たくさんの記事をアメトピに掲載していただいています。

ありがとうございます。

娘が選んだティファニーのアクセサリー

高額になった移動費と金曜の渋滞

交互に体調不良になり心配な親娘

出身が日本でしてきたいい思い

留学生ではない娘の面倒な手続き

娘が心配した突然の身体の不調

円安のおかげで節約できた旅行費

友人が喜んだスーパーと近くの鉄道

娘がマウント取れると自信ある出身地

日本が異常に安く感じる娘の友達

恩師がアメリカ永住を決めた理由

幸運にも40年維持できた日本のカード

ティファニーを売りヴィトンの食器

 

アメトピ経由でいらしてくださった方のための自己紹介はこちらです

自己紹介

私は大学院を卒業した後、1年だけボストン郊外にあるアイビーリーグの大学に務めたのですが、その時は地下鉄に乗って駅からオフィスまで15分くらい歩いて通勤していました。
私たちのオフィスは大きい家を改造した作りで、1階に大きいキッチンがありました。アジア系の言語の先生たちのオフィスで各国に先生がお昼になると料理をしたり、お弁当を温めて食べていました。
 
ロサンゼルスに引っ越して25年勤めた大学はカフェテリアというかキャンパス内のレストランが充実していて、ちょっとしたモールのようになっていました。ただその建物までお昼に歩いていくのも面倒だったし、いつも混んでいたのでほとんど毎日お弁当を持って行っていました。
 
娘が産まれてプリスクールに通い出した時、お弁当箱を開けたらハッピーになるようにとキャラ弁を作り始めました。
プリキュアからアナ雪までいろいろなキャラクターを作りました。ハロウィンの時もがんばっていろいろ作っていました。

高校に入ってからはフツーのお弁当を毎日持って行っていましたが、私が仕事に行く日は親子弁当を写真に撮ってインスタにあげていました。

 

娘は「お弁当箱はひとつだけ持って行こうかな」と言って最後まで使っていたのを荷物に入れました。

私はもうリタイアしたし、お弁当箱はいらないかなと思ってほとんど捨てたんですが、ひとつだけ捨てられないものが残ってしまいました。

 



これは母が亡くなった時、遺品整理をしていた時に出てきたプラスチックの安物のお弁当箱です。一度も使わず納戸にしまってありました。私は高校の時、母のお弁当を作ってあげてお小遣いをもらっていました。母はずっとアルミのお弁当箱を使っていました。その古くさいお弁当箱がカッコ悪いと思っていた私は「もうこんなのダサいよ」と言ってしまいました。母は気にしてこのプラスチックのお弁当箱を買ってきたんですが、それもなんだかものすごく安っぽくて「え〜 これ? どこで買ったの?」とけなしてしまいました。その私がけなしたお弁当箱を母は使わずに納戸に取っておいたのです。どうしてそれをハッキリ覚えていたかというと母が亡くなる5ヶ月前に父が亡くなった時、母が食器棚からこのお弁当箱を出して「これさ パパにも安っぽいって言われて結局使わなかったんだ」と寂しそうに言ったからです。私が「もうお弁当箱は使わないもんね。でも何か入れるのには使えるんじゃない?」と言ったら嬉しそうにしていました。

 

私はこのお弁当箱をボストンに持って行き、ロサンゼルスに持ってきて結局一番長く使いました。

もう壊れちゃったし捨ててもいいかな。でもまだなんとなく捨てられないんですよね。

 

にほんブログ村 子育てブログ バイリンガル育児へ

上のアイコンをクリックして応援してくださると嬉しいです!