ひとり
夏色の秋。
まるで初秋のような匂いがする。
暑さが戻らなかったら最高なんだけど。
最近あまり更新していない。
書くことが無いわけではないんだけど細々とした、生きていく上で全然重要じゃない事で忙しい。
ペットサウンズのブックレット、ジムフリークの本。
谷川俊太郎の本。
本捨て。
証明写真に広島旅行。これって全部ひとりでやる事。
淡泊である。
人より物凄く淡泊だな、と気付いた。
こだわりもなければ迷いもない。
何故執着出来ないんだろうと悩んだ時期もあった。
諦めたけど。
音楽や本と向き合う時が一番どきどきする。
好きなようにやるしかないぜ
ウッディアレンが心で叫ぶ。
まるで初秋のような匂いがする。
暑さが戻らなかったら最高なんだけど。
最近あまり更新していない。
書くことが無いわけではないんだけど細々とした、生きていく上で全然重要じゃない事で忙しい。
ペットサウンズのブックレット、ジムフリークの本。
谷川俊太郎の本。
本捨て。
証明写真に広島旅行。これって全部ひとりでやる事。
淡泊である。
人より物凄く淡泊だな、と気付いた。
こだわりもなければ迷いもない。
何故執着出来ないんだろうと悩んだ時期もあった。
諦めたけど。
音楽や本と向き合う時が一番どきどきする。
好きなようにやるしかないぜ
ウッディアレンが心で叫ぶ。
だらだら
今日はお休み。
もぉ今日は絶対家出ないからなぁ
と、ここ最近は休みの度に思う。
大体今迄がおかしか ったのだ。
週4回、1日13時間近く拘束されて休みの日も遊びに行くなんてナンセンス!
結局珈琲飲みに出かけるけど。
グレープフルーツに蜂蜜かけて食べた。蜂蜜って何か別のものの味がするよなぁ…と暫く考えていた。
くだらない事を考えるのは得意技。
太陽の味がするよね。キザかしら。
いや、でも本当に。
それに気付いてから蜂蜜を食べ続けている。
プーもびっくり。
チューブが一本なくなった。
太陽飲み込む、舐め尽くす。
そう言えば昔チバがJapanかなんかのインタビューで
“1人、真夜中に冷蔵庫のモーター音を聞いてたら悲しくて泣けてくる”みたいな事を言ってた。
“あぁ、すごいわかるなぁ”と思ってCD一気に買い揃えた。
新しい音楽を探したくなってきた。お経のCD買おうかな。
1枚だけ持ってるけど、平静な心を取り戻すにはいい。
ロックな観点から聴いてもいいんじゃないかと思う。
不謹慎かもしれない。
けど身内が亡くなるとお経も、お寺も、お墓も怖くなくなる。不思議だな。
この前、母親に
“どーもこんにちは、相武紗季です”
と電話したら
切られた。
悲しかった。
もぉ今日は絶対家出ないからなぁ
と、ここ最近は休みの度に思う。
大体今迄がおかしか ったのだ。
週4回、1日13時間近く拘束されて休みの日も遊びに行くなんてナンセンス!
結局珈琲飲みに出かけるけど。
グレープフルーツに蜂蜜かけて食べた。蜂蜜って何か別のものの味がするよなぁ…と暫く考えていた。
くだらない事を考えるのは得意技。
太陽の味がするよね。キザかしら。
いや、でも本当に。
それに気付いてから蜂蜜を食べ続けている。
プーもびっくり。
チューブが一本なくなった。
太陽飲み込む、舐め尽くす。
そう言えば昔チバがJapanかなんかのインタビューで
“1人、真夜中に冷蔵庫のモーター音を聞いてたら悲しくて泣けてくる”みたいな事を言ってた。
“あぁ、すごいわかるなぁ”と思ってCD一気に買い揃えた。
新しい音楽を探したくなってきた。お経のCD買おうかな。
1枚だけ持ってるけど、平静な心を取り戻すにはいい。
ロックな観点から聴いてもいいんじゃないかと思う。
不謹慎かもしれない。
けど身内が亡くなるとお経も、お寺も、お墓も怖くなくなる。不思議だな。
この前、母親に
“どーもこんにちは、相武紗季です”
と電話したら
切られた。
悲しかった。
死ぬということ
熱が出て寝ていた。
今日の夕方、何となくTVをつけたら
70年代~80年代の歌謡曲、4枚組で1万円です!
みたいな商売っ気満々のヤツがやってて
“生きていると辛い事も悲しい事もたくさんあります。だからこそ沢山の音楽が世に送り出されるのでしょう。”
とナレーションが流れた。
“あぁ、そうだよなぁ。”と素直に思えて涙が出そうになった。BGMは何故か薬師丸ひろ子が唄う“時代”。中島みゆきではない。
これがつけっぱなしのTVだと響いては来なかったろう。
こんな当たり前の言葉にぐっときてしまった。
買おうかな、4枚組。
最近会社の1つ上のお姉さんにミッシェルのDVDを借りたり、適当にお酒でも呑みながら格好いい格好いい言おうぜ、なんてお楽しみ企画をしている。
正直、アベの死が無ければこんなに話はしてないと思う。
“死”がばらばらの物をひとつにしていくのを何度か経験した。
小学2年の頃、飼っていた猫が死んだ。当時は新しいお母さんが来て、きっと母自身も窮屈だっただろう。私もよそよそしかったし、ぎこちない感じで家族という歯車は回転していた。
しかし、そんな家族が全員泣き、皆で思い出を語り合った。初めて“家族っていいな”と思った。
言葉にはしなかったけど“死ぬって悲しいけど美しいな”とも思った。
父が死んだ時もずっと疎遠だった親戚とも交流するようになった。母と私は血の繋がりが無い。母と私は他人で、親戚もそう。
けれど“きつい時は頼ってね”と叔父さんは言ってくれた。
祖母の時は事故だったので、すぐにとはいかなかったけど加害者側の人達とご飯を食べたり談笑したり。
そして上京する事を決めた。祖母が大好きで私は離れられずにいた。
背中を押されたのだ。
“好きなようにやれ”と言われたのだと思う。
悲しいなんてモンじゃなかった。
宗教にさえ、偽善者にさえ縋りたいと本気で思っていた。
月並みだけど意味のない事なんて何一つないんだな。ただただ“悲しい”でカタをつけちゃ勿体ないや。
ありがとう。
もう、なんか、色々大好きです。
今日の夕方、何となくTVをつけたら
70年代~80年代の歌謡曲、4枚組で1万円です!
みたいな商売っ気満々のヤツがやってて
“生きていると辛い事も悲しい事もたくさんあります。だからこそ沢山の音楽が世に送り出されるのでしょう。”
とナレーションが流れた。
“あぁ、そうだよなぁ。”と素直に思えて涙が出そうになった。BGMは何故か薬師丸ひろ子が唄う“時代”。中島みゆきではない。
これがつけっぱなしのTVだと響いては来なかったろう。
こんな当たり前の言葉にぐっときてしまった。
買おうかな、4枚組。
最近会社の1つ上のお姉さんにミッシェルのDVDを借りたり、適当にお酒でも呑みながら格好いい格好いい言おうぜ、なんてお楽しみ企画をしている。
正直、アベの死が無ければこんなに話はしてないと思う。
“死”がばらばらの物をひとつにしていくのを何度か経験した。
小学2年の頃、飼っていた猫が死んだ。当時は新しいお母さんが来て、きっと母自身も窮屈だっただろう。私もよそよそしかったし、ぎこちない感じで家族という歯車は回転していた。
しかし、そんな家族が全員泣き、皆で思い出を語り合った。初めて“家族っていいな”と思った。
言葉にはしなかったけど“死ぬって悲しいけど美しいな”とも思った。
父が死んだ時もずっと疎遠だった親戚とも交流するようになった。母と私は血の繋がりが無い。母と私は他人で、親戚もそう。
けれど“きつい時は頼ってね”と叔父さんは言ってくれた。
祖母の時は事故だったので、すぐにとはいかなかったけど加害者側の人達とご飯を食べたり談笑したり。
そして上京する事を決めた。祖母が大好きで私は離れられずにいた。
背中を押されたのだ。
“好きなようにやれ”と言われたのだと思う。
悲しいなんてモンじゃなかった。
宗教にさえ、偽善者にさえ縋りたいと本気で思っていた。
月並みだけど意味のない事なんて何一つないんだな。ただただ“悲しい”でカタをつけちゃ勿体ないや。
ありがとう。
もう、なんか、色々大好きです。