「はやく。はやく。」人工知能化社会。技術的特異点。

こんにちは江嶋ゆきひろです。これから記述する事は衝撃的ではありますが、ある意味では的を得ているかもしれませんので、文の御一読時に感じる怒りにご注意ください。

(ペットボトルなど、主に小さい物のリサイクル活動をしている方の一読は避けてください。)

なるべくソフトなイメージに書き上げる様にしますが、これは避けられないのです。私は毎回、ある一定の方向性を持つ文章を投稿させて頂いておりますが、方向性が定まっている文と言うのは、それを受け入れる方々と拒絶する方々が必ず存在するからです。(実際、当初に書きあげた文では衝撃的すぎるので一部を削除しました。)

つまり、巷に溢れる、そうではない文章と言うのは主張ではなく、単なる社交辞令的な挨拶文だからです。

・・・さて現時代におけて真剣になって考えなければならない時がやってきてまいりました。

まあ実際には、かなり緩やかに労働は人口知能に代替されますが、社会が人工知能化する事で自分の仕事を奪われるのではないかとマイナスパワーで考えている方は、結構、自分個人、一人の事だけ考えていたりします。

人工知能化する事は技術革新上で必然であるし、人工知能化で仕事が奪われる可能性があるならば、人工知能社会で人間ができる相応しい事を身に着けるべく、行動に移すのが社会の為であるのです。

来るべく時代に対して、合わせずに、いつまでも若かりし頃の思い出を思い出して、現時代と現実を拒否し続ける。

2018年。今において、未だに「技術的特異点」の初期さえを迎えていないのは、かなり人類の想像力(想像上の未来世界)から現実の世界は遅れています。

まだまだ全然、人体や細胞の謎については解き明かされていませんし、このままいけば、人生80年といいますが、下手すれば栄養過多により昔の人よりもかなり早く死を迎えることも多いかと思われます。

未来人からみれば、私たち現代人は全て負け組みかもしれません。

信じられないくらいの医療進歩を遂げた未来世界では、人の寿命は飛躍的に延びて、「僕たちは昔の人達みたいに100年以内で死ななくてよかったな。」と言われているに違いないでしょう。

人工知能や医療関係・バイオテクノロジー・ナノテクなどに世界中の富を集中させるべきだと考えていますが、実際には、それで上手く文明が進むのではなくバランスが取れなくて文明の発展は実現されないでしょう。

ある程度の有望な分野への投資はバランス良く投資されたり購入されたりするべきだと思います。

旅行に行く人がいなければ旅行業界や交通業界が儲からず、船や飛行機が進化しません。

・・・となれば科学者や医者が必要で飛行機にのっても墜落してしまったり、また化学製品をつんだ船が沈没してしまうかもしれません。

また不動産にも金が流れなけば、そこに住む人のセキュリティが上がらず、また警備員などの仕事もなくなるので、警備員の技術も衰退します。と言うことはこれも、人工知能開発者や医療関係者の生活の質が劣化します。

と言うことで、よほどに馬鹿げた分野でなければ、お金の流れを必要とします。そしてバランス良く世界が発展する中で、その一環として人工知能や医療は発展していると思います。

しかしやはり人工知能を開発して、人間が持つ頭脳を極力パワー化する事が求められます。

現状、将棋や囲碁、チェスのAIと言っても、ゲーム上の有限な手数を計算して編み出しているだけです。
そう言った意味では知能と言うよりも、いまだ計算機のままです。

計算に関しては、どんなに膨大で難しい計算でも瞬時に答えを導くスピードが必要でしょう。計算は所詮は機械仕掛けの動きにすぎないのですから。

そうでなくもっと人類の知能をサポートする以上に、直接的に現時代を終わらせて新時代に突入させるくらいの人工知能が求められます。

まだまだ全然。私が子供の頃にリニアモーターカー凄いとなってましたが、ぜんぜんありません。

インターネットの一般社会への浸透は、ある意味、技術的特異点かもしれません。しかし人間は気がついていないので、全人類の知能の良い部分だけが一つに集約したりすることはありません。

産業時代では、機械による延々の反復行動によって、食品などが莫大につくられ、人を衣食住を保つための苦労から解放しました。

その様にして、これからの時代は人工知能によって、現時代の私たちが困っている事から解放してくれないとならないのです。

テクノロジーの進化が斜め45度の上のぼりでなく、人工の脳によって、過去には考えられなかったほどのウナギのぼり、これが求められます。

少しくらい科学が発展しても、そう簡単に地球が壊れるわけありません。人は地球を破壊する。これは奢りです。人間ごときがまだまだ地球を壊せません。まだ、どれだけの物(質や量)この球体に詰まっているのか謎に包まれています。まだ何もわかっていないのです。

毎年、海や山で人が事故で亡くなっておきながら、人が地球を壊すとは、そんな事は、まだまだあり得ません。科学的に判明もしていない類の地球汚染に関して、マジになってはいけません。

本当がどうかも一般人には届かないのですから、私はそれを良く見かける「箱の中、膨大な量詰まったペットボトルのフタたち」を見て思うのです。

しかしながら地表からは、いくらでもエネルギーが人間が止めようもない強大な力で吹き出ているのです。かしこまった事やっている場合でないのです。

それなのに「箱に中、膨大な量詰まったペットボトルのフタたち」。これは一体なんなのでしょうか?これはもう言うなれば、おままごとに近いです。真実よりも一般大衆としての「心が大事」みたいな。

本当の所、地球環境を考えて結果を出すと言うたいそうな事など、簡単にできるものではありません。しかしペットボトルのフタを分別するだけでその気になって、自らの時間を、考える時間を無駄にしてしまうのでしょうか。

それは社会的には浪費で害悪です。生まれた事と、その頭に詰まったコンピューターを無駄にしてしまうのでしょうか?
人の体にも電気が走っていますから、食べ物と太陽の恵みから受けたエネルギーは無駄になってしまいます。

ペットボトルのフタなど、最後はそのまま普通に、他のゴミと一緒にされて捨てて燃やされるだけです。
今はプラスチックを燃やす時の有毒ガスは抑えられるので燃やせるのです。

 


さて、いろいろありますが、そうしなければ、私がおじいちゃんになってしまう時がくるのは、もう明日の様なものなのです。

したがって「はやくはやく。」なのです。

あと天才の出現を「出る杭を叩く」的に抑圧してしまえば、これも人類の老化を早めてしまうでしょう。

歴史の流れから理解できますが、人間は頭が飛躍的に良いと言うわけでないのです。人類の未来は、人類が想像できる範囲でしか発展しません。

頭の良くないホモ・サピエンスができる文明発展など、もうわかり切っているかもしれません。

今の時代は昔よりも急速に発展度が増していると言いますが、まだまだです。現人類の頭脳では限界があるのです。

文明発展度がウナギのぼりでないといけません。その為には、いささか人格に異常があっても天才の出現。
そして人工知能の開発と活用が求められます。

もう考える事も機械任せでOKなのです。機械を管理するだけです。

それなのにあまりにも現代人は進化と発展を恐れているのです。格好つけている場合ではないのです。

西洋の宗教では人が神から言われたことは「生めよ増えよ」です。この約束は達成されたでしょう。生んで増えたわけですから。しかし増えたことは単なるスタートでしかありません。

それ以上の使命を神は人に与えていると思います。「はやく私の様に近ずいてきなさい」と言っているのです。

それが増えたものの、行動が思想がゴチャゴチャになって、なんの進化もしていない。

自ら進化しないのならば、はやく人工知能を開発して考えることさえも機械仕掛けにすれば良いのです。
それだったら許されます。

もしかしたら平成時代の人は弥生時代の人と根本的には何もかわってないかもしれません。弥生時代に水田で水の力の動いていた水車の力をエネルギーに変えて何かをしてた頃、その頃と大してなにも変わってないのかもしれません。文明も人の脳も。姿勢も。プライドも。

しかし、ここらで一発、「5000年や一万年に一度」の「ガツン」とくるピンポイント的な発展が、ここ数年の間で起こらなければ、もう私がおじいぢゃんになって、私の骨が墓石の下に埋められている構図が容易に想像できてしまうのです。

もう毎日毎日、電波塔から放出される映像音声電波によって、あるいは印刷機から放出される膨大な紙によって、全国の人々が、あっちに行っては、こっちに来たりをやっている場合ではないのです。笑

2018年、これからの数年は本当に最後の目覚めのチャンスです。この意識が途絶える前までに何とか。

したがって「はやくはやく。」と思う次第なのです。

以上、お読みいただきありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

 

 

【結局ゲームです。】結局、私のミリタリー度は、どれくらいなのか。

こんにちは江嶋ゆきひろです。

これは一度、書いた方が良いのかと思いました。
私はミリタリー系含むFPSゲームや、このブログでも世界情勢に少し触れる世界情勢初心者向けの記事を初心者として書いている訳ですが。

結構、私自身、軍事的にはアメリカナイズされてる人間なのです。なぜならアメリカ産の軍事FPSに影響受けちゃってるからです。

昔、私は自分が着るファッションや色で「好きな物でない色」で、緑と茶色と言うのがありました。
これは森林と土の色であり、それを彷彿させるためファッショナルブルでないと思っていたからです。

しかし軍事FPSをやっているとミリタリーファッションも良いのではないかと思ったのですが、やはり着ません。

 


やはりこれは所詮はゲームはゲームだと言うことですね。
軍事的ゲームからサイバイバルゲームやミリタリーに入る人もいると思うのですが、やはり画面を見て操作してるのと、自分が実際に動くのでは疲労が違います。

ゲームの世界では疲れずにやりたい放題ですが、自分が実際に軍服着て銃火器持って走ったりしたら疲れる事でしょう。

だからサバイバルゲームは一度は体験したいとは思いますが、私は、そちらの趣味の方には移行しないのではないかと思います。

あと私は小学六年か中学一年の時に空気銃を買って、友達と河川敷で遊んでた時があるのです。

その時、たまたま、後ろを向いていた私の後ろの、ふくらはぎに空気銃のBB弾が誤射で一発当たって、凄い痛いと思ったのです。

それ以来、空気銃は危ないと思ったのですね。
結構、空気銃は威力があるんですね。
例えば自分の部屋で打って遊んでいて目に誤射したら大変ですよね。

だから私はFPSゲームを切っ掛けにして、またもしくは大人になった為に世界情勢に対するニュースを知る様になったので軍事的な記事を書くときもあるのですが、全くミリタりーな趣味は持ってないです。

でもサイバイバルゲームは少し面白いと思います。でも痛いのじゃないかと・・・。でもアソレチック、冒険系の方が面白いかもしれません。

本当は制作するゲームでも芸術でも恋愛要素がある物が良いのかもしれませんが、どうしてもSFや多少軍事や怪物系、宇宙人系になってしまう。ゆえにキャラクター性の優位が少なく、表面的にユーザーを引付ける要素が少ないのです。

ゆえに最近は恋愛要素の強いゲームでも作ろうかとも考えてます。(しかも男性向けでなく女性向けの・・・。その理由は、またいつか書きます。)

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

 

【日本列島が美味しすぎる件。そして衰退への道】

こんにちは江嶋ゆきひろです。

今日は陰謀論的なもの。そしてゲーム理論に基づいて日本近接各国が、どの様に日本列島を考えているのだろうか?と想像してみます。(笑)

さて中国やロシアからしてみれば、日本列島などと言う列島は
さぞかしウザったい島であることでしょう。

なにせ世界的な共産主義実現しようにも、玄関の扉開けた途端に資本主義リーダーの米国が守る列島がある訳です。

これがまだ太平洋の、ど真ん中にあるのだったら良いけど、もう太平洋を眺めようと玄関先を開けたら日本列島がすぐそばにバンっと浮かんでいる訳ですから

中露からしてみたら、さぞかしウザったく、そしてもし手に入れる事ができたら、そうとう美味しい列島であることは確実です。

そして本当に日本からしれば都合良く、まるで大陸から離れる様にして、のけぞる様にしての「逆「く」の字」。そして首都「東京」は米国や太平洋に一番近く、そして中露よりも、もっとも遠い場所にあると言う、中露からしてみればの戦略の難しさ。

私が逆立場で中露の立場になれば、さぞかし日本列島は戦略上、とても美味しすぎるのです。
そして何とかして日本を取り込みたいことは思っているのでしょう。

そう言った事を考えれば、近年の米国の姿勢も、いささか最近では意識が日本から中国よりになってきて、その日本列島の貴重さが、わかられていない様に感じられるのです。

(震災の時に、歴史の知らない黒人系米国人スポーツマンが真珠湾の罰だと言ってたりしたそうです。)

私は東アジア問題は西洋列強が東洋人を分裂させる為に起こしている物だと一部では思っているのです。

なにせ朝鮮半島含め、中国の漢民族と日本人が仏教徒同士として本格的に組んだら(どちらが主権を持つのかは別として)総人口は多くなり、大変な事になりアブラハムの宗教各国からしてみれば東洋人が世界的にメジャーな民族となれば面白くなく大変なことになります。

(1200年代から勢力を広めたモンゴル帝国は当時の世界人口の半分を支配する東洋人の帝国であり、世界的には東洋人がメジャーな民族でした。)

民族を分裂させておいて力を持たせないと言う作戦は古来から存在すると思いますが、まさに今、そうなっているのだと思います。

だから本当の所は東アジア問題よりもライバルは西洋にあるのです。そのスタートラインにも立っていない状態です。

日本人は、いささかと言うより、かなりアジアに対して優越に浸っている民族です。ですからシャープが台湾の企業に買収されるのもなかなか決定しなかったのです。

経済的な構造から考えても、日本の技術系大企業を役目を終えつつもありますから、こういうこともありえますし、中華系の企業の日本進出もこれからドンドンあるでしょう。

今、日本は崩れそうな家を、頑張って気合で支えているだけなので、物理的な重さが本格的にかかってくれば、プライドなど関係なしに、経済メカニズムに則った形で、素直に崩れるでしょう。

10年前くらいだったと思うのですが、かつて朝まで生テレビで司会の田原総一郎さんが経済誌の表紙に書かれた「中国ルールが世界を支配する日」を出して論じようとした所、

中国人の評論家は、半ば嬉しそうに、しかしながら「それは、有り得ないよ。」といってましたが、

しかし今や、中国政府が操作する自国通貨による為替変動によって世界経済をコントロールできる事を証明しました。

さて「中国ルールが世界を支配する日」。ここで何が思い出されるでしょうか?

思ってみれば、日本、日本と言っても、手に取ってみれば、
メイド・イン・チャイナの物など、溢れていますね。
日本は日本人の手によってのみ作られた国でないのです。

ファンタと言う炭酸飲料ありますね。あれはナチスドイツ政権の時に、コカコーラーが作れなかったから、かわりにドイツが作った炭酸と言う事で、見方を変えればヒトラーの意思は、まだ生き続けていると言う事になるのですね。(笑)

ファンタを飲めば実は潜在意識の奥底では「ハイル・ヒトラー」になってしまうかもしれません。(笑)

それを考えば、中国人労働者が汗水たらして作った製品が
日本に溢れる中、つまり中国精神あふれる物が、日本に溢れる中、本当に「日本は純日本なのか?」と言う疑問が出てくるのです。

それを考えた時、近隣諸国でガヤガヤやっているのではなく、
もっと遠い未来を見つめ、西洋を見据えないとならないと
思うのであります。

そんな中、私は主に深夜でオンラインゲームをやるがゆえに、
その時間帯は欧米は昼間ですから、対戦プレイヤーは日本人は全くおらず、欧米人も多く、

私自身、自身のプレイヤーアイコンのマークを良く「日本の旗」にして日々頑張るのであります。

ゲームの世界でも日本人と言う事をアピールし、
欧米人の頭の中に一秒でも「日本人」と言う物を植えつけたいと思うのであります。

そうすればゲームに登場するキャラクターの顔に、日本人の顔が多くなってきて、気持ち悪い程にリアリティのある世界観を満喫できると思うからなのです。

現状のゲームの主人公の顔が西洋人と言うのは、なにかいつでもハリウッド映画を見ている感じで、東洋人に囲まれて産まれ生き、東洋人の顔を持つ私としては、没入感も少なく、あまり心にドクっとならないのです。

そう言った意味では先日のターミネーターの最新作では、ターミネーター役に韓国俳優が起用され、「東洋人初のターミネーター」となり、その恐怖感と気持ち悪さが印象的でした。

 

 


もはや世界的レベルでみれば、芸能の世界では東洋と言えば、韓国なのです。日本人俳優よりも韓国人俳優の方が世界的には有名でしょう。これに対して、日本は何を思う?

これに対して、横から首つっこんでくる。と思われても良いくらいに、もっと日本の芸能も戦略的にならないと思うのでございます。

いまや全く日本と言うものの存在感が、世界的に見れば近年は猛烈に薄れてきているのです。

なにか日本と言う物が、老若男女各位が誰もが精神老人化してしまって、具体的でない「和」を実現できたかの様な顔をしてしまっているのです。

もうすでに世界で一番の和の国であるのですから、さてこれからどうするのか。それがあまり見えてこないのです

このままでは日本列島そのものが、まるで生気・精力が感じられない巨大な「老人ホーム列島」となってしまいます。

長く生きれば生きるほどに「権威ポイント」的な物が、たまって行くと言う様なシステムが世界的に発行されて認可されているのならば、ただ単に生きているだけでお得です。

しかしながら世界標準的な考え方では、長く生きてるだけで無条件でポイントが貯まると言う訳ではないのです。
その解決策を今後、この江嶋ゆきひろが考えたいと思います。

 


(下記のYouTube映像:~音楽企業による音楽流通の障壁が無くなったこのネット・グローバル時代において、ギャグソングのピコ太郎氏以外、全く日本産ダンス音楽映像が通用しない中、何事も無い様に、同じ東アジア民族としては世界的に人気(条件は億単位の再生回数)になってしまっている非英語・自国語による韓国産ダンス音楽映像の例。

ただ日本産音楽は世界的にビジュアルロックとアニメ音楽・ゲーム音楽が強いが、これらが世界中のナイトクラブ等の飲食店で選曲されることはありません。

つまりこれは、世界中のアウトドア系の人々の日常生活に根付いている東アジア音楽の中に日本音楽は一切なく、あるのは韓国語の韓国音楽と言うことになります。つまり日本は世界の人達に対して音楽面から外貨を獲得する術が無いと言うことです。

そしてこれは日本が敗戦後に誓った「民主主義・自由主義の実現」が全く体現できていないということを証明しています。日本人の首と肩が、いまだにカチカチコリコリと、凝り固まっている状態なのです。

それゆえ日本人の一員である私自身・江嶋ゆきひろも、日頃から腰部の柔軟性が無いがゆえに一時期は腰椎分離症と診断される結果となってしまったのです。もしも韓国の様であれば、そうならなかったかもしれません。)

以上、お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

Youtube 韓国ダンス「BLACKPINK - '붐바야'(BOOMBAYAH) M/V」

 

 

 

 

 

 

【東アジア問題が背景の娯楽化を勧めます】

こんにちは江嶋ゆきひろです。

さて今回は東アジア問題についてです。
これは個人的には、常に隣国同士は問題はあるのが、普通だと思っていますし、同盟国であるアメリカとの経済上の問題も
あると思います。

さて票でしか、政治を動かせない一般人としての意見ですが、
こう言った問題がテーマになっている娯楽商品と言うのは非常にリアリティがあって面白いです。

いつしか前、テレビのワイドショーで「中国が自衛隊から尖閣諸島を取り戻すFPS(一人称シューティングゲーム)」を発表して、敵兵である自衛隊員の名前が日本名で表示されたりするのですが、それが衝撃的だとして放映されました。

こんなゲームにハマってウチの子が本当にそんなになったら
どうするの?と言う声もあるかもしれません。

しかし個人的には、こう言うのはアクマでも娯楽であり、むしろゲームであればリアルな世界情勢を反映したストーリーで
無ければ面白くないと言う部分もあると思います。

実際に戦争になるより、一般の中国市民や日本市民がパソコンやテレビの画面で、中国軍や自衛隊を操作しながらバンバンとやっていた方が平和なのではないかと思っています。

これはゲームですから対戦ゲームですと、中国軍や自衛隊、
どちらかを選んでプレイもできるはずです。
そしてこう言ったゲームをやり続けると、敵軍の装備などにも興味を持つ様になって、今度は中国のプレイヤーが自衛隊側になってプレイすると言う事もあると思います。

FPSゲームは世界情勢を反映した物語が多いです。
一昔前はイラク戦争の影響で、中東が戦場の物が多かったですが最近は時代を反映して中国軍が登場する物が多いです。

でもゲームですから中国軍側になって戦う時もありますし、
中国軍の装備にも詳しくないとならないのですね。

こう言うのをプレイしてくると、どうなってくるのか不明ですが二つあって、一つはゲームの世界にハマって、その思想を
そのまま現実に採用する傾向が強くなってくる。

そしてもう一つはゲームをやる事によって、それがストレス解消になり、だんだんと実際の世界情勢が茶化されてくると言う傾向が強くなってくると思います。

しかしゲームをやって本気になって現実の政治に熱中しても
そもそもゲーマーですから政治を動かす様な地位に無いわけです。
例えば実際の政治家がこんなゲームをやっていたら危ないですし、このゲームをやったら「よし実際に戦争だ!」とはならない訳です。

むしろこう言った戦争をシュミレーションして、結果、茶化されてしまい、むしろ敵国の事にも興味も持ち出して仲良くなってしまう。

私はゲームの作用は、こう言う物だと思います。

ゲーム「フォールアウト3」の世界では中国とアメリカの核戦争によって原始時代の様になった世界で冒険しますが、
やはりそうなると核戦争後は大変だと言う啓発になりますし、
登場する中国軍の武器を拾って装備し、中国軍の武器に詳しくなってしまい、その結果、中国軍に逆に興味を持ってしまうと言うプレイヤーもいるかもしれません。

・・・と言うことを考えると、ゲームの世界に日本の自衛隊が登場するのは非常に少ないのです。自衛隊が登場すれば、それをやる世界中のプレイヤーが自衛隊の装備やテクノロジーなどに興味を持ち自衛隊のファンになるかもしれません。

とにかく日本は、すごくミリタリー娯楽的な物をタブー扱いしている様な感じがするのです。

さてここで「娯楽と政治的な問題は関係ない」と言う趣向で書きましたが、それを思いっきりやったのが、プロレスラーの「橋本真也」(故人)でした。

橋本真也は新日本プロレス脱退後の自らの設立団体「ゼロワン」で、靖国神社で、自らの日本人軍団と中国人軍団との戦いを繰り広げたのでした。

プロレスのテーマの中に「怒りを表現する」と言う部分があるのですが、戦後日本の力道山は、日本人の欧米人に対する怒りを体現し熱狂させた物でありました。

太平洋戦争で欧米人に負けた日本人が、身体一つで欧米人に空手チョップを食らわせる姿は、多くの日本人に勇気を与えた事でしょう。

1995年にアントニオ猪木が北朝鮮で開催したプロレスの猪木VSリックフレアーでしたが、これはまさに上記を狙った様な物であります。

 


(知る方もおられると思いますが、なぜ猪木が北朝鮮にこだわるのかと言うと師匠の力道山が北朝鮮生まれだからです。)

東洋人である猪木が金髪白人のリックフレアーに勝つと言う図式は、「我々は同じ東洋人であり、欧米にも負けないぞ」と言うメッセージのある試合だったのかもしません。

これは同じ日本人同士の対決だったらプロレスが存在しない北朝鮮の観客にはわかりずらかったかもしれません。

さて話は脱線しましたが、前述の橋本真也は「日本 vs 中国」を、なんと「靖国神社」でやると言う、ド凄い事をやったのです。

もちろんこの靖国大会になるまでの展開、物語があり、
ある日、橋本真也の試合を見た中国格闘技集団が「試合が生ぬるいぞ!」と言うことで橋本軍団に対決を申し込むのです。

そこまでの流れがリアリティのあるゴタゴタが始まるのですが、少林寺拳法の様な痩せ型の体格の格闘集団を、はじめは橋本は相手にしなかったのですが、
中国軍団がゼロワンの事務所に押しかけたり中国人が片言の日本語で抗議しながら「身体の大きさじゃない!パワーだよ!」と言ったり押し問答となり、面白い展開でした。

中国も強い訳です。小柄ながらジャンピング回し蹴りを側頭部に当てて、体の大きな日本プロレスラーをノックアウトして、だんだん橋本もヤバくなってきて、ついに橋本も本気になって戦うのです。

そう言う展開でした。

実は後ほど、その中国人のリーダーが、とある全く関連の無いテレビ番組の心霊現象再現フィルムに登場してた事から、本当は中国人格闘技関係者でなく、片言の日本語を喋れる「中国人の役者」だったと言うことがバレバレなのでした(笑)

(もしかしたら元は本当に中国の格闘関係者で、後にゼロワンの試合後に、どこかにスカウトされて役者として仕事をしたのかもしれませんが、その可能性は薄いかもしれません(笑))

と言う訳で、以上に様に全く思い切りが良くタブーが無い訳です。

世の中にある悶々とした日本と中国の思いが、この様にして
エンターテイメントして繰り広げられています。

もうこうなってくると実際の問題が茶化されてしまい、どうでも良くなってしまう。「差別」はいけませんが、日本と中国の「区別」と言う物はある訳ですから、それぞれの想いが、ぶつかれば良いのです。

それが根本的な部分で差別をしたり、なにか「日中韓」的な娯楽は、いけません、言っちゃいけません、みたいな雰囲気が、どこかに漂っているのが、非常に、いやらしい感じがします。

思い切ってエンターテイメント化してしまえば良い、と思っています。
エンターテイメント化すると言うことは現実ではなく仮想でシュミレートすると言う事なのです。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

【悪魔退散!トイレは綺麗に、面白くしよう。】

こんにちは江嶋ゆきひろです。

さてトイレ、お手洗いを綺麗にすると良い事が起きるとか幸せになれると言う話を聞くことがたまにありますね。

そして有名な曲で「トイレの神様」と言うトイレを綺麗にしようと言う歌もあります。

私は男ですが、トイレは日々、綺麗であるべきだと思いますしそしてトイレにいろいろな置物を置いて凝っています。
いろいろと香料も置いたりしてます。

男と女、女性の方が明らかにトイレの雰囲気には敏感だと思います。
それにしても公衆のトイレ、駅前のトイレとかは
もう、物凄いことになっていますね。(笑)

最近では、貧困格差も広がり、公衆トイレのトイレットペーパーを盗む人も多くなって来ているので、トイレットペーパーが無いと言う時もあります。本当に、とんでもない事になっています。

日本人は昔から欧米よりも、清潔を好む国民だと、海外からも驚かれる程に評価は高く、今でもそうですが、日本人一人一人を見ていると結構、他人が見ていない時では、勝手な事をやっている様な民族性があります。

「後は誰かがやってくれるだろう」と言う感じです。

だからと言って、忙しい時に「路上に落ちているゴミや倒れている自転車を直そう」と言っているわけではありませんが以前よりも公衆トイレのペーパーが盗まれやすくなったと言うのは、もう格差も来るところまで、来てしまっていると言う感があります。

盗難予防だけしてもダメで、国全体から考えないとダメだと思われます。

さて電車に乗ると、たまになんか不自然に席が空いているわけですね。
これは得したな、と思ったのですが、その席には小さな紙くずとかボトルが置いてあるんですね。

それを単に退かせば、普通に座れるので、自分は良くゴミを退けて、座るのですが、アレは一体なんなんでしょうか。(笑)

二十年前のサリン事件やテロによって、ああいった小さなゴミでさえも危険物に見えてしまって、拾おうと言う気持ちも起こらないのでしょうか。

さてトイレを綺麗にすると運が出ると言うことについて恐らく科学的には、トイレを綺麗にすることによって汚水や下水からの
ばい菌、害を防ぐために、やっかいな事にならず、日常生活が上手くいくから運が良くなると言うのが、あるのかもしれません。

特に昔の汲み取り式トイレの時代だったらそうだったかもしれません。

 


あとは最大の原因は見た目ですね。やはりトイレが汚いと気分も悪いです。

「もともと人間は自然界の中、山中などで用を足していただろう」と言うのは確かですが今は現代社会ですから、やはりダメです。

もう下水から地上に悪魔が這い上がってくる、と狂信するくらいでないとダメです。(笑)

もう、あの一部の駅の汚いトイレは悪魔の住処です。
現に魔王の一人である「ベルゼブブ」は大きなハエの悪魔ですからそれが不潔なトイレにやってくるかもしれません。(笑)
その様に意識を付ける事です。

トイレの見た目は、心の豊かさを表している様な物です。

例えば一人暮らしの男性がデートで女性を部屋を呼ぶときそのトイレの綺麗さは好まれる事の絶対条件だと思います。

高級な物を手にいれて、心を豊かにすることができます。
しかし余裕が無い人は、まずは最低限の労力で「生活が向上」した様に見えるトイレの掃除とアクセサリー、置物に、こだわるべきだと考えています。

トイレの内装が、もともと綺麗でなくても、いろいろ工夫したりポスターを貼ったり、日曜大工的に、いろいろやるべきですね。

人生、貧しく終わるか、豊かに終わるか、の鍵を握っているのが一つ、トイレかもしれない、と私は考えております。

お読み頂きありがとうございました。江嶋ゆきひろ