1951年生まれ。

1976年にマイナーレーベルからソロデビュー。

その2年後にマイアミの名レーベルT.Kから再出発を計る。

そしてその勝負の曲が「What You Won't Do For Love (邦題 風のシルエット)」


What You Won't Do For Love


レコード会社はソウルフルなボビーの声に惚れ、この曲を黒人系のラジオ局にプロモートする。

それも顔を一切出さないことで彼が白人であることを隠した。

その戦略は見事に当たり、R&Bチャートで最高6位を記録。

この曲が入っている「イヴニング・スキャンダル」は

「SPECIAL TO ME」から始まり、「Down For The Third Time 」で終わる名盤。

あとで知ったのだが、その「SPECIAL TO ME」をあのWINKがカバーしていたのはビックリした。


ホビーの曲は、パーラメントのCMの影響で「夜のニューヨークの摩天楼」というイメージが強い。


COME TO ME


絶対的な歌唱力を持つボビーだが、その自信も高い。

「世の中のヒット曲にの中には、これを越えるレコードは作れない、

 そう思わせる完璧なバージョンがたくさん存在する」 として

「たとえばレイチャールズの<ジョージア・オン・マイ・マインド>だ。

 だから、あえてその曲に挑むシンガーの気持ちが分らない」

これはたぶん「ジョージア・・・」をカバーしたマイケルボルトンへの皮肉ととって良い。

しかしボビーはスティービー・ワンダーの名曲

アレサフランクリンの歌った「Until you come back to me」を始め多くの曲をカバーしている。

まるで、アレサのバージョンは完璧ではない、といわんばかりだが、

彼の音楽感性としてどこかに許されない壁があるのであろう。




また、彼はいろいろはミュージシャンに曲も提供している。

「STAY WITH ME」、「Next Time」 はピーターセテラ

また、「Heart of Mine 」はボス・スキャッグスに。

いずれも後にセルフカバーしている。


Heart of Mine


彼もAORサウンドを代表する一人である。


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