前回からの続きです


今回、年末に退院して私の家ですごしていた

父を見ていて私は悲壮感を強めていきました



父の体力は大分落ちている


何をしてもしんどそう


もう一人暮らしをするのは無理なのでは


父のごはんの用意が大変、これがずっと

続くのはしんどすぎる


外食や外出するのに罪悪感がちらつく


息子のことも気になるのに

十分にケアしてあげれない


私にばっかり頼らないで!

でも私がするしかない



実際にリアルタイムで感じていることから


想像、妄想で感じていることまで



とにかく毎日が負の感情でいっぱい

で、どんどん消耗していきました



そんな中、2月の末に心不全になり、


3月のはじめに転院


転院先で父が過ごしている間

私は退院してからのことを考えていました



施設に入ってほしいって言いづらいな



でもこのままわが家で世話を続けるのは

私の身が持ちそうにない



妹や弟は私がいいようにしたらいいと

決めてくれない

姉がメインでやっているところを決めるの

なんてとてもハードルの高いことなのです

よね泣



私ばっかり決めないといけない



私にばっかり責任がのしかかる



私ばっかり大変!



そんな風に私ばっかりとの気持ちが

渦巻いて八方塞がりのように

感じてしまっていました




面会に行くと

「こんなとこにいても元気にならへんで。

 いつ退院できるか先生に聞いて。

 早く帰れないかな?」という父に



希望すればいつでも退院できるんだけどな

と思いながらも


「要介護に戻らないと難しいから、

 それが出るまではここにいよう!」


とかわしてきました



もうどうしていいか分からないと

向き合うエネルギーも出さずにいた時に


UMIの同期にカウンセリングしてもらい

ました



その中で


父の介護をやりたい自分と

もうできないと思っている私がいる



そしてもうできないと思っていることに

対して罪悪感を感じたり

自分の存在価値がないと感じていることを


整理してもらいました



そして

私がもうできないと思っていることを

父がどう感じるかは父が決めることだし



私は父のことに対して責任を背負い

すぎてるということに気づかせてもらい

ました



でも、どこかでまだ

父が、あんたにお任せ、いいようにして!

というのだから私が決めるしかないよな



責任を負いすぎている自覚もあるけど

責任を私が負うしかないんだよな



とそれ以外の選択肢が現実的には見えて

こない、見ようとしない私がいました




そんな鬱々としたある日、面会に行った時


「自分の家に帰るわ。

 あんたんとこにいても気もつかうし

 やることがなくて暇やしな。

 あかんかな?」



と父が言うのです



あれっ?!

父は帰りたいって自分の意思があったんだ


いや?これって前からずっと言ってたこと

かもしれない

 


と私はハッとしました



そして

父が自分の家に帰りたい、と言うのを

聞いて反射的に



それは無理、できるはずない

1人は危険!



そう返していた私に対して、父の


「あんたにお任せや、好きなようにして」

という言葉があったのです



ジャッジして父の発言を

なかったものにして




依存的な父、私にばっかり

決めさせる、と捉えていたのは

私の自作自演だったと気づきました




そして

その根底には



父の役に立つこと、世話をすることで

自分の不足感、欠乏感を埋めようとする

私の意識



それとは逆に

父を依存的な人物に設定することで

被害者として苦しみ


「誰も私を助けてくれない」という


思い込みを強めようとする私の意識




この矛盾した2つの意識の中で

私を苦しめていたのは

紛れもなく私自身でした



そしてこの二つの意識は潜在意識であり

私の本心ですらなかったので



父の意思がちゃんとあると受け取れると



私ががんばらなくて大丈夫なんだ



父の今後は父に自分で選択して貰えば

よかったんだ、大丈夫なんだ



ととてもホッとしました




もうちょっと書きたいので

次に続きます



重たい話に軽さを♪

 

チャットGTPに家族の写真をジブリ風に

してもらいました

大体大人(手前)は若すぎる爆笑


夫はこんな爽やかあっさり系でないし

私の絵は娘の実物によく似てるニコニコ

息子はまずまずそんな感じ、といったところ



チャットGTPおもしろいですね飛び出すハート



今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたニコニコ

私の80歳の父が昨日6ヶ月ぶりに

自分の家に戻りました



昨年の11月末に膿胸で

入院してから退院後は私の家で過ごし


そこから2月の中頃に今度は心不全で

入院


その間に介護認定の更新時期が重なり

まさかの要介護2→要支援2と下がる結果



変更申請をかけてもらい無事元の要介護2

の認定が出たため4月末に退院しました



長年手足が浮腫んでいて深部静脈血栓症や

リウマチの既往もあったので改善は

ないものと思っていましたが



今回の入院で治療してもらったら

すっかりと浮腫もとれて本当に久々に

スッキリした足になりました



でも心機能はかなり落ちているし

リウマチによる関節の痛みに加えて

筋力低下も甚だしく


立ち上がりに時間がかかるし

少し動くと息切れはすし



「あーしんどい。辛い辛い人生やわ」と

口癖のように言っている状況で

すっかり元気というわけではなく



言い方は悪いですが

これくらいにしか元気にならないのだろうな

という感じです

 入院中に撮ってもらったCTでは

 全身の動脈硬化がかなり進んでおり

 脳もそれなりには萎縮してるよう

 かなりひどい蓄膿もあるとのことでした



自分でトイレまで歩けて

3食しっかり食べられる

認知機能はそれなりに保ててる

(私より記憶力はいいです笑)



私の家にいても気をつかうし

自分の家でゆっくり好きなことをして

暮らしたいという父の希望もあり



自宅に帰る準備が整ったら

早めに帰ろう!と計画しました



前回の退院後は初めてのことでもあり

私はかなり疲弊してしまいました



同時期に当時小3だった息子も

学校を休みがちになったのですが



今考えると私も息子も

しんどい、辛い、何もいいことない、

などと息をするように言っている

辛そうな父のマイナスを


受け取りすぎていたのだと思います



もちろん父がしんどいのは事実で

それを言葉にして出したり

態度に出したりするのは父の自由です



私も息子もHSP気質で人より敏感に

感じとってしまうところがあることに

加えて



私には人の感情にまで責任を持とうと

してしまう癖があります



なので

無意識ですが父の言動が

とても気になってしまい


私がもっとこうしたらいいかも

私がこうしたらよかったんだ、などと



父の言動の原因が自分にあるかのように

捉えてしまい



父のことをどうにかしてあげないと

父の機嫌をとってあげないと、という

意識が働いてしまっていたのです



ともすれば父に尽くしているようですが

これは機嫌よくいてよね!という

コントロールの意識でもあり

父にとっては不快感も伴うものになります



実際、ありがとうとは言ってくれるけど

鬱陶しがられることもあり



私はより父の言動に目を配る→消耗する

という負のループが成り立っていた

んですよね



渦中にいた時は忙しすぎるのが

原因だと思っていたけど 



今考えると、体力的なことより

この精神的な消耗の方が辛かった

こんなに私は父の感情に責任を持とうと

していたのだ、ということに気づきました



本当は父の感情は父のもの


父がどんなことを言おうと、思おうと

それは父の自由で


私がどうにかできるものではないの

ですよね



このあたりの境界線の薄さは自覚して

いるのですがリアルタイムでは

気づかないものです



ちなみに息子は父を見て

「おじいちゃんになったら何にも

 楽しいことないから、今のうちに

 楽しいことしとかなあかん!」と 



捉えたようで

とても偏った捉え方ではあるけど

こういうのが人の個性を作っていんだな

とおもしろくも思いました笑い泣き



長くなりそうなので続きは次にしますね



今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたニコニコ

数日前から喉のイガイガ

熱は出ないのですが、鼻もつまってくるし

頭痛もしてくる絶望



黄砂や花粉の影響かなと様子を見ていました




これ、私にとっては

毎年この時期のあるある症状なんです泣



元々ひどい花粉症で春が大嫌いだったの

ですが、ここ数年は症状も軽くなって



このまま花粉シーズンを乗り切れるかも!



と期待した最後の最後で急に症状が

強まって副鼻腔炎になってしまう、という

パターンが多かったのです



なので

例年にもれず今年もやってきたガーンという

感じで予測範囲内のことだったのです



喉の段階でやっつけたい!と思い


殺菌効果のある梅酢でうがいをしてみたり


飲むアーユルベーダと言われてる

サマハンを飲んでみたり


 ↓サマハンここにも登場してます♪『今日は何を飲もうかな』季節が進んでカラッとした空気が気持ちいいそして朝晩ひんやりするようになってきました途端足先の冷えも始まりました夏も冷たいもの控えたり いやいや結構食べてたな冷…リンクameblo.jp



私の知ってる古今東西の喉痛対策を施し



鼻詰まりにはダメもとで

ゆるめるケアでリンパケアをしてみると

どうにも詰まっていた鼻が

すーっととおりました爆笑



持続性があるかというと一時的なもの

ではあるのですが

頭痛も少し和らぐし、ひと時でも鼻が

通るのってすごく気持ちがよくて



私の場合、副鼻腔炎の頭痛が

ガンガンにきている時って鎮痛剤も

ほとんど効かないんです



でもちょっと緩んだところで鎮痛剤を

飲んでみると、そこそこ効きましたおねがい



そこからズルズルの鼻水、咳まで

出て、やっと今咳も治りつつあります



こう書くと結局は熱こそ出ないものの

フルコース経験することになり



この嫌な症状を食い止められなかった

とも受け取れるのですが

私にとっては全然違ったんです



これまでは

この頭痛がどうにも取れなくて

耳鼻科に駆け込んでがっつりと抗生剤を

出してもらってました



私は副鼻腔炎がひどくなると

喉に鼻水が流れ込む後鼻漏の症状も酷く

なるので、喉の痛みや咳も併発します



ひどい時は咳が長引いてしまい

咳喘息になり、あまりの咳に肋骨が3本

折れたこともあったんです泣



そして

私はこの時期副鼻腔炎になる


私の咳はしつこいから長引く



という風に当たり前に

思い込んでいたところがありました



なのでその症状が出てきた時には

仕方ないことだと受け入れていました



でも体の声を聞いてその時に応じた

手当をしてあげたり



無理せず家事や仕事を休んだり

手を抜いたりすることで

 しんどい時はごはんは買ってきたし

 仕事は80%くらいの力でやりました


症状を和らげたり、軽く済ませたり

することってできるんですよね



私のように苦手な季節があったり

疲れが溜まることだって誰にでも

あることだと思います



そんな時に自分の体調を敏感に感じて

あげることってとても大切なこと



いつもと少し違うな、という違和感の

段階で身体の声をキャッチしてあげれる

といいですよね



とはいえ、過去の私が肋骨を折ってまで

がんばっていたのも責めることでは

ないと思うのです



その時は自分の身体の声に耳を傾ける

だけの余裕がなかったのだと思うし



それだけ小さかった子供たちの世話を

一生懸命していたし

それが当時の私が自分の身体以上に

大切で守りたかったものだったんですよね



そんな、私に対して身体が身を持って

もっと自分のことを大切にしてね!

してもいいんだよ!

とお知らせをくれていたのだとも思います



当時はそんな声もスルーしてしまったの

ですが今になってそういうことだったん

だな、と腑に落ちます



40代半ば

まだまだ元気ではあるけど無理がきかなく

なってきている感じはします



これからは自分の身体の声に敏感に

身体と相談しながらすごしていきたいし



自分の身体を整えることを第一に

考えれるようになりたいなと思います



元気な身体は

こころも元気にしてくれるし


自分が元気であれば

自分のためにも、人のためにも動くこと

ができます



そんなことを感じ

8割くらいまで回復してきた身体と

ゆっくりすごす連休中の日曜日です

 仕事がら私は全然連休ではないのですが笑い泣き



みなさん、よい連休をお過ごしくださいね




今日も最後までお読みくださり

ありがとうございますニコニコ