スライドとパワーポイント | kyupinの日記 気が向けば更新

スライドとパワーポイント

最近、パソコンの話が多い。今日はスライドとパワーポイントの話。

 

今はパワーポイントという文明の利器があるため、スライド作りがずいぶん楽になった。僕が医師になった当時、まだパワーポイントなどなく、簡単にはスライドは作れなかったのである。

 

当時、ワープロしか使わないデスクトップパソコンがあった。これは巨大なワープロといってよく、多分それ以外には使えなかったと思う。また変換方法が分節変換ではなかった。つまり「てにをは」を別に入れないといけないようなシロモノだったのである。今からは信じられないが、100万円以上したはずである。

 

スライドの原稿は、A4の白い紙に上のワープロで字を書き、それをコピーを繰り返し修正する。なぜコピーを繰り返すかというと、どうしても白い紙の部分にノイズの黒い斑点が入ってしまうから。この黒い斑点に白い修正液を塗りまたコピーする。デジタルだが、けっこうアナログなのが泣ける。

 

きれいな図形を入れるのは技術を要した。当時、ベンゼン核のような美しい図形はマッキントッシュのパソコンでしか入れられなかったような気がする。几帳面というか完璧を目指す先生もいて、美しいスライド原稿を作るために駆け出しの研修医は深夜までお手伝いをしたものだった。

 

このポッチのためにまたやり直すのか・・

 

みたいな。さて、原稿が完成すると、それをスライド制作ができる写真屋さんまで持って行った。一度、夜10時頃、オーベンと一緒に写真屋さんまで車で行ったこともある。どのくらいの料金だったか記憶にない。ここに出せば美しいスライドができるのである。

 

しかし状況によると、時間的余裕などない時もある。大学病院では、そのような人たちのために原稿だけで「プレーンのスライド」を作ることもできた。これはまさに突貫工事である。これはブルーバックなど無理で、スライド画面のノイズが多く、今さっきできました感があるスライドである。

 

僕は今までに学会発表で大事故が1回、小事故が1回ある。

 

大事故は酷かった。県外の病院で働いていた時、ジル・ドゥ・ラ・トゥレット症候群の症例発表の準備をしていた。精神科医が約3人で1日90人近い外来患者を診つつ、病棟も50~60人くらい受け持っており、新患も毎日3~4人は来るのである(診るのはそのうち2人くらいだけど)。毎日、疲労困憊で、出さないなら出さなくても良い環境である。しかし人間というのは不思議なことに、ノルアドレナリンがいつも上がっているためか、過酷な状況の方が発表準備もできるのである。もし、のんびりした病院だったら発表しなかったような気がする。

 

当時、たぶん28歳頃だと思うが、これをサポートしくれる上司、同僚などいなかった。僕は当時、原稿さえできれば簡単にスライドを作れると思っており、出入りしていたある製薬会社のMRさんに原稿を渡しスライドを作ってくれるように頼んだ。明るく引き受けてくれたので、いつも引き受けてやっていると思った。まさかあのような恐ろしいことになるとは思わなかった。

 

どうも、スライドはどこの写真館でも作れるものではなかったのである。また、MRさんもよくわかっていなかった。

 

そのスライドは完全にピンボケしており読めるようなシロモノではなかった。しかも発表中にそれに気付くというお粗末な話。

 

発表が終わった直後、薄暗い中、オーベンに会うと、「一度、映して出来栄えを確かめましたか?」とだけ言われたが、すごく怒っている風ではないのでちょっとほっとした。

 

確かめていればあんなことにはなっていない。しかし、簡単に確認する方法がなかったのも確かである。確認するためには病院の図書館まで映写機を借りに行かないといけなかった。だいたい、きちんと出来ていないなんで想像もしなかったこともある。こういうのを1人でやると、時に大変な事故が起こるということなんだろう。

 

小事故は、既にパワーポイントが発売されてからの話である。まだ発表原稿はアナログスライドとパワーポイントファイルの何れか選択ができた。まだパワーポイントは半分以下だったと思う。

 

僕はウィンドウズ版のパワーポイントでスライドを作ったが、会場はマッキントッシュのパソコンしかなかった。ただオフィースはマックと互換性があるので、ウィンドウズのファイルでも開くようになっている。もともと、医師はマックファンが多いので、こういう時にも当時はマックが使われていたのである。

 

なんと、発表中にパワーポイントがフリーズしたのである。

 

そんな人、見たことある?の世界である。

 

おそらくだが、当時はウィンドウズとマッキントッシュの互換性が十分でなかったか、別のソフトの悪影響だったかもしれない。いずれにせよ、当時SSDは汎用されていなかったため、時間がかかる再起動を待つほかはなかった。

 

まさか2度フリーズすることはないだろうな?

 

と思ったりした。この結末だが、研修医がマッキントッシュの中にゲームを入れ過ぎていたのが悪いという裁定になった。結局、こちらの不祥事とは見られなかったのである。

 

今は病院内勉強会でも簡単にパワーポイントでスライドが作れる。朝には原稿しかできていなくても午後からの勉強会に間に合うのである。それも外来の合間にできるくらいなので、今の若い人たちはずいぶん時間をロスしていないと思う。

 

精神科医をしていると、「人生の時間のロス」という考え方をどうしてもしてしまう。特に僕はそうである。

 

精神を患うと、したいことが何もできない状態が続き、結果的に貴重な時間をロスする。人生は有限なのに。

 

しかし、この考え方もちょっと違うとは思う。パワーポイントで20分でスライドが作れると、昔のように一晩かけて作るより確かに時間をロスしていない。

 

しかし、昔のスライドを作っていた時間は、純粋に時間のロスとは違うのではないかと。

 

つまり、精神疾患の時間のロスとは違う。彼らは純粋に人生の貴重な時間を失っているからである。特に精神病はそうだと思う。

 

参考

このブログを読んで、精神科医になりたいと思う人へ

若手精神科医と上司の話