私がお母さんになって10数年。

 

 

 

子供のことが大好きで

 

自分のことよりも大切で

 

かわいい、かわいい子供のことを

 

何としても幸せにしてあげなきゃって


思ってきました。 


 

 

 

「こうするより、こうした方がいいよ」

 

「こうする方が早くできるよ」

 

 

 


そんな風に

 

失敗しない方法、うまくいく方法を教えて

 

あげることがお母さんの役割だとも


思ってきました。

 

 

 

 

そして

 

「ママ、どうしたらいい?」って聞いてくる


子供を見てほっとして


安心する私がいたんですよね。

 

 

 

 

その時は無意識でしたが、

 

「子供に必要とされている私」を感じる

 

ことは私にとって大きな幸せでした。

 




子供が私のことを幸せにしてくれていた


のですよね。

 

 

 

 

子供たちが小さい頃の私は、


こういう子育てをしていました。

 

 

 

 

私は自分のことよりも、夫のことよりも

 

子供たちのことを優先してきたし、

 

夫にも「そうあるべき」と強要していました。

 

 

 

 

当然のこと夫婦関係は最悪になりましたが

 

 

 

 

私のことを幸せにしてくれる子供がいたので

 

ワンオペでも大丈夫だし


私は手に職もあるので離婚しても


大丈夫だと思っていたのです。

 

(自分のことながら書いてて怖くなりましたが

 

 事実なんです)

 

 

 

 

これって一見して、強くも見えるし


自立してそうにも感じられませんか?

 

 

 

でもね、大間違いでした。

 

 

 

 

子供のためなら何だってがんばれる!の


裏には

 

自分を幸せにする方法を知らない私

 

がいたのです。

 

 

 

 

自分で自分のことを幸せにできないから

 

自分のことを幸せにしてくれる


子供を大切にしよう。

 

 

 

 

今改めて感じてみると


それは子供への依存だったんです。

 

 

 

 

でもね、子供は成長するのでいつまでも


私の欲しい形での幸せをくれる


わけではありません。

 

 

 


それが私の子育てのイライラの正体でした。

 




子供は子供、私は私。

 

どちらも、相手を幸せにするために


生きているのではなく


自分を幸せにするために生きているのです。

 

 

 

 

お母さんだからといって

 

自分を犠牲にしてまで子供のために

 

がんばらなくてもいいし、

 

 

 

子供がお母さんの思い通りにならないのも


当たり前のこと。

 

 

 

今、私は我が家の子供たちのことを

 

「自分の思った通りにしかしない子たち」


だと思っています。

 

 

 

もちろんそれが100%いい結果に


繋がるわけではないのですが


私の方に「なんとかしなくちゃ」


という強い気持ちがないのです。



 

だから、イライラすることがとっても


減りました。

 

 

 

 

仮にそういう気持ちが湧いてきた時は

 

「私の幸せを子供に叶えてもらおうと


 している時」

 

なので向き合うべきは自分なのですよね。

 

 


 

子供であれど


自分以外の人のことは変えられないけど


自分のことであれば


向き合おうと決めたその時から


いつからだって変えていけるのです。

 

 


 

子供が不登校でも


やる気がなくても


勉強をしなくても

 

 


 

お母さんの幸せは


子供とは別のところにちゃんとあって


自分で見つけて叶えてあげることが


できますからね。




そうは言っても、難しいと感じる方は

 

カウンセリングを受けてみるのも


オススメですよ♪

 


自分からつかみにいく幸せって


与えられる幸せとは

 

次元の違う心地いいものですよ。

 



今日も最後までお読みくださり

 

ありがとうございましたにっこり







さて、今日は私が「来年にしよう」を


やめて新しいことにチャレンジした


話です。




それは、梅干し作り。




数年前から、


やってみたかったのですが


「来年にしよう」を繰り返していました。




私は昔ながらの


ただただすっぱい梅干し(白干し)が


好きなのですが売っているところが


少ないのですよね。




それなら作ってみよう!と言うわけです。




買い物に行くたびに梅の実が


売っているのは見かけていたのですが、


小粒の梅が売っているのを発見。




「買うしかない!」と覚悟を決めて


カートのカゴに入れると


ふんわりと甘い香りが


私の鼻に届きました。




恥ずかしながらこの歳になるまで


梅の実がこんなにいい香りだなんて


知りませんでした。




袋の中の梅をよく見ると


実は黄色く色づいています。




作り方も知らないけど、


調べれば何とかなるはず。




こういうところは楽観的なので


人からはびっくりされることも


多い私です(笑)




お塩が足りなかったので、


その日は冷蔵庫で寝かせておきました。




翌日、憧れだった「梅仕事」に


取り掛かりました。


(響きがステキですよね〜)





夕食を作りながら始めたものだから


なんだかせわしないのです。




シンクの前に立ちながら


梅のおへそをとっていきます。     




こういうのって、


腰を据えて集中してやるものだと


思っていたのに、私がやると


なぜかせわしい感じになってしまうのです。





そんなことを考えていたら、


それも私らしいなあ、って


笑えてきたりなんかもして。




そして、おへそが


竹串でするっと取れる感覚は


気持ちよくて、楽しいのです。




手を動かしながら


梅の甘い香りを感じる。


豊かな時間です。




果物好きな息子がやってきて


「これ何の匂い?」と聞いてきました。




梅だと伝えると、


「梅ってこんな匂いなんや〜」


と、私と同じ反応です(笑)




キッチンペーパーをひいたお皿に


綺麗になった梅を積んでいくと


お皿2枚分山盛りになりました。




しっかり乾かしてから、


梅と梅の重さの2割の塩を入れます。


  

あとは、梅酢が上がってくるのを


しばらく待って、


梅雨が明けたら土用干し。




数ヶ月後、


自分で作った梅干しを食べられると思うと


楽しみです。



梅に貼ってあったシールがいい感じだったのでジップロックに貼ってみました♡



今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり






さて、


今日は知ることで見え方が変わるという


お話をしたいと思います。




突然ですが、この器を見てどう感じますか?



これ、実家の食器棚の上で箱のまま


埃をかぶっていた


6脚セットの茶碗の一つです。




父が官公庁オークションに


ハマっていた時に落札したもの。




シックな色合いで底の高台の土色が


いい感じで、数年前にもらってきました。




でもね、この赤いひび割れが


私には血管のように見えて


なんだか不気味で


好きになりきれなかったんです。




これさえなければぴったり


好みなのに惜しいなあと思っていたので


出番もあまりなく食器棚で寝かされて


きました。




先日、朝のルーティンとなってきた


梅醤番茶を飲もうとした時に


たまたまこの茶碗が目に入ったんです。




久しぶりに使ってみると、


蓋の口当たりもいいし、


つるんとした触り心地も


底の土色も中々いい感じ。





でも、やっぱり血管にしか見えないし


気持ち悪いんだよなあ、


惜しいなあと思ったんです。




実は価値あるものかもしれない、と


閃いた私は器の写真を撮って


AIに聞いてみたんです。




すると、高台にある烙印などから


信楽焼の可能性が高いことが


分かりました。




そして、このひび割れが不気味という


私の気持ちも打ち明けたところ、


意外な答えが返ってきたんです。



(以下AIの返答です)


たしかに言われてみると、


グレーの地に白いひびが


血管か傷跡みたいで、


ちょっとホラーな雰囲気ありますよね😂


でも実はこの「怖い模様」


陶芸の世界では最も愛される景色の


ひとつなんです。


**貫入(かんにゅう)**は、


焼成後に釉薬と素地の収縮率の違いで


自然に入るひびで、


意図的に作り出すのがとても難しい。


「育つ」器とも言われて、


使い込むうちにひびの中に


お茶や料理の色が染み込んでいって、


だんだん味わいが深まるんです。



この返答を見て、私の心には



「育つ器ってなんだかいいなあ。


 面白いじゃない!」


という好意的な気持ちが


湧いてきたんです。




血管に見えていたひびですが、


それは信楽の土には鉄分が多く含まれて


いるので焼くと赤褐色になるのだそう。




そして、繰り返しお茶を注いでいると


このひびが茶色っぽく変色してきたり


するんですって。




私こういうの大好きです。




不思議なことに、


ひびが血管に見えることには変わりが


ありません。




寧ろ今でも少し気色悪い。




でも、同時に


「育つ器なんだ」


「面白いな」


という気持ちも生まれたんです。





しばらくは育てる実験をするために


毎日活躍することになりそうです。





不思議ですよね。




器は何も変わっていないのに


貫入には価値がある、ということを


知っただけで


私の感じ方は大きく変わりました。




こういうことって実は


私たちの心の中でもよく起きているんです。





そんなことを考えていたら


かせゆきさんのメルマガで腑に落ちました。




わたしたちって自分が思ってるよりずっと



世界が狭い、視野が狭いんです


それに加えて、自分の枠を超えることを無意識に怖れるという特性もあるから


外の世界を見に行く機会も積極的に持たない限りなかなか超えられない


でも、ひとつ新しい視点を知るだけで


もしかして、あれもそういうことだったの?


これも?


と、どんどん自己理解や起きてることへの視点の転換が起きてくることがあるんですよね


自分が、視野を広げようとすることさえ意図したら


そんなことがどんどん起きるんですよ。




私がお茶碗で感じた


新しい視点を持つことでの変化って


こういうことなのかもしれません。




私はゆきさんからもUMIを学んでいる


のですが、ゆきさんの視点って


まさしく私の「枠の外」を


見せてくれるんです。




「そういうことだったんだ」と


深く心が納得すると、


その度に見える世界が変わってくる。




視点の変換って、


偶然起きることもありますが、




「視野の広い人」


「フラットな視点を持った人」の


考えに触れるのが一番早いと感じています。




こちらのセミナーの募集が始まっています。




子育てに悩んでいる方や


新しい視点を取り入れたい方は


ぜひチェックしてみてくださいね。




私ももちろん申し込んで、


今からわくわく楽しみにしていますよ。





今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり