中1の娘は5歳になる前から 

ピアノを習っています



3月生まれなのに

なぜか身体だけは大きかったけど

とっても恥ずかしがり屋で

おとなしい子でした



そんな娘が

1人で先生のお家に入っていく

後ろ姿を見て

心配しながらも

逞しく感じたことをよく覚えて

います




↓この記事に書いたように特性も

持っている娘



はじめて発達の検査を受けた時

お話してくださった方には



ピアノも楽譜が読めなかったり

難しいことが出てくると思う、と

予言されていたのですが

意外と順調に弾けるようになり

ました



ただ、難しくなってくると

弾けるようになるまでの

癇癪がとてもひどくて



当時

なんとしてもやらせなきゃ


練習しないで行くなんて先生に失礼!

ありえないムキー



とブロックバリバリだった私は


娘と戦いクタクタになってしまっている

時期がありました、もちろん娘の

癇癪もMAXにガーン

一度ではなく何度もそんな時期が

ありました泣



練習しないんやったら辞めさせるよ!

とか脅すようなことも何度も言ったし

心のことを学んで振り返ると



ひどいことをしたな

コントロールでしかなかったな

と思うのです



ピアノの先生はとても優しい方で

練習してなくても、全然怒らないし

娘のこともよく見てくれて



Mちゃんはピアノが好きだし

度胸も根性もあるから

まだまだ上手になりますよ♪



と言ってくださる方おねがい



娘は

この先生のおかげで

この先生だったから

ピアノのこと好きなままで

中学生になれたんだな

と思うし、私は先生には感謝の気持ち

でいっぱいなんですよね




私が子供の頃もピアノを習っていました

宿題はそれなりに練習して

仕上げていっていたので

今の娘より進みは早かったです



でも自分の中で

ピアノが弾ける、ピアノが得意、という

感覚が全くなくて

何よりも自信がなかったなぁと

思うのです



大人になった私が思うのは

大切なのは

難しい曲が弾けるか、よく練習するか

よりも好きでいることだなぁって

思います

そこには自信がついてくるんですよね




娘は今年の音コンで伴奏をしたのが

とっても楽しかったから来年も

絶対やる!って気持ちを感じたり



部活の先輩がストリートピアノで

弾いていたのがめちゃくちゃ上手だった

のに衝撃を受けて


私ももっと上手になりたい

練習が足りない!という気づきを

得たことから



最近は

よくピアノを弾いています

間違えたら最初っから弾くチャレンジ

(私もよくやってたな笑)

で自分を追い込んでみたり、楽しそう



自分で必要だと感じたことって 

行動につながるんですよね飛び出すハート


娘のピアノ人生において


コントロールバリバリな母は

マイナスのエネルギーを与える存在

だったけど脅されながら練習したり

嫌な時も続けるしかなかったから

(書いてて恐ろしいですが泣き笑い)

今の娘がいます



いいところを見てくれる

無理強いしない先生は

娘にとってプラスのエルネギーを

与えてくれる存在でピアノが楽しいもの

音楽が楽しいものだと感じられたから

今の娘がいます



そして1番大切なのは

そのエネルギーを受けたのが

唯一無二の娘だったから

今の娘がいる飛び出すハート



人が影響を受けるのは

プラスの出来事だけでなく

マイナスの出来事もなくては

なりません



陰と陽どちらも大切で

どちらも揃って人は成長したり

個性を伸ばしていったりするのだと

思います



そして

今の私はピアノに関しては

娘をコントロールしようとする気持ちは

全くありません

辞めたいと言ったら受け入れることも

できそうです



そのコントロールは

娘が小さい間は

上手になってほしい


諦めない心を作らなきゃ


練習させなきゃお月謝がもったいない


先生にも認められたい、認められる娘に

しなきゃ


(先生はありのまま認めてくれる人

だったけど私がそうでなかったから

そう思ってたんですてへぺろ)


と、書き並べるだけでも圧を感じる

ものではありますが

これも、私なりの娘への愛情だったん

ですよね

ちゃんとしたピアノのできる子に

しなければいけないと思っていたので真顔



中学生になりしっかりしてきた娘には

もう必要のないものだと、今の私は

心から思っています飛び出すハート



その時々に必要な経験がある

どんな経験も無駄にはならないし

例えそれがマイナスに働くものであっても

過去の自分の感情は大切な感情だなぁ

とも思うのです



そうやってジャッジすることなく

まるっと受け入れちゃうと

後悔することが減って

楽になりますよ飛び出すハート



今日は娘とピアノと毒母だった

私の話でした

(今は娘とピアノだと思ってますよ笑)



今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたニコニコ






父が退院して1ヶ月半くらい経ちました



退院の日の記事です指差し


退院したばかりの頃は

ごはん以外はほぼベッドで寝ていた父

でしたが、今は日中はリビングで座って

すごすようになったし

 クロスワードの雑誌買ってきたら

 一日中やっちゃうし、タブレットで

 ナンプレみたいのずっと、やっていますウインク



週3回の訪問リハビリもがんばっています



食事は朝夕は私が用意するけど

私が仕事の日のお昼は

レンジでチンしたり

うどんくらいなら自分で作ることも



トイレも自分で行けるので

排泄のお世話は必要ないし

服薬の管理も自分でできている父



私のしていることは


週に2回のシャワー浴の介助


◯食事の用意が1人分増えたこと


◯通院の介助



くらいなんですよね



これって父と同居は

しているけど介護と呼ぶほどでは

ないかもしれないな、という気持ちが

あったんです

父、要介護2なのですがね(笑)



でも

それとは裏腹になんだか忙しくて

毎日、仕事から帰ったらやることも

多くて、ずっと休まらない感覚が

あったんです



家族が1人増えただけなのに

大したことはしてないはずなのに

なんかしんどいショボーン



そして通常の子供たちの母親としての

役割がやりたいようにやれない

やる余裕のない私がいたんですよね



もっとできる

これぐらいできなきゃ

これぐらいできるはず



無意識のうちに自分への期待値が

高くなっていたし

期待に応えなきゃと思っていた私

そんな私に響いた言葉がありました




ダブルケアラーの「ケア」って?


ダブルケアラーは

子育てと親の介護を同時にやっている人

のことを言いますよね



この言葉は知っていたけど

知っていたけど

父は寝たきりではないし

介護という介護はやっていないし



子供も小3と中1でめちゃくちゃ

手のかかる年でもないし



これは岩佐まりさんのように

私よりもっと大変な人の

ことを言うんだ、と



自分をそこに当てはめるのを

おこがましく感じている私がいました



ダブルケアのケアって

排泄のことや認知症の方の介護まで

含めた大変なことっていう

イメージがあったんですよね



でも

ダブルケアのケアは

「気にかけること」なんですよ


と書かれている方がいらっしゃって

それを見た私は

ものすごく腑に落ちたんです




「気にかける」なら私ものすごく

していると自覚がありましたからね



咳をしていたり、しんどそうにしていると

体調は大丈夫かな?と気になり

気にかけていたし



誤嚥してる可能性も高いと

呼吸器内科の医師から

言われているので

食事はこれで大丈夫かな?

むせてないかな、食べにくくないかな?

好みにあってたかな?



などとものすごく気になり

気にかけていました



そして

父が淋しくないかな?

居づらくないかな?

困ってないかな?

と、父が不自由をしていないかも

とても気になり、気にかけていました




これだけ気になること、気にかけること

があるのって、大変なことだし

私のエネルギーがここに多量に

注がれていたんだなと気づくと



私のしていることって

十分に「ケア」だし、私自身が

ダブルケアラーの私を認めて

あげなくちゃ、労ってあげなきゃ

って思ったんですよね



そして

「名のない家事」と同じように

「名のない介護」をやってる私も

もっと認めてあげよう!と思いました



例えば


訪問リハビリに来てもらう日は

散らかった家を片付ける



ごはんの献立に苦労する

時には父だけ別メニューを作る



食後に父には熱いお茶を出す

薬の水も出す



歯磨きした後のガーグルベースンを

片付ける




一つ一つは些細なことも多いですが

私にとっては今までしてなかったことが

一日の中でいくつも増えています



できなくはないけど

これを当たり前、大したことない、と

思いながらやっているのは

気づかないうちに

自分をとても苦しめていたのだと

思います



もっと大変な人がいるから

私ぐらいで弱音を吐いたらいけない

って、思うのは自分にすごく意地悪だし

誰のためにもなりませんよね



そして、自分がそう扱っていると

周りの人からもそう扱われる、という

現実を引き寄せてしまうことにも

なります



ダブルケアラーな私

めちゃくちゃがんばってる私



を私自身が認めてあげよう、労ってあげよう

人に頼ることにOK出してあげよう



そう感じたというお話でしたラブラブ



今日はそんな父の80歳の誕生日です飛び出すハート

何かやってあげなきゃ!という気持ち

が出てきそうになるのですが

気負わず父の好きなお刺身でも

買ってこようかな、と思っています




今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたニコニコ

このところ胃がキリキリ痛むし

身体がふわふわする感じもあって



何人もの人に「痩せた?」って

聞かれるけど、要はやつれ感が

出ていたようです泣



分かってる

色々と無理をしていること

でもまだ大丈夫だと思ってた



今日は仕事で休憩中に

職場の人から

心配されて、共感してもらい

優しい言葉をかけてもらっていたら



張り詰めていたものが

プチんと切れて、涙腺が緩み

涙が出てきました



存分に共感してもらい

私には見えていなかった

(見えないフリしてたの方が近いかも)

選択肢も示してもらえて


なんなら感情移入して泣いてくれる

人もいて

 



暖かくて

ありがたくて



私こんなに我慢してたし

こんなにしんどかったんだ

とようやく

自分に寄り添えた感じがすると

また涙が止まらなくなりました



休憩が終わっても

みぞおちが鈍く締めつけられる体感

と共に私今日は無理かもしれないな

という自分を保てそうにない感覚が

残っていました



一旦緩んだ私の涙腺は

気を抜くとすぐにまた緩んで

しまい真っ赤で潤んだ目のまま



これは仕事にならないと思い

早退させてもらいました



帰りの車の中でもまた泣いて

家に着いてもまた泣いて

ベッドで休んで起きて

また泣いて



夕方には顔貌が変わるくらい

腫れて赤くなったまぶたになって

いました



でもね、泣きながらも

今、限界な私の気持ちだということを

関係する人にLINEで伝えた

怖かったけど行動はしたんです



もう限界だよという身体からの

メッセージが来ていたのに

騙し騙しすごしてしまっていたこと



自分では我慢していた感情を

周りの人に助けてもらってやっと

感じることができたこと



私の私への気遣いが足りなかったな

と反省もしつつ

友達に聞いてもらいたくて

メッセージしたら



素敵だよ、自分を大切にできて



職場の人に話せたこと

早退できたこと

限界な気持ちを伝えたこと



を肯定してもらえて

私の反省していた気持ちが

自分への感謝にぐるんと変わったんです



自分で気づいて寄り添うことは

もちろん素晴らしいし

それができれば最強です



でも

人に話して共感してもらったり

アドバイスもらったり

助けてもらったり

頼ってもいいんですよね



自分の

困ってる、苦しい、辛い

そんなマイナスの気持ちを

外に出して信頼できる人に

伝えることも自分を助けることであり

大切にすることでもあるんだな

と気づかせてもらいました



そして

忙しい時間に早退して迷惑をかけて

しまうな、という気持ちもあったけど



これ以上働くのは無理だなと

自分を守る気持ちの方が強かったし

職場の人たちに甘えても大丈夫という

信頼感、安心感もあったのだと思います



一年分くらい泣き切った

ジメジメした一日だったと思って

いたけど、こうやって書いてみると



支えてくれる人たちがいて

その人たちを信頼して

受け取ることができたからこそ



どっぷりと限界な自分を感じること

ができる時間をもらえたんだな

と感じるし



泣き切ったら



バレンタインの友チョコが届くたびに

めちゃくちゃ美味しそうに

すぐ食べちゃう娘を見て

おもしろくて

可愛くて笑えちゃうニコニコ

私も戻ってきました飛び出すハート



テイクアウトしたお寿司も美味しかったし

久しぶりにブログも書けたし


なんだか

いい一日だった気すらしてくるから

不思議ニコニコ


お騒がせした私の周りの人たちに

感謝しながら眠りにつきたいと

思いますふとん1



今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたニコニコ