大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -79ページ目
私はものすごくがんばっている時って
無意識のうちに
自分に我慢をさせていることが
よくあります
そして
我慢させている時って
悲しい、辛い、苦しい、悔しい
そんな感情を感じることを自分に
制限してしまっているんですよね
感じてしまうともうがんばれなくなりそう
自分の中に
そんな感情があることを認めたくない
感じるのも、認めるのもものすごく
怖いので(全部無意識なことですが)
心の奥の小さな箱にぎゅーっと詰め込んで
重たい重たい蓋をのせてしまう
そうして感じないようにして
その感情自体をなかったものにしたり
気づかないふりをしてしまう
自分の中から湧き上がってきた感情を
蔑ろにすることは
自分を蔑ろにするのと同じこと
ですよね
UMIで学ぶまでの私はそんな風に
感情に蓋をして感じないようにしてる
なんて全くの無自覚でした
でも思い返してみると
誰かの一言でぶわっと感情が溢れ出る
という経験が数え切れないほど
あったんですよね
例えば
看護師1年目慣れない仕事に四苦八苦
してた頃、先輩に
「みんなで心配してたんだよ、大丈夫?」
って声をかけてもらった時
祖母のお葬式の後に会った友達が
「無理しなくていいよ、悲しかったら
泣いたらいいよ」って言ってくれた時
結婚式の準備で忙しかった時、父が
「がんばりすぎてるんとちがう?」
って声をかけてくれた時
どれも声をかけてもらったら
堰を切ったように涙が止まらなくなって
優しいこと言われたら涙が止まらない!
って感じていたことだけ
覚えています
辛くて、苦しいことを
うっすら気づきながらもスルーしようと
していた私
優しい言葉をかけてもらうことで
重たい蓋が緩んで閉じ込めていた
私の感情を涙と一緒に感じて
たんだと思うんですよね
しっかり感じたので
当時の感情は消化されており
どれも今思い返すと人の暖かさに
救われたいい思い出となっているんです
支えてくれた人たちに感謝です
でも裏を返すと
この時声をかけてもらっていなかったと
したらその感情は未消化なまま
心の奥底にずっと置き去りのまま
だったかもしれないのです
私の感情は私のものなのに
誰かがきっかけを作ってくれないと
感じられないなんて
とても他人任せで、自分に対して
無責任だし失礼なことですよね
他人に依存するのではなく
自分のどんな感情からも目をそらさず
自分で自分の感情を感じ切ること
それができれば
感情はその都度解放されて
いきます
その繰り返しで
自分が自分のことをわかってくれるという
安心感が生まれて
自分が自分を信頼できるように
なってくるんです
とっても自分に優しくて
暖かい世界です
他人に寄り添うように
自分が自分に寄り添ってあげて
自分が自分を満たしてあげれる
まだまだ練習中の私ですが
そんな世界があることを知り
少しずつそこへ近づいていることが
幸せだなぁと思っています
今日は
優しい言葉をかけられると
泣いてしまっていた私を
考察してみました
今日も最後までお読み下さり
ありがとうございました
そうに決まっている
そうするしかない
そんなの無理に決まってる
どうせ〜になる
そういう思い込み持っていませんか?
私はめちゃくちゃ持ってました
というよりも
ほとんどが思い込み!という
世界で生きていたように思います
この思い込みって
人の個性を作るものだと思うし
必ずしも悪いものではないのですが
強すぎると
自分を縛る窮屈なものになって
しまいます
思い込みで苦しくならないように
するには
そうに決まっている
→そうかもしれない
そうするしかない
→そうしてもいい
できないに決まってる
→できないかもしれない
どうせ〜になる
→〜になるかもしれないし、
ならないかもしれない
って余裕を持った捉え方に
シフトするのがおすすめです
例えばでわが家の話
最近のわが家のごはんは
父に合わせたメニューになっていたので
和食、あっさり、が中心になっていたん
です
そこに
「明日は絶対ピザがいい!
ドミノピザ買ってきてな!」と
息子からピザが食べたい!という
希望があったんです
そうなると父の分は別に作らなくちゃ
いけないので、私としては二度手間だし
そんなの絶対大変に決まってるよ
めんどくさいな
いやいや、ちょっと待って
冷蔵庫に父のお気に入りの
ちょっと美味しいおでん(温めるだけの)
がある!それでいいかも!
大変じゃないかもしれない
「絶対大変」が「大変じゃないかも」に
緩むと、
私たちの夕食はピザにしよう!
父の夕食はおでんとお粥にしよう!
と予定を立てることができ
仕事の休憩中にネット注文でピザの予約
帰りにドミノピザで!受け取り
行動に移すハードルが低くなりました!
18時前には子供たちと私は
わいわい言いながら
もうピザを食べ始めていました
その後習い事の送迎をしてから
父と和やかに話しながら
父のごはんの用意をしました
といっても温めるとお粥を作るの
2行程だけですがね
お腹いっぱいで満たされてるし
子供にも先に食べさせてるので
心に余裕のある私
洗い物も少なく済んだし
父も美味しい!と喜んで食べてた
もし
絶対大変!絶対できない!
と思って夕飯をピザにしなかったら
息子に「ママの意地悪〜!」とか
言われながら
「私だって本当は
ピザ食べたかったんだよ!」って思って
イライラしながら夕食作ってたんだと
思います
その情景が目に浮かびます
この世の中に絶対ってことは
ほとんどないと思うのです
絶対とか、どうせとか、決まってるとか
自分がそういう表現をしてて
苦しく感じる時はそれって本当?って
疑う気持ちも大切です!
黒か白かでなくていい
やってみてやっぱり〜とか
失敗したって思ってもいい
そしてこの日みたいに
うまくいったらそれはラッキー
また一つ思い込みが
緩むんですよね
それを手放しちゃうのも自由です
今回の場合、限定的に言うと
ピザテイクアウトしたくなったら
父には別メニューの簡単なものでOK!
私たちが先に食べててもOK!
父のごはん作るのそれからでOK!
って自分に許可してあげれることが
広がりました
もう少し広く捉えると
絶対大変!と捉えていた意識を
緩めることで
大変じゃないかも!と捉え直せて
新しい選択肢が増えた
という経験になったと思うのです
それって、私にとってはすごいこと
自分を縛る思い込みは
どんどん緩めていきたいなと思います
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
久しぶりに息子の話です
その後も
2学期後半は本当よく休んで
みんなより一足お先に冬休みに入った!
みたいな感じだった息子
通知表を見ると2学期20日休んでいました
久しぶりに登校すると
休み時間は溜まったテストを受けるので
全然遊べなかった〜と言ってました
登校した日は放課後も友達が誘いに来て
真っ暗になるまで遊び
また翌日疲れて休む
みたいなことも
あり、なんだかなぁと思う私もいましたが
疲れやすいHSCの息子
そうやって、自分で
トライアンドエラーをしながら
息子にとってのちょうどいいを
見つけていくのに
必要な経験なんですよね
口出しせず見守るのは苦行ですが
普段学校には半袖半ズボンで行くのですが
(HSCの息子は自分の縛りだと言います)
冬休みは一日中フリースのルームウェアで
ぬくぬく、だらだらすごしていました
時々は友達とも遊んでいましたけどね
新学期はどうなるかな〜
また休むのかな、という私の不安から
「時々休むのはいいけど週一回ぐらいに
しようね!」と
言うと、本当に金曜は休んでましたが
2学期のことを思うと
4日いければいいかな〜という感覚の
私がいたりもしますわ
そして今週に入ってからは
花粉が飛び出したせいか
アレルギー体質の息子は
ここ2日頭痛と鼻詰まりがひどく
昨日は3時間目から遅刻
今日は休みと雲行きが怪しくなって
きています
今日息子と話していると、ふと
「学校に行くともう一人のKになる
ねんな〜」と言うんです
私がもう一人ってどんなんなん?って
聞くと
「う〜ん、ありのままのこういうKでなくて
友達に気をつかう感じ」
って言うんですよね
聞きながらカウンセリングしてる時
みたいに気持ちを掘り下げたくなって
しまう私
質問を重ねると
友達の誘いに乗らないと変なヤツって
思われそうで
一人ぼっちになってしまいそう
一人ぼっちになると淋しい
という息子の気持ちが分かりました
一人ぼっちになって淋しい自分に
なるのが嫌だから
それを回避するために
本当は
放課後はゆっくり家で過ごしたいけど
誘われたら遊びに行ったり
授業中や先生の前では真面目な
自分でいようとしたり
家での自由気ままな息子とは
全然違う人に気をつかうもう一人の息子が
いるんですよね
ありのままの自分って息子が表現した
ことにドキッとした私
私も、職場でありのままの自分で
いられるかというと
家とはまた違う私がいるんですよね
以前よりは差は縮まっていますがね
それがいいとか悪いとかではなく
違う自分でいることを選択しているだけ
ただそれだけなんですがね
もう一人の息子の存在を知った私は
それ、苦しいだろうな
気を遣わなくても友達は
いなくならないんだろうけどな
あんなに休んでても誘ってくれる友達に
恵まれているんです
と思いましたが、それと同時に
それって私がどうにかできる
ものではなく
息子は今自分で考えて
そうすることを自分で選択してるんだな
とも思ったんですよね
しんどくても苦しくても
それは息子の気持ちだし
大切な息子の経験
家では
頑固で中々引かないところも
ある息子
淋しがりやでまだまだ甘えん坊の
3年生です
当たり散らされると
も〜私だって無理!ってなってしまいがち
な私でしたが
がんばっている息子の本音に触れて
私の心も緩んできました
そして
応援したいな〜って思ったんです
友達がケンカしているのがしんどくて
途中でそーっと帰ってきたこともあるし
歩くスピードの合わない友達は
横断歩道で逃げてみたり
自分を守ったり、マイペースなところも
ある息子です
私からみると
そんなでこぼこさ加減が不思議で
おもしろくもあるけど
本人にしたら
繊細なに感じ取る力があるだけに
疲れやすくもあるのだと
思います
2年生まではクラスに慣れる
二学期、三学期はほとんど休むことなく
通えていたのですが
成長して感じることが以前より
複雑になってきている分
逆に折り合いがつく部分も
あるのかもしれませんが
疲れやすくもなってるのかも
しれません
言葉で気持ちを表現するのが得意な
息子なので時々は今日のように
ゆっくり話す時間をとりたいな
と思いました
できるだけ休まないで行ってほしいな
という私の気持ちに寄り添いながら
息子を見守りたいと思います
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました

