【時空を超越 / どれだけ突出した物を数多く発表できるか?】

こんにちは江嶋ゆきひろです。

近年のネット・データー販売による、さまざまな爆裂的な効果。

そのメカニズムから今一度、思いを振り返ってみたいと思います。

それまで古い時代では、「形」がある物を売ってきました。
これを買った人に届けるには配送料がかかります。
そして需要と供給のバランスを意識しないと破綻する恐れがありました。

例えば昔、任天堂DSが流行った時、
売れすぎて欲しいのに買えない人がいました。
そう言った人はDSが生産されるまで待たなければなりませんでした。

 

 

 


しかし2000年代と言うのは、まだ日本人は欲しい物に対して、
じっと我慢していました。80年代のファミコンもそうです。
ファミコンでは小売店で値上げされたり、つまらないゲームとの抱き合わせ販売がされたりしていました。

つまりこれは需要と供給のバランスが崩れている状態でした。

しかし近年のスマホのゲームではスマホだけ持ってれば良く
欲しいソフトもダウンロードで在庫が無いために、
欲しがられる時は、何十万でも百万でもダウンロードされます。


例えば、あるゲームが話題になって「誰もが欲しい」と思う
ブームが1年間あったとします。

もしそのゲーム商品に「形」があれば、消費者の熱がアツイこの一年間の間に、急いで大量に生産して売りつくさなければ、全ての消費者に満足を与える事はできません。

任天堂クラスのブランド力であれば、
生産されるまで消費者は待ってくれるでしょうが、
やはり買えない時にガッカリして、
その後、数日後、その商品を忘れて結局買わなくなってしまうでしょう。

しかしこれからのネット時代は商品が、よりデーター化されますから、
爆裂的に消費者が欲しいと思った時、その爆裂的な欲求に、いつでも答えられる事ができるのです。

爆裂的なブームが1年間であっても、この1年間の熱にさらに油を注いで爆発させても、ぜんぜん商品が無くなる事がありません。

したがってヒットしたり話題になったりする物は短期間で爆裂的な利益を生み出すでしょう。

と言うことは今後は任天堂的な「顧客に待たせて、より貴重さを演出する」と言う手法は使えないかもしれません。

いずれ「買うのに待たされるのがバカバカしい」と消費者が考え出すからです。

今、消費者は欲しい物を欲しい時に、すぐに得たいのです。
その欲求に答えられるのは「データー化された商品」なのです。

瞬時にして時間と空間の制約を無視して、作り手から受けてに送り届ける・・・。
今まで人間にとって時間と空間の壁を打破する為には、
とても経費がかかって厄介な存在でした。

ヒットしたり話題になったりする物は、その爆発力に限りはありませんが、
データー商品は簡単に制作できるので、もちろん世の中に埋もれる様に存在する無数のコンテンツが混在する事でしょう。

そんな時代の中。

売る。ヒットさせる。

その為には「数打てば当たる」の発想で、なによりも「行動力」と「スピード」が絶対的に求められるのです。

行動力を持って、とにかく自分の頭脳の中から生まれた物を
早急に市場に出して反応を見なければなりません。

そこで、他の商品より突出した物が、もし生まれて評価されれば、あとは何も気にしなく、自動的に大量消費されてガッポリ状態になるのです。

今一度、この様な現代市場の構造を振り返ることでワクワクになる今日この頃でございます。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

 

【謎の科学者と勇者の戦い】

こんにちは!当方ラストゲームメーカーが初めて手がけたRPG「真・一本道RPG ゴマウェ」の実況プレイヤー・ツナマグロさんによる動画第3弾が、先日ついに公開されました!2Dのゲームとしては、なかなか本格的かつアグレシッブな戦闘シーンをお楽しみください。(少々バイオレンスあり)

~ 前回までのあらすじ ~ ホームレスの様な風貌の勇者四人は王様と王娘に会うことに成功。しかし来るのが遅かったのか王はキレてしまい、謎の科学者「ヨウイチ・タカネ」なる者に城を爆破されてしまいました。笑

~ 今回~ 勇者たちはタカネの潜む要塞にたどり着き、これまでに無かった強烈な中ボス・クラスの敵と戦いながら、要塞の中を進んでいきます。そしてその末、ついに「ヨウイチ・タカネ」登場!タカネのその活動と目的は一体何なのでしょうか?!

そして勇者たちとタカネの戦いが始まる・・・。その結果、謎すぎる驚きの展開が?!・・・今回はここで動画は終わってしまいますが、次回の動画を楽しみにしたい所でございます。

さて、ジャンル的に簡単に言うと、RPGから「主人公やアイテムなどに設定されている数値と成長要素」を無くすとアドベンチャーゲームになるのですが、アドベンチャーは制作経験があったものの、複雑なRPGの制作を踏み出した、その第一歩がこの作品でした。

現在配信中で人気のRPG「ドラゴンエボルブ - 勇者練成」も、この作品が無ければ生まれなかったかもしれません。

こちらでは大きな声では言えませんが、これからいよいよ彼らの風貌に対しては、後半からその意味・存在意義が問われる物語になると思います。そしてこれまでは小学生低学年レベルのセリフばかりでしたが、今回からいよいよヨウイチ・タカネ等の登場キャラたちが、それなりのセリフを話し出します。

以上、お読み頂き誠にありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

このゲームのダウンロードサイト「ふりーむ」より https://www.freem.ne.jp/win/game/15911

 

【頑張る&「言葉」と言う道具】

こんにちは。さて私は、ある意味では、あまり「頑張る」と言う言葉が好きではありません、と言うことを、かなり前の記事で少し書いたことがあります。

これは何か非常にひねくれていると思いますが
子供の頃に良く大人たちに「頑張れっ!」と言われた経験があるからだと思います。(笑)

さて、言葉一つをとってもさまざまなニュアンスがあるのでして「頑張る」と言う言葉一つをとっても、もちろんその場のケースによって使われ方や、言った人間の意思と言うのは違います。

しかしなぜか私は

「頑張る」=「踏ん張る」

と言う意味合いに聞こえてしまうのです。

あと「頑張る」と言われると言う事は、言われた本人が能力不足で、「言った相手方」が「もっと能力を高めてもらいたい」と言う意味で言う場合もあります。

英語と日本語では、ほとんどの言葉の感覚が違うので、
英語では「頑張る」と言う意味合いの言葉は無いらしいのですが、
直訳して「頑張れ」と訳せるらしい英語を言うと怒る人もいるらしいです。

それを思うと「言う相手」と「受け取る自分」の心のテンションや性格の違いによって
「言葉」と言う「記号」は、いくらでも、どの様にしても解釈ができます。

たまに言葉一つで喧嘩になる人もいるらしいですが、
相手方には、そんなに悪意はなくてもそうなってしまうらしいです。

それは「言葉」と言う「記号」の解釈の仕方は人それぞれの個々の性格や経験であって、
言葉は完璧でなく、意思伝達の道具の一つでしかないからなのですね。

だから当然の様に、言葉だけでなく、それに「声」や「表情」、「振る舞い」が加わると、
言葉以上に相手に対して説得性が増します。

良く、いじめられる人と言うのは言葉以外の要素が足りないのではないかと感じる時があります。
例えば。無表情で姿かたちから、その本人の内面が読み取れなければ、ロボットと話している様ですね。

 

 

 


例えばロボットと話をしていても、たとえロボットに悪気はなくても、ちょっとした言葉の発声によって不自然になり、相手に奇異な感情を抱かせます。

それは。ロボットの姿かたちからは感情が読み取れなく、
言葉だけ発声されているからなのですね。

ただ言葉もきちんと主語、述語などを、並べて使用する事を意識すると相手に伝わります。

また話の内容を話す理由と、具体的な説明、
(いつ、どこで、だれが、なにを、どうした or どうする?)
そして相手方の疑問点を聞く事によって、意思伝達が円滑にすすみます。

専門的な分野の人間同士との会話は、その分野で使われている専門用語を知らないと話にならない場合があります。
知っている専門用語の数の違いは個人個人で異なりますが、
知らない場合は聞く事になります。

例えばプログラマーの人に何かやってもらう場合、専門用語で伝えた方が言葉の数が少なくて済みますね。

これは何でもそうです。たとえば音楽でもそうです。スポーツでもそうです。
だから人に指示を出す立場の人間は、その業界の専門用語を多く知っていた方が有利になります。

また知らないと同業者に甘くみられると思います。

実際、その専門用語を知らなければ「それが何なのか?」を知らない可能性が高いわけです。

ただ明らかにその業界でも「使われる頻度の低い用語」を持ち出すと、デメリットやメリットがあります。
デメリットは相手に上から目線の印象を与えてしまうのと、
メリットとしては、その人と話があえば難しい事でもスムーズに事が進むことです。

過去、電話で、わざわざ日本語にできる言葉を、やたらカタカナの横文字ばかりにして使う方がいたのですが、(しかもその業界でもそんな使われてない)そう言う方は自分の無知を隠そうとして、見栄を張っている可能性もあるので、それ(相手方の魂胆)を考慮した方が良いのです。

(つまり私自身を混乱させて何か強引に契約させようとか、あるいは単に照れ屋ゆえに見栄を張り大きくみせようとしている・・・等)

普通に言えば言いことを、なんで、そんなに遠回りに言葉を飾るのか?と思いました。
わざわざ外来語を使うことで、自分を大きく美麗に見せようとしてるのがバレバレなのですね。(笑)

(ただ私の方が知識不足だったと言う可能性もあります。)

言葉が正確でも、何かその人のオーラが奇異に感じるわけです。

揉めたとか、そう言う事ではなかったんですが、単にその人と、フィーリングや感覚が、会わなかったんでしょう。類友(類は友を呼ぶ)の法則です。

私も結構、自分の記事を見ていると、なかなか無理をしながらも難しい事を書いている部分もあると思い「自分自身、別人か?」と思う時もありますが、話言葉は普通です。

いかにも政治家やビジネス塾の先生みたいな体系化された話し方と言うのはできないかもしれません。練習しないとなりませんね・・・。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

【日本人は世界で最も「コケにされた」と感じやすい民族か?】

こんにちは。さて結構前、大衆向けの洋服やさんやコンビニに対しての過剰なクレームに関する事件ニュースを知って思いました。

例えばコンビニ含め多くのスーパーで洗剤と食品を分けて
ビニールに入れてくれて、さらにそれを手持ちがついた袋に入れてくれますね。

これは物凄いサービスだと思います。

しかし、良く考えてみると、きちんと梱包された洗剤類と
食品をビニール一枚で仕切った所で、本当に食品の味が変わるのか?
と言うことですね。

科学的に精密機械で臭気を計測すれば、微々たる変化はあるでしょうが、それはそもそも必要でしょうか?
私は、すでパッケージ化されてる洗剤類と食品を袋で分ける必要は無いと思いますし、仮に洗剤の味が多少しても、食べます。

それで「奴は私の人生に打撃を与え、とんでもない事をしてくれたな」等とは思いません。(笑)

しかしこう言った所までサービスしてくれる日本のコンビニ店等は世界最高のサービスであり、昭和時代の日本の誰かが言い出した「お客さまは神様」と言う精神を受けついだ類だとも思えます。

それが逆に大衆的なお店なのに、顧客を図に乗らせる一因と
なっているのではないか、と言うコラムを読んだことがありますが、

日本のマナーは世界最高ですから、それから逸脱した場合
日本人は違和感を感じ「自分がコケにされた」と思いやすい民族なのではないかと今回、仮説を立てました。

商取引上では物と金銭の交換が済めば取引は終わりですが、
そこに「気持ちが大切だ」と言う気持ちが入ってきます。
これが人によると悪質で、店側に過剰なクレームを入れるのです。

店の営業で一番やっかいなのは人件費のコストであり
他人が自分の為に動いてくれると言うのは本来は、この世では
ありえない話であり、商取引だから(貨幣を得られるから)他人が動いてくれるのです。

その人を動かすために人件費がかかるのであり
なるべく人の作業を減らす事で人件費が安くなります。

店員が料理を持ってこないで、自分で好きな物を選んで
つまめる「バイキング方式」が、思ったよりも安いのは
店員が動かないから人件費がかからないからです。

物の原価よりも、とにかく人件費が高いと言うのは事実です。
ですから高級店と同等の物を自分で料理して家で食べれば
驚く程、安いです。

外食は食べ物そのものよりも、店舗の家賃と人件費に払っている様な物です。

全くの他人が自分の為に、動いてくれるのと言うのは、この世では本来ありえない話で、金銭的に言えば価値の高い物なのです。
だらかこそ、それが商売だから金銭を対価にして動いてくれるのです。

それを何か勘違いして「自分は金を払った」と、数千円のレベルの購入をした大衆店に過剰なクレームを入れるのです。

こう言う事件を知ると「本当に何をやっているのか?」
そして、「相当、暇なんじゃないか」と思いました。

日頃、付き合いがあって利害関係で繋がっている人間に
恨みを持つことは、人生上であるかもしれませんが、

全くの他人であるお店の店員に向かって、そこそこのくらいで
恨みを持つなどと言うのは、全く時間が有り余っている人間
だからこそできる事です。

私は男なので女性ほど、物事に関して細かい部分に
気になる事はないのですが、

科学的に考えても洗剤類と食品を一緒の袋に入れた所で
人間が認知できるほどの味の変わりは無いのではないでしょうか?

またこれらの状況の背景には、コンビニなどの大衆的な店舗の
役割が、既に社会に対して100%貢献済みであり
このスタイルとシステムの商売と言う物の改善点の余地が、
これ以上無いと言うことを現しているのではないかと思います。

だから気軽に買えるコンビニでは、本来はこの商取引は技術的に可能ならば自動販売機でも良いのに
「人的なサービスに力を入れれば業績が上がるのではないか?」と言う、「もがき」にも感じる変革がなされているのです。

普通の電化製品量販店でも、最近では物凄く店員の態度が良過ぎたりします。

私は、そういう親切さに快楽を感じるタイプではなく、
むしろ大変だから気軽にしてもらいたいし、大変だと思いますしその分、安くしてもらいたいと思っています。

店員さんの態度が、よほど常識外でなければ、物を求める者と
与える者の関係、そしてそこに金銭と言う「物々交換チケット」が存在するだけなのですから、私が欲しい適切な物を
与えてもらいたいと思っています。

むしろ、そこで働く前に面接がある訳ですから
社会的に問題がある人と言うのは、その時点で
弾かれる訳ですから、問題のある店員さんと言うのは
存在する確率は低いのです。

それを勘違いして、物が欲しくてお店に行って、物以上に
「人の気持ち」が大切だと、昔の「お客さまは神様だ」を持ち出して
過剰なクレームをつけるのは暇な人がやる事だと思いますし、
双方にとって、何も生み出しません。

現にそういった事で逮捕された訳ですから、そういう結果になって損してしまったのです。

さて「お客さまが神様」と言う志も、実はいささか問題であり、これは、ある意味ではマーケットの研究を放棄している姿勢でもあります。

戦場で勝てないからバンザイ突撃をする様な感じであります。

欲しい者と与える者のマッチングが商取引の本質でありますから「お客様が神様」と豪語して、人様の同情を買おうと言うのがバレバレなのです。こんなのは言葉で言うだけなら簡単なのです。

例えばマクドナルドでチーズバーガーをお客として買って食べる私がマクドナルドにとって神様な訳が無いのです。(笑)

こうなると「商品」と言う物を購入した経験を持つ人間は
誰でも「神」だと言うことになります。
そうなるとこの国内で神様が約一億三千万人いると言う事になります。

 

 

 


しかし昭和の人達は高度成長期にあって、何も思考せずに
何でも物が売れた為に、マーケットを研究せずに、
そう言った気持ちだけを豪語して、物を売って成り立ってきたのです。

お客様が神様だと言い出した本人は、本当にそう思っていたのでしょうか?
裏でバリバリ儲けてた訳ですから、そんな事はありえません。
明らかに言葉の戦略です。これは明らかに演技です。

どこかでいつも切腹もせずに「命がけの政治」と言っている様な物です。

たしかにこの言葉は顧客の心を打ちますが、しかし何も考えずに売る者と買う者のマッチングやマーケットを研究せずに豪語すると、お客側が勘違いをする世の中になってしまうのです。

困った人の精神的な相談なら、そう言った施設に行けば良いのに、
なぜ物を買いにいくのに、店員の態度どうたらで、そうなるのか私には全く意味不明なのであります。
恐らくお店側に大きな落ち度があったとは考えられないのです。

「物」は通信販売で買って、人との会話を楽しみたいのなら、
お客と店員と言うハンデのない、きちんとした一対一で話し合える知り合いを作るべきなのです。

コンビニや洋服やさんは、心が満たされて無い人にとっての
人生相談室でも、何でもないのです。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

【田原総一朗さんの「聖徳太子知ってる?」&なぜ高い食事?&波長】

こんにちは。

さて前「朝まで生テレビ」のネット動画で見た事があるのですが、とある議論者がキレる様子がありました。(笑)
「聖徳太子 生テレビ」などで検索すると出てくると思います。

どう言った内容だったかと言うと

議論でざわめいている中、話の中で田原総一朗さんがいいました。

田原氏「で、聖徳太子知っている?」

キレた人「ええ。知ってますよ。」

数秒後・・・

キレた人「そんな物、知ってるに決まってるでしょうがっ!!」

田原氏「怒るな。」

田原氏「そう言う風になると、やはり人格破綻と言うものに・・・」

キレた人「人格破綻は君の方だよ!聖徳太子知ってる?、だなんて無礼な質問をして!」

キレた人「じゃあ、イエス・キリスト知ってるか?」

田原氏「うん。」

キレた人「イエス・キリスト知ってるか?って質問されたら、
どうだ?怒るだろう?」

・・・以上、こういった内容だったと思いました。

後から考えてみると、恐らく田原総一郎さんは、話の論点を変えようとして
「さて例えば聖徳太子と言う人がいましたが、聖徳太子の話に論点をおきましょう。」

と言う意味で「で、聖徳太子知っている?」と言う発言を
したと思うのですが、あの「朝まで生テレビ」特有の熱狂感と、

あの田原総一郎さんの、あの、いかにも否定的で「何時でも人に突っ込みを入れて追い詰める様」な淡々とした表情。

あるいは歳をとっているので、そう言った意味での、若者にはない愛想の無い「無表情感」も感じられます。

それから考えると、あの場での「聖徳太子知ってる?」

は、人によっては、さまざまな解釈として捉えられるのであり、キレた人は田原総一郎さんに「小学生でも知っている様な質問をされた」と思い激怒した訳です。

なぜか「聖徳太子」と言うキーワードでキレたと言うことで、
そこに漫才の様な「笑いの性質」が存在し、私は爆笑したのでありますが、

人とのコミュニケーションの伝達力は「言葉」だけでは限界があって、
表情や振る舞い、そしてその場の雰囲気によっても180度変わってくるものなのだと思いました。

それから考えると、その場の雰囲気と言うのも非常に大事だったりします。

さて、話は変わります。

例えば、極端に言えば重要な話をする時に、
汚い部屋と綺麗な部屋では
どちらが友好的に話できるでしょうか?

綺麗な部屋の方が良いのですね。

だから私は、これは決して汚いと言う訳ではないのですが、
モロに下町の裏路地にある様な、本当に飲んだくれの
終わったサラリーマンが居そうな所では飲みません。

昔、池袋の屋内テーマパーク「ナンジャタウン」で「昭和の下町エリア」が良いと書きましたが、
あれはテーマパークの演出として提供されているから
安全で良いのです。

まあ、ネット時代の人は、いかにも昭和的な雰囲気に立ち入る事はないかと思いますが、例えば古い路地裏に開けっ放しのマンホールの穴があったりして、そこに転落したり、上からネズミが落ちてくるかもしれませんよ(笑)

だからお金持ちの人や政治家の人が高級店で食べたりするのを
嫉妬してはならないのです。それは飲食時のセキュリティーの
問題もあるから、高級店で食事しなけばならないのです。

例えば極端な話になりますが、政治家が自由に気軽に
街中の飲み屋に行ったとします。

そして実は、その飲み屋の店長は金に困っていて、
その政治家の対抗勢力の裏組織から金をもらってしまって、
食事に毒を盛ったりして・・・(笑)

これは過激な話になるかもしれませんが、
実際にそういう訳で、権力者や有名人は警備上の理由で
街中を自由に行きかいする事はできないのです。

以前、総理になったばかりの野田氏が、
「私は以前から使っている」と言うことで、
総理になった直後でも1000円カット美容室を
護衛と共に入店しましたが、

「あれはパフォーマンスだ」
「1000円カットでも警備の方が金がかかっている」

と皆に言われました。

さて
あるいは、普通の人でもバリバリの昭和テイスト溢れてて
そして店内の内装も含めてガムテープで止めてあったり、
ネズミが居そうな感じで、日本酒を飲んでいたら

本当にドラマでありがちな「そんな店内で喧嘩になる」
モードに入ってしまうかもしれません。

実際「ろくでもない場所」に「ろくでもない人」が集まり、
「きちんとした場所」に、「きちんとした人」が集まる、

・・・と言うのは「類友の法則」で真実だと思います。

「思考」は世の中に目に見える形となって「出現」します。
ですから、いろいろ訳はあるでしょうが、
極端に言うと土手の河川敷のダンボールの家の数々、
その周りには、「それなり」の「思考」と言うエネルギーが、
存在するのです。

それは、そうなってしまった人達の脳から発せられる波長です。

すべての人には波長がありますから
前述した田原氏とキレた人は、波長が一致しなかったのでしょう。

 

 

 


人間から脳から発せられるエネルギー波は存在するのです。
これは思念波とでも言ったら良いでしょうか。

脳波が人の脳から発せられるのは科学的な常識ですが、
それを他人の脳が受信するかどうかと言う点については現在不明です。

しかし科学的な調査機で観測できない物であっても、
表情や言動、態度、その場の雰囲気、過去の出来事、
そう言った、あらゆる要素が組み合わせって、
人から人へ、何かしらの波が伝達するのは確かです。

その波、思念波は、やがて目に見える形で、
物々を形作っていくのです。

だから自分自身の思念のあり方について
日々、自分で客観的になりながら、自分で観測しなければ
なりません。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ