1976年にマイナーレーベルからソロデビュー。
その2年後にマイアミの名レーベルT.Kから再出発を計る。
そしてその勝負の曲が「What You Won't Do For Love (邦題 風のシルエット)」
What You Won't Do For Love
レコード会社はソウルフルなボビーの声に惚れ、この曲を黒人系のラジオ局にプロモートする。
それも顔を一切出さないことで彼が白人であることを隠した。
その戦略は見事に当たり、R&Bチャートで最高6位を記録。
この曲が入っている「イヴニング・スキャンダル」は
「SPECIAL TO ME」から始まり、「Down For The Third Time 」で終わる名盤。
あとで知ったのだが、その「SPECIAL TO ME」をあのWINKがカバーしていたのはビックリした。
ホビーの曲は、パーラメントのCMの影響で「夜のニューヨークの摩天楼」というイメージが強い。
COME TO ME
絶対的な歌唱力を持つボビーだが、その自信も高い。
「世の中のヒット曲にの中には、これを越えるレコードは作れない、
そう思わせる完璧なバージョンがたくさん存在する」 として
、
「たとえばレイチャールズの<ジョージア・オン・マイ・マインド>だ。
だから、あえてその曲に挑むシンガーの気持ちが分らない」
これはたぶん「ジョージア・・・」をカバーしたマイケルボルトンへの皮肉ととって良い。
しかしボビーはスティービー・ワンダーの名曲
アレサフランクリンの歌った「Until you come back to me」を始め多くの曲をカバーしている。
まるで、アレサのバージョンは完璧ではない、といわんばかりだが、
彼の音楽感性としてどこかに許されない壁があるのであろう。
また、彼はいろいろはミュージシャンに曲も提供している。
「STAY WITH ME」、「Next Time」 はピーターセテラ
また、「Heart of Mine 」はボス・スキャッグスに。
いずれも後にセルフカバーしている。
Heart of Mine
彼もAORサウンドを代表する一人である。





