「何でもいいよ」と言ったのは私なのに

なんだかずっと、モヤモヤしていました。



神戸の海側エリア。

はじめて歩いたけど、

静かで気持ちよくて心が落ち着く

時間となりました。








さて、わが家に新車がやってきて10日ほど。


以前のものより、


一回り大きくなって快適です。




平日は、私の通勤と子供の送迎がメイン


となるので、こんなに長いのいらないん


じゃない?!という気もするのですが、




紆余曲折あって決まった車なので、


十二分に満足しております。




紆余曲折の中身をお話しすると、


今回の車選びはかなり難航したんです。





その原因を振り返ると


私が夫任せにしていたから。




基本的に私は車に詳しくないので、


夫に「よさそうなの見といて」と、


お願いしました。




4人家族だし、私の運転技術的にも、


大きい車は必要ないと希望していたので


夫が選んだ車は、SUV中心でした。




これが試乗してみると、


バンパー部分が長いので、車の先端が


見えなくて怖いのです。




あと、車幅が大きいのも予想以上にネック。


とにかくぶつけそうで。




カッコいいし、乗り心地もいいのですが、


毎日この怖さを感じるのはストレス。


慣れたらどうにかなるのか?


とても悩みました。




それを夫に伝えると、


「何でもいいと言ったから、選んだのに。


 もう調べるのに疲れたから自分で決めて。」


って言われたのです。




私がメインで乗る車なのに、


私中心で考えてくれないのだろう、と


悲しくなりました。




でも、よくよく考えると私も


自分がどんな車に乗りたいのか分かって


いなかったんです。





自分の乗る車なのに、


何でもいいなんて夫に任せて、


選んでくれた車にはダメ出しばかり。





かぐや姫じゃあるまいし、、、って


自分にツッコミです。




試乗を繰り返しているうち少しずつ


気づいたのですが、 


私は安心して運転したかったし、


内装にも好みがあったんです。




自分の好きが分からなければ、


相手に伝えることもできないし、


相手に分かってもらうこともできない


のです。




そこをすっ飛ばして、


「相手が自分の欲しいものを持ってきて


くれるだろう」とか




「そこまで分かってくれるのが愛でしょ」



みたいなことを無意識に期待して


いたのですよね。




これ、私が繰り返しやってしまう


あるあるパターンなのです。




相手がわかってくれないと感じる時に


一番大切なのは、


自分が自分のことを分かって


あげられているのか?


という視点なのです。




自分の気持ちは自分にしか分かりません。


じっくりと、自分が納得いくまで


聞いてあげましょう。




「何でもいい」「分からない」と


言いながら、なぜか相手の対応に


納得がいかないという時は



まだ自分の気持を聞き出せていない


可能性がとても高いですからね。



 

カウンセリングの中でクライアントさんに



「どうしたかったんですか?」


「どうなったらいいと思いますか?」



という質問をすると、



「あれ?私どうしたかったのかな?」


「どうしたいんだろ?」



と実は自分のことが分からないことに


気づかれる方も多いんです。




今の現実が自分の思い通りではないな、


と感じる時は、


「自分の気持をわかってあげる」こと


が足りていないのかもしれません。




自分が、どうしたい、どう在りたい、


ここを明確にしていくと、


自然と選択が自分に優しいものに


なってきます。




それが、自分が自分の一番の味方になり


人生を創っていくということです。




わが家の車選びがどうなったかというと、


「前(バンパー)が短い方がいい」


ここが私の最重要ポイントだと分かり


はじめは除外していた大きめのミニバン


も視野にいれたのです。





長いけど小回りもきくし、緊張せず


試乗できたのが、ステップワゴンでした。




私が納得してこれがいい!と決めたら


夫も異論なく、最後はびっくりするほど


すんなり決まったわが家の車選び


でした。




今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたにっこり

あー、このお姉ちゃん気質もう辞めたい。




そう感じることありませんか?




生まれる順番や兄弟構成って、

 

その人の人格に大きく影響している

 

と思います。

 

 

 

特に第一子の、いわゆる長男、長女気質。

 

 

☑️ 人に頼るのが苦手

 

☑️ 甘えるのが下手

 

☑️ ちゃんとしてない自分を許せない

 

☑️ 感情より責任を優先する

 

☑️ 無意識に「私がやらなきゃ」になる

 

☑️ でも、本当は淋しさを抱えている

 

 

 

私は3人兄弟の一番上なのですが、

 

これ全部当てはまります(笑)

 

 

 

そして、それが私の性格なんだと思って

 

いました。

 


 

でも、実はこれは持って生まれた性格では

 

ないのですよね。

 

 

 


一番上の子って、下の子が生まれるまでは

 

お母さんの愛情を独占できます。

 

 

お母さんの優しい眼差しや、膝の上の特等席を

 

争うことなく自分のものにできるのです。

 

 

 

小さな子供にとって、


あたたかく、安心感のある世界。

 

 

 

そんな中での、下の子の誕生は

 

最大級の環境の変化であり、危機と


なります。

 

 

 

お母さんの愛情が分割されたり、


下の子に奪われるような不安や淋しさが

 

 

赤ちゃん返りや試し行動などの


行動として外側に出る子が多いですね。




その一方で

 

お兄ちゃん・お姉ちゃん化して、いい子に

 

なる子もいます。




役割を背負って生きてきている人は


圧倒的に後者が多いはずです。




これってね、


子供が狭い世界の中で一生懸命に考えた


「生き残るためのやり方」なのです。




いい子になれば、


お母さんに愛してもらえるってね。




その戦略で生きているうちに


頼ったり、甘えたり、ということが


段々と苦手になってきます。



甘え方そのものが、


分からなくなってくるのです。




もちろん、「生き残れない」は


真実ではありません。




下の子が生まれても見捨てられること


なんて本当はない。



お姉ちゃんになったって、かわいい


子供であることには変わりがない


ですからね。




とはいえ、そんな大人の気持ちまでは


想像の追いつかない子供は



お母さんの余裕のなさや、


下の子に向ける愛情を感じとっていく。




長男、長女気質はこうやって静かに


育っていくのだと思います。




お母さんとの関係は、人間関係の基礎と


なるので、学校や職場、友人関係、


夫婦関係に渡るまで影響してきます。




もちろん、それは長所でもあり


人としての成長の糧となるものです。




責任感が強いことや


面倒見がいいことは



人からも評価されやすいですしね。




その一方で、この長男・長女気質が


自分の負担になってくることもあります。




甘えたいのに甘えられない。


人に頼りたいのに頼れない。


ちゃんとしていない自分が許せない。




そんな風に感じることがあるのなら、


「もうその役割手放してもいいよ」


という自分からのお知らせです。




人に甘えてもいいし、頼ってもいい、


ちゃんとしてなくったっていいんです。




もし、職場にそうやってがんばっている


人ががいたら



甘えてくれてもいいのにな、


頼ってくれたら嬉しいのになって


思いませんか?




自分にも、そう感じることを許して


あげてくださいね。




そこに怖さや抵抗を感じるのであれば


それは「お母さんの愛情をもらおう」と


必死にがんばってきた、幼い頃のあなた


の気持ちが心に残っているからです。




過去の私には必要だったけど、


今の私にはもう必要ないな、という


ことが腑に落ちるといいですね。




ぎゅっと緊張しながら


がんばってきた心を緩めて、ほどいて


いくことで、見えてくる新しい自分に


出会うことが人生後半の醍醐味でも


あります。




そう考えると、


長男、長女気質の方のポテンシャルは


無限大だと思ったりもするのです。


ミニオンの三姉妹の長女マーゴ。

この子も愛おしいお姉ちゃん気質です♡




今日も最後までお読みくださり、


ありがとうございましたにっこり


子供が「学校に行きたくない」という時、


理由が分かれば少しは安心できる。



私もずっとそうでした。



二つ前のブログで

 

息子が学校に行きたくない理由(頭痛)が

 

フェイクだったという話をしました。

 

 

 

 

今日はその中で書いた、

 

学校に行きたくない理由を


知りたかったのは、私が安心したかった


から、ということをもう少し詳しく


書いていこうと思います。

 

 

 

息子は小学校入学直後より登校しぶりが


ありました。

 

 

私にとっては、予測もしていなかった事態で、

 

「どうしてうちの子だけ、みんなのように


 学校に行けないんだろう」って、


悲しくて、惨めで。

 

 

 

メンタルがボロボロになり、


息子を支えるどころではなかったのです。

 

 

 

とはいえ、そうこうしているうちに


2ヶ月もすると学校にも慣れて通える


ようになったのです。

 

 

 

2学期、3学期は友達もできて、楽しそうで、

 

この頃の私は、


息子が学校に行きたくなかったのは、

 

「新しい環境に慣れるのが苦手だから」


だと、思っていました。

 

 

 

そして、2年生に進級した時も同じように、

 

はじめの2ヶ月は五月雨登校。

 

 

 

でも、私の不安は1年前とは比べ物に


ならないくらい軽くなっていたのです。

 

 

 

それは、  


「この子は新学期が苦手なタイプだから」

 

と分かっていたし、


慣れれば毎日登校できるようになると


信じていたからです。

 

 

 

こうやって、経験したことのあることは


見通しが立てれるようになる分、


2回目以降は気持ちが


随分楽になるのですよね。

 

 

 

そして、その通りになり、

 

放課後まで充実した2、3学期を送りました。

 


(この頃UMIを学び始めたのですが、


子育ての悩みはほとんどなかったのです。)


 

 

3年生になると、


1月期もあまり休むことなく行ける

 

ようになり、「もう大丈夫」と


思っていたのですが、


 

2学期の後半から、


今度は頭痛を理由に中々行けなく

 

なってしまったのです。

 

 

 

この頃の私は、


息子の「学校に行けない」気持ちよりも、


私が安心できる材料を無意識に探して

 

いたのだと思います。

 

 

 

3時間目から登校するパターンが


多かったのですが、


校門まで送っていけば、


一人で教室まで行ける息子の


ランドセルの背中を見て

 

無性に安心していたことを覚えています。

 



 

この子は大丈夫、  


頭痛が治ればちゃんと行ける子なんだ、


これまた無意識ではありますが、

 

そう自分に言い聞かせていたのですよね。

 

 

 

そして、それは

 

息子の中の頭痛の部分だけピックアップして

 

問題視して、実は息子そのものを見ようとして

 

いない。そんな状況でもあったのです。

 

 

 

そうすれば見たくない自分の気持ちからも

 

逃げることができるので楽だったんですよね。

 

 

 

 

心の学びをしてきたからこそ、

 

「こんなはずではなかった」という思いも

 

どこかにありました。

 

 

 

その現実を直視するのが怖くて、


「大丈夫な母親」でいるために


私は理由を探すことに、


必死になっていたのだとも思います。

 

 

 

裏を返せば、子供たちのために


気丈な母親でいなくては、と思っていた


のですよね。これ愛情です。




でも、今ならわかります。


そうやって無理に作ろうとしていた


大丈夫は私にも、息子にも、余計な


苦しさを残していたのですよね。




そんな不器用な愛情をまずは自分が


認めてあげること。



そして、見ないようにしてきた


自分の弱さや、情けなさ、惨めさ、


そんなネガティブな部分に目を向けること。




そこをちゃんと感じ切ったら、


「息子には今休みが必要」という事実を


シンプルに受け取れるようになりました。




理由探しも、もちろん大切なこと。


だけど、そこはこだわるところでは


ないと思うのです。




大切なのは、子供の気持ち。


それは理由よりも、ずっと重みのあるもの


なのですからね。



今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり