最近また暑いですね。
昨日は実に良い天気で、“これぞまさに夏の日”みたいな雰囲気だなぁなんて感じてました。
そんな完璧な夏の日に、道重さゆみちゃんのラストライブがあったんですね。
わたくしは行けてません。
行けなかったことに後悔がまったくないと言ったら嘘になるけど、まぁその後悔のようなものを一生引きずって生きていくのも悪くないか、と思うことにします。
だってそれを感じるたび、さゆのことを思い出せるから。
(まぁそんなの感じなくても始終思い出せるんですが)
今日からはもう、道重さゆみの活動を見たり聞いたりすることができない世界なんですね。
さゆがどこで何をしているのか、何を思っているのか、知ることのできない世界。
何を食べたとか、どこに行ったとか、誰と遊んだとか、知ることのできない世界。
そんな世界でこれからも普通に生きていくんであろう自分が、なんだか嘘みたいで。
認めたくない気もするし、そうは言ってもどうしようもないし。
言葉も上手くまとまりません。
言うべきことがありすぎて。あるいは言うべきことなんて何ひとつなくて。
そういえば昨日のライブ前にアップされたこの記事、コメント欄のところに芸能ライターの方がコメントをしているんですが、
以前にも何度か取材などされたことがあるらしいんですけど、今回、最後に取材の打診をしたものの「持病のこともありレギュラー以外の仕事は受けない方針」と断られたそうで。
そっかぁ、って。
さゆの強迫性障害は主に書き物系の部分でのことなのかなーと勝手に思ってたんですが(それもあるとは思うけど)、インタビューとかそういった仕事でも影響が出てたんだなぁと。
ラストライブでも、取材やプレスなどは一切入れずに終えたみたいです。
単にさゆとファンだけの空間にしたかったのかもしれないけど、インタビューを断ったということはその他メディアの取材も無理なんだろうし、なんか、本当につらい状態で頑張ってくれてたんだなって。
いや、少し前から思ってはいたんですよ。
もうすぐ最後だってのに、なにかインタビューとか取材とか全然ないし、最後くらいラジオに出るとか、特にヤンタンは昔レギュラーもやってたしさんまさんにもお世話になったし出ないのかな?とか、テレビにだって多少は出られそうなもんだけどな、とか。
でも無理だったんだろうな。
精神疾患のつらさは本人にしかわかりえないところが多いから、言葉であれこれ説明もできないだろうし(しても上手く伝わらないことが多い)、たぶんファンを心配させないようにというのもあって、細かいところまでは言及していなかったろうから。
たとえば現役ハロメンが卒業のときにやるような、いわゆる“卒業フィーバー”的な仕事の数々も、したくてもできなかったんだろうなと思って。
この数年、いろいろと大変な中で、できることを頑張ってくれていたんだね。
ありがとう。
こないだ、活動終了をお知らせした1月のブログ記事を読み返しまして。
あのときは「活動終了」のことで頭がいっぱいになって、さゆの苦しみをちゃんとわかってあげられなかった気もするな……と思わなくもない今現在、改めて読み返して、むしろそんな状態でここまで続けてくれたことに心からの感謝をしなくちゃいけないぞと強く強く思った次第です。いまさらながら。
「限界」という言葉を使うくらい、本当に苦しかったんだろうな。
強迫性障害そのものもそうだし、そのことで活動終了という決断をしなければならなくなったことも、つらかったろうな。
ラストライブの現場には行けなかったけど、名のあるレポ職人さんたちのレポをいくつか読ませてもらい、さゆが綴った手紙の内容もある程度把握することができました。(感謝)(※追記:その後、さゆ自身がブログに手紙を全文アップしてくれました。これも感謝)
芸能活動を終えることに、さゆ本人も相当悩んで、決断したあとも心が揺らぎそうになって、ファンと離れることを「寂しい」と思ってくれたらしいこと、それはファンにとって救いでもあって。
さゆもファンと同じように寂しくてつらくて離れたくないと感じてくれていることが嬉しい。同じ気持ちであることが嬉しい。
それと同時に、そこまで同じ気持ちでもこういった決断をせざるを得なかったことへの悔しさと心配と、これからはその苦しみが少しでも和らぐといいなという希望が、この寂しさを少し和らげてくれる気もします。
離れていても、会えなくても、さゆとファンが同じ気持ちでいるのなら、まだ繋がっていられるように思えるから。
なんていうか……わたくしは未練がましいヲタクなので、スッパリと潔く「辞めます!じゃあね!」と去られるよりかは、「本当は辞めたくない」とか「わたしも寂しい」とか言ってくれるほうが心が救われるんですよね。女々しくて申し訳ないけども。
だからさゆが自分の決断に逡巡したり、ファンと同じように「寂しい」と思ってくれていることは、本当に、わずかながらでも、救われる。
会えなくなってもまだ少し近しいところにいる気がして、耐えられる……気がする。
この調子でもう少しダラダラと書いていくので、お時間あるときにでもお読み頂ければと。(忠告)
そういえばラストライブの2日前にやってくれた、最後のインスタライブ。
いつになく長くて、2時間半以上やってくれましたよね。
楽しかったな。いつも通り。
わたくしはライブ行けなかったので、あれが最後の“リアルタイムさゆ”だったんだよな。
食べて、喋って、ガチャまでして、いつも通り楽しかったけど、最後は泣いてしまった。(さゆも自分も)
なんか、この期に及んでまださゆがいなくなることを嘘みたいに思ってたんだけど、このとき初めて、あぁ本当なんだなと実感した気がします。
いや、本当はわかってたけど、ただ見て見ぬふりをしてただけのような気もする。
それを、とうとう直視しなければいけなくなったのがこの瞬間だったのかも。
さゆのインスタライブは、たぶんほとんどリアルタイムで見てきたんじゃないかな。
合計何回やってくれたんだろう。
アーカイブに残ってない回もいくつかあるので、ちょっと数えるのは難しい。
いつもどうにかして、時間に間に合うように帰宅してたもんです。
インスタライブでさゆがマック食べてるの見るのが好きだったなぁ。
ケーキとかパフェを作ったりもしたし、メロンソーダ?クリームソーダ?を作った回は傑作だった。
とめどなく溢れ出るソーダの泡と、グラスの周りに大量に置かれたティッシュの山。実にシュールな光景でしたわ。
わたくし去年はじめてコロナにかかってしまったんですが、そのときベッドで寝ながら、ひたすらさゆのインスタライブ(のアーカイブ)を見漁ってた思い出があります。
それ以前も何度か見返したりはしてたけど、あのときは熱に浮かされるように見まくってました。
生きる上での、楽しみのひとつでした。
さゆのインスタライブが。
“終わり”を突き付けられてしまうと、自然と“始まり”のことを思い出してしまうもので。
オーディションに合格した瞬間で言うと、22年と約7ヶ月?くらい前でしょうか。
一応オーディションから見てると言っていいのかな。
最終候補に絞られるまでは、そこまで意識して見てたわけではなかったかもしれないけど。(それはさゆに限らずですが)
22年半以上、ひとりの女の子の人生の一端を見守って、応援してきたんだなぁ。
まぁ途中で2年くらいの休止期間はあったけど、それでも20年以上。
それだけずっと見てきて、自分の人生に「いて当たり前」だった人がもうここにはいないということが、何度も言うようだけど嘘みたいで、信じられないや。
まだ加入して間もない頃のあれとかこれとか、わりと鮮明に覚えてる。(むしろ最近のことより鮮明かもしれない)
ハロモニ。でのさゆの活躍、いま見返してもおもしろいんだよな~。
リリース商品を宣伝する企画で、仲良しの亀ちゃんと一緒に中澤姉さんをよくイジったりしてたんだけど、あのコーナー好きだったわ~。
いまじゃ当たり前になってる現役ハロメンのブログも、一番最初はさゆから始まりましたからね。
しかもこれは、一向に現役メンバーにブログをやらせてくれない事務所に、ブログをやりたくてしょうがなかったさゆが何度も直談判してようやく叶ったもので。
そのあと、それに続くように他のメンバーもどんどんブログやり出して、その子たちがアクセスランキング1位とかになるとちょっと悔しくてそのことをラジオ(こんうさピー)で話しながら泣いちゃった回なんかもあったけどw、そこを切り開いてくれたのは間違いなくさゆだから。
小田ちゃんがブログでワンフォーの頃の話を書いてたけど、あの時代はファンとしてもとても大切な時間です。
なんでしょうね、なんかすべてが上手くハマっていたというか、さゆの卒業に向けて全部が同じ方向を向いて走っていたような感覚がありました。(それだけではないにせよ)
アップフロントが、珍しく……と言ったらアレだけど、黄金期以来、ちゃんと「成功してる」と言っていい時期だったんじゃないかな。
加入して何年かは、どちらかというとポンコツ的な扱いだったさゆが、リーダーになって若いメンバーを従えて立派にモーニング娘。を率いていたことが、とても感動的だった時代。
それだけでも凄かったのに、休止から復帰、いや“再生”してくれて、今度はソロとして長いあいだ活躍してくれて。
そんなの、誰が想像した?
さゆがそんな風に、ひとりで歌って踊って、いくつも自分の楽曲を持って、ソロで公演をこなして。
そんなの誰が想像しただろう。
少なくとも、さゆのモーニング娘。時代の前半あたりに、それを想像できた人はいなかったんじゃないか。
なんて言ったら失礼かな。
でも、自分でもいろいろと自虐してしまうようなところがあったさゆが、ひとりでこんな風に活躍できるようになったことは、本当に凄いことなんですよね。
才能もあったけど、ずっと努力をし続けてきたからこそ、このいまがあるわけで。
歌が苦手と言い続けてきたさゆが、再生して「また歌いたい」と言ってくれたのは本当に嬉しかったし、素直に「カッコいい!」と思いました。
生き方がカッコいいんだ。
あんなに可愛らしいのに、ロックな魂を持ってらっしゃる。
何年経っても一向に衰えない美貌にも、毎度のように驚かされてきたもんです。
「衰えない」なんて言ったら良くないか。
でもそういう意味じゃなくて、とにかくいつまでも美しい少女のような魅力が消えない人だったなという話。
最初からずーっと、道重さゆみのままだった。
最後までずっと、道重さゆみのままだった。
その姿を見てるだけで、幸せな気持ちになれた。
ただ可愛いだけじゃない、ただ美しいだけじゃない、道重さゆみという人間の魅力すべてが、わたくしを幸せにしてくれました。
食べ方とか、笑い方とか、ちょっと怒った顔とか、泣くときの顔とか。
ゲームが好きだったり、シールが好きだったり、回転寿司によく行ってたり、冷たいご飯が好きだったり。
同期の亀井絵里ちゃんとはずっと仲良しで、田中れいなちゃんとは最高のビジネスパートナーで。
誰よりも可愛くて、可愛くて、可愛くて。
可愛いものが大好きな、可愛い人でした。
あぁ。
語り出したらキリがないってやつだ。
いつまでもさゆの話をしていたい。
そうすれば大丈夫かのように。寂しくないみたいに。
ずっとさゆのことを考えていたい。
さゆはファンのことを「絶対忘れない」と言ってくれたけど、もちろん言うまでもなく、ファンもさゆのことを絶対に忘れない。
千年どころか、永遠に忘れることはない。
この命が尽きるまで、間違いなく、ずっと想い続けるでしょう。
自分、そういう奴なので。
さっきも言ったけど、未練がましいんだ。
だから、もしいつか、どんな形であれ、また我々の前に姿を現したいと思うことがあったとしたら。
どうか遠慮なく、出てきてくださいね。
写真だけでも。文章だけでも。
そんなことを思ってしまうヲタクでごめん。
さゆ。
長いあいだ、本当に長いあいだ、頑張り続けてくれてありがとう。
輝き続けてくれてありがとう。
道重さゆみでいてくれて、ありがとう。
これまでの人生、幸せだったかな。
そうであるならば、どうかこれからもずっと、幸せでありますように。
最幸の人生でありますように。
道重さゆみに出逢えて良かった。
それだけで、生まれた意味があった。
ありがとう。
永遠に大好きです。