障害者は、聖人君子でないといけないのか? | 自閉症スペクトラムの窓

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~そのままの君と~  自閉症の息子と、家族の日々を綴って・・・

父と母、兄と妹の家族4人の生活は、山あり谷あり、時に綱渡りな状況です。

笑いあり、困ることあり、ハプニング多々あり。

たいへんなことも多いけど、どうせなら笑顔で過ごせたらと思っています。

LADです。今日は、「小春日和」で、過ごしやすい日でした。「小春日和」は、晩秋から冬の季語だそうです。以下、長文です。

 

養護学校に通う方から、お子さんのことで相談を受けました。自立登下校の練習をしているのですが、学校前の横断歩道で、お子さんの判断で、「まだ大丈夫なので、あの車が来る前に渡ろう」と、すると、先生に、「危ないから」と、注意され、引き戻されるというのです。

 

普段の動作がゆっくりしたお子さんなので、見ている先生として、心配なようです。でも、親から見ると、充分渡れる距離であるし、横断歩道を半分も渡ってしまっているなら、渡り切らしてしまったほうが、いいと思うとのことでした。

 

この場合は、親御さんが、担当の先生に、「大丈夫、渡れるタイミングです」と、お話しをして、その先生から、OKがでないのであれば、別な第3者の先生に、そのタイミングで渡らせても問題がないか、確認してもらうことをアドバイスしました。

 

ここで思ったのが、障害があると、ルールを必ず守り、絶対人に迷惑をかけてはいけない、「聖人君子」であることを、求められることが多いということです。親も、そう思い込んでいます。

 

かくいう私も、子どもが小さい頃は、「人に迷惑をかけてしまうなら、絶対一人で出歩かせない」と、思い込んでいました。でも、今は、少し考え方が違います。

 

危険認知が出来ていない場合は、ダメですが、身の危険を感じず外出ができるなら、外出して、間違ったことをして時に怒られたり、困って人に聞くのでもいいと思うのです。

 

急いでいれば、駅の階段で走ることもあるし、横断歩道を点滅信号で渡ってもいいと思うのです。自分が、一人の大人として、考えた時に、自分で出来ることを、いちいち注意されたらどうでしょう。

 

「障害があるから、かわいそうだから、守ってあげなきゃ」でもないし、「ルールは絶対守らないとダメ」では、ないと思うのです。一人の人間として、チャレンジして、失敗する権利があります。

 

また、楽しいこと、面白いことに熱中してもいいと思うのです。自閉症の成人している方で、お仕事の帰りに、飲み屋さんで一杯やって帰る方もいますし、休みの日に、ガイドヘルパーさんと一緒にメイドカフェに行く方もいます。青春18きっぷで、1日中電車に乗りまくる方もいます。

 

仕事を一生懸命して、その対価として得たお給料を自分の為に使う。当たり前のことですが、このように余暇が充実すると、生活に深みが出ます。

 

親も含め、先生、支援する人たちが、もう少し子どものことを信じられるといいですね。

 

【今日のいいとこ探し】

 

ガイドヘルパーさんと、電車を見に出かけていた息子。帰りの電車が、事故で、動かなくなってしまいました。でも、慌てずスマフォで事故状況をしらべ、乗る電車を母に連絡。遅れて来た電車に、落ち着いて乗って帰ってきました。

 

息子は、以前、ガイヘルさんと出かけた時に、乗っていた電車が、途中で止まって、閉じ込められたことがあります。ガイヘルさんとのお出かけで、この様なハプニングにあって、慌てると思っていたのですが、冷静でした。

 

これなら、登校途中で事故にあっても、大丈夫だと思いました。「遅延証明」も、しっかりもらってきていました。

 

 

 

追伸

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