副作用第二段階 | lapinのブログ

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2015年29歳

切迫早産での入院生活について書いています

ブログは初めてでお見苦しい点あるかと思いますが

よろしくお願いします

更新遅れてしまいましたが、

ルテオニンの副作用以降のお話をさせていただきます。



ルテオニンの副作用は

全身の震え

動悸とそれに伴う熱

頭痛

などが主なところです。




「わたしはいくらでも副作用には耐えられるけれど

お腹の赤ちゃんは辛い環境に耐えることはできないかも知れない」


「産んでしまったらもう、わたしにできることは何もなくなってしまう。

小さく生まれた赤ちゃんが頑張るのを、ただただ横で見ていることしかできなくなる」


そう思ったら、副作用なんて大した問題ではありませんでした。





入院から一週間ほど経ったころにも

まだわたしのお腹は張り続けており、

ルテオニンの流量はすぐに主治医の先生に言われていた限界値に到達しました。

60ml/分です。


2~3時間おきにアイスノンを新しく替えてもらいながら

その流量での副作用には一日で少し慣れてきました。

ちなみにこのときのお腹の張りは10~15分に一回程度でした。

晴れていて気圧の変化が少ない日など、

調子が良いと1.5時間くらいお腹が張らないで過ごせました。



しかし、その夜。

ルテオニンの限界値の甲斐なく

就寝前にお腹の張りが3~5分に一回のペースになりました。

消灯後の病室は真っ暗。

例によって一人で携帯の時計とにらめっこ。

分刻みのスケジュールの始まりです。



わたしの場合、お腹が張っても痛みはなかったので

「お腹が張っていても、もしかしてこのまま正産期までいけるんじゃないか?」

なんて淡い妄想をしながら、

張りは収まらず、またナースコールに手を伸ばすのでした。


そこから、忘れられない夜が始まりました。





真っ暗な中、看護士さんが懐中電灯を持ってやってきました。

お腹にモニターをつけ、

機械が動いてしまわないようそのままの姿勢を保ちながら、

いつものようにお腹の張りと赤ちゃんの心拍をモニタリング。


お腹が張っているとき手でお腹をさすると

それが刺激になって更に張ってしまうものですが、

このモニターの機械も同じです。


お腹にベルトで固定された2つの固い機械は

赤ちゃんにゴツゴツとした感触と違和感を与えます。

わたしの赤ちゃんは特にその感触が嫌いで、

機械が付けられると尚更張ったり、

機械から逃げるように場所を変え、よく心拍がとれなくなりました。

(このモニターのやり方が、いつか改良されることを願います。)



結局その夜の張りは全く収まらず、

1時間ほどしても間隔が空かなかったので

当直の先生に診察してもらうこととなりました。

夜中に車いすに乗って病室を出ます。



子宮頸管は2.7mm。

点滴で張りを抑えていることと

ずっと横になっている成果もあって、少し回復。

でも、これ以上お腹が張ればすぐに逆戻り。


「副作用が強いから、こっちの点滴はなるべく使いたくないんです」

当直の先生が言いました。

わたしはすぐに、構いませんと答えました。

こうして、2つ目の点滴が追加されました。



点滴の名前は、マグセント。

副作用はこれまでのものに加えて

身体のだるさが顕著になること。

また、稀に不整脈が起こるということで、

胸に心電図をつけることになりました。

また、血中のマグネシウムの量を調べるために採血が3日に一回に増え、

尿の回数と量も毎回量って記録することになりました。



点滴2つに、心電図。

これが、これ以降のわたしのスタイルになりました。

(なお、ルテオニンはこのとき2倍の濃さのものに変更され、

全体量は変わらないものの30ml/分と、落ちるスピードが少し緩やかになりました)



こうして5時間ぶりにモニターを外したのは深夜3時のこと。

副作用が襲う前に、疲れ切って眠りに落ちました。

この夜、ひとつだけ良いことがあったとすれば、

ベッドと簡易トイレだけを囲ったこのカーテンから

一瞬だけ、1週間ぶりに出ることができたことでした。


そしてこの4日後、

マグセントも限界値まで上がりました。





数日で点滴が増え、限界値まで上がったことで

わたしの身体は限界を迎えていました。


食事前にお茶を用意してくれるおばちゃんに、

「あ」でも「う」でも、その一言すら、返す力がありませんでした。

食事は、横になったまま眺めるだけで精一杯でした。



看護士さんが心配して声をかけに来てくれたり、

主治医の先生が週に一回のエコーを見せてくれました。


能天気だったわたしも、とうとう

「しぬわけじゃないからだいじょうぶです・・・」

と涙を流す程度には、心身ともにやつれていました。

体重は、妊娠してからも元々さほど変わっていなかったけれど、

このあたりで入院前より2kg減りました。



目が満足に開かず

思考能力が低下し

全身が熱くて

だるくて

動かせなくて

視線を動かす気力もない。

ただただ、赤ちゃんをお腹で育成する機械になったかのようでした。

それでもいいと思いました。

点滴は2種類しかないことは事前に説明されていたし

その2つとももう限界値となっている。

あとは耐えるだけ。

そう、もうこれ以上、しんどくなることはないのです。


身体が動かなくても無理やり簡易トイレに腰かけ

尿の量を記録し

胸から延びる心電図のケーブルをよけながら

またベッドに横たわる。

心電図の粘着力は非常に強く

1日に一回の張替えで皮膚がめくれた。

シャワーにはもう何日も入っていない。

いつ入れるのかもわからない。

2日に一回の清拭だけでは身体が黒ずんでいく。

食事はもう何日も、1日にひとくちが精一杯。

わたしは、ただの赤ちゃんの容れものになったんだ。




それでも。



あとはひたすら、耐えるだけなのです。


ただ、ひたすら。





入院から2週間、妊娠28週のことでした。