今回の旅行は、まず自宅から品川駅まで行き、品川から成田エクスプレスで成田空港まで行きました。
岡山の自宅からタクシー、電車、新幹線で4時間少々。それから成田エクスプレスで1時間。
ホテルの送迎バス🚌に乗り、すぐ近くの成田の日航に来ました。
夫のスーツケースは10日用サイズで三辺が160センチを越えていると新幹線では有料になります。(5月からそうなってました)。もしくは自分の足元に置かないといけませんで、車両の1番後ろや連結部にあるロッカーのような荷台は事前予約なら無料で、持ち込んでから置くと1000円と有料になります。
前日にチケットを1番後ろの荷物置き付きの席に変更して夫は後ろに座りました。私の荷物は150センチとギリギリではみ出しても上の荷台に乗せて良い大きさだったので、荷台に上げました。
その決まりを知らずに後部座席に勝手にスーツケースを置いていた方がいて、車掌さんに注意されてどかされていまして、
もう一つのスーツケースは持ち主がすぐに見つからず、車掌さんはスーツケースをゴロゴロ押しながら
「持ち主の方おられませんかー?」と車両を歩いて探していましたが、いなかったので隣の車両まで探しに行かれました。
大変ですた
。
さて、日航に着くとツインの部屋をとってくれてました。
11時に家を出て、着いたらもう暗くなってましたよ。
でも新幹線ではひたすら眠れたので時間がそんなにかかっているように感じませんで、すぐに集まって食事に行きました。
夕食はバイキング。
飛行機に乗る前の1泊といえど日航は豪華。
結婚式とかしているホテルみたい。
これから旅行に行くのに食べすぎではいかん‼️
と言いながら沢山食べました。
ついつい取ってしまう。
いきなり
お!
…見つけてしまった。
実演コーナーを。。
ステーキ🥩を焼いているのを発見したら、セーブしかけていた食欲に火が付いてしまい、お肉が美味しくておかわりしてしまいました。
中国人がめちゃがっついて並んでました
。
一応気をつけて枝豆🫛を食べてみるよ。…でも無意味か。
肉がうまいよーん
。
酒が弱いのにも関わらず、運転しないからモスコミュール飲みました。美味しすぎ。
まだおかわり。
カレー🍛の国に行くのに、カレー食べたり
デザート🍰食べたりしました。
なんだか、みなさん差し入れを持参してくださり、手作りのクッキーや有名なあんぱんや、
和菓子やら。
シフォンケーキが美味い!
…。
私の人生の師であり、第二の父と慕う師匠が緊急手術を終えたばかりだそうで、準備して行く気満々だったそうですが医者からストップがかかってしまい行けなくなりました。
主役が行けないって向こうも残念でしょう、、。
でも我々に代行を託してくれましてあんぱんを差し入れしてくれたので、
手作り菓子とあんぱんは完食せねばと、やる気満々でスリランカに持っていきました。
師匠の代理で19名で受賞してくる事になりましたよ。
始めなので
師匠の事を少し紹介しますね。

師匠は若い頃は香川のアナウンサーで、地方のアナウンサーにも関わらず東京オリンピック🗼閉会式の担当をする(ラジオの)ような実力の方でした。
まだ若い頃には議員の秘書をした事もありましたが、
もっと若い、9歳頃から中国の少林寺拳法の総本山に出向き、成人してからも学び続けて達磨大師から続く後継者に勝ち、マスターとなり、治療の面でも活躍しています。千代の富士の腰痛を治して指導をして、横綱に導いたり、巨人が勝てない時に食事や体調管理の指導をして優勝に導いたりもしています。
でも単なる治療家だけではなく、類稀なインスピレーションの持ち主です。
師匠はアナウンサー時代のある日、
朝起きたら突然髪の毛が真っ白になり、耳が聞こえなくなります。耳鳴りがずっと聞こえ、アナウンサーを辞職しました。
2年間日本中の治療や温泉、祈祷や霊能者を回り、お遍路さんもやってみてもまるで治らず、ある日、その耳鳴りがある種の信号音ではないかと解読を始めます。
アナウンサー時代のモールス信号を学んでいた事が役に立ちました。
2年間ずっと続いていたその信号音は
「高千穂へ来い」というものだと半信半疑ながら解読しました。
高千穂のある場所に行くように指示して来る信号音を頼りに、場所を探していると
天岩戸神社の近くに絶対に近寄ってはならない恐ろしい神がいると、宮司さんに教えてもらいました。
その絶対近寄ってはならない恐ろしい神様は、力が強すぎて行った人に色々な事が起きすぎるという事でした。
現実世界で華々しく活躍してい自分は特に見えない世界を信じていた訳でもなく急にそんな運びとなり自分でも信じられなかったと仰いますが、小さな祠の中で2ヶ月以上だったかな?
飲まず食わずでトイレも行かずに神様と信号音での問答と修行が始まったそうです。
嫌で嫌で仕方がなく、その場だけ合わせておいて、またアナウンサーに戻ろうと考えていたそうですが、修行中で「逃げるな」と神様に言われて、一度だけ本気でやってみて、それでも嫌だったらやめようと覚悟を決めたそうです。
そかその数ヶ月が終わった時、片耳が聞こえるようになりました。
もう片方は今でも神様の信号音が聞こえるんだそうです。
それから全国行脚の修行や海外の霊能者との修行などを数年間行い、力がどんどん強くなった師匠は、
日本の大きな神道などから次期教祖のスカウトが沢山来ました。
海外の有名な霊能者も助けを求めてくるようになりました。
しかし師匠は、神様から重要な仕事をするように言われていました。
それは自然が破壊されて地球が崩壊していくのをなんとかくい止める事です。
神様というのは、人間を助けたいと思っていても好き勝手に奇跡を起こして状況を良くする事はできません。
人間がやらなければいけない事は人間がするしかないのです。
でも、その知恵やヒントはひらめきをくれたり、タイミングを合わせてくれたり、いわば応援をしてくれます。
そういうワケで
「お前、やってみろ」と神様が師匠に言ったんですて。
しかし、師匠は元々キャリアのある現実派タイプですので神様の話をして人や国を救うには枠が間に合わないし規模は大きくならない、これは政治の派閥や国や宗教、あらゆる団体を越えて人類が一体となって取り組まないと間に合わないと考え、
日本中の宗教団体に手を取り合って一緒にやりましょうと一件一件回りました。
でもほとんどの団体は
「自分のところが救世主だから」と相手にしませんでしたが
天台宗の門跡の方や、偉大と言われる僧侶の方、政治家、財界、芸能界の方など賛同者は沢山いて、
その中で運命的な出会いをしたのが
故、ミハイル・ゴルバチョフ氏でした。
ゴルバチョフと共に京都会議を開催し、後に世界49ヵ国に支部を持つ団体を作りました。
地球🌏レベルで環境破壊を食い止める働きをするこの団体は日本ではほとんど知られていませんが、
再生紙を使うように全国の学校に働きかけ、マイ箸運動を始め、キャンドルナイトなども始め、今では当たり前のようになっている事を最初にやり始めた団体です。
師匠が作詞作曲した歌があるのですが
歌詞の中に
「忍びの集い、ここにあり」という歌詞があるので、私も忍んで活動しているのだす
。
インターナショナルな活動は、ゴルバチョフが創設し、その後はスイス銀行の頭取をしていた人が、師匠に出会った瞬間に「私もやりたい
」と、
世界の中心の銀行家の地位をさっと捨てて次代会長になりました。
師匠の働きは迅速で明確、頼りになると言われジュネーブで国連会議に出席すると、8つほどの国の大統領が列を作って並び、師匠に「我が国を救済してください」と相談をするという状況を作りました。
友人がジュネーブに行ってその様子を見て来て教えてくれましたが、
岡山支部のいるのかいないのかわからないような私は、
ゴルバチョフの誕生日にロシアに行きそびれて、現実を見た事はありませんでした。
スリランカで私は何を目にするのか、行ってみるまであまり何も考えていませんでした。
続く。