私の80歳の父が昨日6ヶ月ぶりに

自分の家に戻りました



昨年の11月末に膿胸で

入院してから退院後は私の家で過ごし


そこから2月の中頃に今度は心不全で

入院


その間に介護認定の更新時期が重なり

まさかの要介護2→要支援2と下がる結果



変更申請をかけてもらい無事元の要介護2

の認定が出たため4月末に退院しました



長年手足が浮腫んでいて深部静脈血栓症や

リウマチの既往もあったので改善は

ないものと思っていましたが



今回の入院で治療してもらったら

すっかりと浮腫もとれて本当に久々に

スッキリした足になりました



でも心機能はかなり落ちているし

リウマチによる関節の痛みに加えて

筋力低下も甚だしく


立ち上がりに時間がかかるし

少し動くと息切れはすし



「あーしんどい。辛い辛い人生やわ」と

口癖のように言っている状況で

すっかり元気というわけではなく



言い方は悪いですが

これくらいにしか元気にならないのだろうな

という感じです

 入院中に撮ってもらったCTでは

 全身の動脈硬化がかなり進んでおり

 脳もそれなりには萎縮してるよう

 かなりひどい蓄膿もあるとのことでした



自分でトイレまで歩けて

3食しっかり食べられる

認知機能はそれなりに保ててる

(私より記憶力はいいです笑)



私の家にいても気をつかうし

自分の家でゆっくり好きなことをして

暮らしたいという父の希望もあり



自宅に帰る準備が整ったら

早めに帰ろう!と計画しました



前回の退院後は初めてのことでもあり

私はかなり疲弊してしまいました



同時期に当時小3だった息子も

学校を休みがちになったのですが



今考えると私も息子も

しんどい、辛い、何もいいことない、

などと息をするように言っている

辛そうな父のマイナスを


受け取りすぎていたのだと思います



もちろん父がしんどいのは事実で

それを言葉にして出したり

態度に出したりするのは父の自由です



私も息子もHSP気質で人より敏感に

感じとってしまうところがあることに

加えて



私には人の感情にまで責任を持とうと

してしまう癖があります



なので

無意識ですが父の言動が

とても気になってしまい


私がもっとこうしたらいいかも

私がこうしたらよかったんだ、などと



父の言動の原因が自分にあるかのように

捉えてしまい



父のことをどうにかしてあげないと

父の機嫌をとってあげないと、という

意識が働いてしまっていたのです



ともすれば父に尽くしているようですが

これは機嫌よくいてよね!という

コントロールの意識でもあり

父にとっては不快感も伴うものになります



実際、ありがとうとは言ってくれるけど

鬱陶しがられることもあり



私はより父の言動に目を配る→消耗する

という負のループが成り立っていた

んですよね



渦中にいた時は忙しすぎるのが

原因だと思っていたけど 



今考えると、体力的なことより

この精神的な消耗の方が辛かった

こんなに私は父の感情に責任を持とうと

していたのだ、ということに気づきました



本当は父の感情は父のもの


父がどんなことを言おうと、思おうと

それは父の自由で


私がどうにかできるものではないの

ですよね



このあたりの境界線の薄さは自覚して

いるのですがリアルタイムでは

気づかないものです



ちなみに息子は父を見て

「おじいちゃんになったら何にも

 楽しいことないから、今のうちに

 楽しいことしとかなあかん!」と 



捉えたようで

とても偏った捉え方ではあるけど

こういうのが人の個性を作っていんだな

とおもしろくも思いました笑い泣き



長くなりそうなので続きは次にしますね



今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたニコニコ