ここのところ、


普段なら絶対しない失敗が続いたんです。





1回目、2回目くらいは、


たまにはこんなこともあるな、と


深く気に留めずにいたのですが、




3回目くらいになると、


じわじわ心に響きだしてきて。




なんとなくそわそわして、


心が落ち着かない感じ。





こんなに続くということは、


何かのお知らせだな、と気づいたのです。




落ち着かないざわざわをじっくりと


感じてみることにしました。




すると、


「できない私」「価値のない私」を


感じて怖くなっている自分がいる


ことに気づきました。




これは、私が幼い頃から持っている


強い強い思い込み(メンタルブロック)なん


です。




失敗することは人間なら誰でもあります。




でも、その失敗をどう捉えるのかは


人によって違うのですよね。




私のように、失敗する私には価値がない


と捉える人もいれば、




立ち止まって考えるきっかけと捉える人、




成長するチャンスと捉える人、




中には、修正や訂正をすることに注力


するだけで、心が反応しない人も


います。




私の場合は、失敗が自分の人間としての


価値と直結してしまうので、


その重みがとても苦しいし、怖いのです。




心の勉強をしていく中で向き合ってきた


ことです。




大人の私は、


失敗したら、自分で修正します。




力が足りなければ助けを求めて、


手伝ってもらいます。




ただ、それだけなんです。




相手がどう思うかは、相手の自由なので、


そこはどうにも変えれないということも


分かっています。




そして、人にどう思われようと、


私は私で、できようができまいが


私の価値は変わらないのです。




できないことがあっても、


生きていけないことはありませんしね。




ここまで生きてこれたようにね。





怖がっているのは、


私の中にいる幼い頃の私。




だから、自分の怖い気持ちもちゃんと


感じてあげます。




「大丈夫」って言われるよりも、


「怖いよね」って寄り添ってくれる方が


安心するんです。




ぎゅーっとなっていた


みぞおちは段々とゆるんできました。




ちゃんと感じれば、怖い気持ちは


薄れていくのです。




メンタルブロックって、


捉え方のくせなので、


解消できたと思っていても、


こうやってひょっこりと顔を出すんです。




でも、焦らなくても大丈夫。




気づいたらまた、


ゆるめていけばいいだけですからね。




最近の私の失敗続きは


「その思い込み、


 もう一段ゆるめるタイミングだよ」




そんな自分の心からの


サインだったのかもしれません。




冷静に見ると、


普段の私なら難なくできること。




怖くて落ち込んでいた気持ちが、


立ち直ってきました。




こんな私も大丈夫。



心からそう思えてきました。





こうやって、時にもがきながらも


一生懸命生きている。




そんな自分が愛おしい。



そして、大切な存在だなと


心から思うのです。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり

 

「やりたいこと」がない、って


感じることありますか?




私が子供の頃を振り返ってみると


あったなぁ、と思うのですが、


巧妙にそれに気づかないようにして


やってきたようにも感じるのです。





分かりやすく、何もなかったのは


小学生の頃。




友達がいなかったわけではないけど、


放課後や夏休みまで遊びたい!と


思うこともなくて、深いつながりを


持つことはありませんでした。





習い事も、親が決めたものを


ただやっていました。




「これやりたい!」という


自分から湧き出る意欲がなかったのです。




だから、今考えると


ピアノも習字もあまり上達しなかったのは


ごく自然なこと。





親は気づいていなかったと思いますが、


私はエネルギーを内側に溜めている


タイプの子供だったんですよね。




そんな内面を持ちながらも


病気以外で休むことはなく、


淡々と日々をこなすことはできたし、


表面的には何も問題のない子。




何なら学級委員に立候補したりと、


「意欲のある子供のフリ」までできて


しまう、そんな小学生でした。




こころの勉強を始めるまでは


忘れていましたけどね。




そんな私が思うことは——



私たちお母さんが、子供を見て


「順調だな〜」とか


「こんなことではダメだ」とか


ジャッジするのは自由ですが、


その信憑性を考えると、


あまり意味のないことなのかもしれない、


ということ。




何なら、子供の頃の私のように


本人すら自分のことがよく分かっていなくて、


心とはアンバランスな行動を選択して


しまう子だっているのです。




子どもの成長が「順調かどうか」は、


本当のところは誰にも分からないのです。




でもね、


間接的に知る方法はあるんです。





それはお母さん自身の心の状態を見ること。





子供とお母さんは、


深いところでつながっています。




お母さんの心のありようが、


家の空気になり、子供はその中で


毎日を過ごしているから。





お母さんの心が


「今ここ」にある幸せを感じて


自分の存在を大切にできている時、


その安心感は子供にも伝わっています。




子供だって


私たち大人と同じように


辛いことや悲しいことがあり、


失敗したり、落ち込んだりすることも


あります。




そうやってマイナスの出来事があり、


ネガティブな感情を感じるのは


生きていればごく自然なこと。




それが、成長の機会となったり、


成功した時の「嬉しい、楽しい、最高!」


という気持ちをより濃く感じさせてくれる


スパイスとなるのです。




そういうのは、


問題でもなんでもないのです。




もし、今あなたが幸せを感じられず


そんなご自分のことを責めておられるなら、


お子さんも同じように


幸せを感じられず、自分のことを責めて


いる可能性が高いです。





これは表面的なことではありません。




一見、リア充な生活を送っている子が


心の中に欠乏感を抱えているという


ケースも多々あります。





優等生や元気な子が突然不登校に


なってしまうこともあります。




子供のことをジャッジしたくなる


気持ちって、


本当はお母さん自身の欠乏感から


くるもの。




少し厳しい言い方になりますが、


子供を通して自分を満たそうとするから


こそ、出てくる思いなのです。


(私も散々やってきました)





もしそういう思いが出てきたら、


子供に向いていた矢印をぐるんと


自分の方に向け直してみてくださいね。




そして、自分の力で自分を満たしていく


ことをやっていきましょう。




難しいことではないですよ。




子供を通して自分を満たそうとしていた


自分でもいいんです。




嘘偽りない、そのまんまの自分を


まるっとそのまんま受け入れるのです。




そうするとね、


自分のことが未熟だけど愛おしい、


大切な存在だなって思えてくるから


不思議なもの。





ありのままの自分を


ジャッジするのではなく、受け入れてみる。




そうやって自分を大切にすることが


お子さんを大切にすることにも


つながっていきますからね。




——そういえば、子供の頃の私は


「やりたいこと」がなかったけれど、


今はこうして、お母さんたちの心に


寄り添うことをやりたくてやっています。




あの空洞があったから、


今があるのかもしれません。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり

段々と暖かくなってきましたね。


桜の開花のお知らせを聞く度に


いよいよ春だなぁという感じです。




子供たちの春休みに入りましたが


みなさんはいかがお過ごしでしょうか?




私は今、


食事と身体のことを学んでいるのですが


すごくいい変化があって楽しんでいます。




少し前のブログでも書いたのですが、




身体が整ってくるって


すごく気持ちがいいのです。




私は料理って面倒だし、


「お金さえあれば毎日外食が最高!」


なんて思っていたくらい(笑)




それくらい疲れていたので


ごはんを作る気力がなかったのです。




休みの日も然りで


やる気スイッチは中々入りませんでした。





それがですよ、


食事を整えて体調がよくなってくると


仕事の後でも、


するするとご飯が作れるんです。




「あれっ?!全然疲れてない!」




子供たちが食べても、食べなくても


自分の体に必要なものは買うし、


料理もします。




湯がいておいた


菜の花やほうれん草をストックしてます。




ごま油と塩だったり、


塩麹だったり、


わさびや辛子醬油だったり、




その日の気分で和えるものを変える


だけで一品。




切り干し大根やひじきの煮ものも


一度作るとしばらくストックできます。




さつまいものレモン煮、


スナップエンドウやブロッコリーを

茹でたもの、


にんじんシリシリ、なんかも




地味な脇役だけど食卓に


彩りと栄養を添えてくれる


頼もしい存在です。




メインとお味噌汁を作るだけで、


いい感じの食卓になるのです。




この日のメインは油淋鶏、

エビマヨがサブです。

盛り付けのセンスがないのは

ご愛嬌ということで(笑)



昨日はストックがキレイになくなって


しまったので、お出かけの帰りに


野菜を買ってきました。




いつもなら、帰ってくると


疲れてて横になってから夕食を作ったり


するのですが、




菜の花、春菊、ほうれん草、


スナップエンドウを茹でて、



きんぴらごぼうを作り、




そのまんま、


夕食作りに取り掛かりました。




疲れてクタクタでも、


「ちゃんとやらなきゃ」と


自分にムチを打ち、


イライラしながらキッチンに立っていた


以前の私にとって、




自分を大切にすること、とは


「無理してごはんを作らなくてもいい」


ということでした。





お惣菜を買ったり、外食したり、


「ちゃんと作る」以外の選択を


自分に許してあげること。




その頃の私にとっては、


それがとても嬉しかったし


とても安心できることだったのです。




今も、その選択肢はもちろんあります。




「今日は作りたくない」というくらい


クタクタな日はありますからね。




でも、今の私にとって食べることは


自分を整えることであり、


元気にすることなんですね。




だから、「作らなきゃ」でなくて


「作りたい」になるんです。




帰宅してすぐにキッチンに立てた


昨日の夕方の自分に、


なんだか嬉しくなりながら


そんなことを感じていた一日でした。




自分を大切にする方法って、


その時々で違ってていいのだと思います。




今のあなたは、


どういう風に大切にしてほしいと


思っていますか?




作りたい気分も、作りたくない気分も、


分かってあげることが


自分を大切にすることの第一歩でも


ありますからね。




昨日ははじめて猫カフェに行ってきました。


ちょっとドキドキしたけど、


この子が私の膝まで来てくれました♡


「なでてもいいよ」って感じでね。




猫ちゃんに癒されるひと時となりました。



今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり