わが家の下の子は小4です。


五月雨登校の期間を経て、


二学期からは全く登校していません。




不登校の期間が長くなってくると、


当初感じていたような期待や不安が


落ち着いてくる時期がやってきます。




私は特にこの「期待」の部分が


反応しなくなってきたので、


少なくとも、




この3学期に息子が登校することは


ないだろう、という見通しが


私の中で立ってきました。





先の不安が全くない、とは


言えませんが、それは私の内側にある


感情。




息子の状況とは別のものだと分かって


います。



だから今は、状況をフラットに見ることは


できるんです。





期待の気持ちが強かった頃は、


「もし、行きたくなった時に

   送っていけるように」


と私の予定を空けておいたり、




息子の様子を見て、


連れて行くタイミングを


見張ったりしていました。




もちろん無意識ではあるのですけどね。




私のがんばりで、


「登校できるかも」という


意識は隠そうとしても溢れ出ていたと


思います。




でもね、昨日お風呂に入っている時に


急に思いついたんです。




「給食を止めよう」ってね。




これまでは、


その発想が湧いてこなかったのに


ふと出てきたんです。




「もし、行く気になった時に自分だけ


 給食がないからやっぱり行かない!」



なんてことになったら、嫌だと思って


いたのでどこかで


「そんなことしてはいけない」と


感じていたのですよね。




息子の可能性を信じている


母親でありたかったのかもしれません。




でも、もし


息子が学校に行きたいと思ったら


それから動いたらいいのですよね。



備える必要はないと思うから。





この「備える」には、



備えておかないとタイミングを逃すかも、


備えておかないと失敗するかも、



という私の恐れの意識が乗っかって


いたとも感じるのです。




息子はこれから学校に行こうと思うかも


しれないし、思わないかもしれない。




ただ、動くとしたら


それは息子のタイミング。




私は、もうその瞬間を


作ろうとしなくていい。




信じるって、


備えて待つことじゃなくて、



動かない勇気を持つことなのかも


しれません。




給食を止めることは


息子のことを諦めることではありません。




ちょっと大袈裟かもしれないけど


息子の人生を息子にそっと返すこと。




今の私にとっては、そう感じられるし


悲しさや、惨めさ、絶望感、


そんな感情がついてくることもなく


清々しさすら感じるのです。




また一つ、荷下ろしができました。




辛い時、苦しい時、永遠にその重たさが


続くように感じることはありませんか?




でも、今あなたが感じている


悩みや辛さはずっとは続きません。




子供の状況が変わらなくても、


私の内側が変われば、


景色はこんなにも違って見えるのだと


今感じています。




問題だと思っていたことが、


実はその子にとって必要なこと、


必要な時間なんだと、



信頼して見守れるようになります。




だから、その自分の辛さや苦しさは


しっかり感じてあげてくださいね。




ちゃんと感じて、受け止めてあげると


気持ちは少しずつ


軽くなっていきますからね。




私がそうであったように。


 

 

モニターカウンセリングの募集の予定が

 

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ご確認ください。

 

 

 

今日も最後までお読みくださり

 

ありがとうございましたにっこり