【日本人は世界で最も「コケにされた」と感じやすい民族か?】

こんにちは。さて結構前、大衆向けの洋服やさんやコンビニに対しての過剰なクレームに関する事件ニュースを知って思いました。

例えばコンビニ含め多くのスーパーで洗剤と食品を分けて
ビニールに入れてくれて、さらにそれを手持ちがついた袋に入れてくれますね。

これは物凄いサービスだと思います。

しかし、良く考えてみると、きちんと梱包された洗剤類と
食品をビニール一枚で仕切った所で、本当に食品の味が変わるのか?
と言うことですね。

科学的に精密機械で臭気を計測すれば、微々たる変化はあるでしょうが、それはそもそも必要でしょうか?
私は、すでパッケージ化されてる洗剤類と食品を袋で分ける必要は無いと思いますし、仮に洗剤の味が多少しても、食べます。

それで「奴は私の人生に打撃を与え、とんでもない事をしてくれたな」等とは思いません。(笑)

しかしこう言った所までサービスしてくれる日本のコンビニ店等は世界最高のサービスであり、昭和時代の日本の誰かが言い出した「お客さまは神様」と言う精神を受けついだ類だとも思えます。

それが逆に大衆的なお店なのに、顧客を図に乗らせる一因と
なっているのではないか、と言うコラムを読んだことがありますが、

日本のマナーは世界最高ですから、それから逸脱した場合
日本人は違和感を感じ「自分がコケにされた」と思いやすい民族なのではないかと今回、仮説を立てました。

商取引上では物と金銭の交換が済めば取引は終わりですが、
そこに「気持ちが大切だ」と言う気持ちが入ってきます。
これが人によると悪質で、店側に過剰なクレームを入れるのです。

店の営業で一番やっかいなのは人件費のコストであり
他人が自分の為に動いてくれると言うのは本来は、この世では
ありえない話であり、商取引だから(貨幣を得られるから)他人が動いてくれるのです。

その人を動かすために人件費がかかるのであり
なるべく人の作業を減らす事で人件費が安くなります。

店員が料理を持ってこないで、自分で好きな物を選んで
つまめる「バイキング方式」が、思ったよりも安いのは
店員が動かないから人件費がかからないからです。

物の原価よりも、とにかく人件費が高いと言うのは事実です。
ですから高級店と同等の物を自分で料理して家で食べれば
驚く程、安いです。

外食は食べ物そのものよりも、店舗の家賃と人件費に払っている様な物です。

全くの他人が自分の為に、動いてくれるのと言うのは、この世では本来ありえない話で、金銭的に言えば価値の高い物なのです。
だらかこそ、それが商売だから金銭を対価にして動いてくれるのです。

それを何か勘違いして「自分は金を払った」と、数千円のレベルの購入をした大衆店に過剰なクレームを入れるのです。

こう言う事件を知ると「本当に何をやっているのか?」
そして、「相当、暇なんじゃないか」と思いました。

日頃、付き合いがあって利害関係で繋がっている人間に
恨みを持つことは、人生上であるかもしれませんが、

全くの他人であるお店の店員に向かって、そこそこのくらいで
恨みを持つなどと言うのは、全く時間が有り余っている人間
だからこそできる事です。

私は男なので女性ほど、物事に関して細かい部分に
気になる事はないのですが、

科学的に考えても洗剤類と食品を一緒の袋に入れた所で
人間が認知できるほどの味の変わりは無いのではないでしょうか?

またこれらの状況の背景には、コンビニなどの大衆的な店舗の
役割が、既に社会に対して100%貢献済みであり
このスタイルとシステムの商売と言う物の改善点の余地が、
これ以上無いと言うことを現しているのではないかと思います。

だから気軽に買えるコンビニでは、本来はこの商取引は技術的に可能ならば自動販売機でも良いのに
「人的なサービスに力を入れれば業績が上がるのではないか?」と言う、「もがき」にも感じる変革がなされているのです。

普通の電化製品量販店でも、最近では物凄く店員の態度が良過ぎたりします。

私は、そういう親切さに快楽を感じるタイプではなく、
むしろ大変だから気軽にしてもらいたいし、大変だと思いますしその分、安くしてもらいたいと思っています。

店員さんの態度が、よほど常識外でなければ、物を求める者と
与える者の関係、そしてそこに金銭と言う「物々交換チケット」が存在するだけなのですから、私が欲しい適切な物を
与えてもらいたいと思っています。

むしろ、そこで働く前に面接がある訳ですから
社会的に問題がある人と言うのは、その時点で
弾かれる訳ですから、問題のある店員さんと言うのは
存在する確率は低いのです。

それを勘違いして、物が欲しくてお店に行って、物以上に
「人の気持ち」が大切だと、昔の「お客さまは神様だ」を持ち出して
過剰なクレームをつけるのは暇な人がやる事だと思いますし、
双方にとって、何も生み出しません。

現にそういった事で逮捕された訳ですから、そういう結果になって損してしまったのです。

さて「お客さまが神様」と言う志も、実はいささか問題であり、これは、ある意味ではマーケットの研究を放棄している姿勢でもあります。

戦場で勝てないからバンザイ突撃をする様な感じであります。

欲しい者と与える者のマッチングが商取引の本質でありますから「お客様が神様」と豪語して、人様の同情を買おうと言うのがバレバレなのです。こんなのは言葉で言うだけなら簡単なのです。

例えばマクドナルドでチーズバーガーをお客として買って食べる私がマクドナルドにとって神様な訳が無いのです。(笑)

こうなると「商品」と言う物を購入した経験を持つ人間は
誰でも「神」だと言うことになります。
そうなるとこの国内で神様が約一億三千万人いると言う事になります。

 

 

 


しかし昭和の人達は高度成長期にあって、何も思考せずに
何でも物が売れた為に、マーケットを研究せずに、
そう言った気持ちだけを豪語して、物を売って成り立ってきたのです。

お客様が神様だと言い出した本人は、本当にそう思っていたのでしょうか?
裏でバリバリ儲けてた訳ですから、そんな事はありえません。
明らかに言葉の戦略です。これは明らかに演技です。

どこかでいつも切腹もせずに「命がけの政治」と言っている様な物です。

たしかにこの言葉は顧客の心を打ちますが、しかし何も考えずに売る者と買う者のマッチングやマーケットを研究せずに豪語すると、お客側が勘違いをする世の中になってしまうのです。

困った人の精神的な相談なら、そう言った施設に行けば良いのに、
なぜ物を買いにいくのに、店員の態度どうたらで、そうなるのか私には全く意味不明なのであります。
恐らくお店側に大きな落ち度があったとは考えられないのです。

「物」は通信販売で買って、人との会話を楽しみたいのなら、
お客と店員と言うハンデのない、きちんとした一対一で話し合える知り合いを作るべきなのです。

コンビニや洋服やさんは、心が満たされて無い人にとっての
人生相談室でも、何でもないのです。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ