大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -69ページ目
最近、寝る前にベッドに入ってから
息子とよく話します
春休み中でちょっと遅くなっても
大丈夫!と気持ちも緩んでいるので
取り留めのない話をポツポツと
でも、ずーっとしてるうちに
あれっ、間が長いなと気づいて
息子の方を見ると
もう、スースーと寝息をたてて
寝てる
という毎日です
そんな会話の中での息子の表現が
おもしろかったり
時にとっても核心をついたことだったり
私の心が反応することがあります
一昨日の夜の会話です
息子が唐突に
「おじいちゃんになったらさ
いいこととかなくなるから
お笑いとかいい仕事やと思うで」って。
そうだね、いいよね。って返すと
「ママはKがKちゃんピース!って
やったら絶対笑顔になるねん!」
と息子が言いました
確かに息子最近それよくやってくる
満面の笑みと決めポーズのピースで
確かに私、毎回笑っちゃうよ
私を笑わそうとしてくれてたんだ
ってほっこりしていたら
息子が自作の歌をのりのりで
歌い始めました
よく歌作って歌うんです
♪笑顔を忘れちゃダメダメ
気分を上げようアゲアゲー
さー気分を上げていくのさー♪
これを何回もリピートする
ゲラゲラ2人で笑ってその日は
寝ました
今入院中の私の父
息子はそのおじいちゃんを見て
膝が痛くて立つのも一苦労
動くとしんどい、歩くのもしんどそう
なんなら食べるのもしんどそう
時間つぶしのクロスワードを一日中
やっている、それもしんどそう
仲の良かったおばあちゃんも
認知症で施設に入ってしまったし
「もう悪いとこばっかりやし、
いよいよ死ぬの待ってるような
もんやな」って言ったりもする
そんなおじいちゃんのことを
何もいいことがなさそうって
思っていたんだなって
息子にとってはイコール
お年寄りになるとみんなおじいちゃん
のようにいいことがなくなるんだ
と捉えているのだと思います
そしてそんなおじいちゃんたちに
笑顔でいてほしいなって感じていて
人を笑わすことのできる芸人さん
のことをすごい!っていうところに
繋がったのですよね
そこまで感じて考えていたんだなって
HSC恐るべし!
おじいちゃんを見てどう感じるかは
息子の自由だし
そこから何を考えていくかも
もちろん息子の自由です
「おじいちゃんになったら
何も楽しいことなくなるから
今のうちにいっぱい楽しいこと
しとかないと!」
って言っていたこともありました
息子がおじいちゃんと同じ家で
すごした2ヶ月ちょっと
でインストールされた
高齢者のイメージはそんな
感じなんですよね
私の職場の患者さんを見てると
80代で病気があっても
元気で好きなことをして
楽しんでいる方もたくさん
いらっしゃいます
なので私の高齢者のイメージは
個人差がめちゃくちゃ大きいという
感じでひとくくりにできないな
といった感じ
歳を重ねることで失うものも
もちろんあるし
生きてきた中で積み重ねてきた
豊かさかもある
どっちが正解とかではなく
どっちも正解だなと思うのです
息子は
「Kは動けるおじいちゃんになる!」と
も言っていて
家の中で無駄な動き(不用意に飛んだり
跳ねたり、走ったりのことをわが家では
そう言います)を増やしたりも
しています
そうやって今から体力をつけて
動ける元気なおじいちゃんを目指して
いるのですよね
私が子供の頃は
自分がどんなお年寄りになりたいのか
なんて考えたこともなかったので
そういう長期的な目線も持っている
息子の達観した感じと
お笑い芸人🟰人を楽しませる
っていう短絡的な感じとか
歌作って楽しませるとか
ギャップが楽しくもあります
この偏った感じ
そういうのがおもしろい個性になるの
だなぁとも
こうやって人は
自分に起きたことを
自分の感じ方で捉えて
自分の中の価値観を作っていくのだな
と息子をみて改めて体感しました
そして
息子の話を聞いて私も
動けるおばあちゃんになりたいし
息子にKちゃんピース!ってして
もらわなくても笑顔でいれる
大人でありたいな、とも思いました
家ではついつい
疲れたー、あーしんど!とか
言いがちな私
息子の歌のように
笑顔でいることを忘れがち
なのでね
なんだかまとまらない話でしたが
最近感じたことでした
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
息子がくもんを辞めた区切りで
息子とくもんのことを振り返っています
よかったらお付き合いください♪
ここからの続きです↓
いい時も悪い時りながら宿題プリント
毎日20枚→10枚→8枚と減りながらも
やってきた息子
やっぱり計算は得意で
中1レベルのH教材までやってきました
難しいけど、コツが分かるとできる
というのが息子の受け取り方でしたが
ここまでくると
「こんな難しいのなんでやらなあかんの?」
とも度々聞いてきました
私もはじめは
先生がJフレンズになれるって言ってたよー
とか
得意なこともっと伸ばしたらいいよー
とか
言っていましたがそれってどっちも
私の希望であって息子の希望では
全くないのですよね
ここから先に進むことは
息子にとってできないことではないけど
したいこと、やりたいことではないのだな
と思ったし、逆に言うとそういった
興味や好奇心、向上心といったものが
ないのならこれより先に進むことは
できないだろうな
国語も算数と比べるとゆっくり進度では
あったけど小6レベルのG教材まで進み
こちらもこれ以上は難しそう
という息子の限界ラインになってきたな
という感じ
二巡目になると記憶してしまってる
ところがあるのでやりやすくなる
ようですが
一巡目は読む力がもう追いついていない
という感じで
大分難儀しているし
文章も難しいので集中力が必要なのですが
テレビを見ながら寝転んでやってる
ので全く集中力なし
2月になってくもんと引き換えに
ゲームができるという我が家の
ルールを撤廃したことで
尚更宿題もやらなくなりました
教室でも
分からなくても先生に聞きに行かない
ので
お直しに時間がかかって3時間くらい
教室にいる息子
先生と相談して
新しいところは自宅でする
宿題の答え合わせは自宅でする
という方法を取るようになりました
がそうなると家でやる分量がとっても
増えるし
答え合わせをするところ
までが母の仕事
という感じがして
しまい
息子が宿題しないと私の仕事が
終わらない
できないから、やって!と息子に
圧をかける、しつこく言う
マイナスエルネギーを受けた息子は
余計にやらない
という負のスパイラルになって
しまったんです
息子も私もストレスでしかないという
最悪の状態
「国語も算数もどっちもやりたい!」って
言っていた好奇心いっぱいだった5歳の
息子はもうここにはいなくて
ゲームをやるための手段としてくもんを
やっていた息子は
ゲームが自由にできるようになると
今やる必要のない難しい勉強をやる
価値を感じなくなった
というわけです
こう書いてしまうと
私のコントロールでなんとかここまで
引っ張ってきたな、とも感じてしまう
のですが息子にもメリットはありました
計算がめちゃくちゃ早くなりました
授業で100マス計算をやったら敵なし!
2位に大差をつけてるのに甘んじず
タイムを伸ばして自分と闘える子に
なりました
これは息子の自信になってるし
学校よく休むけど算数が分からなく
なることがないので助かっています
息子も
「くもんのおかげなところもある
からやっててよかった」
と言っています
も、とあるのは今のところの自己評価か
「頭いいKくん」だからだそう
国語も文章を読む機会にはなっていたので
読解力や文章力も身についたと思います
計算と同じく漢字も先取りができていた
ので学校休んでも分からなくはならない
というのはありました
小学校終わるまでの国、算
学校でやる分と比較すると足りない
ところももちろんあるけど
息子の性質から、今後も不登校や五月雨登校
の時期があるのは予測できるので
くもんでの貯金があるのはありがたい、と
思うのです
学校での勉強にかかわらず
こういう小学生レベルの
計算力や読解力って生きていくために
必要なツールでもあるとも
私は思いますしね
総じて
くもんでの学習が息子にとっては
自信になったし、先取り学習が
学校休んだ時に困らない貯金になって
いたということだと思うのです
コントロールもいっぱいしたけど
私が息子に学んでほしかったことは
身についた
コントロールはお互い苦しいけど
悪ではなくって私の息子への愛情
でした
でも、もう必要ないのでここで手放せて
心からすっきりしています
スイミングもくもんも辞めて
習い事ゼロになった息子
次に何かするとしたら
本人が自分でやりたいことが
できた時でしょう
まぁ何も言ってこない可能性も
高い
時間的にもエネルギーの注ぎ方にも
少し余白ができると思うので
過ごし方が変わってくるかな
息子がどんな選択をしていくのか
見守りたいと思います
私も息子のくもんにエネルギー
使っていたので生まれた余白で
自分を満たすことしたいと
思います
長くなりましたが3回にわたって
息子のくもんのこと書いてみました
私にとって大切な健忘録となりました
お付き合いくださった方
ありがとうございました
息子とくもんの続き
息子がくもんを辞めた区切りで
息子とくもんのことを振り返っています
よかったらお付き合いください♪
息子がくもんを始めた頃
教室の先生は超ベテランの
おばあちゃん先生でした
背筋がしゃん!とされていて
もちろん頭もキレキレ✨
厳しくも優しい
古き良き時代の先生という感じの
ステキな方でした
HSC気質の息子なので
はじめはたくさんの子供達が
勉強している教室に入ることが
難しく
体験➕2、3回は私が横に座って
いました
次第に途中で抜けたり
1人で行ける日もあったりと
なってはきましたが
教室の前で
ついてきてほしい息子vs1人でがんばって
ほしい母 とバトルになることも
見兼ねたおばあちゃん先生が
ぐずぐず言っている息子の手を
引っ張って
「お母さん困ってるやん!甘えてないで
行くよ!」と
グイグイ教室の中へ連れて行って
くれたこともありました
恐る恐る迎えに行くと
息子はカラッとしていて「楽しかった
」
と言うんです
それを見た私はびっくりもしましたが
息子は大丈夫なんだなー
この子のこと信頼して先生は
お尻を押してくれたんだな〜と
暖かい気持ちになりましたし
子供のことを信じることの大切さを
教えていただきました
日々こうやって、息子の難しさに
付き合っていた私だったので
困っている私を助けてくれる人が
いた!と心強く嬉しく感じたことも
思い出されました
それでもどうにも行きたくない日も
あったりで、その時は「体調が悪いので
家でさせます」と教材を持ち帰らせてもら
うこともありましたが、先生には
全部お見通しだっただろうなとも
思います
くもんを始めた冬に身近で流行し始めた
コロナに罹りました
保育園でもはじめて、くもんの教室でも
はじめてという状況で、続けて娘も罹った
ので結局20日程自宅での隔離生活と
なりました
先生におやすみの連絡をすると
「あら、まぁそうですか」と
驚かれていましたが、その後
大量の教材と私物の英語の教材、
お手紙をレターパックで送って
くださいました
まだ同居家族も外に出づらい頃
だったのでとても助かって
息子は隔離期間中にも学習させて
もらえたし何故か逆上がりと二重とび
もできるようになるという成長を
遂げて隔離期間を終えました
その先生からは息子のことを
「頭はちょっといい方だけど
苦労はすると思うよ!でも大丈夫!」
という言葉をかけていただいたことが
あったのですが、小3を終えた今
本当にその通りだなぁと思う私が
います
後任の先生もとても良い方で
ただ勉強を見るのではなくて
子供の個性も見てもらえている
安心感があったので先生方には
本当に感謝の気持ちです
くもんと息子について
もう少し書きたいので次に続きます
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました

