例外者意識を乗り越えてきて~キェルケゴール著「死に至る病」解説より
皆さまごきげんよう、エシュルンです(^-^)♪※今回の記事は以前のブログで掲載していたものを再編集したものです。”例えば10人の人間が手を取り合って踊り戯れているときに、その群から外れてひとり木の根にたたずんでいる11人目の人間がいるとすれば、それが例外者である。”-岩波文庫/キェルケゴール著「死に至る病」解説よりーかなり昔のことですが、私の心がどっぷり闇に囚われていた時代、私は暗~い音楽を聴くことはもちろん、暗~い本もたくさん読んでいました(もともと読書好きでしたものでね)その一つにデンマークの思想家で哲学者でもあったセーレン・オービュ・キェルケゴールさんによる「死に至る病」があります。結構その筋?では有名な本ですが、簡単に言いますとぶっちゃけ小難しい分析による彼の絶望論がつらつらくどくど書かれている本です(^▽^;)別にお勧めはしませんが読みたい方はご自由にどうぞ。岩波文庫版では巻末に解説がついていて、私はどちらかというと本文よりもそちらに興味を抱きました。先日久しぶりに読んだので少しご紹介いたします。自分(私)は他の人たちとは違って「異質な存在なのだ」という悲しい感覚(例外者意識)に悩まされていたとき、この解説を読んで私はキェルケゴールさんに親近感を持つようになったのでした( ̄▽ ̄)v(ここから引用)”人々が普通にその中で生きている普遍的な場面、普遍的に人間的な場面の外に投げ出されてひとり孤独の生涯を辿るべく運命づけられているような人間が例外者である。キェルケゴールは少年の頃から、自分は「ほかの人達」のようでないという自意識に悩まされていた。「ほかの人達のようでないということのために私はどれほど苦しんだことか―、もしもあの頃、ほんのちょっとの間でも、ほかの人達のようになれたとしたら、私は何でも与えたであろう」と彼は後年に書いている。”(引用終わり)学校でクラスに溶け込めない、王国会館にいても他の兄弟姉妹たちと距離感(壁)を感じるなど、とにかく大勢の中における孤独感覚を持ったことがある方なら、解説(キェルケゴールさん)の気持ちは割と分かるのではないでしょうか。みんなの輪に入りたいけど自分だけ入れない、孤独で寂しい、本当は助けて欲しいって思ったことありませんか?少なくとも私はそうでした。と~っても辛かったです・・・でも今はそんな辛かった記憶が薄まりつつあります。冒頭の例え話のように私もキェルケゴールさんも11人目の人間として、深刻な闇=「例外者(一般的な生活や価値観から投げ出された存在)意識」を抱えていました。でも彼と私とではその後に大きな違いがあります。私は11人目の者ではありましたが私も含めて11人全員を見守っている別の12番目の方(方々)の存在をはっきりと認識できていました。みんなからひとり離れて孤独の絶望を感じている自分、そしてその私を、さらに別の角度から見ていた存在とは他ならぬ天のお父さまエホバ&お兄さんイエス&天使たちのことです。私は10人のグループには入れなかったのですけれど、代わりに12番目の方(たち)と仲良くすることができました。結構苦労はしました。それでも惨めに思っていた自分のことを少しずつ愛せるようになって「私は神から愛されているのだ」という確信をついに持つことができました。それで私は身体的にも精神的にも生き延びることができました。本当に本当に感謝でいっぱいです。でもだからこそ自分が10人の輪の中に入れているときには離れて眺めているかもしれない、11人目の人のことに目ざとくありたいのです。これは11人目を経験したことがなければ判り難いはずです。エホバはそれを私に時間をかけて教えてくれました。大きな愛ですね~♪そう遠くない未来、11人目の「枠」が廃されて、すべての人が10人のグループの中に入って楽しく踊り戯れることのできる日が必ずやってきます。もう誰一人孤独に打ちひしがれることも、絶望感を抱くこともできない(笑)永い日々が待っています。きっとキェルケゴールさんも10人のグループのただ中にいて、にっこり笑顔で幸せを満喫することでしょう。天のお父さまの描く未来プランはホントに素晴らしい!私は心からそう思います。そして心から楽しみにしています(^-^)♪