大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -28ページ目
前記事からの続きです。
漠然とした不安を埋めるために
貯蓄に力を注いできた私のことを書いて
きました。
「お金を貯めておけば安心」
「いざという時に困らないように」
そう思って、貯めてきたのですが
ここには落とし穴がありました。
貯めておけば安心と思っていたのですが
それは実は
どこまで貯めれば安心できるのか
分からずずっと不安なままという状態で
安心したくて貯めてるのに
安心できない、そんな矛盾に気づいた
んです。
「まだ安心できない、もっと貯めなきゃ」
という無限ループに陥っていたのです。
これだと貯めても貯めてもずっと
不安なまんま。
私の不安はお金では埋めれないもの
だったんですね。
お金に安心を預けていたけど
本当は自分を信じる安心がほしかったん
だと思います。
その信頼を回復するために、やり始めた
のは日常の私の喜びにエネルギーを
使うことです。
例えば
毎日好きなものを食べること。
これ、簡単そうに見えて難しいのです。
まず、自分が食べたいものが分からない
のです。
冷蔵庫の中を見て「これできそう」という
ものを見つけて作ることは難なくできる
のですが、まっさらなところから考える
のは苦手だと気づきました。
なので、作ってみて「あぁ、正解だった」
と思うこともあれば、そうでないことも。
いつでも美味しく感じてホッとできる
のはみそ汁だな、とか
体に優しいから好きと思って食べてた
ポトフは実はそんなに好きじゃないな、とか。
やってみて、体がどう感じるか
そこに喜びはあるのか
ということを繰り返し実験していて
今も継続中です。
どうやったら私は喜んでくれるんだろう?
って見てあげると、それまで拗ねていた
私が少しずつ緩んでくるんですよね。
そして、そこにお金も使ってあげる。
ちょっと高くても満足できるものを買ったり
試着した服が両方気に入ったら両方とも
買ってあげる。
それは無駄遣いではなくて
自分を喜ばせるための投資ですからね。
お金は使っても、また稼げるので
なくなっても大丈夫。
稼げる自分を信じることができると
使う怖さがなくなり、喜びにフォーカス
できるようになるのです。
そして、忘れていたけど
今までにも振り返ると不思議なこと
もあったんですよ。
UMIの受講料って安くはありません。
正直言って、私にはそんな額払えない!
って思ってました。
貯金はあっても、減るのが不安だったし
家族のことでなく私個人のことに使うことに
罪悪感があったので気になってから
受講を決断までに2期逃しました。
でも、思い切って払ってみたら
別のところからお金が入ってきたんです。
ちょうどその頃職場で
有給休暇の数が5年分足りていなかった
ことが分かったんです。
5日分ずっと足りていなかったので
一部がお金で支給、残りは休みを増やす
ことで還元されることになりました。
その支給額がちょうど受講料の額くらい
だったんですよね。
私にとっては完全なる臨時収入でした。
嬉しいよりも、びっくりする気持ちの方が
強かったことを覚えています。
自分に必要なことにお金を使っても
大丈夫なんだってお金が教えてくれて
るような感じがしましたし
ちゃんと循環してまた戻ってきてくれる
んだ、という安心感を感じました。
でも、こういうのって
本当は使いたくないことに使っている時
には起こらないこと。
自分の欲しい、やりたい、そう言う気持ちに
正直に、自分の喜びのために出す
プラスの意識の時だけについてくる
限定のおまけのようなものです。
そういう時はお金もうまく循環するのです。
お金との付き合い方は人それぞれ。
私のように
貯蓄が苦しさと結びついている
こともあるし、喜びや楽しみと結びついて
いることもあります。
お金を使い切ることに不安を感じる人も
そうでない人もいます。
どういう在り方を望むのか
その答えは人によって違うものだと
思うのです。
お金について何かマイナスのイメージが
ついてくるのであれば
「あなたにとってその在り方
ちょっとズレていますよ」
というお知らせです。
私にとって、お金と向き合うことは
自分のエネルギーや喜びを思い出す
プロセスでした。
あなたにとって
お金はどんなものでしょう?
改めて感じてみると新たな発見や
気づきがあるかもしれませんよ。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
「お金」って聞くと何を感じますか?
お金欲しい!お金稼ぐ!
お金はない、お金はある
お金は使うもの、お金は貯めるもの
お金大好き!お金は怖い!
お金のことをどう感じているかって
人によって全然違うと思うのです。
そして、その感じ方を見ると
自分のことをどう捉えているのかが
見えてきます。
そう言う私は
お金は貯めるもの
お金はなくなったら大変なもの
という価値観の持ち主でした。
過去形になってるのは
UMIで学んでいく中で、この価値観が
今の私を苦しめていることに気づかせて
もらったからです。
大学生になって
一人暮らしを始めた頃にはすでに
そんな価値観を持ち備えていたので
当たり前に自炊してたし
キャベツとレタスの差すら分かってない
ような子だったのはここだけの話です笑
学校にもお弁当を作って持って行ったりと
節約は体と心に染み付いていました。
実家がすごく貧しかったとか母が倹約家
だった、ということもなかったのですが
自然とそうなっていたんです。
友達とごはんを食べに行ったり
服を買ったり、海外旅行に行ったり
「使う時は使う」というメリハリを
つけながらも独身のうちに予想を上回る
額の貯金となっていました。
今思うと、数字よりも安心を溜め込もう
としていたのだと感じます。
結婚後も同じような調子で家計を
握ってきたので、貯蓄は順調でした。
でも、そこに注力していたので
日常の私を満たすことが
疎かになっていたんですね。
お金は私の「エネルギー」の一つの形
であると捉えると
貯蓄はエネルギーの保存なのですが
自分を満たすためのエネルギーよりも
保存を一生懸命しようとしていたのです。
講師のかせゆきさんから教えていただいて
すとんと腑に落ちました。
エネルギーはちゃんと私の中にあるんだな
そう感じることができました。
今までも、これからもなくなることなく
ずっと、作られるし、それを使って
私が必要なお金をちゃんと
稼いでいけるし、使っていけるのです。
私はそんな自分のことを
信じられていなかったので
その漠然とした不安から貯蓄をしてきた
のだとも分かりました。
長くなりそうなので、次に続きますね。
お金への不安の正体が分かると
日常の小さな喜びにフォーカスできるように
なりましたよ。
次回はお金のブロックを緩めるために
実践していることについて書いて
いこうと思います。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
昨日は大阪で開催された
椎原崇さんの出版記念講演会に
行ってきました。
「継続」についてのお話でしたがその中での
「才能」についてがとても印象に残りました。
才能は自分が自分として
生きやすくしてくれるもの。
そしてそれがあるのに
人と比較して押さえ込んでいるいる人が
多い、というお話でした。
才能って自分のためにあるのに
それがあるのか、ないのかを決めるのは
他人だと思っている人が多い、という
ことですよね。
これって
私も自分に対しても子供に対しても
思いがちだな、ってめちゃくちゃ心当たり
がありました。
これが好き、これやりたい!
そういう気持ちを感じることって
そうそう多くはないですし、そういう
「やりたい気持ち」の芽生えって尊いもの。
その芽生えを自分で大切に愛でて
育てていくと才能が目を覚まします。
この場合の才能は
誰かが決めるものではなくて
人よりできるかとかはどうでも
よくってね。
自分が「これ!」って決めて進めるもの
であればそれこそが才能。
私が才能だって思えたら才能だし
子供が才能だって思えたら
それもまた才能なんです。
子供を見てこのこの才能って何だろう?
そう考える時、私を含め多くの人は
他の子より飛び抜けてできることや
他人が評価してくれること、に
目を向けがちです。
そうやって見つけた才能はもちろん
素晴らしいもの。
でも、中々そんなもの見つからないし
みつけても他人との比較の上に存在する
ものだと思うととても儚くもあります。
だけど、才能が
「この子が生きやすくなるためにあるもの」
だと思うと、その芽は子供の中にすでに
あるものかもしれません。
どんなことを楽しいと思っているのか
何をしてる時に輝いているのか
比較ではなく
その子だけを見て
その子の内側にある才能の芽生えや
成長を信じて見守ることこそが
本当の子育てなのかもしれません。
そして、それと同じように
私たち大人も自分の中にある「才能」の芽
を大切にしていくことができれば
人生の質を格段に上げて
自分らしく生きていくことが
できるのだと思います。
そのためには「継続=続けること」って
不可欠なものです。
椎原さんが
「続ければ成功か大成功しかない」
と話してくださったのが心にささり
まくった私でした。
教えていただいた「ゆる継続」を実践して
私も自分らしさを育てていきたいと
思います。
揺らいだ時には著書に戻って
マインドキープしていきます!
椎原さん、運営スタッフのみなさま
ステキな講演会を
本当にありがとうございました
野菜たっぷりのピザランチ。
息子に見せたら「ママうさぎ?」って
笑われました😂

