レさんのブログ改めジャンク・エッセイ

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活字中毒の方、ヒマ潰してみませんか?

 ちょうど一週間前のこと、今ぐらいの時間に僕はハーフマラソンの復路を走っていた。ふくらはぎの痙攣に抗いながら。

 

 早朝6時、気温は28度。暑いとはいえ、真夏の空はく曇天で風もあり、コンディションとしては、まあ悪くない。ガーミンが設定していた、ハーフマラソンの当日。確か4ヶ月くらいのトレーニングメニューをこなして当日を迎えた。「レース日は7月18日です」っておいおい真夏やろ、と呆れ、ギリギリまで悩んだが、「まあ早朝から走れば大丈夫やろ」と決行に及んだ次第。

 

 レース前に思いがけぬ軽い転倒で怪我をしていたので、とにかくペースは抑えめに7分代からスタート。暑いのは当たり前だが、とにかく日差しが弱いのと時折吹く風のおかげで、そこそこは走れている。コースはずっと平坦な国道沿いで、8キロを越えた時点で上り坂があるものの、そこまでハードなコースではない。時折同じようなランナーとすれ違う。やはり真夏でも人は走るのだ。とはいえ、日中の陽が高い時間に走る人には狂気を覚えるが。とはいえ消防士とかそういう職種の人かも知れないけど。5キロ過ぎたあたりから、ペースを上げる。数キロ走ると上り坂が待っているので、6分代前半程度で。

 

 福重ジャンクションが見えてくる。もうすぐ登り坂である。少しずつ雲の隙間から日差しが差してきた。当日の天気予報は晴れ時々曇り。そろそろ気温が上がり始める時間だ。緩やかな上り坂を登ながら徐々にペースが落ちてくるが、息が上がるほどではない。地道に続けたトレーニングに感謝する。この上り坂の嫌なところは、緩やかな登りと平坦なロードが連続し、終盤かなり勾配がきつくなるところである。うんざりしながらそこを抜けると、長男が通っていた高校が見える。ここの名物は校舎までのきつい勾配の坂で、気を取り直して坂を登る。途中学生とすれ違う。部活動なのだろう、みんな体操着を着ていた。坂を登りきると福岡市内が一望できる。ようやく10キロ。疲労はあまり感じない。現在社会人の長男はここに3年間通い続けた。

 

 復路。今度は下り坂が連続する。少しずつ脚の疲労を意識し始める。当たり前だが、下り坂の方が筋力を要求される。途中のコンビニで2度目の給水。スポーツドリンクと迷ったが500ミリリットルのミネラルウォーターにする。甘さが口に残るのが気になったから。すぐに半分を飲み干す。異常に美味い。気を取り直して尚も坂を下る。下り切ったあたりで脛の外側にかすかな違和感を覚える。嫌な予感がよぎった。道は平坦になったが、とにかく脛が気になるし、アスファルトのわずかな凹凸が怖い。足が上がらないのだ。しばらくすると足が攣り出した。これ以上走ると転倒する恐怖がよぎったので、歩くことにする。残り5キロというところである。雲はあるが日差しはすでに高い。ジリジリと体力を削がれる。

 

 こんな感じで真夏のハーフマラソンは、ほろ苦い結果となった。まず歩いたとはいえ、完遂はできた。そこは良かったのだけど、真夏にハーフを走るには、まだまだ準備が足らない、ということだろう。いつもの練習メニューを見直す必要がある。

 

とはいえ、ビールは格別だった。やれん。

 

 

 

 

 格闘ゲームやアクションゲーム(と言うか、格ゲーもアクションゲームか)で、攻撃が間一髪で外れることを、誰が呼んだか「スカる」という。ってか、今も言ってるのかね?よくわからない。でも、僕は今でも使っている。


 この「スカる」、当たり前だが、自分の攻撃が外れると、多いにイラッとくる。ギリギリでかわされるのも、当然イラッとくるのだが、「え?当たってね?」と言う状態で、ダメージが与えられない状態もあって、これはもう唖然としてしまう。

 ゲームには当たり判定と言うものが存在していて、接触部分がその判定にかかっていないと、ダメージにカウントされないのである。だからキックやパンチ、果ては大剣や太刀なんがが「当たっているのに当たっていないこと」にされてしまうのね。


 でも当然物事は表裏一体、自分が逆の立場で救われることも間々ある訳で、ライフあと1ミリという状態で、相手の攻撃をスカらせた時の嬉しさったらないね。いわゆる脳汁ドバドバである。そういえば最近アクションゲームやってないな。ロートルがついて行けるが怪しいが。


 「スカる」と言えば、当地・福岡は台風や大雨がスカる事が多いのだが、今回の大雨はスカら無かった。本当に当地は、地図上あと数ミリで大雨ってのにスカる。こちらとしては、最近の煽り気味の報道各メディアにイラッとするわけだけど、今回は当たった。既に被害が出ている地域の方には、言葉も無い。少しでも被害が少なくあることを願うばかりである。

 5月6日に誕生日を迎えて57才になった。50代後半。まあそこに何の意味があるかは別として、56才と57才の間には何だか大きな隔たりのようなものがあるような気がしていた。例えるなら、どうやっても越えられないような鈍色の壁であったり、水底の見えない暗い緑色の深い川であったり。そんなものに退路を絶たれ視界を塞がれたような思いがあった。悲観するほどでは無いにしても、要するにいつもの日常の中で、不意にそんなことを意識するようになってしまった。

 僕自身は、悲観主義者ではないと思っていたので、突然湧き上がったこの感情を持て余している。

 

 そんな折、体調を崩してしまった。

 5月19日の明け方軽い喉の痛みから始まったそれは、徐々に身体を侵食してゆき、5月25日の深夜にのっぴきならない状況をもたらした。およそ20年ぶりの喘息の発作である。もともとアレルギー体質であり子供の頃から20代あたりまでは年に数回発作を起こしていた記憶がある。「記憶がある」と言うくらい遠い霞の彼方に揺れる記憶のような過去になっていた。それが今回いきなりやってきたのである。

 呼吸のしづらさと、それに伴う喉から聞こえる風切り音を聴いた時に、霞の彼方の記憶が現実のものとして立ち上がってきた。

 

 朝を迎えてとにかくかかりつけで点滴を入れてもらうことにする。うん、どうだろ?効いたような、こんなもんか?劇的には改善しない。多少は楽になったもののやはり風切り音は喉の奥、というか胸の奥から去らない。そうこうしている午後遅い時間から白熱する。もったりとした疲労感を伴う微熱。それに伴って風切り音が深くなる。仕方なしに処方されていたステロイド剤を服薬する。「仕方なしに」と言うのは血糖値が上がるからで、それでも20年来の付き合いあるドクターから処方されたので、信用しての服用である。

 服用してしばらくすると、症状が劇的に平癒する。驚くと同時に何だか恐ろしくなった。「ステロイド怖い…」

 そんなことが一週間ほど続いた。明け方と夕方の発熱、胸と喉の風切り音。今回ばかりは本当に入院を覚悟した。

 

 とにかく今回は不遜な僕でもちょっとまずいな、と思った。加齢と今回の件がニコイチで関係しているとは思いたく無いけど、果たしてどうだろうか。人間の身体はある節目で大きく変化する、と言うまことしやかな噂があるけれど…信じたくはないねぇ…