見ると時代の狂騒の裏側にどろりとした陰鬱な影を意識できていたような時代だ。
例えば仕事にしても、大抵の職種にはなんとか潜り込むことができていた。
僕なんかは一旦その職場に入ると割と長く勤めていたのだけど、友人知人の中には、コロコロと転職を繰り返す人間もいた。その理由が、青雲の志高く次々とステップアップしてゆく、というよりも大抵が労使問題、金銭というよりは職場での上下関係に辟易して職を辞する、というパターンである。
上司は今よりも確実に理不尽なことを要求するし、従わないと露骨に罵倒されたり嫌がらせをされたりする。そこで言い合いになる、下手をすれば手が出る足が出る、という荒っぽい風土があったし、それが当然だったようなところもある。
かく言う僕もそんな経験が、数少ないながらあった。
上司が理詰めで、しつこく嫌味を言うのである。いわゆる言葉の暴力とも言えたんじゃないかな。
そんなある日、僕は傍にあったデスクを蹴り上げて、相手に詰め寄った。相手に手を出さなかったのは、沸騰したアタマの片隅に両親の顔がよぎったので、それがストッパーになった。その後、それを聞きつけた別の上司が仲裁に入った。スチールの机の横っ腹はしっかり凹んでいる。これはもう隠しようがない。
詰み、である。
とは言うものの、相手も自分の言動を若干ながら反省していたのだが。(多分、色んな機関に僕がタレこむのを恐れたのだろう)僕は依願退職を選んだ。
この状況、今現在だったらどうなっていただろう。コンプライアンスがやたらと幅をきかす昨今である。また、違った結果になったかも知れない。それはそれで興味があるのだが。