先日、ふと目が覚めた。

時計を見るとAM4:30。

起きる時間にはまだまだ早い。

 

いくらコンビニがあると居酒屋街が近いからといっても、私は夜明け前の早朝という時間は清々しく静閑な空気の中にあると感じている。

窓を少し開けていたが、いつもは聞こえてくる車が走る音すら聞こえなかった。

 

どうやら晴れているようだ、カーテンの隙間からまだダークブルーの宇宙のような青い空が見えた。

 

目が覚めるのは理由がある。理由を探せ。

という言葉を私なりに信じている。

 

以前、いつもより早く目が覚めた時は「洗濯をしろ」というお告げだった。起きた時は晴れていたが、その日は結局午前中しか日が差さなかった。早めに干しておいてよかったということがあった。

 

体も重たいながら、目が覚めた理由を探すために起き上がった。

 

今度は一瞬で分かった。

私は、すぐさまカメラを手に取りシャッターを切った。

 

 

この日、札幌の日の出は4時51分。

日が出て明るくなるとオレンジが抜けてしまう、時間としてはギリギリだった。

 

先日行った美瑛など大自然の中で見られる朝焼けとはスケールが違うが、私にとっては目が覚めた理由としては充分だ。

 

眠気など吹き飛び、レンズを替え、構図を替えシャッターを切り続けた。

 

空のグラデーションが赤から白に変わり始め、また眠気が湧いてきているのに気づいた頃、宇宙の青の中で輝いていた月はもう見えなくなっていた。

 

 

taji

インスタ映え、レタッチしすぎ写真。

 

「インスタ映え」にアサヒカメラが怒りの一撃!ギラギラした風景写真はもう要らない。

 

私のツイッタータイムライン上のカメラマンの方々が次々と意見を出されていた。

表現なんだから自由。

撮影プロセスを楽しむことが大事。

などなど。

 

上記URLの記事だが、自然界に無い色が表現されていたり、

「自然風景を撮るのであれば、自然を自然に表現してほしい」

彩度が高くて、ぱっと見きれいな「スマホがつくる色」がいいと思う人が多くなってしまった。

 

という風景写真家の方の意見が紹介されている。

 

以下、私の愚見である。

 

残念ながらウケ狙いができない人の負け惜しみと嫉妬にしか聞こえない。

 

スマホがつくる色がいいと思う人が多くなって、コンテストに影響が出ている。

そんな写真がSNSや雑誌など、世の中にたくさん出ている。

 

そりゃそうでしょうね、分かりやすいコンテンツの方がウケがいいですから。

「本物」が評価されにくくなってしまったことに危惧しているのであれば、それはそうですと言うしかない。

 

しかしこれは今に始まったことでなく、世の中の真実ではないのか?

 

売れるものを作れる人が強いのだ。

ウケ狙いの人が勝つのだ。

もっと上手い人がいるが評価されたのは違う人。

そんなことばかりの世界ではないのか。

 

100m走でタイムが一番速い人が優勝、とは話が違うだろう表現の世界では。

 

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しかし、そんな絶望ばかりもしていられないし、やさぐれてもしょうがない。

ウケ狙いが嫌なのであれば、私が思う解決方法が一つだけある。

 

「本物」を評価して欲しいのであれば「ウケのいいもの」よりも「圧倒的」に本物であればいいのだ。

 

スマホがつくる自然ではないウケのいいものを凌ぐ、圧倒的な本物を出せばいい。

並んだ時、大衆はそれをわかるはずである。気づく人は必ずいる。

 

怒りの一撃!ではなくプロだからこそ、このマインドでいてほしかった。

 

 

ピューリッツァー賞を受賞したケビン・カーター氏の有名な写真。

「ハゲワシと少女」

その1枚には、私などが到底語ることのできない圧倒的な「命」の本質の瞬間があるし、誰もがそれを感じることだろう。

 

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(この写真はレタッチを抑えめにしてみましたよ。)

 

「インスタ映え」という言葉には、どうやらマイナスなイメージが多いようだ。

 

しかし、この文化に対して私はこう思っている。

私自身、写真を始めて世界が変わったのだ。

天気予報を気にするようになった。

空を見るようになった、花を見るようになった、星を見るようになった。

 

今までどれだけのものを見逃していたかに気づいたのだ。

 

写真を撮り、目に映る景色を大切に見ることが「インスタ映え」の未来であるなら、それはとても素敵なことではないだろうか。

 

 

taji

私の住んでいる北海道では、お盆の時期なにやら皆そわそわしている。

早めに仕事を休みにしたり、そのために今はもう住んでいない北海道に帰って来たりとそのイベントにかける強いエネルギーを感じる。

 

今年も札幌の街中の至る所に、そんな人たちに向けた夢のお知らせのようなポスターを見かけた。

 

"RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO"

 

私のツイッター上で参加した人たちの歓喜の声が多かったバンドがあった。

 

ELLEGARDEN である。

そのツイートにはセットリストが書かれていたが、ある1曲に目が止まった。

 

「スターフィッシュ」

 

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今から13年前、高校2年生の時にバンドを組んだ。

「LEMON’S LEMON」という名前。

自販機で売っていた同商品の名前を借りてバンド名にした。バンド仲間など周りからは呼びやすいレモンという呼ばれ方をしていた。

結成したきっかけは「音楽で食べていこう」というような理由ではなくクラスにたまたまギターを弾ける、ベースを弾ける、ドラムを叩ける、歌が上手い人が揃っていた。

なんかバンドしたいね、という理由だったと思う。

 

私はその中で2nd Gt としてメンバーの一人になった。

エレキギターは持っていたなかったので、1st Gtの友達に借りた。

Voは楽器を弾かないので、全部で五人という大所帯の編成だった。

 

流行りの曲も聴かず、フォークソングとソロギターばかり弾いていた私にまず大問題が発生した。「曲がわからない」

 

バンド自体はコピーバンドだったため、ここで色々なアーティストを聴くことになった。

当時の自分は恐らく出会うことのない「音」を聴けたのは幸せだった。

その時初めて聴いて、覚えたのは

ELLEGARDEN、XJAPAN、Hi-Standard、GreenDay、Bump Of Chikenなどなど。

 

さて、LEMON’S LEMONの活動が始まりそれらのアーティストの曲を聴きながら、記事のタイトル通り「スターフィッシュ」という曲がお気に入りになった。

 

かっこいいリフで始まるイントロ、星が流れるようなサビのメロディー、Cメロのキラキラ感、高校生には真正面から突き刺さる切ない歌詞。

 

私は、当時ELLEGARDENというバンドのことを全く知らなかった。

知らぬ間に活動休止していたり、どれだけの人がこのバンドを愛しているかなどを知ったのはもっと後になってからである。

 

ただ、純粋に曲が好きだった。

ライブで演奏したときも盛り上がったし、高校を卒業しても、大学時代も、今になってもたまにプレイリストの中から急に現れては、当時を懐かしく思い出させてくれる曲になった。

 

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バンドをやっていなかったら高校生の時には聴いていなかっただろう。

高校生の時に聴き、弾いたから、大人になっても残っているのだと思う。

 

それは同世代や、同じような経験をした人にも言える。

 

社会人になってから聴いたとしても

バンドで演奏した思い出もないし、それに付随してブワッと押し寄せる思い出のように周りがキラキラしている空気も懐かしさも感じない。

 

高校生の時に聴けてよかった。

その点で当時のバンドメンバー、友達には感謝している。

 

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さて、あれから13年が経ったが私は今でも音楽活動をしている。

 

バンドではなく、一人で。

エレキではなく、アコギで。

 

ご存知の方もいると思うが、アコースティックギターインストという上に書いたアーティストとはかけ離れた音楽である。

 

ライブ時はギターの音作りにこだわっているつもりである。

 

(中央が私です)

 

アコギの音が良くなる機材や、リバーブ、ディレイの使い方も一通り考えている。

 

見る人が見れば、その中でも少し浮いた機材がある。

ギターから伸びているケーブルなのだが、名前をMonster Cable(モンスターケーブル)という。

何とも恐そうな名前である。しかもアコギ用ではなくエレキ用なのだ。

 

「LEMON’S LEMON」を結成した時、エレキギターを持っていなかった私はもちろんケーブルも持っていなかった。

ギターは借りることができたが、せめてケーブルくらいは買っておこう。

当時高校生の私にとってはとても高かったが、良い音を出せるようにとそのケーブルを購入した。

「エレキギター用」のMonster Cable(モンスターケーブル)である。

 

バンドは解散し、高校も卒業。

大学に入り音楽活動を始めるまで眠っていたが、復活してtajiサウンドを支えてくれている。

 

1本のケーブルだが、実はこんな裏話がある。

 

 

taji

[北海道美瑛町 クリスマスツリーの木]

 

北海道の夏はもう過ぎようとしている。

先日の台風の影響で少し暑くなったが、お盆を過ぎると夏が終わったように感じるのは変わらない。

 

忘れていたような蒸した暑さに嫌になり、それでもなんとか毎日を過ごしているが気づくと涼しくなっている。

 

途端にあの暑さが恋しくなる。北海道はその期間が非常に短い。

 

今になり、短い「夏」と感じられた先日の美瑛が恋しい。

 

美瑛では写真と動画も撮影した。

帰って来てから動画の中に写真を入れ込み、1本にまとめてみた。

 

是非ともご覧いただき、夏の風と光を感じていただければ幸いである。

[イヤホン推奨です]

 

 

写真や映像に「音」という要素が加わるとより鮮明になる。

 

今の私が考えていきたいテーマである。

 

taji

ギターを初めて弾いた日のは中学生の時。

今回は私が中学生の話である。

 

空白の2週間。初めてギターを弾いた日

(興味のある方、こちらが初回です。)

 

テツandトモを見てギターを弾き始めたのは、前回のこのテーマで書いた通り。

もちろん最初に弾けるようになった曲は「なんでだろう」である。

 

中学1年生の3月、最後の日にでクラスで披露したのを覚えている。

当時はチューナを持っていないため、朝早くに音を合わせてから学校へ持って行った。本番時には残念ながら若干狂っていた。

 

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そこからのtaji少年の思考はこうだった。

「ギターで弾ける曲といえばなんだろう??」

 

そのアンテナを張った私に引っかかったのがフォークソングだった。

 

2003年当時といえば、ゆずやコブクロなどが既にデビューしている頃である。

まさにギターで弾ける曲ではないか。

 

しかし、ゆずやコブクロに引っかかるのはそれから6年後くらいの話である。

中学2年生の私の心を惹きつけたのは1970年代のフォークソングだった。

 

その頃数多くフォークソング特集がテレビで放送されていた。

みのもんたの番組を録画して何十回と見ていた記憶がある

岩見沢でのフォークジャンボリーが始まったのも2002年だったと記憶している。

 

アンテナを張っていたから引っかかったのもあると思うが、何よりもそういうタイミングだったのではと今になって思う。

 

かぐや姫「神田川」

チューリップ「心の旅」

 

など、誰もが存在を知っている曲が生まれたのが1973年。

ちょうど2003年の30年前である。

 

そんなタイミングで過去の曲が再びテレビで流れることが多くなったのだろう。

しっかりと引っかかったのが私である。

 

そして、フォークソングはギターで弾ける!これだ!と思いかぐや姫の楽譜を買い、2000年に復活したライブのDVDを買い、弾いている様子を見ながらギターを持ちコードを手で押さえながら、フォークソング特集の楽譜を買い、弾きながらを繰り返し、その世界にはまっていった。

 

2019年、今でもフォークソングは大好きだ。

ライブでなごり雪を演奏することもある、やはり「ギターで弾ける」曲はこれからも聴き続け、そして弾き続けるだろう。

 

 

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フォークソングの楽譜と一緒に、側にもう1冊の本があった。

 

私よりも先にギターを手にしていた父が持っていたある本。

この本の存在がなければ、全く別のギタリストになっていただろう。

 

というほどの存在である。

 

 

taji