大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -30ページ目
先週、
友達の誘いに学校に行く気になったけど、
行けなかった息子。
その後も、友達と遊んでいて
「終業式は行く」と言っていました。
今日がその終業式の日。
さて、どうなったのかを書いていこうと
思います。
最近、朝は学校に行く時間より
少し遅めに起きてくることが多かったので
朝起こして欲しいと頼まれていたんです。
「どうやって起こして欲しい?」と
半分冗談でリクエストを聞いてみると、
「K様、H様がお迎えに来られるお時間
ですよ、って起こして」って
王子様のように起こして欲しいのですと(笑)
そんなことを話しながら、
二人で笑っているうちに寝息が聞こえて
きました。
そして、朝。
頼まれていた時間に、
オーダーどおり執事のような起こし方を
しましたが、
「学校嫌だ〜、眠たい」
と目を閉じたまま。
まぁ、想定内です。
「目が開いたら起きてね〜」とだけ
声をかけて離れました。
結局、友達が迎えにくる20分ほど前に
のっそりと階段を降りてきました。
そこから、10分ぼーっとして、
朝ごはんを食べ始めました。
「学校嫌だな〜」のオーラが滲み出ていて
重たい感じです。
(ここも想定内です)
食べ終わると、テレビを見始めました。
時間を少しすぎて、友達が来ると、
インターホン越しに「はい!」と
言ったものの、
「どうしたらいい?」ってちょっと
慌てながら、
「取り敢えずトイレ行ってくる!」と
トイレに入ってしまいました。
友達には、事情を話して
「行けたら行くね、ありがとう」と言って
先に行ってもらうことに。
トイレから出てくると、
「あー、学校だるいー。
義務教育なんてクズだー。
やっぱり無理。」
なんて、本音がぽろぽろ。
半年以上ぶりに行く学校。
そりゃあ、ルンルン楽しくは行けない
だろうなぁ。
怖い気持ちも、
だるい気持ちも、
面倒くさい気持ちも、
すごく不快な感覚ですからね。
「学校なんてなかったらいいのに」
くらいに思うでしょう。
ここで、
そんなことないよ学校は楽しいよ、
って言っても何の意味もないのです。
だから私は、
「そりゃ嫌だよね。嫌やと思うわ。」
とそのまんま受け止めます。
でもね、「学校に行く」と決めた
息子から芽生えた気持ちも信じてました。
だから、
嫌なことは十分に分かっていたけど、
「今日は行ってみよう!」と敢えて
嫌だけどやってみることを勧めて
みたのです。
喉元まで
「そっか、今日は無理なんだね。」って
言葉もきていたのですが、
ここはコントロールになってもいいから
背中を押そうと決めたんです。
息子は揺らいではいたけど、
行動する準備はできていると
私は感じていたのです。
「押しても大丈夫」
そんな母親の勘と、
息子への信頼の気持ちがあったから
こその選択。
もちろんすんなりとはいきませんでした。
でも、自分からタブレットで
今日の予定を確認しに行きました。
10:30には帰れること、
終業式と離任式しかないことが
分かると、
ちょっぴり力強く
「よし、行くか!」と言ったのです。
教室まで着いていった方がいいか
聞いたのですが、
それは息子が心配だったのではなく
一緒に行くかどうかで、
私が眉毛を描くかどうか決めようと
思ったからです(笑)
息子は
「何で眉毛が関係あるん?」って聞いて
苦笑でしたが、
結局、15分遅刻して
校門を一人でくぐって走って行きました。
というわけで、
久々の一人のリビングで静かさを
楽しみながら、書いております。
不登校の子には自分の動きだす
タイミングがあります。
親にできるのは、見守ることだけ
というのは鉄則。
だけどね、
時にはちょっと背中を押してあげても
いいと思うんです。
自分で決めたのに中々行動に
移せないことって、大人でもあります。
そんな時に、家族や信頼する人からの
一声がきっかけで動けることって
あると思うのです。
一番近くで見ているお母さんは
子供の内側の変化を感じとる力が
ありますから。
私が「今日は行ける」と息子を信じる
ことができたようにね。
さぁ、春休みを挟んで新学期になります。
今日行けたからと言って、
新学期に行けるかはまた別問題。
でも、
「嫌だけど行けた」今日があったことは
息子の自信になるでしょう。
自分の気持ちに正直に、
自分に優しい選択をすることは
とても大切なこと。
だけど、時には
痛みを感じながら進む日があってもいい。
どちらかだけだと、偏ってしまうので
どっちもあってこそ人間の成長がある
のだと思います。
心のエネルギーは
チャージと放出のバランスで
いい状態に保てますしね。
子供だけでなく、私たち大人もね。
そんなことを感じながらも、
久々のランドセル姿が嬉しい朝でした。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
人生楽しくないな、って感じること
ありませんか?
そもそも、
「楽しい」ってどんなことでしょう。
ぱっと思い浮かばない方も多いのでは
ないでしょうか。
実は私も以前同じように
感じていたんです。
「自分へのご褒美」で家族に内緒で
ケーキを食べたり、
ほしいものを買ってみたりしても、
その時は幸せだけど、
夕方にはまたイライラしてる。
効果が続かないな〜って。
旅行も然りでした。
ケーキでも旅行でもなかったんです。
私が望んでいたのは、
そういう目に見える物や体験では
なかったんです。
自分が自分のことを分かってくれること。
自分が今どう感じているのか、
どうしたいと思っているのか、
悲しいのか、辛いのか、
嬉しいのか、楽しいのか。
本当はそういうことを、
自分の心で感じてほしかったし、
分かろうとしてほしかったんです。
たったそれだけですが、
これが一番大事だった。
私の本心が望んでいたことでした。
だから、そこをすっ飛ばして、
「ケーキあげるから機嫌直してね」って
言われても根本の私は拗ねたままだった
んですよね。
ロクに話も聞いてくれないような
旦那さんが、
たまにケーキ買ってきてくれて
信頼感は育ちますか?満たされますか?
私だったらケーキは美味しくいただく
けど、それでは信頼感は育たないよ、
という感じです。
例えるとこういうことなのです。
もっと大事にしてほしいと思いませんか?
落ち込んでいたら、
「どうしたの?大丈夫?」って
声をかけてほしいし、
話を聞いて欲しいと思いませんか?
今、相手に合わせたよね。
本当はどうしたかったの?って
気にかけてくれたら嬉しくないですか?
それを自分にしてあげるんです。
自分が自分のことをよく見てくれて、
どんな心の動きもしっかり感じてくれる
と安心感が違います。
どんなに大切にしてくれる旦那さんでも
あなたの心の中までは見えないのです。
いいことも、悪いことも、
ポジティブな感情も、ネガティブな感情も
そのまんま受け取ってあげましょう。
それができれば、自然と生活は豊かに
なってきます。
お味噌汁がじんわり染み渡るのが幸せ、
仕事帰りにホッとできる車の中が幸せ、
お風呂の温かさが幸せ、
子供の寝顔がかわいくて幸せ。
そんな些細なことに心が動くのを
感じられるようになりますからね。
がんばりやさんや優しい方の中には、
自分の感情に蓋をして、
感じることを避けてきた方も多く
いらっしゃいます。
私もそんなタイプでしたし、
今もついつい、感情を置き去りにして
しまうことがあります。
そんな時は深呼吸をして、
自分に意識を戻します。
自分が自分の一番の味方でいましょうね。
「感じること」
それこそが、生きていることであり
感情には揺れがあるからこそ、
幸せも感じられるのです。
どうにも、
感じる余裕がないという方は
まずは吐き出して心の余白を作って
いきましょうね♪
「仕方ない」という蓋の下に押し込めた
感情を迎えにいきましょう。
思いっきりわがままになって
自分ファーストで大丈夫ですからね。
「楽しい」や「幸せ」は自分の内側に
ちゃんとみつかりますよ。
こちら参考記事です♪
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
ある朝のことです。
駐車場から職場への下り坂を歩いていると、
「いい加減にしなさい!保育園に行くんだよ!」
と大きな声が聞こえてきました。
振り返ってチラッと見ると、
3歳くらいの小さな男の子と
その子の手をひき
道の端まで引っ張っていく
お母さんが見えました。
男の子は声を上げて泣いています。
その様子を背に歩きながら
私は自分の心がモヤモヤしていることに
気づきました。
幼い息子と、
今より少し若かった私のことを
思い出していたんです。
息子は1歳になる前から
保育園に通っていました。
はじめはよく分からないままに
連れてこられる感じで
預けられていたのですが、
1歳児クラスに上がる頃には
毎日が涙のお別れでした。
保育園から職場に向かいながら
私だってもっと一緒にいたいよ。
仕事になんて行きたくないよ。
そう切ない気持ちになることも
ありました。
夕方迎えにいくと
楽しそうに遊んでいて
「帰りたくない!もっと遊ぶ!」と
中々帰ろうとしなかったり、
先生から「すぐに泣き止んで遊んでましたよ」
って聞いて安心とがっかりとが入り混じった
ような気持ちになったり。
思い出すと、
その時しか味わえなかった大切な
気持ちがたくさんあったなと思うのです。
うちの息子は
保育園に行きたくない日が
時々ありました。
何となく行きたくない日もあったし、
節分の鬼が怖かった体験から
「◯◯組の時も◯◯組の時も
鬼の日は休むって
先生に言っといてよ!」
ってかわいらしい理由がある日もありました。
朝は時間が勝負なので
行きたくないっていう日は、
「先生にお休みしますって言いに行こう」と
保育園に連れて行って、そのまま先生に
お願いして逃げるように職場に向かった
こともあったし、
「いい加減にして!もう行くよ!」と
嫌がり暴れる息子をチャイルドシートに乗せ
何とかベルトのロックをかけたことも
ありました。
仕方ない、私は仕事に行かないといけない
から何としても息子を保育園に連れて
行かないといけないんだ、と
自分に言い聞かせていたけど
心の中は罪悪感でいっぱいだった。
子供を騙すなんて
子供を力で押さえつけるなんて
子供を怒鳴りつけるなんて
なんてひどい親なんだろう。
そんな風に自分のことを責めていたんです。
でもね、今なら分かります。
私も息子も
めちゃくちゃがんばっていた。
私だって本当は
嫌がる息子を休ませてあげたかった。
そんな日は仕事を休んでしまいたかった。
何日休んだからとか気にせずに休みたかった。
かわいい息子と、
離れたくないなって思う日もありました。
息子だって
今よりずっと小さかったんだから
ママと一緒にいたい日だってあって、
ママに仕事に行ってほしくない日だって
あって、
家で好きなおもちゃで遊んでたい日だって
あったんでしょう。
そんな思い通りにならない色々に
私も息子も
心の折り合いをつけてきたのです。
もうそれだけで
めちゃくちゃがんばっていた。
二人まとめてハグしてあげたいって、
今の私は思うのです。
小さかった息子ありがとう。
悪役になってまでがんばってくれた
私もありがとう。
そんな大変な時期をなんとかして
乗り越えてきたからこそ
今があるんですよね。
どっちが悪いとか全くなくって
罪悪感なんて全く必要なくって
戦友として共に戦ってきた同志なんです。
朝の親子を見て感じた
もやもやの正体は罪悪感だったんだな
と腑に落ちました。
お母さんと男の子
私に気づきをありがとうございました。
お母さん、怒っても大丈夫。
息子くん、わがまま言っても大丈夫。
全部うまくいっていますからね。
影の影からですが応援していますよ〜。
今日も最後までお読み下さり
ありがとうございました

