私の恥ずかしい写真
その昔雑誌の後ろの方に載ってた怪しい広告のうたい文句です。
”私の恥ずかしい写真、お売り致します。”
知ってます?
これ、都市伝説じゃなくて広告として本当にまかり通ってたんですよ。
男子校で同じクラスのフクマ君が当時、
煩悩に任せて買ったらしいんですけど、
後日、届いた封筒を震える手で開けると!
女性が鼻ほじってる写真が入ってたそうです。
確かに説明文通り、
穴の奥の奥まで、
毛もばっちり写ってたそうです。
平和です。
それはどうでも良くて、私の恥ずかしい写真発見しましたです。
皆さんお待ちかねのプライベート切り売りですよ。
これが私の全盛期ですね。
ちなみに後ろのポスターはクールス。
デビューアルバム”黒のロックンロール”御存じですか?
まあいっか。
この写真のわたくし、小学4年生くらいかな。
とにかくワルでした。
もうね、どれくらいワルかというと、
給食の牛乳は残す、
駄菓子屋で買い食い、
なんか知らないけどヤモリ沢山捕まえて持って帰って来る、
神田川で遊んでて落っこちて全身ずぶ濡れ、
空き地でたき火して焼き芋焼いて怒られる、
仔犬拾って帰ってくる、
おもちゃの空気銃で派出所のおまわりさんと銃撃戦、
おまわりさん笑ってましたけどね。
ね?悪いでしょ?
え?全然ワルじゃないって?
まあ昭和の小学生なんてこんなもんじゃないですか?
この後、なんとか更生して今は革ジャン屋を営んでます。![]()
懐かしき再会3連コンボ
ここのところ"数十年ぶり!"みたいな再会が続いていて
なんか自分の死期が迫ってきているんじゃないか、
と心配になってきています。
近い将来私の没後、
”あいつはあの時最期の挨拶に来たんだね。”
なんて言われそうで怖いのでBlogに書きます。
まず、先週末うちのオカ君が夜に妹ちゃんと会うとの事で、
私の方はダルシム先輩とふたりで夕食を、と相成りまして、
スクーターでタンデムし僕らの地元、東中野、大盛軒に行きました。
当日、たまたま氷川神社のお祭りの日でして、
食事をしながらダルシム先輩に、
私が両親の怠慢により名前が無く、役所から注意を受け、
氷川様に命名してもらった顛末を熱弁していると、
”じゃあ、帰りにちょろっと寄ってみるか”と言いだし、
めんどくせえな、と思いましたが、
まあ、あんな子泣きじじいでも一応先輩だし、
どうせ帰り道だし従う事にしてみた訳です。
これは非常に紛らわしいですが、縁日の風船じゃなくてダル先の頭です。
まず、このお祭りの神社で久々に幼馴染みと言うか、先輩というか、
地元の超強力な姐御に会いまして、しばらく歓談。
私は3歳からの幼馴染みだし多少フレンドリーでいられますが、
ダルシム先輩は中学当時相当絞められてたみたいで、
平身低頭、”ハイ!ハイ!とんでもございません!”
みたいにしていたのが印象的でした。
そして次は先日、前から決まっていたのですが忘れていた同期会。
サラリーマンを辞めて数十年ぶりの開催で行ってきました。
もともと仲の良い同期で、30人中半分くらいは出席で、
そのうち10人中8人集まった同期の男は、結構偉くなってました。
人事部長になってたやつが居たので、俺を再採用してくれ、
と懇願しておきました。
VIVA!上場企業人生来るか!!
そして昨日、私がバイク便をやっていた時同じ営業所に居た、
唯一の年上ライダー、Sさん。
今年気付いたのですが、バイクのジャーナリストで同姓の方が
あのSさんじゃないかな、と思っていて、
facebook経由でやり取りでできて、やっぱりあの人でした。
私の手もとに当時の写真があるのですが、
営業所のみんなで飲み会の後カラオケに行って、
結婚式かなんかの帰りに駆けつけたSさん、
酔っぱらいの定番、ネクタイはちまきをしてマイクを握り、
目は完全に逝ってる写真しかなくて、
どうしても私の中でニューモデルのインプレを的確に語る、
あのジャーナリストのSさんと一致しなかったのです。
Sさん、結構優秀な経歴を持っていたにもかかわらず、
ある日すべてを捨て、うちのバイク便営業所に配属されて、
”俺は夢にかける!バイクのもの書きで生きて行く”
みたいな事を言ってた気がします。
バイク便を辞めて数年後、雑誌でイリジウムプラグの記事を読んでいたら
文末に彼の署名があったのを見て、
お!Sさん頑張ってるじゃんか!と思ったのですが、、、
今は大活躍してました。
スクールもやってるみたいだし世界中駆け回ってるし、
やりたいように生きた男ですね、かっこいいな。
とてもあのハチマキ姿からは想像できない。
と、こんな感じで再会のラッシュなので怖いのです。
何かあるんですかね?
死なないように気を付けます。
俺的メーカー論 其の五 ハーレーダビッドソン
所有して思ったのは、、、
ハーレーはハーレーで、アメリカンなんてくくりでも、
もしかしたらバイクですら無い、
ハーレーダビッドソンという、主に鉄と鉄をおおざっぱに組み上げ
原始的なデカエンジンを載せた乗り物。
という解釈です。
”こまけぇ事ぁいいんだよ”
と言わんばかりにエンジンを震わせ重い車体を力でぐいぐい進められると、
なんか自分の二輪ライフがこいつで完結してしまいそうな頂点感がありました。
なので、逆にもう一度四気筒に乗り替えようと思ったのかもしれないです。
まだ色んなバイクに乗りたかったしさ。
もし免許取って最初のバイクがハーレーだったら、
私はきっとバイクがどんな物か知らずに居ただろう。
それはちょっと不幸な事だったかも。
たとえばハーレーをアメリカンと言うなら、日本のメーカーが造る和製アメリカン、
所謂”ジャメリカン”っていうカテゴリーはアメリカンでは無い。
と、断言できるほどハーレーは唯一無二の乗り物だと思いました。
冗談みたいな遠いハンドル、重い車体、浅いバンク角、
太いグリップに重いクラッチ。
”操作性?ワッツ?ソレハオイシイノデスカー?”
てなもんです。
回転数によっては血液か泡立ちそうな振動、
人生を諦めたくなる効かないブレーキ。
日本人ももっと牛肉食いまくらないと、とうてい乗りこなせん!と思ってしまいました。
でもあの鼓動感に包まれて走ると
用事もほっぽって、
仕事もキャンセルし、
このまま道が続く限り遠くに行ったろうか!
と思わせられる、F分の揺らぎを発生する不思議なバイクでした。
で、下りると疲れてるんですけどね。
モデルチェンジごとに排気量を上げて行くのを見るにつけ、
アメリカ人はハーレーを何にしたいのだろう?と思ったりしますが。
そうは言ってもまたいつか所有したいですね。
LIVE TO RIDE. RIDE TO LIVE.
俺的メーカー論 其の四 カワサキ
書き溜めていたので怒涛のblog更新です。
俺メ論、カワサキ編!
原則的にKLX以外原付は作らない潔さ。
その昔ARとかAVとか、AEとか、ちょっと作ってましたけどね。
とにかくスクーターみたいなものは作らない。
タンカーとか電車とか作ってるから小さい事には拘らないのだろうか。
一説にはカワサキファクトリーカラーのライムグリーンは
山手線作る時余った塗料を使っている、という話しだ。
多分それは嘘だ。
今は撤退しているがMOTO GPの開発とかも
明石の工場の片隅で割と少人数でやってたりバイクに関しては町工場チック。
だから参加してただけで褒めてあげないとだ。
私はMOTOGPカムバックを切望してます。
だってさぁ、突然の雨でレースが荒れたりした時、
あのバッタグリーンがTOP集団に紛れてたりするとワクワクするじゃないですか。
カワサキのビックバイクはホンダから比べると、
”コレ、どこかこわれているの?”
ってくらい振動とか音がデカイと思います。
部品の精度がアレなだけなんですかね?
その辺の無骨さが男心を鷲掴み。
そして何故かオイルがよく滲む。
そんな漏れオイルを見ても何故かオーナー達は、
”カワサキだから”とか
”オイルが入ってる証拠”とかで
普通に許される稀有なメーカーだ。
サポーターみたいな心が無いと受け容れてもらえなかったりする。
それゆえスクーターに手を出さないのかもしれない、
だってスクーターでお買い物のおばちゃんが漏れたオイルのシミを眺めて、
”アラまあ、可愛いやつよね~”
なんて言ってくれないだろうから。
なんか最近のモーターショーなんかで各メーカーとも
やれエコだのクリーンだの環境性能を全面に押し出す昨今、
”どうだい?速そうでしょ?カッコイイでしょ?”
と、空気を読まない出品加減はさすか漢カワサキ!
キライじゃないよ。
Let the good times roll
俺的メーカー論 其の三 ヤマハ
オサレな音叉マークが示すように、
イカしたバイクを作るところ。
塗装にこだわったりするのは家具屋さんでもあるからだろうか。
昔は単気筒、二気筒、三気筒だけ作ってたのは
楽器屋として排気音にこだわっていたのではないかと思います。
バイク好きのハートを掴むバイクをバイク好きが作ってるって感じだ。
そして先行して市場に提案したスタイルが浸透し出すと、
後出しでホンダに持ってイカレる。
Bigシングルスクランブラ-、SR、
4スト4気筒王国に忽然と立ちはだかった2ストレーサー、RZ、
元祖直線番長、魔神、V-MAX、
オートマチックスポーツ、T-MAX
シティコミューターの完成形、マジェスティ
新しい方向性はいつもここからなのだ。
80年代半ばに、結果はどうあれガチでホンダとタイマンはったのは
男子として心から拍手を送るべきだろう。
今でもMOTOGPではホンダと火花を散らしまくりです。
あと、やたら親子でバイクに乗れ、を押すメーカー。
フィンの隙間に何か居る←知ってますか?このコピー




