魔法の秘密基地。 -36ページ目

@新宿タワレコ HankyPanky&仲井戸麗市さん

今日は本当にごめんなさい。会社、ズル休みしました。
計画的にズル休みしたの、初めて。熱出たって嘘ついたんだけど、計ったら本当に37・5、あった。知るか、そんなもん。罰が当たったのだ。
ワタクシ、社会的に悪いとされてる事をあんまりやって無い。万引きも未経験だし、薬もないし。食い逃げはあるな。せいぜい社会人になって酔った勢いでシーソーを折ったくらいだ。煙草も見つかってないし。

…結構あるかも。
でもごめんなさい。もうやりたいようにしか出来ない。

新宿のタワレコでハンキーパンキー&仲井戸麗市さんのトークイベント。
まさかの黒沢兄弟パンダ。
アナウンスの方が本名言わずに、ずっと“ハンキーパンキー”と連呼してたからもしやとは思った。あの姿を目の前にしてどう反応していいか戸惑った。

かける曲がね、YARDBIRDSやらKINKS、Beatles…有名なミュージシャンばかりだったんだけど血が!踊りだしてね。60年代位の音が一番しっくりくるのかも。
中でもLovi'nspoonfulの“coconutgrove”は原曲がむちゃくちゃ良かった。ジョンセバスチャンの声。微妙な違和感あるんだけど、それがいい。
今日セレクトしたCDを置いてあったらしいんだけど見つけきれず…あんまりウロウロ出来る身でもないし。
で、コステロとキンクス買って帰りました。コステロいーね。ちょっと変わったおっさんだと思うけど。格好イイ。

暫くCD屋には近付かないようにしよう。久々にヤバい血の踊り方だ。音楽を今頃やりたいと思っても無理がある。楽器出来ない、ジャイアンの自分には。音楽をやる上では女に産まれているのはどうしてもハンデだと思ってしまう。ジョニミッチェルやジャニスジョプリン目指してる訳ではないし。好きだけど。女だけならまだしも私は池野めだかなのだ。ギターもベースもやってみたけど指、届かず。
こーゆー話しながらCD聴ける友達欲しいなぁ。

もぉーーたくとう

“パクリ”を嫌う人がいる。
音楽にしろ、絵画、文学も。

私はパクって何が悪いんだ、と思う。
音楽なんか自分が聴いてきた好きなミュージシャンに似るだろ、普通。北山たけしは北島三郎好きだろ。あ、あれ別に北山たけしが作ってるワケじゃないかな。
絵も自分が心揺さぶられた絵に似るよ。あの一昔前に話題になった国画会の人は犯罪クラスだけど。
本も自分が好きになった作家に似るのは当然だと思う。以前重松清の本で“見張り塔からずっと”ってあってさ、キングクリムゾン好きなのかなってぞくぞくした。

パクリって言い方じゃないかも。リスペクト?オマージュ??
ただ元ネタは教えて欲しい。自分の好きなミュージシャンが“イイ!”と言うモノは完全にストライクな事が多い。
私はそれで外した事がない。高校生の頃CDを“ジャケ買い”してたらガンガン外した。馬鹿だった。その中にコステロがあったから、まぁ、イーブンでいいや。スパイラルライフが昔好きだった。
“パクリです”って堂々と言っていた。その潔さも含めて大好きだった。

何かあんまそんな事で目くじらたてたくないよなぁ。楽しくて自分の好きなモノが増えるからいいじゃん。


今腹が立つのはミュージシャンなのに何故か環境やエコロジー的な事、子供の未来、地球について唄う偽善的活動家だ。ビジネスならビジネスとはっきり言えばいい。エコは今一番儲かるビジネスらしい。雑誌で歌ってる本人が
“ぶっちゃけ儲かるんですよね(笑)”
くらい言えばいい。
缶ビール飲むでしょ。子供無視して奥さんと別れるでしょ。海面活性剤たくさん使ったシャンプー使うでしょ。ライブ後熱いよねー。クーラーつけるでしょ。実際そんなイイ人じゃないでしょ。
平和平和言うけどジョンレノンが出来なかったのに何故あなたに出来るの?疑問。
言動行動が浅はかすぎる。一般人なら良いけど公共の電波使って、マスコミ動かしてやってるからタチ悪い。環境やら政治やら社会的な事を絡め出すとすごーくすごーく嫌悪感が募る。畑違いのお門違い。
例えば大好きな黒沢健一が何かで捕まったり、“10年休みます”って言っても好きだけど、この偽善的活動をやりだしたら無理だと思う。泣く。
ひとしきりぷんぷんしたら
鼻の横にデカい吹き出物、ぷくり。

素晴らしい人々②

そして“はるかな国からやってきた”という谷川俊太郎さんの本、買った。タイトルだけでぞくぞくする。


涙があるだろう
今年も
涙ながらの歌があるだろう
固めたこぶしがあるだろう
大笑いがあるだろう今年も
あくびをするだろう今年も
短い旅に出るだろうそして帰ってくるだろう
農夫は野に
数学者は書斎に
眠れぬ夜があるだろう
だが愛するだろう
今年も
自分よりも小さなものを
自分を越えて大きなものを

くだらぬことに喜ぶだろう
今年も
ささやかな幸せがあり
それは大きな不幸を忘れさせることはできぬだろう
けれど娘は背が伸びるだろう
そして樹も
御飯のおいしい日があるだろう
新しい靴を一足買うだろう
決心はにぶるだろう今年も
しかし去年とちがうだろうほんの少し
今年は

地平は遠く果てないだろう
宇宙へと大きなロケットはのぼり
子等は駈けてゆくだろう

今年も歓びがあるだろう
生きてゆくかぎり
いなむことのできぬ希望が


毎回驚愕させられるんだけど、なんなのこのリズム感。ごめん、一応書店で働かせて貰っといてなんだけど、細かい事はわからん。けど、やべぇ。超。
“希望”という言葉がこんなにすんなり入り込んでくるのは久方振りだ。大きな諦めと微かな笑み。難しくない。今の若い、20歳位の人達に読ませたい。本当に。何かを、何かを感じて欲しいと強く思う。“素晴らしい詩”としてではなく、なんとなく手にとって鼻糞ほじりながら読んで欲しい。
文学とか芸術とか難しくない、これでいいと思って欲しい。私のような高卒田舎者のばかたれにも染み込んでくれる。谷川俊太郎は浸透率がいい。

私の生活は素晴らしい人々で彩られている。忘れてはいけない。