「白い寫眞館」 中村雅俊 | 昭和歌謡ブログ マンボウ 虹色歌模様

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白い寫眞館(しゃしんかん) 中村雅俊

 

 

白い寫眞館 昭和49年(1974年)

あの街には まだあるのだろうか

白いペンキのちいさな寫眞館

窓には女学生の寫眞がひとつ

額に飾ってあった

その黒髪はかすかにゆれ

うすむらさきの日暮に溶けた

そのほほえみをみつめた時

わが眼差しは炎と燃えた

それがあいつの恋人だとは

その時少しも気づかなかった 

作詞・伊藤アキラ

作曲・クニ河内

 

歌はこちらで

youtu.be/a8uSOTI3Mbg?si=Uki_OnUKsKYftNg-

 

3月 卒業・移動の季節

ちゃんとした写真館で、ここぞの一枚を撮る方もいるでしょう

 

昭和から町の移り変わりを撮影して来た古い写真館も多い

そういえば、そういう写真館は白い壁のイメージ

 

「白い寫眞館」は、中村雅俊デビュー2曲目

デビュー曲は「ふれあい

悲しみに出会うたび あの人を思い出す

ドラマ「われら青春!」で歌われ、大ヒット

主題歌は、いずみたくシンガーズ「帰らざる日のために

生まれて来たのはなぜさ 教えてぼくらは誰さ でした

 

当時のセールスポイント(?)ジーパンに下駄履き

「白い寫眞館」レコード写真でも、しっかりアピール

 

池内淳子主演のドラマ「つくし誰の子」の挿入歌・・・だったらしい

ドラマは見ていません。

中村雅俊自身も出ていたのかな

 

寫眞の旧字体がなんとも曲に合って、味わい深い

 

デビュー当時はフォーク調の曲が多かった中村雅俊

1980年代くらいから、ポップス系が増えたような

恋人も濡れる街角」「心の色」「想い出のクリフサイド・ホテル

 

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