旬のものに敏感になってきたなあと


思います。




流行のものというわけではなく、


季節の旬です。




例えばこの春は毎日のように


菜の花、春菊、筍、スナップエンドウ


お皿に並んでいました。




これまでは、


ワンシーズンに数回食べれば満足して


いたんですけどね。




食事の勉強をしてみて、


旬のものにはその季節に必要な栄養が


たっぷりと含まれていることを知りました。




トマトやきゅうりが年中置いてある


スーパーではなくて、


野菜の直売店によく行くようになったのも


影響していたと思います。




季節のお野菜はたくさん並んでいるし


価格もお手頃になります。


そういうのを見ていると


「今これが旬なんだな」と感じる力が


自然と身についてきました。




そして、これから来る夏に


何が食べたいかなあと考えると


私の頭に浮かんできたのは


ゴーヤと青紫蘇。




青紫蘇のいい香りはふわっと口の中に


広がり、滞りがちな私の気を


巡らせてくれます。




そのまんま刻んで薬味にするのもいいけど、


私は醤油漬けにしてごはんやお浸しと


一緒に食べるのが好きです。




お店でよく売っている10枚セットは


すぐになくなってしまうので


一層のこと庭で育ててみようかなと


思ったのです。




種を蒔いてみました。


たくさん芽が出てきたので


間引きましたが、惜しくて間引き方が


超甘めです(笑)





まだ背も低くて葉も少ないですが


少しずつ収穫できるように


なってきました。




これでこの夏の大葉には困らなそう。




ゴーヤもね、


ホームセンターで100円に値下がり


していた苗を4月の終わりにプランターに


植えました。




これもメキメキと成長していて


庭のフェンスにツルを絡ませながら


ギザギザとした力強く大きな葉っぱを


増やして順調に育っています。




その生命力を見ていると


今からたくわえていくであろう実に


やどるエネルギーの強さを感じずには


いられません。




私はあの独特の苦味も大好きで


塩をして鰹節と醤油でシャキシャキを


楽しむのも好きだし、




シーチキン、マヨネーズでまろやかに


して食べるのもいいし、




ぬか漬けもいいなあ、ゴーヤチャンプルも


いいなあ、なんて食べる方法を考えると


青紫蘇同様にたくさん穫れて、


たくさん食べる夢が膨らむのです。





そして、嬉しいのがこの二種類は


ほとんど手間がかからなくて


ずぼらな私が育ててもそれなりに


育ってくれるのです。




昨日はゴーヤに黄色い花が咲いている


のを発見しました!ワクワクします。






好きなものだけ自給自足生活。


(収穫できそう見込みの段階ですが)


今のところすごく楽しいです。




私の生活はだらだらとセカセカが


入り混じっていて、


ゆとりを感じるまでの余裕はあんまり


ありません。




でもね、忙しい!って言いながらも


あえて手のかかることに手を出してしまう。




そんな私らしさに降参して、


そのまんま受け入れてしまう。


笑いながら付き合ってあげる。




少しずつですが


自分とのそんな関係を育めている


ようにも感じる今日この頃です。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり



吉本ばななさんのnoteが話題になっている。




何かのSNS(もう記憶にございません笑)


で目にした私。





明るいものではなさそうなのを


感じながらも読まずにはいれない。




そんな衝動的な感覚で気づいたら


購入して読んでいました。


(noteで有料記事を読むのははじめて)




私は若い頃、たくさんの本を


読んでいたのですが驚くほど内容は


覚えていないんですよね。




題名には覚えがあるのですが


どんな話だったのかは全く記憶になく


残っているのは「なんか好き」だった


という感覚だけなのです。




吉本ばななさんも然りで。




自分ごとながら


本当に失礼な話です。




読んでみて感じたのは


とても正直な方だなということです。





ご自身の弱さも、強みも知っていて


それを受け入れておられる。




正しい、正しくない。


こうすべき、こうすべきではない。




世の中はそうやって色んなことを


ジャッジします。




人間が感情のない、ただただフラットな


生き物であるのなら、


ある程度の正解というのが存在するのかも


しれません。




だけど、そうではないのですよね。




必要のない罪悪感を感じたり、


必要のない責任を背負ったり、


自分の納得のために動いてみたり。




人から見たら驚くような選択。


ありえない選択。




そう思えることであっても、


その時々の自分にとっては最善の選択


なのです。




例えそれが自分より他人を優先すること


であったとしても。




私たちって、


ついついそこで自分を責めてしまうんです。




自分を優先することが大事だと


分かってるのにできない自分をね。




本当は嫌だったのに〇〇してしまった、


みたいにね。




でもね、本当に大切なのは


どんな選択でも肯定して


認めてあげること。




そうしたかった自分の気持ちを


そのまんま認めてあげること。




それが、


自分の味方であるということです。




私はここまだまだできていないと


思うんですよね。




例え自分が選んだことであっても、


後から悲しみが怒りに変わって出てきたり


自分を責めてしまったりしがち。




だからこそ、


吉本ばななさんの文章からは


強さも弱さも、ありのままのご自身を


受け入れている方にしか書けない


エネルギーを感じました。




毒親、共依存。


そんなワードだけでは表現できない


深いものです。




自分を受け入れる。


それは正しい自分だけでなく、


正しくない自分も含めたありのままを


認めて、受け入れること。




言葉にすると薄っぺらくなってしまいますが


過酷な経験をしてきた彼女にしか


書けない感情がある。




弱さも強さも全て味方につける。


自分の才能を自覚して


使っていくってこういうこと


なのかもしれません。




読んでから一週間が経って


じわじわと感じることがあったので


言語化してみました。




「キッチン」を買ってきたので


なんか好きを思い出しながら


読み返してみようと思います。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり



修学旅行を楽しみにしている中3の娘。



仲良しの友達4人で


色違いのリュックを持って行くことを


決めてきました。




某北欧ブランドのものになったのですが、


定価で買うと1万円を超えます。




どうするのかな〜と見守っていたら


「高いからメルカリで買う!」


と決めてきました。




本物ではない可能性もあると伝えましたが、


そんなことは気にはならないよう(笑)




メルカリを使ったことのあった娘は


友達の分まで代理で購入する約束を


してきたんです。




楽しそうに選んでいたのも束の間。


人気があるようで、


見つけてもすぐ売れてしまうものも


多く、





「どうしよう?どうしたらいい?」


と、困って私に聞いてきたり


段々と焦りが見えるように


なってきました。





友達からのLINEの返事が中々来なかったり


もしてね。




みんな都合があるからそんなことも


当然あるのですが、


いっぱいいっぱいになっている娘に


余裕がなくなってきているのが


目に見えて分かりました。




そして、そんな私もザワザワしてきた


のです。




もっと早く準備すればよかったのに。



そんなに慣れてないのに友達の分まで


請け負わなければいいのに。



見つけるところまでは友達にしてもらえば


いいのに。





困っている娘を見て


色んな「こうすればいいのに」が


私の頭の中に湧き上がっていることに


気づきました。 




でも、この「困る」という経験は


娘のものなんですよね。




そう気づいて、一歩引いて


見ていることにしました。




(今できることと、できないことを


問いかけて娘が焦る気持ちを


整理するお手伝いはしましたけどね)




なんとか落ち着きを取り戻した


娘でしたが、その後も次々と問題が


起きます。




友達のものとセットで購入したものが


発送の準備をしていたら壊れてしまった


と連絡が来たり、




やっと買えたと思ったら


突然お相手から


キャンセルされてしまったり。




極めつけには届いたリュックが


注文の色とは別のものだったり。




その度に娘は


「どうしたらいいの〜。もう嫌や〜。


 助けて!」


と取り乱し、時には私に怒りを向けて


くることも。





正直私ももう嫌だ〜って思いました。




でもね、これだけ続くっていうのは


お知らせだなぁとも思ったんです。




それは、


娘の感情に責任を持とうとしなくても


いいんだということです。




私がもう嫌だ〜!と思ったのは


困っている娘をどうにかしないと


いけないと思っているからなんですね。




どうにかしないといけないのに


どうにもできない。




その無力感が辛いのです。




でもね、そもそも親子であっても


人の感情って他人がどうにかできるもの


ではないのです。




もう一つ別の感情もありました。


「色が違うくらいいいじゃない


  それぐらい我慢すればいいのに。」




そんな気持ちです。




間違って届いたリュックは友達と


同じ色だったんです。




それでは色違いが叶わないので、


娘にしたら「絶対無理」な話なのです


けどね。




そうやって湧いてくる私の思いは


色んなことを我慢して妥協してきた


幼い私の未消化な感情が作り出して


いるものなんですよね。




目の前にいる娘とは


実は何も関係のない


私自身の向き合うポイントなのです。




娘はひとしきり怒って、泣いて、


悲しさや悔しさを感じていました。





気持ちが整理できて、


夕食を作っていた私のところに


やってきた娘。




少し清々しい顔で、さっきまでとは


打って変わった落ち着いた口調で




「高くなってしまって申し訳ないけど


 楽天だったら間に合いそうだから


 これ買って」



って言いました。




倍の値段に躊躇いながらも


仕方ないなと思った私。




100%のニコニコでいいよとは


言えなかったけど、


それも今の私なんだと思います。




娘は


「今度からはもっと余裕を持って準備


 します!それを学べた。」


と言っていました。




親が言わなくとも、


子供は自分の体験からちゃんと学べるし


気づけるのですよね。




私たち親子にこんな経験と気づきを


くれた分と思うと、高くなった値段も


妥当に思えてきました。




そもそも、安いものには安い理由があるし


色々怪しすぎたなぁというのも


改めて感じましたしね。




今日には手元に届きそうなことを


伝えると、娘はキラキラの笑顔で


喜んでました。




修学旅行3日前のギリギリ感が


私たちらしいとも思います。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり