音楽活動をしていた大学生の頃から、私より年齢が上の方々からは常にこう言われてきた。「歳をとると時間が経つのが早い。」ということだ。

いざ30歳になってみると、たしかに早い気もする。

中学生が15年前、高校生が12年前、大学生が8年前。

あのドラマはもう30年前か・・・あれからもう何十年と経ったのか信じられない。などといった会話も聞こえてくる。

 

正直にいうと、私はこういうのが好きではない。

そりゃそうだ、と思うくらいだ。

 

それよりも、自分が若い頃に見てきた大人と同じ年齢になることを強く実感している。ちなみに、今私は30歳。

私が16歳の時に人生を変えてくれた方に出会ったのだが、その方の当時の年齢だ。

その方に教えていただいたことを、私の中で昇華していつか誰かに伝えられるようにと思っている。

 

小さい頃は遠い存在だった存在の年齢に自分がなっていくのだ、その人と私の今の立ち位置を比べてみる。最終的に自分らしく生きているかが大切だが、一つの指標として常に頭の中にある。

 

何もしなくても時間は過ぎる、私は一日が長いと思うことが少ない。

それは1週間も1ヶ月も1年も変わらない。

 

このブログを立ち上げようと思ったのは、夏になる少し前だったと記憶している。

その記憶が本当かどうか確かめると、初投稿は7月7日となっていることから間違いないと思われる。

 

色々な指標を忘れずに、記憶に刻みつけるため、そして振り返ることができるため。このブログがある。そんな裏テーマもある。

 

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せっかくなので2019年に撮影した写真を振り返る。

 

 

春、桜並木で撮影した。

周りの方から良い写真だねという声をたくさんいただけた一枚でもある。

 

 

 

牧草ロールがあるわずかな期間、夏真っ盛りに美瑛にて撮影。

天の川も初めてしっかりと見ることができた。

 

 

 

紅葉スポットが多すぎて、どこに撮影に行こうか迷っていた秋。

見頃でした、という情報をいただいて向かった月寒公園で油絵のような一枚を撮影できた。

 

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音楽活動では、tajiとして活動を始めてから10年が経過した。

YOUTUBEもありつつその中でも「Espresso trio」で3月に行ったライブが思い出深い。

 

Photo by Akihiko Tsumura.

 

三人が出会って10年。今もこうして一緒にギターを弾けるのが嬉しい。

 

このライブは念願のアーティストとツーマンという形で作り上げることができた。

下記チャンネルを是非チェックしてみていただきたい。要チェック間違いない。

 

みゆうちゃん YOUTUBEチャンネル

 

他にもロビーライブだったり、レディオだったりと参加させていただいた。

関係者の皆様、ありがとうございました。

 

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仕事面では4月に「主任」を拝命した。

マネジメントとして「楽しい」だけでなく、どうしたら仕事に対してやりがいを感じられるかを常に考えている。

今までの対象は自分だったが、チームという視点で自然と考えるようになった。

まだまだできることは未熟な域だが、それが私の役割だと信じている。

 

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2019年、たくさんの方にこのブログを読んでいただきありがとうございました。

何か心に引っかかるものを書くという当初の目標は変わっていない。

 

来年も引き続き、読んでいただければ幸いである。

 

taji

巷では忘年会スルーなどという言葉もよく見かける。

ニュースやツイッターなどでは、あまり行きたくないと考える人を多く目にする。

私もどちらかと言うとその一人になるわけだが、皆さんはいかがだろうか。

 

そんな「行きたくない」と思われてしまう忘年会を企画している人も必ずいるのであって、少しその人の気持ちも考えてみた。

 

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その人からすると来ない人は来ないで特に問題はないのだが、もしかしたら上司から「幹事頼むな」の一言で全てが始まってしまったのかもしれない。

 

「俺だって別にやりたくないのに、部長に言われたら断れないしなぁ・・・新人の役目かぁ」

と思いつつ、なんとなく上司に気を使った料理やお酒がある店をチョイス。予算を計算し、参加人数を募る、即決で参加を決める人もいれば「えー本当にやるの?俺は絶対行かないよ!」「私も別の予定が、、」という声を耳にしつつなんとか参加人数が確定し、お店に連絡を入れ周知・案内文を作成し参加者に配布、さてあとは当日まで一安心。

 

ここまで「忘年会スルー」などのニュースも目に入り、文句や心無い言葉を何度も乗り越えてきつつ、迎えた当日。

酔いが回り騒がしくなる店内、増えたのか減ったのかわからない参加者。

誰かと話をしていようにも、店側に「幹事さんいらっしゃいますか?お会計なんですが・・・」

酒のため回転が悪い頭を懸命に回し、なんとなく酒を飲み、料理を食べ、楽しかったのかつまらなかったのか記憶にも残らないような時間を過ごし幹事の役目を終了。

 

外に出ると、冬の冷たい空気が少し気持ちのいい帰り道。

来年は幹事を誰かに引き継げるだろうか。。

 

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日本中、探せば少しくらいそんな人もいるだろう。

 

「幹事さん、お疲れ様です。」

 

心から伝えたいと思う。

 

 

そんな私の職場の忘年会も先日終わったところ。

幹事のYさん、本当にお疲れ様でした。

 

ある人にとって忘年会とは、忘れたいのはその年ではなくその「会」かもしれない。

 

 

taji

 

なぜ、人は「苦い」ものを好んで味わうのだろうか。

ビールしかり、コーヒーもその1つ。

人生は「苦い」ものだからだろうか、そんなに苦いかは疑問である。

 

前回に引き続き、コーヒーに関してもう1つ考えを書こうと思う。

 

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前回の記事では、最後の方でなんとも言えない答えを書いた。

 

理想のコーヒーを求めて 今の着地点

 

「環境」が味の感じ方に大きく関わるといったもので「BBQは外でやるのがいい」のようなものだ。

 

「全てが同じ条件の一杯」は無い、という考えは変わらないが「大体同じ条件の一杯」はあると思う。

 

今は置いておくが、毎回同じ味にできるのがプロだ。

彼らは、どうしたら同じ条件になるかを知っているのだ。

 

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さて、ここで家で飲むという条件の場合のお気に入りを紹介したい。

 

 

ー侍珈琲 ケニアAAー

 

様々な産地があるが、お気に入りはアフリカ大陸のケニアである。

 

この侍珈琲の「ケニアAA」の特徴は「こってり」とした口当たりで、煙のようにゆっくりと鼻に抜ける香りが残る。

意識していなくてもコーヒーを飲んでいる、という実感が強い。

熱々からぬるくなる前までに飲み切りたいところ。

量は多く飲めず、こってりとしている口当たりからミルクと混ぜてカフェオレやカフェラテにぴったりで濃厚な一杯をいただけるだろう。

 

忙しい時や、ちょっと一杯飲みたい、というタイミングには適さず、少し心構えすら必要とする。

自家焙煎によるマスター気持ちが強く込められて「心して飲みなさい」という声が聞こえてきそうだ。

(※実際のマスターは「ケニアうまいですよ〜、最高ですよ!」という雰囲気です。)

 

苦味や香りなど、コーヒーの魅力を存分に含んだ贅沢な気持ちにしてくれる一杯だ。

 

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私の場合、ブレンドではなく基本的に同一種類をストレートでいただくことが多いため、飲み続けていると地域毎の特性がわかってきた。

コーヒーベルトとも言われているアフリカ、アジア、中米、カリブ海、南米、それぞれ各地には比べてみるとわかる個性がある。

個人的には、アフリカと中米、南米の豆が好きである。

 

 

今回は家で飲むという同一条件で飲む場合の好みだった。

 

ちなみに、読書時は薄めがいい。職場ではバランスがいいもの。食後は濃いものを。

というそれぞれ好みがある。

 

皆さんはどんな時にコーヒーを飲みたくなるだろうか。

そして、どんな一杯がその場に最適なものだろうか。

 

コーヒー道はこの先の人生もずっと続くだろう。

1つでも多くの答えを見つけられたらと思う。

 

taji

 

私がコーヒーを飲むようになったのは大学生の頃。

飲めるようになったきっかけは、ライブ会場でいただいた一杯だ。

(ギターの話に通ずるのでいずれまた。)

 

その頃の私の「コーヒー」と言えば、スーパーに売っているUCCゴールドスペシャルブレンドだ。400gで¥686(amazon調べ)と、リーズナブルな豆だった。

スペシャルブレンド

 

実家にはドリッパーなどがあったため、ペーパードリップで淹れることができた。

(※ここから豆を挽くミルや、お湯を注ぐのに適したケトルを揃えるのには時間はあまりかからなかった。)

 

そんなスペシャルブレンドを飲んでいたある日、母親が「自家焙煎の豆」を買ってきた。

なんでも近所のコーヒー屋さんの豆だという。

「あそこできてから大分経つけど、潰れてないということは美味しいんだわ」という理由だ。今聞くと失礼な話だが。

 

当時「rio coffee」と言った小さなコーヒー屋さんは、短い期間でお店が入れ替わるような場所で数年営業されていた。

果たしてコーヒー屋の自家焙煎の豆はいつもの豆とはどう違うのだろうか、家族全員が興味津々だった。そして、それは一口飲んだ瞬間にわかった。

結論から言うと「これが本物か」という感想だった。

この出会いが、今の私のコーヒーライフの原点である。

 

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さて、そこから約8年のコーヒーライフを過ごしている。

 

現在はKalitaのナイスカットミルGで豆を挽き、これまたKalitaのケトルで基本的にペーパーで淹れるスタイル。豆は常時4種類くらいはストックしている。

職場で飲めそうな日には、朝たくさん淹れたものを、先日紹介したYETIのタンブラーに入れて持って行っている。

コーヒー持ち歩きにおすすめ YETI ランブラー 18oz ボトル

 

 

当時「rio coffee」と言ったお店は現在、「侍珈琲」と名前を変えて今も営業しており、豆ももちろんそこで購入している。

 

他にも一枚目の写真の「森彦」や「早川コーヒー」などの豆はよく購入し飲んでいる。

 

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先日、コーヒー好きな方とこんな話になった。

もしあなたもコーヒーがお好きであれば考えてみていただきたい。

「理想のコーヒーとは。」

 

私の場合、今の考えの着地点は

「飲んだ瞬間、美味しいと思ったコーヒー」だ。

 

と言うのも「いつ飲んでも同じ味」に感じることができないだろうというのが結論である。「全てが同じ条件の一杯」が無いからである。

 

カフェでは美味しかったのに、同じ豆を家で自分で淹れるとそうでもない・・・というのが例えだろうか。

 

同じ豆でも、

  1. 焙煎からの時間
  2. 淹れる時のお湯の温度
  3. 淹れ方
  4. 豆の量
  5. 飲む場所の雰囲気
  6. 季節
  7. その日の体調
  8. 飲むタイミング
などなど、で同じお店の「グアテマラ」という豆でも味が変わるからだ。
豆の個性はある程度保たれるが、濃さでも味は変わるだろう。
 
私は特定のこの豆が好きでこれしか飲まない、というのも素敵だと思う。
 
しかし、考えた時に・・・
 
食後、ケーキのお供、読書中、仕事中、ではそれぞれの場面で求める味が変わることに気づいた。
食後はこれがいいけど、読書中はもっと濃くなくていいな。などと思うのだ。
 
アメリカで食べるハンバーガーは美味しい。
牧場で飲む牛乳は美味しい。
 
共感していただけたらなら「環境」が味の感じ方に作用していることがお分りいただけるかと思う。

そういった意味で、その場に適したコーヒーがあるのだと思う。

 

一口飲んだ瞬間に「美味しい」と思えたなら、それがその場の「理想のコーヒー」である。

 

 

2019.11.27日の着地点。

 

 

taji

みなさんは今秋、紅葉を観に行かれただろうか。
既に札幌市の紅葉は終わり、雪によるモノトーンのような色が少ない冬になってくる。
 
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まだ、紅葉が見頃のある月曜日。
南区の「紅桜公園」へ行くことにした。この日は仕事が休みで、朝起きて晴れていたらどこかに紅葉を観に行こうと決めていた。
 
起きてみると快晴、さてどこに行こうか。
札幌市民であれば中島公園、円山公園あたりは定番であり外すことはないだろうと考えるところだが、人が多い場所はあまり好ましくない。
 
逆に、誰も知らない絶景。なんてのがあれば私はそんな場所に行きたい。
頭の片隅にそんな考えがあるため、定番スポットはなし。
そう言えば、最近職場の同僚の方から「紅桜公園」という場所があることを聞いたことを思い出した。
 
名前はまさに春だが、調べてみると紅葉も見事らしい。
真駒内からもう少し行った場所、よしここに行こう。
まだ行ったことのない見事な紅葉が観られる場所ということもあり、ワクワクしていた。
 
そして私は、この時ある重要なポイントを見落としていた。
 
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地下鉄で行くとしたら、一番最寄りは真駒内駅だが道のりを考えると1つ手前の自衛隊前駅で降りて道中歩いて行くことにした。
道のりもそうだが、マップ上では川沿いに緑地がある。道中も紅葉を撮影できるかもしれないという期待もあった。
 
この直感は見事に当たった。
 
image
 
紅桜公園までの道中、少しも退屈な景色はなく常にシャッターを押しながら進んだ。
道中、立ち止まり撮影していると向こうから歩いてきたマダムに「綺麗ですね」と声をかけられた。「はい」と笑顔で返事をしつつ、南区はいい場所だなと心から思った。
 
さらに進むと緑地が終わり、ついに紅桜公園の看板も見えてきた。
持参したアクエリアスで水分を補給しつつ、気合を入れて公園へと向かう。
入り口に近づくと違和感に気づく、人の気配がしない。
どうやら入り口のバーも降りている。おかしい。
 
紅桜公園案内。看板を見上げる。
そうは思っていたが、その言葉は見たくなかった「月曜日定休」の文字。
 
なんということだ、、この時代に定休日を見落とすとは。
朝の段階で見落としていたことはこれだ。
 
この公園は私有地です。という理由とのこと。
なんとか侵入・・・思いとどまる。
 
時間はまだ午前中。さてどうしようかここから行けるところはどこだ。
そう言えば春に真駒内公園で見た桜は綺麗だった、きっと紅葉も綺麗だろうと思い行き先を変更した。
 
せっかくの休みにここまで出てきたのだ、帰るという選択肢はなかった。
真駒内公園まで3km、徒歩約30分。
 
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半分ほど来たところ、住宅街に差し掛かった。
写真家の中井精也さんの言葉だが、目の前の風景をどう切り取ればいい構図になるか、という目線で風景を見る。
私も私なりにその目線で切り取る風景を探していた。
 
ふと、目線の左に「黄色」が目に入った。
もちろんその方向へ向かう。
 
視界が開ける場所に出る。
見ると今はもう誰も住んでいない団地の庭に、見事な黄色のイチョウ並木があった。
 
きっとこの場所は有名な撮影スポットではないだろう、撮影した人も世界中で私一人だけかもしれない。
でも、誰もが撮影したくなる風景がそこにはあった。
 
 

もしかしたら、そんなに騒ぐほどの風景ではないのかもしれない。とも思う。

もっと息を飲むような、畏怖の念を抱くような「絶景」があるのは重々承知している。

 

それでも私は、この場所で撮ったこの写真が好きだ。

紅桜公園が開いていたら撮影した後そのまま帰る予定だったため、この場所には来ていなかった。

真駒内公園までのルートはいくつかあったが、たまたま通った道でこんなに素敵な風景を見ることができたのだ。

このプロセスも含め、この一枚には思い入れがある。

 

有名な撮影スポットで撮影した写真は確かに絶景だし綺麗だ。

難しいのはそこで他人と似たものにならず個性を出すことだ。

残念ながら同じような構図、同じような写真がSNSなどには溢れてしまっている。

 

知らない人にとって初めて見る風景でも、同じような写真が10枚も続くと誰が撮ったのかなど重要ではなくなり、感動も薄れてしまう。初めて見る絶景のインパクトは大きい。

 

SNSやカメラの進化で、絶景が簡単に綺麗に見ることができるようになった。

近い将来、自宅でその場所に行ったような体験ができるテクノロジーが開発されるかもしれない。

 

よりたくさんの人が同じ体験をすることになる。

素晴らしいことかもしれないが、そうなったら私は間違いなくこう思う。

 

誰も知らない絶景を見たい。

 

その土地に住んでいる者として、このような身近にある絶景と思えるスポットを見つけることはある種の使命ではないかとも思っている。少し大げさだろうか。

 

 

taji