昨日は職場でお世話になった方の


送別会でした。




楽しく、美味しく食べて、飲んで


ほろ酔いで帰っている時に


なぜか、ふと思い出した家族の場面。





小学校低学年くらいかな。


お正月に親戚の集まりに行った時。





ほろ酔いでご機嫌になった父が


「はい、みんな並んで!」って、


家族を並ばせて


挨拶させようとしてる場面。




ニコニコと上機嫌になってる父に、


親戚のおじさんが


「これは娘が嫁に行く時には


 泣くタイプやな〜」


とかヤジを飛ばしたりしてました。





でも、私はなんだかそのよく分からない


状況が楽しくて。




父がニコニコしてるのも嬉しくて。




母も


「もーパパったら〜」みたいな


感じであきれながらも笑ってて。





普段の親戚の集まりでは、


大人の顔をしていた父が


酔っていて上機嫌なのは珍しく、


子供ながらにおもしろかったんです。





子供って、


両親が笑って楽しそうにしている


ただそれだけで安心するものなんですよね。





普段は


親の立場から考えることが多いけど、


子供側の感覚としてふっと思い出された


不思議体験でした。




大人の顔色をうかがいがちだった


子供の頃の私。




こうやって安心できる幸せな時間が


あったことを思い出すと



なんだか、


じんわり温かい気持ちになって


ほろ酔いの帰り道、


そんな幸福感に包まれたのでした。






春の嵐のような一日で、


行く時はザザ降りだった雨も


帰りには上がっていました。





バスから降りて、歩いていると


雨上がりのしっとりとした夜風が


とても気持ちよくて、




「あー、幸せだなぁ」




また、心からそう感じたのでした。





突然思い出した昔の記憶が、


幸せの感度を上げてくれた夜。




なんだかいい時間の帰り道でした。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり




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平日の朝って忙しいものだと


思っていました。





洗濯機まわして、


(簡単なものとはいえ)朝ごはん作って、


水筒とお昼ごはんの準備して、


着替えて、


(これも簡単にとはいえ)メイクして、


洗濯物を干して。





ゴミの日はゴミ捨てという仕事が


増えるし、




子供が学校の日には、


私が家を出るまでに起こして、


ごはんを用意するという任務も。





春休みに入り、


私が出勤する時間になっても子供たちが


まだ寝ていることが増えてきたんです。




はじめは、起こそうとしていたのですが


休みの日なんだから自由にしたらいいと


思って起こすのをやめました。





おにぎりやトーストを


作って置いていってたのですが、




夕方私が帰ると


手付かずのまんまで残ってることが


続いたので、思い切って作るのも


やめてみました。




(お昼ごはんのお弁当は食べてます。)




もし、食べたかったら自分たちで


ごはんやパンをチンするだろうと


思いましたしね。




そうやって、


「やらなきゃ」と当たり前に思っていたこと


をやめてみたんです。




そしたら、朝の時間がゆっくりすごせる


ようになりました。




時間があるから、



髪の毛のセットがゆっくりできる。




ファンデーションと眉毛かくだけ


だったのがチークやリップを使おう


って思える。




朝ごはんに集中できる。

(普段はメイクしながら食べています笑)




空を見上げたり、朝の空気を感じながら


ゴミ捨てにいける。




準備が終わっても5分時間が残る。




些細なことですが、


これだけでバタバタの朝が


優雅な朝にランクアップです。





新学期が始まると、


また元の忙しい朝に戻ると思います。




それは、


子供たちのためにやりたいことだから。





あと数年もしたら、子供たちも成長して


毎朝が春休みのように優雅にすごせる


のかもしれません。





その有限性を感じると


普段はバタバタして嫌だと思っている


子供たちとの忙しい朝が


尊いもののように思えたりもするのです。





束の間の優雅な朝を体験して


そんなことを感じている私です。





新学期が始まるまで、あと少し。


優雅な朝を堪能したいと思います。





今日は最後までお読みくださり、


ありがとうございましたにっこり




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「やりたいことをやってきた人生だった?」




そう聞かれたらあなたはどう答えますか?




実はこれ、


昨日私が息子に聞かれたことです。




正確に言うと、息子は


「ママは自分のやりたいこと


 やってこなかった人生やったんやろ?」


と言いました。




息子は小4なので、


何気なく聞いてきたのかもしれません。




でも、私は心の中を見透かされたような


気がしてドキっとしました。




私の人生を振り返ってみると、


自分が、


「こうしたい」「これがやりたい」と


いうことよりも、




「こうした方がいい」「こうするのが正解」


という方を選ぶことが多かったのです。




判断の基準が自分以外の誰かに


なっていたんです。




だから、悩んで決めたことなのに


後悔したり、これでよかったのかな?と


もやもやが残ることも多かった。




自分の人生なのに、


他人の基準を採用して生きてきたん


です。




今こうして書いていると


不思議な感じがしますが、


これを自然にやっていたんですよね。




どっちを、選んだらお母さんは喜んで


くれるかな、




やりたいけどこんなにお金をつかうのは


よくないかな、




こっちを選んだら、損するかもしれない、




そんな風に自分の外側にある物差しを、


使ってきました。




時にはそんな時があってもいいと思う


のです。




でも、それが無意識に当たり前に


なってしまうと「自分の人生」で


なくなってしまいます。





「私はどうしたいの?」




自分に聞いてあげられていますか?





まずは、


自分の本当の気持ちを


分かってあげることからはじめましょう。




それが、人生の主導権を自分に取り戻す


ための第一歩となります。




息子に


「やりたいことやってこなかった


 人生やったんやろ?」



と言われてドキッとした私も


まだまだ練習中ですから。








今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり