精神科において線形に良くなるという意味、入院期間のことなど | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科において線形に良くなるという意味、入院期間のことなど

「kyupinの日記」は理系のブログなのでたまに難しい薬理の話も出てくる。他、特にこれは?と言うものに「線形に良くなる」というフレーズがある。

 

精神科の改善は数学のようにスコアで出にくいものである。しかしブログではほとんど触れていないが、治験などの際に指標になる検査スコアがある。線形というのは正比例と言う意味で、「時間軸で線形によくなる」ことは、時間に正比例して良くなるという意味である。

 

そんなはずないだろ!

 

と言ったところ。その理由は発病前より良くなってしまうからである。グラフ的には√2に似た経過になる。しかしながら、最初の数週間はスコア的には意外に正比例している。改善させる力のある薬はそうなのである。

 

√2の形だったとしても、精神科では十分に線形に良くなっていると言ってよいと思う(本当か?)。なぜなら、数か月単位で確実に良くなっているからである。

 

時間が経つと、次第に改善のスピードが落ちてフラットに近くなる。今回の記事はこのフラットだが、より良くなっている経過と入院期間の話。

 

ある時、10数年ぶりに悪化し入院となった若い女性患者さんがいた(このブログ的にはアラフォー以下は若い)。当初、この機会に処方変更を試みることにした。働いている間などそのようなトライは全然できないからである。

 

前薬はリスパダール+セロクエルでもう少し欠点の少ない薬に変更したかった。リスパダールと言っても決して多くはなく、リスパダール1㎎以下、セロクエル100㎎以下であった。また彼女はそれほど太って見えないが、さすがに15年間も診ていると、初診頃よりは体重増加している。

 

エビリファイやレキサルティから始め、いろいろ試行錯誤したが、リスパダール以上にフィットするものはなかった。結局、今回はリスパダール+エビリファイに落ち着いたのである。

 

ここが重要な点で、一度、病状悪化すると用量の均衡点がより高くなることが多い。今回はどうしてもリスパダールは1.5㎎必要なのである。薬の自己中断が多いコンプライアンスの悪い患者さんは、結局は自分に返ってくる。より多い量を飲まざるを得ないために、より副作用に苦労するからである。これは再度の自己中断につながる。悪性サイクルと言ってよく、これくらいだと持続性抗精神病薬が良い。

 

今回の10数年ぶりに悪化した原因だが、当初は本人が薬をやめたからではないかと思っていた。家族もそう話していたからである。確かに再入院直前は彼女は薬を飲んでいなかった。

 

ところがその後、ずっと診ているとそのような経過ではなさそうなのである。自分の患者さんはアドヒアランスが良い患者さんが多く、実際、3大持続性抗精神病薬エビリファイLAI、リスパダールコンスタ、ゼプリオンをしている人が外来、入院とも1名もいない。あれだけの患者さんを診ているのにちょっと驚きである。

 

彼女の臨床経過的に、ある時期体調変化あるいは仕事上のストレスで悪化を来し、「薬に覚せい剤が入っている」という幻覚妄想を抱くに至った。その結果、薬を自ら中断したわけで、薬を中止したから悪化したのではないのである。彼女の悪化は妄想気分から世界没落体験に至るほどのダイナミックなものだった。(目に見えて興奮はない。これは性別を含め人による)

 

薬物のおそらく治療域に至らない少ない用量で経過を診る手法は潜在的にこのようなリスクがある。彼女はそれでも10年以上も寛解に近かったし、たとえリスパダールが2mgだったとしても経過は変わらなかったような気が非常にする。

 

彼女は3か月目にはほぼ軽快するに至った。本人と家族が退院を要請すれば退院可能であった。しかし法律的な事情で家族から希望があり、もう少し入院継続することになった。本人は本当は帰りたかったであろうが、事情はよく理解していたので任意入院で継続できたのである。

 

結局、彼女は約8か月間入院。この3か月目から8か月の間に、まさに線形に良くなっていったのである。あとから考えると、あの3か月目は十分には良くなっていなかった。以前に比べずっとハキハキし表情の硬さ暗さもほとんど取れてしまった。

 

この5か月間は√2のグラフのようにフラットに上昇する局面だと思う。フラットに近いが、ゆっくりとした改善の軌跡になっている。

 

オーベンが時々うちの病院に遊びに来る。遊びに来るとは変な言い方だが、突然、電話してきて「今から行きますが時間ありますか?」と言った感じである。大学病院の時代から時間が経っているのに、これってすごくないか?

 

することは「あの病院は院長交代したが何か事情知っていますか?」くらいの四方山話である。僕はというと、年に1~2回くらい来るのがわかっているので、質問事項をスマホのメモ帳に書き用意している。たまにバタバタしているとたまに質問するのを忘れる。

 

質問は「○○の患者さんが治療中にこのような奇妙なことが生じたが、何か感じることありますか?」とかである。やはりオーベンは自分より8年くらい経験が多いので、聴いてみる価値はある。自分にとって質問できる人などあまりいないからである。

 

この日のオーベンの話で、「近年は急性期病棟などの事情でさほど良くなっていないまま退院させるケースが多すぎる」というものがあった。急性期病棟は全ての患者さんではないが、多くの患者さんを3か月以内に退院させることになっているからである。そのようなことから精神科では3か月以上入院できないと思っている家族がいるほどである。

 

実際には精神科急性期病棟では精神科医含めスタッフ、施設的要件が高く、たいていの都道府県では急性期病棟を持たない病院の方が多い。したがって3か月以内に退院というのは一般的ではない。

 

入院3か月以内の制約があると、上記の3大持続性抗精神病薬を導入したくなるのは理解できる。アドヒアランス的にうまく医師患者関係ができないうちに退院させざるを得ない人もいるため、確実に薬物治療したいからである。

 

今回の記事は、長期入院が良いという後ろ向きの話ではない。患者さんによりおそらく「適切な入院期間」があり、診療報酬の制約に影響されず、その患者さんのベストな着陸点で退院させた方が良いですよといったものである。(実際、自分の患者さんではぜいぜい40~50日以内に退院する人がほどんどである。)

 

参考

専門性について

激しい幻聴のある強迫神経症

アスペルガーと前頭前野