みなさんは今秋、紅葉を観に行かれただろうか。
既に札幌市の紅葉は終わり、雪によるモノトーンのような色が少ない冬になってくる。
 
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まだ、紅葉が見頃のある月曜日。
南区の「紅桜公園」へ行くことにした。この日は仕事が休みで、朝起きて晴れていたらどこかに紅葉を観に行こうと決めていた。
 
起きてみると快晴、さてどこに行こうか。
札幌市民であれば中島公園、円山公園あたりは定番であり外すことはないだろうと考えるところだが、人が多い場所はあまり好ましくない。
 
逆に、誰も知らない絶景。なんてのがあれば私はそんな場所に行きたい。
頭の片隅にそんな考えがあるため、定番スポットはなし。
そう言えば、最近職場の同僚の方から「紅桜公園」という場所があることを聞いたことを思い出した。
 
名前はまさに春だが、調べてみると紅葉も見事らしい。
真駒内からもう少し行った場所、よしここに行こう。
まだ行ったことのない見事な紅葉が観られる場所ということもあり、ワクワクしていた。
 
そして私は、この時ある重要なポイントを見落としていた。
 
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地下鉄で行くとしたら、一番最寄りは真駒内駅だが道のりを考えると1つ手前の自衛隊前駅で降りて道中歩いて行くことにした。
道のりもそうだが、マップ上では川沿いに緑地がある。道中も紅葉を撮影できるかもしれないという期待もあった。
 
この直感は見事に当たった。
 
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紅桜公園までの道中、少しも退屈な景色はなく常にシャッターを押しながら進んだ。
道中、立ち止まり撮影していると向こうから歩いてきたマダムに「綺麗ですね」と声をかけられた。「はい」と笑顔で返事をしつつ、南区はいい場所だなと心から思った。
 
さらに進むと緑地が終わり、ついに紅桜公園の看板も見えてきた。
持参したアクエリアスで水分を補給しつつ、気合を入れて公園へと向かう。
入り口に近づくと違和感に気づく、人の気配がしない。
どうやら入り口のバーも降りている。おかしい。
 
紅桜公園案内。看板を見上げる。
そうは思っていたが、その言葉は見たくなかった「月曜日定休」の文字。
 
なんということだ、、この時代に定休日を見落とすとは。
朝の段階で見落としていたことはこれだ。
 
この公園は私有地です。という理由とのこと。
なんとか侵入・・・思いとどまる。
 
時間はまだ午前中。さてどうしようかここから行けるところはどこだ。
そう言えば春に真駒内公園で見た桜は綺麗だった、きっと紅葉も綺麗だろうと思い行き先を変更した。
 
せっかくの休みにここまで出てきたのだ、帰るという選択肢はなかった。
真駒内公園まで3km、徒歩約30分。
 
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半分ほど来たところ、住宅街に差し掛かった。
写真家の中井精也さんの言葉だが、目の前の風景をどう切り取ればいい構図になるか、という目線で風景を見る。
私も私なりにその目線で切り取る風景を探していた。
 
ふと、目線の左に「黄色」が目に入った。
もちろんその方向へ向かう。
 
視界が開ける場所に出る。
見ると今はもう誰も住んでいない団地の庭に、見事な黄色のイチョウ並木があった。
 
きっとこの場所は有名な撮影スポットではないだろう、撮影した人も世界中で私一人だけかもしれない。
でも、誰もが撮影したくなる風景がそこにはあった。
 
 

もしかしたら、そんなに騒ぐほどの風景ではないのかもしれない。とも思う。

もっと息を飲むような、畏怖の念を抱くような「絶景」があるのは重々承知している。

 

それでも私は、この場所で撮ったこの写真が好きだ。

紅桜公園が開いていたら撮影した後そのまま帰る予定だったため、この場所には来ていなかった。

真駒内公園までのルートはいくつかあったが、たまたま通った道でこんなに素敵な風景を見ることができたのだ。

このプロセスも含め、この一枚には思い入れがある。

 

有名な撮影スポットで撮影した写真は確かに絶景だし綺麗だ。

難しいのはそこで他人と似たものにならず個性を出すことだ。

残念ながら同じような構図、同じような写真がSNSなどには溢れてしまっている。

 

知らない人にとって初めて見る風景でも、同じような写真が10枚も続くと誰が撮ったのかなど重要ではなくなり、感動も薄れてしまう。初めて見る絶景のインパクトは大きい。

 

SNSやカメラの進化で、絶景が簡単に綺麗に見ることができるようになった。

近い将来、自宅でその場所に行ったような体験ができるテクノロジーが開発されるかもしれない。

 

よりたくさんの人が同じ体験をすることになる。

素晴らしいことかもしれないが、そうなったら私は間違いなくこう思う。

 

誰も知らない絶景を見たい。

 

その土地に住んでいる者として、このような身近にある絶景と思えるスポットを見つけることはある種の使命ではないかとも思っている。少し大げさだろうか。

 

 

taji