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さて。






昨日はオリンピック・パラリンピックの合同パレードがありましたね


私もテレビの前で選手の皆さんに手を振っておりましたバイバイバイバイ

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  画像出典:NHK



みなさん、輝いています






今回から初めて、パラリンピックの選手も合同でパレードすることになったとのことですが…




やっとか!!




障がい者スポーツへの関心、敬意、
そういったものが、ものすごく遅れている。


それが、今回の大会で金メダルがなかったことにも表れているのではないでしょうか。


もっと、国を挙げて選手のサポートをしなければいけません。


そのための税金なら、どうぞどうぞ。

納税者として、納めがいがあるってもんです。



しかも、テレビでは…

本っっっ当に、放送されませんね!!!!ムキームカムカ


オリンピックはあれだけ各局で持ち上げておいて、
パラリンピックになったらパタッとやらない。

地上波では、NHKだけ。

「パラリンピックは、NHK。」
なんてキャッチコピーまでできちゃったりしてて。


民放ではニュース番組やワイドショーで数分、いや、数秒しか扱わないこともありました。


あんまりです。


ひどすぎる…



それもあって、
パラリンピックはあっという間に閉幕してしまいました…


私自身、ちょうどその頃から体力的にも気持ちの上でも上向きになり、
趣味の世界に没頭していて
なかなかテレビを見れなかったというのもありますが、

それにしても、です。


オリンピックなら普段どおりの生活をしていても自然と何回も話題が耳に入ってくるのに、
パラリンピックは自分で情報を得る必要があるのですもの。

なんとも、さみしいなぁ…



リオでは、パラリンピックの選手たちが現地のみなさんに本当に温かく迎えられたそうです。

エレベーターに乗るときでも、みんなが手助けしてくれる。
ボタンを押してくれる。

「なんでみんな、そんなに自然に助けてくれるの?」
と、ある障がい者の方が現地の人に聞いたら、
「だって、そういう仕組み(バリアフリー)が完璧なわけではないし、助けるのが普通でしょ」
と返ってきたそうです。


日本をはじめ先進国は兎角、
ハード面を整えたらそれで終わり、
制度は整ってるんだからあとはご自分で、
という風潮に傾きがちではないでしょうか。


バリアフリーもユニバーサルデザインも、もちろん大事。


でも、
本当に必要なのは、
心のバリアフリー
心のユニバーサルデザイン
なのでは?



立場こそ違いますが、自分ががんサバイバーになった今、心からそう思います。



私には、

がっつり稼いだら障がい者スポーツに多大な寄付をする

という野望があるのですグラサン


随時、ご賛同者を募集しておりますおねがいラブ






ではまた次回!
ごきげんよう





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さて。





台風一過、読者の皆さんはご無事でしたでしょうか。


恐ろしい自然災害。

ただ、それは同時に、人間が大自然の神秘の力におそれおののく機会でもあるのかもしれません。


やれ風だ、雨だ、暑い、寒い、
人間はなにかと文句を言い言い暮らしておりますが、

台風も大雨も大雪も、
夏の暑さも季節の変わり目の不安定さも、

我々が生きていくため、五穀豊穣のための大自然からの恩恵。

そこを忘れないようにしたいものです。





さてさて、



今日は我が家にとって大切な神事の日でありました。

10月は特に重要な神事や仏事が重なる月。

自然と、そういったことを考える機会も増える今月。


このブログでも日本人にとっての信仰や宗教、心の世界の重要性については何度も語らせていただいているので、
私が怪しいカルト教団の関係者ではないことはご理解いただいているかと思います(笑)
それを前提とさせていただきまして(笑)



最近よく思うのが、

やはり、自分の直感は大事にしなければいけない

ということ。



以前にもチラッとお話ししましたが、我が家は信心深い家で、
しかも家族全員、いわゆる霊感がわりと強い。


中でも祖母は、江原啓之さんのような人でした。

いろいろ見えちゃってるんですね。
見えない人 (人…?)と喋っているなんて、日常茶飯事でした。


その家系だからか、祖母や母ほどではありませんが、私にもなんとなくそんな傾向はあります。
 (我が家は祖父も父も婿養子です)


子供の頃は、お風呂に入ったり布団に入ってさぁ寝ようという時など、リラックスしている時に、友達の声が聞こえてくることがありました。
 この場合は、生きてる友達ですよ(笑)
そこにいるはずもないのに、私を呼ぶ声がするんです。

で、翌日学校に行ったらその子が風邪で休みだったり、大怪我して松葉杖ついていたり…といったことが、よくありました。

どうやら、助けを求める身近な人の発しているものを、キャッチしちゃってたみたいです。


ところが、そんな能力(?)は、大人になるとともに、薄れていきました。

同時に、自分にとって望まないことや不快なことが増えてきた。

そんな混沌とした時代を、しばらく生きていました。


ところが(2回目)、
その薄れていた直感、霊感といったものが、最近また復活してきたんです。


あ、これはやめたほうがいいな。
この道を通るのはやめておこう。
あの建物は嫌な感じがするな…
その集まりには行かないほうがいいな。
もう少し遅く出発したほうがいいかも。
こっちのほうが好きだな。
よし、こっちにしよう。

無理やり言語化するとこんな感じ↑ですが、
ほぼ無意識の選択です。

その選択の精度が上がったといいますか、良い方向へ導かれるようになったのです。


そういう”勘”は対人関係でも働くことがあり、
その人自身も気づいていない(あるいは必死に隠そうとしている) 心の闇のようなものに気づいてしまうことがあります。

でも、大人になるとそういう”気づき”を受け取ろうとしない人が多くなるのか、
こちらが密かに支えになろうと歩み寄っても、
拒絶される、誹謗中傷で返ってくる、疎遠になる…といったことも多くなりました。

なので、最近は(特に対人関係においては)良い直感だけを掘り下げるようにしています。

でないと、もちませんから…(笑)



で、これは最近立ち読みした本に書いてあったのですが、
直感は、疲れたり不貞腐れたりすると鈍るらしいです。


思えば、過去には相次いで家族や親戚を亡くしたり、自分が何度か入院したり、痴漢や引ったくりに遭ったり。
挙げ句の果てには、がんの闘病を経験しました。


だから、がんという異物を体内から取り除いて最大級のデトックスをしてキレイになった私の元に、直感さんが戻ってきてくれたのかもしれない、と(笑)


そして、やはりなんといっても、神仏や先祖の力です。

それなしには語れません。

大難を小難に、小難を無難に変えてもらったら、心から御礼を申し上げる。

なにかに取り掛かる前には、良き方向へ進むことをお願いする。

毎日の無事をお願いする。

それを叶えていただいていることにまた御礼を申し上げる。

すると、神様も仏様もご先祖様も、
よしよし、ほなまた願い叶えてやるか、
守ってやるか、と、
気持ちよくお救いくださる。

究極の好循環です。



ある神道の精通者は、こうおっしゃいました。

神様は、人間のような心を持っていると思ってください


私たちは兎角、
神様はなんでも許してくださるとか、
仏様の御慈悲の心によって…
なんてことに調子よく甘えがちですが、

例えば、
家(神社やお寺)に土足で上がり込んできて、
願いを叶えてやったのにお礼の一言もないような奴、
また助けてあげようと思いますか?

神様だって仏様だって
無礼な奴は許せないし、
ありがとうもごめんなさいも言えない奴は嫌いだし、
約束を守らない奴は信用できない。

そういうことです。



迷っていること、
悩んでいること、
自分ではどうしようもできないほどの事態に直面した時。

ただただ神仏の前で先祖の前で頭を垂れて、
どうかお助けください
お力をお貸しください
お答えをお導きをいただけますようお願いいたします
とお願いしていると、

ふとした瞬間に、どうしたらよいかのヒントをいただけます。

その、いわゆる「啓示」はなんの脈絡もなく、ふと”降ってくる”場合も多く、
しかもハッキリと目で見えたり耳で聞こえたりするわけではなくて、
脳裏にパッと浮かんだり、
大事なことを思い出すような形だったり、
他のことと紐付けされるような形だったり、
他の人の口を借りて教えてもらえたりすることもあります。


それを神仏や先祖の導きとして受け取れるかどうか。
その気づきが大切であり、
その感度を上げておくことが大事なのだと思うのです。



子どもの頃のように素直な心であらゆることに向き合って、
ありがとうの好循環をより大切にするようにしたら、
子どもの頃のように直感が働くようになりました。




っていう体験談でした。







ではまた次回!
ごきげんよう





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さて。




昨日、作家の嵐山光三郎さんの講演に行ってきました。


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演題は
「これからの金沢〜生きているまちづくりを〜」



ご存知の通り、北陸新幹線の開業以降、空前の爆発的な金沢ブームが続いています。


金沢の良さを知っていただくこと、
楽しんで喜んでいただくことは、いち市民としても非常に嬉しいことです。


しかし、
市民が生活する場
外部の人にとっての非日常のスポット
融合し混在する金沢において、

普段の生活の中へ押し寄せる人波への不快感
決してお行儀の良くない観光客による様々な被害
心ない人々からの心ない言葉の数々

こういった苦悩は、華やかなブームの陰で、今も後を絶ちません。


金沢一の観光スポットのほど近くに住んでいる私にとっても、それは例外ではありません。

そのことを私はずっと嘆き、このブログにも書いてきました。


それは、金沢を愛してくださる県外の皆様も同じ。

嵐山さんと同じ泉鏡花文学賞の選考委員でいらっしゃる五木寛之さんも、金沢のこの現状を

「かつての金沢の面影はほとんど、表から見えるところにはない」

と。

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同賞を受賞した長野まゆみさん、篠原勝之さんも
「平安が壊れる」
「浮ついている」
と酷評でした。



その怒りは、行政へも向かいました。

真心のこもっていない”パフォーマンス”の施策の数々。
ハッピを着て「来てください来てください」と誰彼構わずトップセールス。
”おもてなし”の名の下の、商売至上主義・住民軽視。
数々の、後手後手の対応。


私も、同志も、ずっと、窮屈で不自由な思いを抱えていたのです。

金沢を愛する気持ちの強さゆえ。




が、


昨日の嵐山先生の”鶴の一声”で、それらはパッと晴れたような気がしました。


「『人が来て困る』なんて、贅沢な話だ」

「日本の県庁所在地はそれぞれ、その半分がガラガラ。人がいるのは中心部と郊外のショッピングセンターだけで、町へ行けばシャッター街。」

「良い客だけ来い、なんて言えない。50年前、海外に押し寄せた日本人も同じだったはず。」

「時間が経って落ち着くのを待つしかない」

「昔はみんな、良い『家』に住むことに憧れた。でも今は、みんな良い『まち』に憧れている」

「スターが『モテすぎて困る』って言ってるようなもんなんだから」




…そうか。


ゼイタクな悩みだったんだな…

ずっとモテてきたからわかんなかったよ…


         すいません




やはり、外からの刺激で視点を変えることは重要ですね。


今回の市民大学講座の大テーマ
「金沢の個性と新たなる挑戦〜「本物」の魅力を磨き高めるために〜」
にもあるように、
それに気づいている人が増えてきた、ということなのでしょう。


”軽薄”な”迎合”はダメだ。

真心のないことは、淘汰される。

本物を見極め、身につけよう。



そして、嵐山先生もおっしゃっていたように、

「金沢のことは、金沢に住んでいる人が決めること」


文字だけ追うと当たり前のことなんですが、
今の金沢にとっては、これが最も大事なこと。

そして、観光立国の日本にとっても。


私は私」という誇りを、見失ったり軽んじたりしてはいけないのです。



嵐山先生は結びに、こうおっしゃいました。


「ま、みなさん。

適当に好きなことして、生きていきましょう」


なんだかガッツポーズを突き上げたくなるような(笑)

そんな痛快な締めくくりでした



講演の後にはサイン会もあり、バッチリ
サイン、写真撮影、握手
もいただきました!!

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さて、

今回の主催が市の教育委員会だったので、
今や金沢の教育界の重鎮になっていらっしゃる小学校時代の恩師にも、会場でお会いすることができました。


教え子といえどもいつもご丁寧にご挨拶くださり、
嵐山先生にも「私の教え子です」とご紹介くださり、
私の身体のことも気遣ってくださり…


さらには、帰り際

「ふじこさん、これ持っていきなさい」


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えええええーーーーー



「先生、私もサインいただきましたよ⁈」

「いいから。その本とはまた別のだから。持って帰りなさい。」



いくつになってもお世話になりっぱなしです…


実は以前、この市民大学講座に宇宙飛行士の山崎直子さんがいらっしゃった際にも、先生のおはからいで直接お話をさせていただき、ご一緒に写真も撮っていただきました。

本当に頭が上がりません。


それでも先生はとても腰の低いお方で、教え子にもいつもご丁寧に接してくださるのです。

実るほど頭を垂れる…

見習わなくては


先生に譲っていただいた本は、タイトル的にもピッタリだったので(?)帰って母にプレゼント。


祖母もこの恩師のファンで、
「なんてマメな良い先生や」
といつも絶賛だったので、お仏壇にもお供えしました。





大きな方々と、こうして関わらせていただく幸せ。




ただただ感謝の日々です。





そんな日々を、これからも。







ではまた次回!
ごきげんよう





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